性犯罪者への教員免許再交付は認めるべきか?

わいせつ行為で教員免許を取り消される教師が大勢いるわけですが、現行の法令では取り消しを受けてから3年を経過すれば、教員免許の再交付を受けられる扱いになっており、性犯罪者が教育現場に舞い戻る危険があります
これまで再交付制度が正面切って問題になるケースがなかったといえばそれまでかもしれませんが、性犯罪者に抜け道を与えるような制度は廃止するなり、改正して厳正な審査を設けるなりすべきでしょう
申請書類に不備がなければどれだけ凶悪な性犯罪者であっても、教員免許が無条件で再交付されるというのはあまりにバカバカしい制度です


“わいせつ教員を教壇に戻すな” 保護者ら免許再交付にNO!
文部科学省は、わいせつ行為で教職員免許を失った人物が免許を再取得できるまでの期間を、現在の3年から5年に延ばすなどの法改正を含む対応の厳正化を検討していることがわかった。
これに保護者らで作る市民団体が動いた。
ネットで集めた署名は、わずか1週間で5万4,000人分。
これを文科省に提出し、全国学校ハラスメント被害者連絡会・郡司真子共同代表は、「わいせつ事件を起こした人には、絶対(教員免許を)再交付しないよう考えていただきたい」と訴えた。
2015年度の犯罪白書では、小児わいせつの前科が2回以上ある者の再犯率は、84.6%。
この高い再犯率などを理由に、保護者らの団体は、子どもに対するわいせつの前歴がある人物には、教員免許を再交付しないこと、また、学校に防犯カメラを設置することなどを要望した。
中学時代から5年間、教員からの性暴力被害に遭ったという女性が語った。
教師から性暴力を受けた石田郁子さん「教員という立場を利用して加害している。教員だから疑わなかった、悪いことをすると思ってなかったという被害者の心理を利用している。わたしとしては、生徒にわいせつ行為をした人間は、教職に戻るべきではない」
教師という優位な立場を悪用した性暴力は、人との信頼を育む教育の場では到底許されない卑劣な犯罪といえる。
子どもに対し、わいせつ行為をした教師の復職問題。
萩生田文科相は、29日の会見で、対応の難しさに言及した。
萩生田文科相「わいせつ教員の皆さんは教壇に戻さないという方向を目指して法改正をしていきたいと思っていますけども、数年たって本当に更正して、教育への熱意が変わらないということで戻ってきたいという人たちに、職業選択の自由をあらかじめ拒むことが、はたして憲法上できるのか」
憲法が認める職業選択の自由。
萩生田文科相が示したその考え方に、被害者である石田さんは...。
石田郁子さん「個人の自由のために、全体の安全が脅かされる、心配しなければならないって筋が通ってないと思う。加害教師の自由と大勢の安全を考えた場合、なぜ1人の自由を考えなければならないのか」
子どもの虐待にくわしい専門家、スクール・セクシュアル・ハラスメント防止全国ネットワーク 亀井明子NPO(民間非営利団体)代表理事は、「職業選択の自由か、子どもが教育を受ける権利を保障するかという問題。その現場で、性暴力を起こしているわけだから、(加害教師に)職業を選択する自由を優先することはおかしい。子どもを守らないでなぜ? と思う」と指摘した。


文部科学大臣の主張「憲法の定める職業選択の自由を拒むのは問題だ」は、噴飯ものです
教師が児童生徒(あるいはその他の人物)に性犯罪をなしたのであれば、自らの手で職業選択の権利を毀損したのであり、教員免許の再交付を拒否する理由として十分でしょう
それでも問題があるというなら、性犯罪歴のある者への教員免許の再交付を書面の確認だけで済ませるのではなく、資格審査の機関を設け、厳正にして厳密な審査を行うようにする手もあります
そもそも萩生田文科相の言うところの、「数年たって本当に更正して、教育への熱意が変わらないということで戻ってきたいという人たち」が存在するのか、です
教育現場に戻りたいと志向する人物がいたとすれば、児童生徒を性犯罪の餌食にする目的があってではないか、と疑ってかかるのが当然でしょう。「更生しているから」などと安易に、性犯罪者に免罪符を与えるべきではありません
現状、教育現場において性犯罪に手を染めている教師を発見したり、被害にあっている児童生徒を救済できていないのですから、やはり性犯罪歴のある人物への教員免許の再交付はよほどの理由がない限り原則として認めないのが一番です

