なぜ人を殺してはいけないか

2000年4月にNHKが「ダライ・ラマに聞く なぜ人を殺してはいけないか」という番組を放映しました。同じ問いによる番組が他にもあったような気がしますが、いまのところ調べ出してはいません
この単純素朴な問いが、当時はさまざまな論争を巻き起こしました
2001年にはラジオ番組の討論番組でも取り上げられ、類似したタイトルの本の出版も相次いだのです
どうしてこれほど反響があったのでしょうか
それはこの単純な質問を突きつけられた大人たちが、満足な答えを返せずことばに詰まってしまったからです
もちろん、「そんなの常識だろう」と答える人もあり、「法律で禁止されているからだよ」と答える人もいました
この単純素朴に見える質問は、それほど深遠な問題だったのでしょうか
そうではありません
中には「これは重大な問題だ」とはしゃいでいた人もいましたが
はしゃいでいた人たちは、「この単純な質問に対して、こどもたちを納得させるだけの答えを提示できなかった。大人の論理の希薄さ、底の浅さを暴き出した」と喜んだのです
そして十分な答えを提示できなかった大人たちは、「なぜ人を殺してはいけないか」とのタイトルで売られていた本を買い求め、必死で答えを探したわけです
話を戻し、この質問を冷静に眺めてみると問いの立て方そのものに欠陥があると分かります。「いつ、いかなる場所で、どのような状況下で人を殺してはいけないのか」を省略してあるからです
ですから、ある人は「政府が死刑制度の名の許に人を殺すのは許されるのか」と死刑制度に絡めた主張を展開する人も現れます
別の人は「脳死は人の死として認められるのか」と脳死問題を語り始めます
また、「強盗に殺されそうになったとき、抵抗せずに殺されるべきなのか」と言い出す人もあります
「植物人間状態でも死を選択できないのか」と尊厳死に言及する人もいます
こうして、「いつ、いかなる状況で」が省略された問いによって混乱が生じたのです
状況が整理されていないのですから議論も当然かみ合いません
刑事司法制度としての死刑と、医療上の尊厳死を同列に論じるなどナンナンスであり、議論を混乱させるだけで実のある行為ではありません
一部にはそうした区別を嫌い、反発する人もいます。死刑制度に反対だから尊厳死は認めないし、脳死も人の死だとは認めない原理主義者のような人たちです
論争の影響、混乱の余波についてはまた別の機会に書きたいと思います

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洋泉社
小浜 逸郎

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