大津のいじめ事件 正義を批判する哲学者の珍説

大津市のいじめ事件にばかり言及するのもどうかと思うのですが、本日2発目を書きます
産経新聞の記事で、「いじめ事件の加害者や関係者を批判し、正義を振りかざす人間の幼稚さ」を哲学者適菜収という人物が批判しています
(記事、略)
ハンナ・アーレントを引用し、「人間は悪のために戦うことはできない。歴史的に見れば、国家=法の破壊は、常に社会正義の名の下に行われてきた。正義の暴走を許せば、人間はいくらでも愚かに卑劣になることができる。そこを革命勢力は狙うわけだ」と指摘し、法を踏み破ってまで正義と称し行動することの危険さ、愚かさを主張しています
しかし、この一連の主張には大きな誤りがあります
法は絶対ではないからです
ここで適菜収は、「正義を口実に現行法を無視していいわけはない。加害者の少年は法の下に裁かれるべきであり、少年法に問題があるなら改正を目指せばいいだけの話である。同様に、私刑を行った愚民は厳正に処分すべきだ。これが法治国家の原則である。例外はない」と言い放っているのですが、問題の根幹を読み誤っているとしか思えません
今回のいじめ事件が多くの人の関心を惹き、いじめの犯人や隠蔽しようとした中学の校長、教育長に怒りに矛先が向けられた理由を適菜収は正確に捉えていないのです
上に法は絶対ではない、と書きました
今回のケースでいえば、学校が「いじめはなかった」と全面否定し、教育機関としてこの問題にきちんと対処しようとしなかった不作為と隠蔽が問題になります
さらに大津の警察署が被害届を受理せず、刑事事件として捜査をしないという問題もありました
法が絶対だというのなら、学校も警察署も法に則り、しかるべく対処しなければなりません。しかし、行政機関(この場合は警察も含めて)が法に従わず、事件を隠蔽するのであれば、国民が怒るのは当然でしょう
法を執行する立場にある者が、勝手気ままに振舞っていたのでは国民は法を信用することなどできません
法が法として機能していないところに問題があるわけで、それが適菜収には理解できないようです
「法は絶対だ」と言い切って事件の背景、国民の怒りの意味を読み取ろうともしない哲学者の言説に何の説得力もありません
ハンナ・アーレントもこのような稚拙な言説のために引用されて、さぞ苦い顔をしているに違いないと思います

(関連記事)
大津の中学生自殺 いじめを放置した学校の言い分
大津の中学生自殺 橋下市長「いじめをなくすのが行政の仕事」
大津の中学生自殺 教育委「いじめた側にも人権がある」
大津市の中学生自殺 いじめ主犯の氏名が明らかに
大津の中学生自殺 校長は「自殺の練習」を否定
大津の中学生自殺 教育委員会の隠蔽工作
大津の中学生自殺 学校側はいじめを把握
毎日新聞が「2ちゃんねるの加害生徒への集団いじめ」と報じる
大津の中学生自殺 加害者たちの現在
大津市教育長 ハンマーで殴られ負傷
大津市いじめ事件 生徒が女性教諭へ暴行するも隠蔽
大津中学生自殺 教師への傷害で学校が被害届
大津の中学生自殺 犯人を書類送検へ
大津市の中学生自殺 第三者委員会がいじめを認定
大津いじめ自殺の生徒に卒業証書授与
大津中学生自殺 担任は減給1か月のヌルい懲戒処分
大津いじめ訴訟 逃げ得を許さない
大津いじめ訴訟 元同級生に賠償命令
大津いじめ訴訟 隠蔽工作失敗し、事件化
いじめ4年後に自殺、学校側に賠償命令
ウソの万引き容疑で宝塚音楽学校を退学処分
宝塚音楽学校のいじめ 呆れた実態
男子中学生が小学生を恫喝する動画をYouTubeにアップ
いじめ動画をサイトにアップした中学生送検
兵庫の県立高校で自殺 校長は「不慮の事故」と表現
横浜市で原発避難生徒いじめまくり 学校は放置
福井中学生自殺 生徒を死に追いやった教師
マイケル・サンデル「白熱教室」のデタラメ
トロッコ問題」授業で児童が不安を訴える 岩国