裁判員制度への宗教者の葛藤

裁判員制度の開始にあたって、宗教者が悩んでいるという報道があります
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/97014

何を問題と感じ、ためらい、葛藤するかは人それぞれの権利であり、他人が口を

はさむ事柄ではないのでしょう

しかし、「死刑の判決は避けたい」と記事はその一点だけを言いたいがための報

道かな、と感じます

宗教者が「死刑に反対だ」とか、「人を許すのが宗教」だと発言するのを封じるつ

もりはありません

ただ、宗教者なら死刑反対を叫ぶ前に凶悪な犯罪が横行するこの世を、自分の

力と宗教によって何とかしようと思わないのか、疑問です

あるいは犯罪被害者のところへ出向き、「犯人を恨んではいけません。地獄に落

ちますよ」と恫喝するのが宗教者の仕事なのでしょうか?

人を裁くのが神の道、仏の道に反するとしても、その罪を背負って生きるのが宗

教者ではないのかな、と思います

一部の宗教団体が死刑廃止運動に邁進し、犯罪者の擁護に熱心なのを見ると

つくづく不思議に思えてなりません

死刑確定者の救済より、犯罪被害者救済に取り組むべきなのでは

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