朝日新聞に掲載された木嶋佳苗の手記 その2

朝日新聞のデジタル版(インターネット経由で有料購読する紙面)に掲載された木嶋佳苗の手記を取り上げる2回目の試みです
昨日も書いたように手記は全部で6編あります。順序立てて取り上げるのなら2番目の手記に言及すべきでしょうが、2番目の手記は彼女自身の生い立ちに触れたものなので、当ブログとしては最後に取り上げるつもりです
さて、3番目の手記は「私は、結婚に救いを求めました」と題されています
しかし、結婚願望が今回の事件として疑いを招いたと釈明するでもなく、まったく別の方向へと筆が走っています。それはつまり、自らの結婚願望について、木嶋佳苗は語るべき何ものも持ち合わせていないと暴露しているようなものです


「私は、結婚に救いを求めました」木嶋被告手記 3
善悪の認識も欠如していたようです。自分の意識や体が創造する超越した絶対性に固執し続けるうちに、現実社会に対して関心が無くなり、大人としての自覚は鈍磨したまま年齢を重ねていきました。自分の内面の切実な問題を直視する勇気もなくて、業について考え出すと辛くなり、心を寂しく虚(むな)しくしていくばかりでした。
 人生や自我を考えた時に宗教の領域まで行かなかったのは、子供の頃から多くの書籍を読んでいたので、人間の本性や宿命に免疫ができていたことと、どのような宗教も辿(たど)り着く頂点は同じであろう、と達観していたからです。特定の宗教に傾倒することはありませんでしたが、信仰心は大切な気がします。
私のような人間にとって、この世の中はとても生き難い場所です。10年以上交際していた男性からモラルハラスメントを受けてきたことも、私の精神を蝕(むしば)み、自分の中の迷路でもがき続ける結果になりました。心の暗闇との絶え間なき闘いは、そう簡単に処理しきれる問題ではありません。過去を考察すると、私は長い間、楽しいけれど実質的には空虚な世界をさまよってきた気がします。
そんな自分に倦(う)み疲れていた私は、結婚に救いを求めました。体調を崩し、病院通いを続け、原因を取り除くことができない自分に呆(あき)れながらも、私は本当の自分をさらけ出して人と付き合うことができなかったのです。自分を持て余し、嘘(うそ)をつくことが意識的なのか、無意識なのかもわからないほどに精神が破壊され、病んでゆくばかりでした。一般女性からのお手紙に、現代の日本社会で女として生きていく大変さを打ち明けられることが多いことに仰天すると共に、これは意外に深刻でシリアスな問題だと捉えています。
いわれのない反感を持たれたことには、孤立感を覚えました。精神衛生の為に、報道は極力見聞きしないように過ごしていても、避け難く自然に耳に入ってくることもあります。私について、事実ではない言説が一人歩きしている報道を知ると、本当に驚きを禁じ得ません。内省し、自分のの心の奥底を見詰め、表に出すという作業は、私にとって非常にきついことでした。
長年無意識に自分が蓋(ふた)をしていた感情と向き合い、検証し、さらけ出すことは、勇気も努力も必要でした。私は、他人の気持ちを忖度(そんたく)できない人間だったということに、今まで自分自身が気付いていなかったことを恐ろしく感じました。
心奥の暗闇に潜り、自分の悪の根源、歪(ゆが)んだ価値観、狂気を孕(はら)んだ不健全な魂を直視したことで、初めて自分自身を理解し、受け入れることができたのです。
悪というものは、大なり小なり誰にでもあるでしょう。それと向き合う作業は厳しく、孤独で難しい作業です。強靱(きょうじん)な胆力が必要です。私にそれができたのは、信じて守り続けてくれている人たちとのコミュニケーションの深さがあったからだと思います。
上辺だけではない、真心からの愛情、あるいは信頼感が、私の魂を救済してくれたのだと感じています。メンタル疾患に悩む人が多いようですが、心の拠(よ)り所があれば、きっと大丈夫。一番怖いのは自分であって、自分の敵は自分なのだと悟ってから、毎日自分の心の在り方を意識するようになりました。
長い勾留生活の中で、心を平静に保ち続けることは容易ではありません。体調管理も大変です。自己との闘いを繰り返し、感情的にならず、知性と理性を磨いて強く生きて行くことで、充足した甘美な孤独の世界を知りました。
私と同じような立場で、全国の留置場や拘置所等の施設で過ごしている人たちからも、多くの励ましや相談の手紙が届きましたので、辛い境遇にある人たちへのメッセージを贈ります。謝罪と反省をしても、不安や恐怖、焦燥に苛(さいなま)まれることもあるでしょう。人間関係の変質もあるかもしれません。失望し、困難にめげて気弱になりがちですが、どんな状況に置かれても、他人を妬(ねた)んだり、羨(うらやん)んだり、恨まないことが大切です。そして、意識的に感謝することを探して見つけ、有り難いという気持ちを忘れないことが肝要です。ささやかな幸福を噛(か)み締めて、誠実な心構えで生きる努力が何より大事だと思います。
身体は拘束されていても、思考という領域の中では、誰もが平等に自由になれます。
私は、心の在り方が変われば行動や習慣が変わり、人格や運命さえも変わると信じています。心掛け次第で自分を変えることは可能です。いつからでも遅くありません。人それぞれに切実な問題があるでしょう。


率直に己の心の内奥をさらけだすかのような姿勢を示しつつも、「そんな自分に倦(う)み疲れていた私は、結婚に救いを求めました」と1行書いただけです
この時点で彼女は自分にかけられた殺人容疑を否定しています。にもかかわらず何やら悟りきった境地から訓戒を垂れるがごとく、駄文を延々と綴っているのです。インチキ自己啓発セミナーのテキストを丸写ししたような内容です
「結婚に救いを求めました」の前の文章と、後の文章とはつながりがまったくなく、整合性がありません
本来なら自らの結婚願望や、男性に何を求め、何を手に入れようとしているのか書くべきところでしょう
それを木嶋佳苗は書きませんでした。書けなかったのかもしれませんし、最初から書くべき結婚観も、妻として自分がどのような役割を務めるかという理想像も持っていなかったのかもしれません。だから話題が急転し、悟りすました処世訓の羅列になったと自分は感じます
亡くなった(殺害した)男性とは結婚を前提に交際していた事実を木嶋佳苗自身認めているのですから、思い描いていた結婚生活について語っても裁判に何ら影響はないはずです
しかし、木嶋佳苗は語ろうとはしません
そして空虚な自己探求体験を延々と語り始めます
事件として起訴されている内容を否定し無罪だと主張するのなら、なぜ手記の中で自らの潔白について触れないのかも不可解です
警察や検察に対する恨み言を書くばかりで、身の潔白について述べるところがないのは実に奇妙です
この朝日新聞に掲載される手記は、あくまで彼女が演じる木嶋佳苗を演出する目的で書いたものなのでしょう。さらに事件について直接、あるいは間接的にでも触れるのはまずいと彼女自身が判断し、避けていると思われます
触れてはならないものがあると、暴露しているにも等しいのですが
次回は木嶋佳苗が手記の中で語る、自身の生い立ちについて触れます

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