中国は村上春樹をどう読んだのか3

「日本の文化が外国でどのように理解され、受け入れられているのか」が自分の関心事の1つであるため、たびたび「村上春樹がどのように読まれているか」について取り上げています
筑波大学の大学院に留学していた中国人女性のブログ「雨天の書」は、質の高い論評です。「無断転載を禁じる」と断り書きがあるため引用するかどうか、躊躇してきました。ブログ主は2011年3月の東北震災後、福島原発の放射能汚染を心配する両親の忠告に従って中国へ帰国されたため、ブログの更新も途絶えています
何度も触れているように、中国国内から外国のブログ、SNSへのアクセスは実質禁じられているため、ブログの更新はできない状態なのでしょう
折角質の高い論評を発信してくれている方が、そうした国策により学術研究の成果を公開する機会を逸しているのは残念です
以上のような経緯がありますので、ブログ主へ引用の許可を得る方法もないと判断し、勝手に引用させてもらいます。後日、機会があればお詫びするつもりです
以下、引用するのは2007年の記事であり、中国における村上春樹の影響を伝える論評としては初期のもので、それだけに興味深いものがあります。長文なので一部のみ、取り上げます


中国文学界における村上春樹の影響
1980年代末から中国は村上春樹の文学を翻訳紹介するようになった。10年前に日本文学の研究者田建新が日本語で書いた研究論文「中国の村上春樹――“新鮮血液”」の中に、「毎年のように村上春樹の作品と評論が紹介され、それによって、“恋愛小説”“青春小説”“都市小説”などといった概念が中国の文壇にも吹き込まれた。その反響としては、これまでの『傷痕』文学や『現実批判』文学に飽きた読者側にも、また中国当代文学の新しい方向を模索する作者側にも“新鮮血液”をもたらした……」 とある。確かに、ここで使われている“新鮮血液”という比喩は、中国の現状に照らしてぴったりしていると思う。一般的に、どんな「影響」も最初は目に見えない過程があるので、影響の結果が出るまでに一定の時間がかかる。そんな“新鮮血液”の中国文学への影響は、20世紀の最後の年(即ち1999年)に『上海ベイビー』(原題:『上海宝貝』 )という小説が登場してはっきりした。
(中略)
今では、衛慧が村上春樹文学の影響を受けたことは旧い話題になってしまっている。それほどに、現在の中国の文壇において村上春樹文学の影響を受けている若い作家は数え切れないと言われる。最近、北京師範大学日本語日本文学系の王志松教授は、『転換中の消費社会における“村上現象”-―中国大陸における村上春樹文学の翻訳と受入れ』 という研究論文を発表した。王志松はその論文の中で、90年代以後村上春樹文学の影響を受けた中国の若い作家の何人かを挙げている。例えば、その中の一人素素は自ら「村上春樹の考えは感性的で深奥だ」と言っており、王志松も彼女の小説『シーブルーの目』(原題:『水藍色的眼睛』)は村上春樹から大きな影響を受けていると指摘している。もう一人の作家であり新聞記者でもある邱華棟は、自分自身も最初の小説『夜の承諾』の主題と音楽に関する描写において、村上春樹文学のからの影響を認めている。また、邱華棟は村上文学に対して優れた見解を持っていて、「存在一流的村上春樹和二流的村上春樹」(いい作品もあれば、悪い作品もある)と主張し、村上の短篇小説は、世界文学の巨匠と肩を並べるほどのものであると思っている、と言明している。そして、先の王志松は論文の中で、特に“70年代後”の作家として『泣きぼくろ』(原題:滴涙痣)を書いた李修文は、「中国の村上春樹」であるともと言っている。
(中略)
「80後」作家とは1980年代に生まれ、旧態依然とした社会体制に反逆し、両親の世代が今も持っている保守的な価値観を否定し、プチブル(小資)の都市生活を持ち、やりたいことを自由にやる、というような特徴を持っている。若い世代から圧倒的な支持を集めている作中の主人公は、作家本人であり、自分をタレント化することによって巨万の富を獲得している。「80後」は、ほとんど生まれつきの中産階級と言える。有名な例では、「春樹」というペンネームを持った若者が、筆名を日本の村上春樹から取ったことは疑い得ない。彼女が17歳の時に発表した初の長篇『北京ドール』(原題:北京娃娃―十七歳少女的残酷青春自白 2001年)は、一時にベストセラーになったが、性や退廃的なムード、奔放な「自由」などが描かれていることから発禁処分を受け、それをきっかけに海外で広く知られるようになる。また、「80後」作家としての郭敬明の作品は、春樹より作品の中の反逆児が少なく、孤独を楽しんでいる感傷者が多い、最も「村上春樹らしい作家」と呼ばれている。
(中略)
また、村上春樹及び『ノルウェイの森』の高い評判にあやかって多くの読者やお金などを得る目的で書かれた新作も存在する。『ノルウェイの森はない』は有名な例で、2004年に『ノルウェイの森』の続編が書かれたもので、中国国内が沸き返るような騒ぎになった。著者は「福原愛姫」という日本の女性作家ということになっていて、村上春樹の「秘密の愛人」だと報じられた。(実際、日本にはそのような名前の女性作家はいなし、そのような事実もない)この続編は『ノルウェイの森』に登場する「ワタナベ」「緑」「レイコ」「永沢」などがそのまま出てきて、プロットは悪くないと言われている。悲しいのは、「福原愛姫」という人物がでたらめな架空の作家で、中国のある文学青年が書いたということである。村上春樹の版権を独占する上海訳文出版社から村上春樹が否定の声明を出した、と『北京娯楽信報』が報じた。


省略した部分では、村上春樹の影響を受けた幾人もの新人作家の台頭について触れています
さて、社会現象として「春樹」というペンネームの作家がネット小説を発表したり、さらには村上春樹の愛人を称する作家が「ノルウェイの森はない」と題する小説を発表するに至るなど、面白いエピソードが紹介されています。日本でいえば二次創作に該当するのでしょう
村上春樹の影響を受けた若い世代の作家がハルキ風の小説を発表するのは驚くに値しませんが(ヨーロッパ、ロシア、韓国でも見られる現象です)、急速に近代化が進行した中国で村上作品が与えた影響は我々が想像するより大きかったとようです
言及されている中国の若い世代の小説も読んでみたくなります
「雨天の書」では村上作品が中国映画や音楽に及ぼした影響についても触れていますが、言及する範囲が限られており残念です。2007年以降の状況についても取り上げてもらえたら、と思います

中国の芸術界における村上春樹文学の影響

香港の映画監督ウォン・カーウァイの「恋する惑星」(原題:重慶の森)が「ノルウェイの森」の影響を受けている、との指摘には驚きました。改めて「恋する惑星」の作品紹介記事・映画評などいくつも読んでみたのですが、「ノルウェイの森」との関連について言及している作品紹介記事は見当たりませんでした(見落としている可能性もありますが)

「恋する惑星」



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