母親を殺害した八戸事件を考える 2

では八戸事件について考えてみましょう
事件の経緯については下記のサイトを参照してください


事件でとりわけ注目されるのは母親を殺害した上でその腹部を切り裂き、人形を体内に詰め込んでいた事実です
報道には「事件の猟奇性」とあります。ではこれが猟奇殺人事件(何が猟奇殺人であるのか、明確な定義はありません)なのでしょうか?
その問いに答えるには事件の結果だけに目を奪われず、事件の意味について考えをすすめなければなりません
就労せず引き篭もっている青年が親に向かい、「自分がこうなったのはおまえたち(親)のせいだ。もう一度産み直せ」と迫る場に立ち会った経験があります
こうした言動は決して特別なものではなく、不登校や引き篭もりのケースではしばしば起こるものです
不登校や引き篭もりの少年少女が何を目指しているのかと言えば、つまりは自身の再生です
独力で自分自身の問題を解決し、再生できるこどもなら引き篭もりの期間も短くて済みますが、そうでないこどもは長引きます
自分ではどうしようもない状態(再生不能)に追い込まれたときに発するのが、上記の「もう一度産み直せ」という叫びなのだろうと考えます
ですから今回の事件のように母親の腹を割いて人形を体内に詰め込む行為とは、己自身を再生させるための儀式(産み直させるための儀式)だったと推測できます
(こう書いてしまうと、また同じ結論かと思われる方も多いと思います。他の事件と同じ解釈であり、同じ結論だと。しかし、行為者である少年少女にとっては決して反復でもなく、真似でもなく、自身の身に起こった唯一の体験です。事件の結末だけを見れば少年少女が刃物で人を殺害しているわけで、同じ事件だと判断されがちですが、そこへいたる彼あるいは彼女の内面に繰り広がられた物語は彼独自の、彼女独自
のものと言って間違いありません)
この儀式は突発的なもの、衝動的なものではありません
最初に自分自身を立て直すため、彼のできる範囲でさまざまな方法を試みたはずです。父親の仕事を手伝ったりしたのもその一つです
しかし、父親の仕事を彼が好んでいたか、その仕事の先に何らかの希望を見出していたのかどうか、分かりません
おそらくは彼の望む生き方とは別物だったのでしょう
自身を再生させる試みを繰り返しては挫折し、彼は最後の手段として「自分を根源から変えるしかない」と思い詰めるようになります
こうして彼の内面に自己の死と再生にまつわる物語が時間をかけて構築されていったと考えます
つまり自分をもう一度産み直させ、誕生からやり直す物語です(この場合、近親相姦願望によるサディズムとマゾヒズムが交じり合った物語であったのかどうか、判断する資料が手許にないので分かりません)
再生の儀式には血の代償が必要であり、それは同胞の死によって贖われるか自らを犠牲にするしかありません
一見、残虐非道な猟奇殺人に映りますが、その下地となっている少年の内面にあった再生の物語に着目しないと「動機が見えない事件」と形容することになります

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