小学六年生女子児童による殺人事件 2

映画「バトルロワイアル」に限らず、ドラマや映画、アニメーションでは「生きるか死ぬか」という絶体絶命の危機に追い込まれる設定と「闘い」が好んで使われます
「生きるか死ぬか」あるいは「殺すか殺されるか」という状況設定は視聴者をハラハラさせ、物語の中に引き込むためです
「闘い」もまた人を興奮させるものです。プロレスや格闘技の興行が好まれ、野球やサッカーといったスポーツも人々を熱狂させます
ですから、映画「バトルロワイアル」に魅了される少年少女がいても不思議ではないのです(少年少女が生き残るため殺し合うというストーリを聞けば、大人の大半は顔をしかめるでしょうが)
「生きるか死ぬか」の状況設定や「闘い」が単なる絵空事であるなら、大人も問題視はしません。仮面ライダーが怪人を倒す特撮ヒーロー物を、「残虐だから」といって批判する親はいないと思います
ですが、仮面ライダーを見て興奮するのと「バトルロワイアル」を見て興奮するのに基本的な違いはありません
ただ、「バトルロワイアル」を見た少年少女が皆、殺人者になったりはしませんし、
仮面ライダーを見た少年少女が皆、超人になりたがるわけもありません
こどもは自分の内面に自分だけのストーリーを抱き、自分だけのヒーローやヒロインを抱えています。もちろん既存のストーリーの改変であったり、既存のキャラクターの改変であったりするわけですが
そうした架空のストーリーの中でさまざまな試練、困難をぶつけ、克服し、成長の手段として利用します(ほとんど自覚なしに行われます)
ですから佐世保で同級生を殺した女子児童が内面に架空のストーリを抱え、被害児童との間で「殺すか殺されるか」という展開に浸っていたとしても驚くべきことではないのです
不幸なことに彼女は「殺すか殺されるか」という二元論を克服して「殺しもせず殺されもしない第三の展開」を描き出せませんでした
彼女の内なるストーリーが「第三の展開」あるいは「第四の展開」を発見できたなら、殺人には至らなかったでしょう

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11歳の衝動―佐世保同級生殺害事件
雲母書房
朝日新聞西部本社

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