読書術

土曜日の日本経済新聞夕刊がビジネス書の読書術について取り上げていました

過去に読んだ内容と同じ部分があったら読み飛ばせ、という指摘にちょっとびっくり

しました

ビジネス書だから「読み飛ばし」ても構わないのかな、と思いつつも、どこか納得で

きません

小説など文学作品では読み飛ばすなんてことはありません。読み飛ばしたらストー

リーが分からなくなってしまいます(哲学書など、章立てになっている一部分だけを

拾い読みすることは珍しくありませんが)

世間には「読書術」関連の本があふれています。ビジネスマンは自己啓発のため、

仕事に役立たせるため本を読まなければならない、との思いに駆られているように

見えます

ともかく時間をかけずに一冊でも多く読みこなし、知識を集めることが最優先のよう

で、そのためには「読み飛ばし」もありなのでしょう

自分の場合は一冊をできるだけ時間をかけて読みます。ビジネスマンの読書術と

は正反対です

読む本が、たとえばジャック・ラカンの精神分析に関する本などはやたら難解なも

のであったりする場合、ノートを取りながら読みます

読んでも理解できない章句は何度も筆写したり、文章を組み替えたりします

そのときは理解できなくても、数年後にようやく理解できる日が訪れたりもします

つまり読書とは数年がかりの、はてしない営みだと思っています

ラカンの著作集「エクリ」の第三巻に「フロイトの無意識における主体の壊乱と欲

求の弁証法」という論文があります

ラカンは次のように書きます

われわれは、いまやこのように言わなくてはならない。あまりに無能なためにもは
や今日の精神分析であるという以外に興味に対する資格を失ってしまった精神分
析の堕落を批判するために、われわれがヘーゲルのなかにどのような種類の支
えを求めたかについて、ひとが思い至るならば、存在の純粋に弁証法的な汲み上
げによって欺かれているとうってわれわれに責任を押しつけるようなことは、とうて
い納得できるものではないし、またわれわれは、ある哲学者を、そのひとがこのよ
うな誤解を正式に許可しているときに、責任なしと考えるわけにもいかないだろう

国語の先生が読んだら赤ペンで大きなバツ印をつけ、「書き直し」と怒鳴りつけた

くなるでしょう

ラカンの論文の中で、この部分が特に難解だというわけではありません。全体が

こんな文章であふれかえっています

つまり人の無意識とはこのように錯綜した重層構造なのだから、精神分析を理解

するにはこうした回りくどくて理解しがたい文章を読み、訓練しなさいとラカンは主

張しているわけです

ジャーナリストや評論家が好んで口にする、「ニュースをわかりやすく伝えたい」と

いったサービス精神は微塵もありません

人の心の中にある複雑怪奇なまでに入り組んだ無意識を読み解き、語るというの

はこうしたものだよ、とラカンは考えており、「わかりやすく伝え」るつもりなどさらさ

らないのです

読んで理解できないのは文章が悪いからではなく、読み解く力が足りないからに

ほかなりません

とんちんかんで取りとめもない話をするクライアントに向かって、「あなたの説明が

悪いからいったい何が問題なのか分からない」とカウンセラーが怒鳴りつけても

問題は解決しないのです。とりとめのない語りの中から、何を伝えたがっているの

を読み取るしかありません

想像力をめぐらせ、著者が何を考え主張したがっているのかをうかがい、その先

を読み取ろうとする訓練が自分の読書術です

テレビのアニメ番組について延々と語る高校生がいました。彼の抱えている問題

は当然、アニメ番組そのものではありません

しかし、彼はアニメ番組について語り続けることで何かを伝えようと意図しているわ

けです

ですからアニメ番組に関する話に耳を傾けつつ、彼の中にある主張を探り読み取

らなければならないのです

もし読み取り損ねたなら、彼は「せっかく話をしたのにぜんぜん理解してもらえなか

った」と不満を抱き二度と足を運ばないでしょう

彼が伝えたかったのは自分の生への不満であり、できればもう一度生まれなおし

て人生をやりなおしたい、という欲求でした

紹介するのは「バカのための読書術」という、挑発的なタイトルがついていますが、

中身は決して人を見下したものではありません。人目を惹くためにこうしたタイトル

をつけるのでしょうが、売り上げでは損をしていると思います

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バカのための読書術 (ちくま新書)
筑摩書房
小谷野 敦

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