セカイ系アニメを語る中国の論評

レコードチャイナや中国人民網といったメディアの取り上げるアニメーションに関する論評を、当ブログではこれまで何度も取り上げてきました
しかし、どれも視点がずれていたり、論評するロジックが破綻していたり、そもそも論評にすらなっていなかったり、作品そっちのけで金の話に終始していたりとさんざんなものばかりです
アニメーションの発展のためには、しかるべく批評できる視聴者の存在が不可欠です。日本のサブカル評論の水準はともかく、日本には数多くの視聴者がいて、作品に対して愛情とともに厳しい眼を向け、これを語ってきました
日本のアニメーションは天才的なアニメーターがいたから発展したと決めつけるのは不十分であり、世界一うるさい視聴者がいたからこそ、その批判に耐えられる水準に到達したと言えます
さて、今回は2019年12月末にレコードチャイナの配信した記事、「宮崎駿から新海誠まで、日本のアニメ映画に何が起こっているのか」を取り上げます
長文の記事なので、一部のみ引用します。全文を読みたい方は以下のアドレスにアクセス願います


宮崎駿から新海誠まで、日本のアニメ映画に何が起こっているのか—中国メディア
(前略)
続いて、「同作が踏襲しているのは、新海監督の作品に一貫している“セカイ系”の創作スタイルだ」と指摘。主に日本のサブカルチャー分野で用いられる“セカイ系”という概念について、「評論家の東浩紀氏が定義したもので、主人公とヒロインを中心とした小さな関係性の問題が、国家や社会といった具体的な中間項を挟むことなく“世界の危機”や“この世の終わり”といった抽象的な大問題に直結する作品群のことを指す」と説明した。
その上で、「日本で今最も代表的なアニメ監督である新海監督の創作スタイルは、宮崎駿監督時代の壮大な物語描写とは明らかに異なっている」と指摘。その理由として、「宮崎監督が生まれたのは日本が戦争で大きな傷を負った時代であり、宮崎監督は少年時代に戦争を目の当たりにしたことで、その後一生にわたって反戦の理念と壮大な物語の世界観、そして前向きなメッセージを発信する力を持ち続けることになった。それと対照的に、新海監督や細田守監督、石原立也監督、湯浅政明監督といった若い世代の監督は考え方がより現代的で、若者の敏感な心理を理解している。若者の特性もよりはっきりと捉えることができるため、アニメ作品を通して彼らと“共鳴”することができるのだ」と説明した。
さらに、『天気の子』を例に“セカイ系”アニメ映画の特徴を説明。同作のあらすじは、家出をして東京へとやってきた高校生の帆高と、「一時的な晴天を呼ぶ」という特殊能力を持つ陽菜が生活費を捻出するために“晴れ女”サービスを展開するものの、のちに能力を使いすぎた陽菜は人柱として犠牲になることを選び、最終的には帆高が陽菜を救い出すことでその後東京では雨が降り止まなくなるという内容だ。
高氏はこのあらすじについて、「そこから宮崎駿作品との違いがはっきりと見て取れる」と指摘。『天気の子』は“利己的”で、他人を犠牲にすることで自己の“反・集団主義”を完成させるという結末は同作が最も批判された要因の一つだ。しかし、これは同時に“セカイ系”映画の明確な特徴でもある。“若者の代弁者”である新海監督は、今の若者の心理的な特徴に順応しているが、これは日本の伝統的な思想から見ると、一つのブレイクスルーであり挑戦なのだ」と論じた。
また、新海監督の他の作品にも言及。「『天気の子』や『君の名は。』はどちらも、故郷を離れた少年が大都市で体験した出来事を物語のベースにしている。『秒速5センチメートル』は、三つの独立した物語が東京、鹿児島、栃木といった場所で交錯していく。『言の葉の庭』では授業をサボっていた少年が“桃源郷”のような日本庭園でとある女性と出会う。これらの映画では、いずれも場所や環境の変化がある人物の心理や行動を変えていく。そこで重点的に映し出されているのは、ある一個人の物語であり、感情だ」とした。
(中略)
さらに、“セカイ系”アニメ作品の中に見られるシンボルが持つ意味に言及。「『天気の子』で、主人公の帆高は枕元にいつも『ライ麦畑でつかまえて』という小説を置いていた。サリンジャーによる同書は若者の怒りと反発を主題にしていると同時に、(作中では)外来文化を代表している。同書の内容と同じく、今の日本にも物質的な利益に対する極度の熱中や、精神からの乖離(かいり)が見られる。道徳が変化し人々が本質的なものを失っている中で、新海監督は帆高が愛のために果敢に行動する姿を通して観客に“純真さ”を訴えたかったのだ」とした。
(以下、略)


何をもってセカイ系と分類するかは議論のあるところですが、上記の論評では「最終兵器彼女」とか「イリヤの声、UFOの夏」といった作品を挙げていますので、セカイ系に関する一般的な認識を踏まえて語っていると認められます
ただ、新海誠作品を「セカイ系だ」と断定するとして、そこから何を言いたいのか判然としません
新海誠が若い世代の代表であり、その感覚を共有し、セカイ系のアニメをもってして旧来の日本社会の価値観に異議を唱え、ブレイクスルーをもたらした?
そうなのでしょうか?
「秒速5センチメートル」は極私的な物語であり、ボーイ・ミーツ・ガールの、初恋の淡さと苦さを描いた作品です。少年少女の、大人社会との交わりの乏しさからそれはセカイ系(二人だけの物語)に分類されるのでしょうが、「最終兵器彼女」のような世界の破綻との綱引きといった切迫感やはかなさとは無縁です。むしろありがちな青春の一コマに数えられるのではないでしょうか?
むしろ、新海作品なら「雲のむこう、約束の場所」こそが代表的なセカイ系として挙げられるべきです
が、なぜか上記の論評では言及されていません
以下は自分の憶測です
「雲のむこう、約束の場所」は本州と北海道が敵対する内戦を背景にしています。この内戦という事態は中国共産党の提唱する「一つの中国」に反するわけで、触れてはならない話です。「最終兵器彼女」なら、「たとえ世界がどうなろうと自分はちせを選ぶ、というシュウジの想い」こそがすべてであり、そこでは社会の安寧とか人々の幸福とかをすっ飛ばして(世界を否定してでも)、ちせを選ぶ意思が肯定されるわけです
いわば一つの究極としてセカイ系は存在するのであり、中国共産党の唱える科学的社会主義社会の建設というテーゼとは真逆です
なので論者はセカイ系を論じながらも、そこへ踏み込めないのであり、入り口論に終始しているように自分は感じます
日本の社会がどうのこうのと、就職氷河期がどうのこうのと能書きを垂れていますが、そんなものは重要ではありません
上記の論評から言えるのは、中国アニメでセカイ系は成立しない、というのが結論です
習近平が何を言おうと関係ない、と殴り倒し、ただ彼女(ちせ)の傍にいよう決意する描写はできないのですから。中国アニメは決してちせやシュウジの痛みや辛さ、二人の想いを描くことはできないのだ、と

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