「風の谷のナウシカ」に見る宮崎駿の矛盾

赤坂憲雄著「ナウシカ考ー風の谷の黙示録」(岩波書店)を目下、読んでいます。読み終えたなら書評なりの形で書くつもりです。言わば夏休みの宿題みたいなもので、おそらく期限ギリギリにならないと書けない気がします
今回は先に、「ナウシカ考」とスーザン・ネイピア著「ミヤザキ・ワールド」を取り上げた杉本穂高による小論を取り上げます
長文の記事なので一部のみ引用します。全体を読みたい方は以下のアドレスにアクセス願います

『風の谷のナウシカ』に表れる宮崎駿の“矛盾”とは? 『ミヤザキワールド』と『ナウシカ考』、2冊の書籍から考察
(前略)
ネイピア氏の『ミヤザキワールド』は、宮崎氏の初期の作品から最終作『風立ちぬ』まで、その創作の源を本人の人生体験に紐付け解読しようと試みている。戦争体験、結核だった母との関係、そして日本社会や国際情勢の変遷などが彼の創作にどのように影響を及ぼしているかを一作ごとに詳細に解き明かす。一方の赤坂氏の『ナウシカ考』は、宮崎駿の最高の作品とも一部では言われる漫画版『風の谷のナウシカ』を、民俗学や哲学、本人の言葉を参照しつつ、「思想の書」として読み解こうと試みている。赤坂は、『風の谷のナウシカ』は『源氏物語』や『罪と罰』のような「古典」と並び称し、一人の学者として、難解な古典に挑むかのように深く同書の世界を思索している。古典であるということは、時代を超えて読みつがれるだけの力を有した作品であるということだ。「今さらナウシカを?」と思うべきではなく、何度でもそれは振り返られるべき名著であると赤坂氏は考えているのだろう。
(中略)
そしてネイピア氏は、漫画版『風の谷のナウシカ』の結末には、宮崎氏の非西洋的な思想が端的に表れていると言う。米国人のネイピア氏にすれば、1984年公開の映画版『風の谷のナウシカ』は、むしろユダヤ・キリスト教的な価値観を感じさせるもののようで、「宮崎の全作品を通じて文字通り最大の『高揚感』をもたらすクライマックスが描かれており、そこではユダヤ・キリスト教の伝承から抜け出してきたような場面が展開される(『ミヤザキワールド』、P259)」とその感動を表現している。
一方、漫画版『風の谷のナウシカ』のクライマックスについては、「過激なだけでなく、西洋の人間中心主義的な観点からすれば衝撃的でさえあり、宮崎が非西洋的な世界観に移行したことを窺わせる(『ミヤザキワールド』、P263)」と記している。
漫画版『風の谷のナウシカ』は、1982年に連載開始し、1994年に完結した。明確な結末を想定せずに開始されたこの漫画の連載は、上述したようなヨーロッパと世界の大きなうねりの中で描かれ、宮崎氏本人の思想的変化を如実に受けることになったのだ。
しかし、この非西洋的な人間中心主義を脱却したことが、漫画版『風の谷のナウシカ』を不世出の名作たらしめ、赤坂氏をして「古典」と言わしめる要因であったろう。
赤坂氏は『風の谷のナウシカ』は「黙示文学」に連なるものだと主張する。しかし、それは「反黙示録的な試み(『ナウシカ考』、P320)」であると言う。赤坂氏は、ロレンスの『黙示録論 現代人は愛しうるか』の黙示録の定義「人間の不滅の権力意思とその聖化、その決定的勝利」を引用し、『風の谷のナウシカ』の結末は、人間の決定的勝利の挫折がむき出しになったものだと語っている。ネイピア氏は、「過去への罪悪感と未来(少なくとも西洋的なテクノロジーがもたらす未来)への絶望感(『ミヤザキワールド』、P279)」と赤坂氏とは違う言葉で挫折を表現しており、『風の谷のナウシカ』は「キリスト教なものと東アジア的なものとが対立し、最終的には東アジア的なアニミズムが勝利」する物語と表している(『ミヤザキワールド』、P280)。
漫画版『風の谷のナウシカ』とは西洋への憧れを抱いた宮崎氏が、失望や絶望を経て東アジア的アニミズムの思想への転換が如実に合わられた作品であると言える。作中の言葉を借りれば、宮崎氏の思想が「破壊と慈悲の混沌」のように入り混じった作品なのではないだろうか。
(以下、略)


西洋的か東洋的か、キリスト教的か非キリスト教的か、といった二元論的な説明は単純明快でわかりやすいのかもしれませんが、自分の好みではありません。上記の引用部分の末尾では、スーザン・ネイピアが「最終的には東アジア的なアニミズムが勝利する」と結論付けていると書かれていますが、これもどうかと思ってしまいます
ネイピアの著書は未読なので、推測で語るしかないのですが、すべてを「運命」として受け入れるといった、ステレオタイプの「東洋的な諦観」=「悟り」などと決めつけているわけではないのでしょう。が、「東アジア的アニミズムの勝利」と割り切れるのか大いに疑問です
そもそも何をもって「東アジア的なアニミズム」とするのか、が問われなければなりません
おそらくは一木一草にも神が宿るという、日本人の土着的な宗教観を指し示しているのでしょう
くどいのを承知でもう一度整理しておくと、確かに劇場版アニメ「ナウシカ」は「青き衣の者」としてナウシカが救世主然とした降臨でクライマックスを迎え、終わるのですから「ユダヤ・キリスト教的な価値観を感じさせるもの」と言えるのかもしれません。が、漫画版「ナウシカ」では、ナウシカは救世主の役割を担うつもりはなく、別の途を選択しています。ただ、その選択が「東アジア的アニミズム」の具現化とは考えられないのです
さて、スーザン・ネイピアの手法は上記の記事にも書かれているように、宮崎駿の個人史と作品の関係を読み解こうというものです。これは小説家の研究などでもしばしば用いられる手法です。生育史のみならず、家族史や友人との死別、失恋などさまざまな出来事を作品(小説)と関連付けて読み解こうとするのですが、あまりに個人史や個人の人間関係に引っ張られ、読み違いを生じさせる危険もあります
話を戻して、杉本穂高はスーザン・ネイピアと赤坂憲雄の著作に共通する3つの視点を挙げています
1 西への憧れとその決別
2 母の不在と代理母性
3 文明へのアンビバレントな態度
結論としては、「さまざまな矛盾を内包しつつも魅力的な作品を生み出している宮崎駿はすごい」といったところでしょうか?
「ハウルの動く城」や「もののけ姫」のグダグダっぷりを指摘せずにはいられない自分としては、宮崎作品を手放しで称賛できないのであり、あまりに過大評価するのはどうかと思います(漫画版「ナウシカ」こそ宮崎駿の最高傑作、と断言した上で)
この杉本穂高の小論については、赤坂憲雄著「ナウシカ考」を語る際に再び取り上げるつもりです

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