「涼宮ハルヒのユリイカ」を読んで

青土社から刊行されている批評雑誌「ユリイカ」の7月臨時増刊号は「総特集 涼宮ハルヒのユリイカ」とタイトルがつけられ、中身は涼宮ハルヒの小説やアニメーションに関する論評で埋められています
期待して読み始めたものの、楽しめるような論評はあまり載っていません
そこそこ名の通った評論家、作家が文章を書いているのですが、核心に迫らないまま物語の上っ面を漂っている感じがして物足りなく感じます
だからといって読むのが無駄だとか、買うに値しないと言い切るつもりはなく、要は読んだ人がどれだけ楽しめるか、という話です
八代嘉美(生物学者)が「いつか果てる刻」と題して書いている文章は、以下のようになっています


「涼宮さんが力をなくして、ただの人になってもSOS団が解散するわけじゃないでしょう?(中略)みんな仲良く今まで通り、団長さんと一緒に行動できるわ」
これに対して、キョンの真正面からの答えはなかった。これは『消失』でも問われた問いであった。


「頭痛が痛い」とでも書くような、「問われた問いであった」との表現もひっかかるのですが、全般がこのように物語の筋をなぞるだけで、「日常」対「非日常」という空疎な概念の対比にとどまっています
佐藤俊樹(社会学者)が「涼宮ハルヒは私たちである」と題して書いている文章は、「三・一一を境にして、私たちの世界は大きく変わってしまった。小説やアニメも例外ではない」と書いています。いまだに「三・一一」とか「9・11」とか記述して、それで何かを言い表した気になっている人たちには幻滅します
前にも書きましたが、「『9・11』以降世界は変わってしまった」などと書いて真実を見知ったような気になっている人間を自分は毛嫌いしています
もちろん3月11日の地震で被害を受け、人生が変わってしまった人がいるのは事実でしょうが、変わらない生活をしている人間も大勢いるわけです
小説やアニメも大きく変わってしまった、などと発言する社会学者を自分は信用できません。「オレは鋭敏な感覚で社会の変化を察知しているんだぜ」と自慢しているようで、小賢しい限りです
地震が発生した3月11日を境に、本当に涼宮ハルヒの作品世界が変わってしまったのでしょうか?
佐藤俊樹はさらに、「涼宮ハルヒは地震である」との説を開陳しています。要するに地震の話を書きたかっただけではないか、と突っ込みたくなります
海老原豊(SF批評家)の「涼宮ハルヒの韜晦 SFが可能にした語り、SFを可能にする語り」は長文の力作であり、涼宮ハルヒの作品世界をSF小説として読み解こうとするきわめて正統な試みです
物語を構成し、展開させるキョンの語りがいかなる役割を果たしているかについて考察し、そこにオタク文化のバックボーンを見ているのですが、驚くべき新発見というわけではありません。むしろ自分としてはキョンの語りに依存した涼宮ハルヒの物語の限界、あるいは制約の方が気になります
笠井潔(作家)は、涼宮ハルヒを池田小学校襲撃事件の宅間守になぞらえ、例外状態と表現しています。あとは日常と非日常、例外といった表現が続き、イスラム革命主義者による9・11、福島原発へと話が及ぶのですが…
掲載する必要があったのか、と思ってしまいます
サブカルチャー系文化人の代表であり、論客として有名な笠井潔ですが、この論考など掲載せずにボツにした方が良かったと言えるくらいの出来です。まあ、それだけに活字のまま保存しておくべき、珍論だと言えるのですが
涼宮ハルヒの作品世界について、珍妙な論考を収集しておきたいというマニアックな嗜好の持ち主には、「涼宮ハルヒのユリイカ」はお薦めです
涼宮ハルヒの作品世界は繰り返し読まれ、視聴され、語られるテクストであり、そこに何を見出すかは人それぞれなのでしょうが、残念ながら「ユリイカ」の特集は踏み込み不足の感が否めません
書き手たちが「非日常」とか、そんな前提に振り回されすぎているように思えるのです
前にも書きましたが、自分としては「涼宮ハルヒの驚愕」は読むに値する失敗作であり、物語としては破綻しているように感じます
上下2巻の「驚愕」よりも、付録としてついてきた冊子の短編「Rainy Day」の方が楽しめました
もちろん谷川流が青春恋愛譚として「涼宮ハルヒ」シリーズを書いているわけでもなく、ラブコメ路線で突っ走る気はないのでしょうが

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