九・一一以降、世界は変わってしまった?

ジャーナリストや文学者の中に、「九・一一ですっかり世界は変わってしまった」

とか、「九・一一以降、文学は可能なのか」といった発言をする人を見かけます

鋭敏な時代感覚により変化の兆しをいちはやく察知した、と言いたいのかもし

れません(皮肉な見方になってしまいますが)

日本国内で発生した事件、たとえば宮崎勤の連続幼女殺害事件は確かに大き

な衝撃を与えたました

ジャーナリストの吉岡忍は宮崎事件について書いた「M/世界の憂鬱な先端」(文

春文庫)でその衝撃の大きさをさまざまに表現しています

日本は(宮崎事件以前の社会に)戻れないのではないか、とまで言い切っていま



だが、こうした考え方に自分は賛成できません

確かに衝撃を与えた重大な事件であったにせよ、それで世界が一変したと断定す

るのはどうなのか、と

世界が変わったのではなく、あなたの人生観や価値観が変わったのではないか、

と問いかけたくなります

ある歌人は「九・一一以降、ますます歌を詠むのが困難になった」と語っています

が、それは世界が変わったからでなくあなたの人生観や価値観が揺らいだからで

はないか、と質問してみたくなります

いにしえの歌人は応仁の乱や関が原の戦いの後でも歌を詠んでいました

源氏が没落しようが平家が追討されようが歌を詠み、島流しにあった上皇も歌を詠

むのをやめませんでした

歌を詠むのがますます困難になりつつある時代、などという発言を耳にしたなら、い

にしえの歌人たちは失笑するでしょう

どのような時代にあっても文学は可能であり、それこそが文学の価値ではないでしょ

うか

あるいはルポルタージュという方法も、困難の前に決して屈せず書き上げるからこそ

価値があるわけです

(関連記事)
マレーシア航空機を撃墜 親ロシア派の犯行
http://05448081.at.webry.info/201407/article_17.html
マレーシア航空機失踪 なぜ発見できないか?
http://05448081.at.webry.info/201403/article_20.html
「3・11は9・11と似ている」とする主張の危うさ
http://05448081.at.webry.info/201112/article_1.html
ビンラディン殺害と世界貿易センタービルを設計した日系人
http://05448081.at.webry.info/201105/article_7.html
自己啓発書に映し出される現代人の「心」
http://05448081.at.webry.info/201209/article_5.html
勝間和代 論理的思考を育てる教育を求める
http://05448081.at.webry.info/201002/article_31.html
「勝間和代を目指さない幸せ」
http://05448081.at.webry.info/200909/article_14.html

M/世界の、憂鬱な先端 (文春文庫)
文藝春秋
吉岡 忍

ユーザレビュー:
報道されない事実を見 ...
「異常」?「正常」? ...
私の魂は戦慄する 著 ...
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