「舞姫」 鴎外の愛した女性のモデル

森鴎外の小説「舞姫」のモデルとなった女性について、その人物を特定するための新たな事実が判明したと読売新聞が報道しています

「舞姫」のヒロイン、モデル特定に新証拠

エリスのモデルが「アンナ・ベルタ・ルイーゼ・ヴィーゲルト」ではないかとする説があるそうですが、今回女性から鴎外に送られた刺しゅう用の型板に、A、B、W、Lの文字が見つかったそうなので、この説が正しいとする証拠になるのでしょう
森鴎外は明治20年9月、26歳のときに留学を終えドイツから帰国します
帰国の2日後、鴎外のところへ縁談が持ち込まれます。つまりは鴎外が留学中、密かに縁談の話が進められていたのでしょう
相手は陸軍中将男爵赤松則良の長女、登志子で、仲人は西周が買ってでました
赤松則良は身分の低い徳川の御家人(旗本より下の身分)から身を起こし、語学の才を発揮して咸臨丸で渡米する幕府使節の一員に抜擢され、その後は榎本武揚らとともにオランダに留学した俊英です
西周は石見藩典医で鴎外の親戚筋であり、幕末には赤松則良とともにオランダに留学、明治政府では兵部省、文部省、宮内省に勤めた官吏です
つまり断る理由がないくらい鉄板の縁談だったわけです
ところがその2日後、ドイツから1人の女性が横浜にやってきます。これが「舞姫」のモデルとなった女性です
鴎外はおそらく、「日本に帰ったら2人の結婚を親や親戚に承諾させる」と彼女に言い含めていたのでしょう。そして鴎外が親や親戚を説得する時間を考慮し、鴎外の帰国から4日後に日本に到着するよう示し合わせていたと思われます
しかし、帰国した鴎外は自分の縁談が親たちの間で勝手に進められていたのを知り、愕然としたのでしょう
森家の長男という立場と、ドイツ人女性との結婚に親や弟、妹が反対する現実を前に鴎外は折れ、赤松登志子との結婚を承諾します
ですが、登志子との結婚生活は1年半で破綻します
この短い結婚生活の間に鴎外は「舞姫」を執筆しているのです。妻にすれば、夫の心が自分ではなく他の女性に向けられているのだと知らされたも同然でした
アンナ・ベルタ・ルイーゼ・ヴィーゲルトは貧しい場末の踊り子や娼婦ではなく、裕福な被服店の娘です。結婚の夢が敗れた2人ですが、その後も鴎外と彼女は手紙を交わしていたとされます
また、鴎外の娘(再婚した2番目の妻との間のこども)たちには杏奴、類と名づけており、これはアンナ、ルイーゼというかつての恋人の名前を連想させるものです
鴎外のとっては忘れることの出来ない、一生に一度の恋だったのかもしれません

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