記事「村上春樹ブームを読む」を読む

産経新聞のウェブサイトに掲載された「村上春樹ブームを読む」について書きます


記事の中で評論家小谷野敦が村上作品がなぜ人気なのか、語っているのですが以下の発言は大いに気になります


「(1987年の)『ノルウェイの森』が売れた時には、簡単にセックスしてもいいんだという意識が広がった。特に初期の村上作品にはセックス依存症の女性や妄想にとらわれた人がやたら登場する。いまは精神を病んだ人が増えているので、病んだ世界を描いた村上作品は気持ちが通じ合うのではないか」


記憶を手繰ってみても、「ノルウェイの森」にセックス依存症の女性が「やたら」登場していたのか、思い当たりません
初期の村上作品にセックス依存症の女性が「やたら」登場していたのか、疑問です
小谷野敦の書いた文章はあちこちで読みますが、小谷野らしからぬ粗雑にして不明瞭な発言です
「ノルウェイの森」に登場する直子の場合、初恋の相手でもある幼馴染のキズキの死で時間が止まってしまった状態であり、キズキへの思いで頭の中が一杯です
とてもセックス依存症と呼べるものではありません
おそらく直子は、「自分がキズキを受け入れていたなら彼は自殺しなかったのでは」との思いから抜け出せないままだったのでしょう。東京の大学に進学し、何不自由のない学生生活を送っているようには見えますが、心はここにあらずの状態です
彼女は精神病ということになっていますが、どのような病状なのか判然としません
おそらくは統合失調症という設定なのだと思いますが
ただ、恋人が自殺をしたから統合失調症を発病するというわけではなく、発病の過程の中で恋人の自殺に直面したと自分は解釈します
直子と同じ治療施設に入院していたレイコの場合も、セックスにまつわるエピソードはあるのですが、彼女がセックス依存症だとは考えられません
主人公「僕」が登場する何人かの女性とセックスをするストーリーではあれ、セックス依存症の女性がやたら登場する小説ではありません
人間関係の視点から見れば、語らなければならない大事な話があるにも関わらずそれを語れないがゆえに、その代替行為としてセックスをしているように映ります
であるがゆえに真に心が通いあったとは言い難く(通い合ったような雰囲気にはなりますが)、結局は孤独な存在のままあり続ける人々を描いているのが村上作品なのだと解釈します

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