中国は村上春樹をどう読んだのか2

「中国は村上春樹をどう読んだのか」の第2弾です
前回は村上春樹作品の翻訳を数多く手掛けている林小華の「総序 村上春樹の小説の世界と芸術の魅力」を含め、紹介しました
中国における村上春樹研究の第一人者として名前の挙げられる林小華ですが、彼の翻訳にはさまざまな問題があると指摘するブログがありましたので、取り上げます
『ノルウェイの森』の中国語訳とオリジナルの違い
http://yanghu.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-0795.html
ブログ主は中国の漢方医学を勉強している方のようです
「ノルウェイの森」台湾版、香港版、大陸版との違いを指摘されており、なかなか興味深い内容です
特に、上記の林小華訳本(大陸版)は翻訳者が勝手に付け足した部分が多い、あるいは改変めいた訳が多いというのは重要な見解でしょう
しかし、日本人の読者が違和感を感じるところの林小華訳が中国では支持を受けているのですから、中国での村上春樹は林小華というフィルターを通した世界観で理解されていると解釈されます
ならば林小華の創造する村上春樹の世界観はいかなるものでしょうか?
2001年の「人民中国」に掲載された林小華のエッセイがありますので、引用します。元記事が長いので一部のみ取り上げます。全文を読みたい方は以下のアドレスにアクセス願います

村上春樹は中国でなぜ読まれるのか
http://www.peoplechina.com.cn/maindoc/html/fangtan/200110.htm
村上春樹の『ノルウェイの森』が出版されたばかりのころ、私は日本にいた。当時の私は、中国と日本の古詩の比較をテーマとしていたから、翻訳には興味がなかった。帰国してから、私の文章の調子が『ノルウェイの森』の翻訳にきわめて適している、と漓江出版社に推薦してくれる人があり、私はそこで初めて真剣に、村上春樹の原著を読んだ。読んでみると、彼の作品は本当に私の気持ちにぴったり来た。そこでついに翻訳を始めた。
(中略)
中国の読者はなぜ村上春樹ばかりを寵愛するのだろうか。十数年来、村上作品を翻訳してきて私が、自分で体験したことや考えたことを基にして、それに読者からの手紙に書かれた感想や見方を加え、簡単にその原因を紹介したい。あるいは、中国人がどのように村上作品を見ているか、を紹介すると言ってもよい。これを二点に分けて論じてみよう。
風が水面を渡るような文章
まず、村上作品独特の言葉遣いや筆の運び、それに文体が、中国人の読みたいという気持ちを引き起こしたことだ。
中国は昔から「詩文大国」を任じ、とくに文章の彩りや技巧を重視してきた。「二句をつくるのに三年かかり、ひとたび吟ずれば両眼から涙があふれる」といった唐の賈島のような文人墨客は、どの時代も枚挙にいとまがない。おそらくこうした文化的遺伝子のせいで今日までずっと、中国人は文章や作品の水準や風格に対して、ことのほか敏感であり、重箱の隅をつつくようなことをしてきたのだ。
もっとも称賛される文章は簡潔、明瞭な筆致である。(これは中国語の最大の優れた特徴でもある)。これに比して「粘着語」に属する日本語には、こうした優れた点はない。だから、中国語に翻訳された日本の文学作品を中国人が読み始めるときまって、どろどろとした、すっきりしない感じを受けるのだ。(もちろん、翻訳の拙さが原因である場合も排除できないが)。たとえ川端康成のような大文学者の作品でも、文章の風格から言えば、普通の中国人が読み続けていくのは大変苦しい。これはたいてい、川端文学をはじめすべての日本文学が、中国ではかなり少数の人にしか興味を持たれない原因の一つとなっている。多くの読者からの手紙では、作者の名前を見なくとも、ほんの数行読めば、それが日本文学だとわかってしまう、と書いてきている。日本文学の、あのねばねば、べたべたした感じは、読者には実に耐えられないのだ。
村上春樹の賢いところは、彼が最初から、伝統的な日本語の持つこうした先天的な弱点を意識していて、洗練された、簡潔な言葉の使い方に格別の注意を払っている点だ。彼はかつて取材を受けた時、こう語っている。
「僕はいろんな言葉のまわりについていた付属物を洗い流しちゃって、それを洗い流したままで抛りだしたような気がするんです」
(中略)
しかし村上春樹は違う。彼はその筆の中に、感情をころしたユーモアと独特で飛躍的な想像力を持っている。これは比喩を使った手法の中に、十分表れている。思いつくままに、二つの例を挙げて見よう。
「どれくらい私のこと好き? と緑が訊いた。『世界中のジャングルの虎がみんなバターになってしまうくらい好きだ』と僕は言った」
「緑は長いあいだ電話の向こうで黙っていた。まるで世界中の細かい雨が世界中の芝生に降っているような沈黙がつづいた」
このような比喩は、どの作品にもみな使われていて、絶えず独創的である。おそらく村上春樹はこうした点を、日本の伝統文学よりも欧米の現代文学作品から学んだのではないか。そしてこのような比喩は確実に、中国の読者の耳目を一新させ、ときには驚喜させるのだ。日本にこんな奇抜で優れた文学作品があったのか! と。とくに若い女の子は、胸をときめかせ、村上春樹の小説は「チョー・クール(すごくかっこいい)」と思うのだ。一部の人は文章や著作の中で大なり小なり「村上文体」を模倣しはじめた。
(以下、略)

中国の読者が、「世界中のジャングルの虎がみんなバターになってしまうくらい好きだ」との表現に感動したのは分かる気がします
前回紹介した、馮英華の論文「中国における村上春樹文学の受容」が共産党の政策綱領みたいな紋切型の表現であるのに比べ、林小華のそれは日本と中国の文学表現の違いに目を配りつつ、造詣の深さと視野の広さ、柔軟な思考を感じます
省略した末文で林小華は、「しかし村上作品を読むと、自分のことを読んでいると感じ、自分の精神世界と心の天地の中を遊び回って、ついに自分自身を見つけたと感じるのだ。一言で言えば、村上文学は、中国の都市に住む青年男女の心の共鳴を引き起こした。これがまさに、村上春樹の小説が中国で長くブームを続け、衰えを見せないもっとも根本的な原因である」と指摘しており、これはこれでツボを押さえていると感じました
翻訳文・表現に関して独自の解釈を混ぜると指摘される林小華ですが、中国の若者の心情を理解した取り組みを重ねているからこそ、その翻訳が支持を得ているのでしょう
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「なぜ韓国に村上春樹はいないのか」と書く韓国メディア
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村上春樹論
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村上春樹「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」
http://05448081.at.webry.info/200906/article_62.html
「1973年のピンボール」
http://05448081.at.webry.info/200906/article_149.html
記事「村上春樹ブームを読む」を読む
http://05448081.at.webry.info/200907/article_44.html
村上春樹と東アジア 毎日新聞より
http://05448081.at.webry.info/200908/article_21.html
村上春樹「神の子どもたちはみな踊る」
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