清心女子高校傷害事件を考える5 そして沈黙

同級生を授業中にナイフで刺し、逮捕された女子生徒は取り調べに応じるものの、自ら積極的に事件について語ろうとはしない、と報じられています


こうした記事を読むと一部の人たちは、「警察の取り調べが手ぬるいからだ。甘やかさずにもっとビシビシ追求しなければダメ」と言い出すのかもしれません
あるいは、「自分のやったことを本当に反省しているのなら、それを警察に言うべきだ。黙っているのは反省していない証拠」と指摘する人もいたりします
「自分でやってことなのだから(その動機も)わかっているはず」と決めつけるのはかなり強引な主張です
こうした事件では、その行動の意味を本人が理解できないまま、ただ衝動に駆られて突き進んでしまうケースがあるのです
つまり、行動の意味を理解するとはそれが言語化され、説明可能であるという場合を指します
行動の意味が言語化されていないと、当然ですが説明はできません
ここで述べている言語化とか、それが意識化されていることを言います。人は意識化されている事象については語れるのですが、意識化されていない事象については的確に語れません
前にも述べましたが、テレビの「火曜サスペンス劇場」のラストシーンでは、必ず犯人が自らの犯行について長々と説明します。あれは視聴者にすべてを明かし、カタルシスを与えるための演出です。実際に犯罪で逮捕される犯人が事件について、雄弁に語ったりするとは限りません
秋葉原で通り魔事件を起こし逮捕された加藤智大被告は、警察での取り調べでしゃべりまくったようですが、あれは自分の犯行について聞いてもらおう、知ってもらおうとする欲求があったためです。さらに犯行を思い立ってから実行するまでの時間が長く、自分の行動を英雄のように見立て、妄想を練り上げ、言語化するのにたっぷりと時間をかけることができたためです
つまり無意識化にある潜在的な欲動を、時間をかけて意識化し言語化できたからこそ、取り調べでペラペラしゃべることが可能だったと言えるのです
これに対して本件の場合、犯人である女子生徒が被害者を憎悪し、殺意を抱いてから実行に踏み切るまで時間はそうかかっていないと思われます
つまり無意識化にある攻撃の衝動がそれと意識されないまま、言語化されないまま彼女を犯行へと駆り立てたのだろうと考えられるのです
犯行前日もナイフを所持して登校し、犯行の機会を伺っていたが実行しませんでした
教室内で刺そうと思えばいつでも実行できたはずですが、そうしなかったのは何らかのためらいがあったからなのかもしれません
そうした彼女の心のゆらぎを聞き出すのは相当の技術が必要とされるでしょう
刑事が机を叩いて怒鳴りつければ、ペラペラ自供を始めるというものではありません
記事の中で、「悩みを相談できる体制を」と提言するのは理解できます。しかし本人が抱える十分に言語化されない鬱屈、葛藤、不安を誰かに相談しろ、打ち明けろと言っても無理があるのも事実です
自分の内面に抱えているものを第三者の前にさらけ出すというのは恥ずかしかったり、相当に勇気が必要とされるものです
思春期の少年少女を相手にする難しさがここにあります

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