エヴァンゲリオン 14歳のカルテ

セカイ系アニメや「新世紀エヴァンゲリオン」についての論考をあれこれ捜し、読んでいます。が、ブログで取り上げるのに適当な素材がなかなか見当たらず、困っているところです
中国には1200校以上もの大学があり、その7割近くに漫画やアニメに関する学部・学科が設置されていると伝え聞くのですが、漫画やアニメに関する研究がどこまで行われているのかは不明です。おそらく職業訓練的な教育が中心であり、学術的な研究にはほとんど取り組んでいないのではないか、という気がします。これまで中国人研究者による、漫画やアニメについての高水準な評論を読んだ経験がないので、そう言いたくなります(そうではない、高水準の研究が行われているとご存じの方は教授願います)
今回は2011年の「追手門学院大学 地域支援心理研究センター紀要 第8号」に掲載された溝部宏二教授の論文「新世紀エヴァンゲリオンにみる思春期課題と精神障害~14歳のカルテ~」を取り上げます
精神科医でもある溝部教授は、アニメの架空の登場人物とはいえ直接診察することもなくカルテを記すのはルール違反である、と断り書きを挟んでいます。その上で、推論を開陳しています
長文なので、一部のみを引用します。全文を読みたい方は以下のアドレスからPDFファイルをダウンロードしてください


新世紀エヴァンゲリオンにみる思春期課題と精神障害~14歳のカルテ~
(前略)
4.エヴァンゲリオンを発達課題から読み取る
自我が脆弱であるが故に他者との関わりで傷つくことを回避し引き籠る主人公碇シンジが、自我が存在しないが故に恐怖感を与えない綾波レイや確立した大人の自我を持ちながら自分を手放しで認めてくれた渚カヲル、大人を装い他者を侮蔑することで自我を支えている惣流・アスカ・ラングレー、いい加減を装いつつも成人として引っ張ってくれる葛城ミサトとの触れ合い(渚カヲルは葛藤を表出しないが、他の者は、表現型は異なれども「心に欠損を抱えており」それをなんとか自分なりに補完している)で、「個」として存在する自我同一性を確立していく過程であると言えよう。
特に、何もない(零)のレイとの絆が深まるにつれ、お互いの自我が成熟してゆく反面、レイをも恐れ、一体化し、そして分離する流れは思春期の課題克服そのものである(ここに碇シンジの魂は補完されるのであるが、それは完璧で永続的なものではなく、傷つきながら修正し成長していくものである)。エヴァンゲリオンは主人公の成長物語(Bildungsroman)であり、古今東西のファンタジーと共通のテーマを持つ。
(何故14歳なのか?)
初期青年期(中学時代)にクリアするべき発達上の課題は、母親からの精神的離脱と自我理想(自我同一性)の確立がテーマとなる(表14))。中学生(平均して中2)になると、第二次性徴に伴い「性」への関心が急激に高まるが、恋愛は本格化せず、自慰による解消が主となる場合が大半である。また、これまでの理想であった両親像が揺らぎ、それを支えられていた道徳観も脆弱化する。その代償として、友人との関わりの中で新たな自我理想を形成する必要性が生じる。友人や先輩を理想化するが、安定していない時期にある同胞像は破綻もしやすく、破綻した場合は対象消失に伴い、自分を支えるため空想的万能感に浸り、引きこもることも多い。つまり自我同一性を獲得するべく、「自分は何者であるか、自分はどこにどう立ち、これからどういう役割と目標に向かって歩こうとするのか」を模索する。この過程こそが、所謂「中2病(14歳病)」なのである。この過程で挫折した場合「(自我)同一性危機」が生じる(表1)
(中略)
(碇シンジのカルテ 14歳)
3歳時に母親を事故で失い、機を同じくして父親に捨てられる。先生と呼ばれる人物に養育されるが極めて自尊感情が低い子で、自己の欲求を表出する事無く他者と親密な関わりを避けることで卑小な自己の傷付きを回避する。また重要な事項は他者に依存し、自己の判断を行わない。回避傾向がみられるのは、社交場面であるというより自己にとって重要事項である点が重要である。3歳からは他人に育てられ、他者の顔色を窺うようになり、上記行動上の特性から、回避性人格障害傾向を強く持っていると診断可能であろう。
薄情な父親の愛情を獲得したいと切に願い、同一化を試みるが得られず、エヴァ(母親の魂が封印されている)に搭乗することで、母親の庇護の元自尊感情を高めることに成功する。また、それは父親が望む事でもあった。
そうした過程を経て、父親を過度に恐れるエディプス葛藤を克服するに至り、父親への自己主張が可能となる7)。
また、同年齢の同性の友人(トウジ、ケンスケ)との関わりがサリヴァンの言う所のchumshipとして機能し、親代わりの(葛城ミサト、加持リョウジ)、異性(アスカ)および親友(カヲル)や母の面影を宿すレイとの濃厚な関わりで、エヴァ搭乗という非日常的関わりだけではなく、日常的関わりにおいても自我の同一性を獲得する後押しを得ることで、思春期前期の課題を克服するのである8)。最終的には、妻から自立出来ない父親や人類の更なる可能性を求めて、エヴァ初号期の肉体とともに去っていく母親からの自立も果たす。また、他者を恐れるあまり他人との境界が無い世界を希求し、飲み込まれることを希望していたが、その願いを破棄して独りで立つ決意を固める。ラストシーンで「新世紀のアダムとエヴァ」となるべくアスカと廃墟と化した地球に立つ。
(以下、略)


以下、省略した部分では綾波レイ、惣流・アスカ・ラングレー、参考として葛城ミサトのカルテが書かれています。残念なことには碇ゲンドウは考察から除外されています。碇シンジを論じるには父親である碇ゲンドウをじっくりと洞察する必要があるのですが(当ブログ「セカイ系アニメ 戦闘少女とダメ男」で言及したように)
溝部教授の意図としては、あくまでも14歳の登場人物に絞って論じたいのでしょう
碇シンジが思春期の嵐を乗り越えるところまで到達できたのは、論文でも指摘されているように父親の代替となる加地リョウジが存在したからであり、葛城ミサトが母親の代わりとなり得たからです。絶妙の配置、配役と言えます
ただ、現実世界の中では子供を省みない父親の代替になる人物というのはそう簡単に見つからないのであり、暴走族の先輩とか暴力団関係者といったしょうもない人物に14歳の少年は惹かれてしまいます
あるいは体育会系女子の場合、同性の先輩に過剰なまでに憧れ、同一視し、依存するという行動も見られます。それは自立とは真逆の依存行動でしかありません(世間一般的には体育会系の上下関係を好ましいものと勘違いする風潮があるのですが)
さて、いかにも踏み込み不足ですが、ここまでにします
この論文の最終章ではATフィールドと思春期に関する考察が展開されています。そこへ言及すると長くなりすぎますので、次回に回します

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