やらせで批判の映画「ガレキとラジオ」復活上映の怪

東北震災後、宮城県南三陸町で活動していた災害ラジオ局の様子を取材したドキュメンタリー映画「ガレキとラジオ」を巡っては、内容に一部やらせがあったと判明し、上映中止に追い込まれた話を当ブログで取り上げました
しかし、なぜか復活上映を目指そうとする動きが関係者の中にある、との報道を目にしましたので、再び言及します


震災映画「ガレキとラジオ」上映再開を=局の元スタッフが声明
東日本大震災の後、宮城県南三陸町に誕生した災害ラジオ局を追ったドキュメンタリー映画「ガレキとラジオ」の一部に演出があり、上映が中止になっている問題で、映画に出たラジオ局の元スタッフ4人が14日、上映再開を求める声明を発表した。
映画は、電波が届かなかった地区で録音を聞く女性の姿をラジオを聞いているように描いたことが問題視された。
声明は「1年間南三陸に密着し、撮影した制作チームとわれわれ、そして女性の間には相当な信頼関係が構築されている。心底、被災地を思って撮られた作品で、このまま終わっていいものではない。絶望の果ての果てに、希望を見いだそうと必死だったわれわれのあの思いまで奪わないでほしい」と訴えている。
元スタッフの平形有子さんは「私たちは映画の再上映を切に希望しています」と話した。


この短い記事だけでは詳細が掴めませんので、続報となる5月2日付けJ-CASTニュースの記事も併せて御覧ください

やらせ報道の「ガレキとラジオ」、上映再開へ

いまになって電波の届かない地域に住んでいた女性が「やらせではない」と言い出し、やらせ報道を否定した意図は不明です。電波の届かない地域に住んでいたのですから、日常的に災害ラジオ局「FMみなさん」を聞くことは困難であり、「ラジオに励まされた」と映画の中で発言している部分は大いに疑問です
想像するに、この女性の一言が「ガレキとラジオ」上映を中止に追い込む結果に至り、大いに責任を感じてしまったのかもしれません
つまりは南三陸町の人たちへの裏切り行為をしてしまった、という罪悪感に苛まれ、「やらせ報道」を否定しなければならない立場に自らを追い込んだと考えられます
今後は取材に対しても、「(自宅では電波が届かないが)自宅以外の場所でラジオ放送は聞いていた」と主張するものと思われます
が、しかし、ドキュメンタリーとして疵がついてしまったこの映画を復活上映させるべきなのでしょうか?
「東北復興のため」という大義名分をかざし、上映を復活させようとする試みには賛成できません。もちろん、災害ラジオ局「FMみなさん」に関わった方々の奮闘を否定する気はありませんが
再上映してやらせの有無を議論するのはいかにも不毛であり、それが「東北復興」に役立つとは考えらないわけで
もし再上映したいのであれば、件の女性の登場シーンを削除し、再編集すべきでしょう。それで作品の価値が損なわれたりはしないはずですから

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