非効率 非日常

人はなぜ旅に出るのでしょうか?

さまざまな答え方がありますが、その一つはありきたりの日常を離れた非日

常の世界に踏み出したいからだとする考えがあります

一方で世の中は無駄を切り捨て、限りなく効率を追求しようとする方向へ進ん

でいます

たとえばトヨタ自動車の生産ラインは効率を追求し、無駄を切り捨てたものの

見本です

そうした生産ラインで仕事をするのはかなり負担があるようで、体調を崩した

りストレスに悩む人も出ます

効率追求の結果、人がストレスに悩んだり神経症にかかるのはなぜでしょう?

無駄を切り捨て、効率を高めた社会は一見理想のように思えるのですが、そ

の先に未来など存在しないのかもしれません

最初に戻って、旅は無駄な行為の典型とも言えます。時間を浪費し、お金を

浪費し、得るものはほとんどありません

それでも人は旅に出たいとの誘惑にかられます

つまり非日常的な世界へ身を置きたいと思うのです

しかし、「非日常の世界」が「日常の世界」から隔絶したところに存在するわけ

ではありません

我々の「日常の世界」の中に「非日常の世界」は混在しているとも言えます

仕事をする際に作業で必要な部品を倉庫へ取りに行ったり、客からの突然の

電話に応じたり、予期せぬトラブルが発生したり・・・・

これら偶然の出来事も「非日常の世界」です

あるいは通勤時にいつもより1本早い電車に乗ってみたり、利用したことのない

コンビニエンスストアに入って買い物をするのも「非日常の世界」でしょう

こうした無駄、冗長、非効率とも言える行為が人間を「非日常の世界」を体験さ

せ、それが気分転換になり、「日常の世界」でくたびれるのを防いでくれると考

えられます

人は「日常の世界」を生きると同時に「非日常の世界」を生きているのです

効率化の追求は「非日常の世界」を切り捨てる行為です

それがなぜ病理と結びつくのか、といえば自分は以下のように考えます

日常を意識に、非日常を無意識に置き換えてみましょう

人は日常(意識)を生きると同時に非日常(無意識)を生きる存在だからです

非日常を切り捨てる行為は無意識を抑圧する行為であり、それは神経症発症

の仕組みと同じだからです

人生の中に、職場の中に、余裕や遊び、無駄で非効率なものがないと人間はく

たびれてしまい、追い詰められてしまうのです