村上春樹を読み誤る中国人文学者 その2

日本在住の中国人文学者毛丹青による村上春樹批評を取り上げる2回目です
ますます不可思議な批評へと発展しています


2回目の記事の冒頭部分ですが、これがさっぱり分かりません

言葉の上での創造の点を除いても村上春樹は非常に優れた作家であり、彼は日本の作家の優れた風格を吸収しており、その一つは川端康成の「出世(浮世を離れる)」人生であり、もう一つは大江健三郎の「入世(実社会に入る)」人生である。村上は回り道をせず直接的に日本の諸先輩の文豪の処世哲学を全部会得している、と言う事ができる。


何でしょうねえ、この指摘は。「言う事ができる」と自信たっぷりに書いているのですが、何を言っているのか理解できません
大江健三郎の「入世(実社会に入る)」とは何を指し示しているのか、不明なので検索したところ、この毛丹青の記事ばかりがヒットしました。少なくとも日本の文学批評で川端=出世、大江=入世という分け方はないのでは?
「入世」だと中国語のウェッブサイトが190万件ヒットします。中国語圏ではポピュラーな概念のようです
で、毛丹青の主張する「出世(浮世を離れる)」と「入世(実社会に入る)」という概念を用いたとして、その「出世」対「入世」という二元論的思考から村上春樹を語ろうとする試みに何かメリットがあるのでしょうか?
オウム真理教の地下鉄サリン事件や神戸の地震以降、村上春樹は社会問題から距離を置く態度を改め(出世という世捨て人のような立ち位置を捨て)、積極的に関わろうとする態度(入世という現実参加の立ち位置)へと変化していると述べています
しかし、短編集「神のこどもたちはみな踊る」は地震について書いているからその証拠、というのは随分と乱暴な括り方です
地震に遭遇して社会と向き合う人の姿を描いたなどと、どう読んだらそんな見解が出てくるのでしょうか?
地震、あるいは自分の力の及ばない大きな存在に翻弄され、もがく人たちを描いているのであって、現実参加を高らかに宣言しているわけではありません
毛丹青は最初から結論ありきで、村上春樹の作品をまったく読めていないように思われます。「『アフターダーク』は人間性の悪い面を書いている」との指摘に至っては、首を傾げるしかありません
中学生の読書感想文でも、もう少しまともな指摘をするでしょう
言うまでもなく、村上春樹の小説はオウム真理教事件や神戸の地震があったから広く読まれるようになったのではありません
「出世から入世への転換」があったから若者の共感を獲得したのではないのです
そもそも「出世」対「入世」という二元論的思考で何を捉えられるのか、不明です
「ノルウェイの森」では、生きてゆくこととは限りなく喪失し続けることであり、生(エロス)は死の一部であるとする立場から物語が語られているのです。「浮世離れした主人公がある日を境に突然、現実参加を決意する物語」ではありません
二元論を超越しようとする視点から村上春樹を読むべきであり、毛丹青のように二元論的思考にこだわっている限り、村上春樹を読めていないと言うほかなさそうです

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