ナウシカの正義とサンデル教授「白熱教室」

マイケル・サンデル教授はあまり関係ないのですが、アピールする意味も含め記事のタイトルに名前を載せました
今回取り上げる批評の書き手が、マイケル・サンデル教授の「これからの『正義』の話をしよう」(早川書房刊)を読んでおり、その影響を受けたと記しているので、少しばかり考えた上で、マイケル・サンデル教授の名前を借りようと思いついたわけです
もし、マイケル・サンデル教授が件の「白熱教室」で漫画版「風の谷のナウシカ」を取り上げ、ナウシカの決断・行動は正しかったのか、と問うたならどうなるのでしょうか?
サンデル教授の「白熱教室」については、以前に取り上げました。言いがかりめいた批判を持論として展開したわけですが、二項対立的な思考には限界があり、「トロッコ問題」においてサンデル教授の提示する選択肢二つのどちらも選ぶ気にはなれません。あくまでも第三の選択、第四の選択を模索するべきというのが自分の主張です
では、本日取り上げる批評は次のような内容です

ナウシカがたどりついた正義――『風の谷のナウシカ』感想

サンデル教授は「これから正義の話をしよう」と切り出すのでしょうが、漫画版「ナウシカ」の物語において正義という概念は随分と縁遠いものに感じられます
読者は長い物語をナウシカと一緒に歩み、旅をし、迷い、途方に暮れ、それでも先へと歩を進めます。当然、ナウシカに感情移入するのであり、苦難の果に辿り着いたナウシカの選択を頭ごなしに否定する気にはなれないでしょう
もちろん、その選択は宮崎駿自身の選択でもあります
功利主義の「最大多数の最大幸福」という尺度で計るなら、ナウシカがシュワの墓所の主に従属し、人間も自然もそっくり入れ替えてしまう途を選んで、種としての人類を救済する選択こそ正しいと言えるのかもしれません。将来的により多くの人間に幸福をもたらす、という意味で
ナウシカが偽の女神、偽の救世主として振る舞い、人々を誘導し、争いのない世界を束の間であっても構築する…のが理想なのでしょう
あるいは前回、マルクス主義との関係で述べたように、より理想的な社会を建設することこそが目的であって、ナウシカの個人的な感情や感傷に与するのは間違いだ、という考え方もあるのでしょう。その立場からすれば、ナウシカの行動は正義ではない、と言えます
サンデル教授風に問いを立てるなら、「王蟲の群れ暴走し村を踏み潰そうとしている。王蟲を殺して村を救うか。王蟲の暴走を放置して村を壊滅させるか?」と二択を迫ったとしたらどうでしょう
多くの人は村を救うために王蟲を殺すべきだと主張すると思われます。しかし、王蟲に特別な感情を抱いているナウシカは反対し、王蟲に閃光弾を浴びせ蟲笛で誘導し、森へ帰還させるべく行動するわけです
「風の谷」の少数部族の族長の娘にすぎないナウシカが「王蟲の心」を説いても、「風の谷」の一族以外は耳を傾けようとはしないのであり、むしろ王蟲に入れ込むナウシカを「頭がおかしい娘」であると見なすでしょう
本編の展開のように、多くの人間を救った英雄、救世主との称賛されるに至ったのなら、あるいは人々がナウシカの主張に耳を傾ける可能性はあるにせよ…
腐海の蟲と人間の価値を同等と見なすナウシカに賛同するのがいかに困難であるか、以上の説明で分かると思います
ならば、「ナウシカの正義」を「ナウシカの価値観」と言い換えた方がよいのかもしれません
サンデル教授は、「正義にかなう社会は、ただ効用を最大化したり選択の自由を保証したりするだけでは、達成できない。正義にかなう社会を達成するためには、善き生の意味をわれわれがともに考え、避けられない不一致を受け入れられる公共の文化をつくりださなくてはならない」と述べています。ナウシカの正義=価値観を社会で実現するには、腐海の蟲たちと共存を可能とする文化を作り出さなければならない、というわけです
これはこれでなかなか困難な課題です
さて、ナウシカは己の価値観を民衆と共有できる文化の形成に成功したのでしょうか?
物語には描かれていません。おそらくは(と、想像するしかないのですが)、腐海の蟲たちが担う役割について説明し、共存するしかないと機会あるごとに説いたのかもしれませんが、己の価値観(あるいは正義)を民衆に押し付けるのは極力避けたのではないでしょうか?
独りよがりの正義が戦乱を巻き起こし、多くの人を犠牲にしてきた様(神聖皇帝のように)を知っているナウシカなら、正義の押しつけは極力回避するよう注意を払うと思うのですが、どうでしょうか
とりとめもないまま長い文章になってしまいました。今回はここまでにします

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