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「海辺のカフカ」を巡る冒険 性と暴力の神話として

今回は遠藤伸治広島県立大学教授の「村上春樹『海辺のカフカ』論ー性と暴力をめぐる現代の神話」を手がかりに、作品を読み解く冒険へ踏み出します
以下のページからPDFファイルがダウンロードできます

村上春樹『海辺のカフカ』論 : 性と暴力をめぐる現代の神話

さて、遠藤論文では13ページ下段から、小森陽一による村上春樹批判(「村上春樹論ー『海辺のカフカ』を精読する」)に触れているので、少しばかり引用します
小森陽一の手による「村上春樹論」(平凡社新書)については、当ブログでもかなり前に言及しました

村上春樹論
http://05448081.at.webry.info/200903/article_5.html<
基本的に小森陽一が「海辺のカフカ」を読めていないとの所感は変わりありません。おそらく小森陽一は「海辺のカフカ」のページをめくりながら、別の物語を読みふけっていたのでしょう。それは小森陽一の中にある彼だけの物語であり、彼以外の誰も読むことはできない物語です
結果として小森陽一による村上春樹論は、村上春樹以外の誰かについて語っている評論です
それを踏まえて遠藤論文から小森陽一に言及した部分を引用します


阪神淡路大震災を体験し、「地下鉄サリン事件」の被害者及びその家族の「記憶の証言」を徹底取材し、『アンダーグラウンド』という作品に結実させ、「『現実』や『歴史的状況』にかかわらないかに見えた一人の作家が、時代の危機と正面から向かい合おうとしているのではないかという期待」を抱かせたにもかかわらず、この期待を完全に裏切り、既成のアクチュアルな社会参加の作家に変化しなかった村上春樹に対する失望感と苛立ちから、『海辺のカフカ』を「カフカ少年の『父を殺し、母と姉と交わる』ことが容認され、〈いたしかたないこと〉とされてしまっている」と解釈し、「人間社会が、全体として根源的なタブーを犯してしまった、という罪障感」が、「『九・一一』と、それ以降の『テロとの戦争』に対して、世界的に発生し」、それを〈癒す〉ための「免罪符」として『海辺のカフカ』が消費されているという批判を展開する。
また、小森陽一は、読者と村上春樹とのメールのやりとりのほとんどが、それまで形成されていた〈救い〉と〈救済〉の方向でこの小説を読み、〈癒し〉を感じたと告白するものが多かったこと」に対して、「ある特定の読みの方向で、読者を囲い込みと排除によって選別することになるのではないか」という「強い危機感を抱いた」ことも、『村上春樹論』の執筆動機であったとも述べているが、ここまで見てきたように、『海辺のカフカ』において、〈物語〉や〈音楽〉や〈映画〉による自己回復が暴力に対抗するものとされているとするならば、その自己回復をもたらす〈癒し〉の可能性を最初から排除して『海辺のカフカ』を読み、暴力に対抗するものが読み取れないのは当然だといえるだろう。つまり、カフカ少年の暴力が〈いたしかたのないこと〉として容認されているという解釈は、『海辺のカフカ』という小説自体によるのではなく、小森陽一の読みの前提と方法によると思われる。


「九・一一」以降も我々の日常に何ら変わりはなく、意識高い系の小森陽一や筑紫哲也などが「九・一一」以降世界は変わってしまった、などといわくありげに発言するのを、自分はバカバカしいと冷ややかに眺めてきました。現在でもその認識は揺るぎません
地下鉄サリン事件があろうと、阪神淡路大震災があろうと、です
もちろん、直接被害を受けた方々の中には、生活が激変したケースも多いとは思います。それでも、多くの日本人は昭和の延長として平成の暮らしを営んでいたのであり、天地がひっくり返ったりはしません
村上春樹が何を感じたのかはともかく、小森陽一が自身の鋭敏な感覚で時代の変化をとらえたがごとく、村上春樹が小森陽一に同調し、同じ世界観に立って新作を書いたりはしないのです(当たり前すぎて書くのが恥ずかしくなります)
しかし、小森陽一にはそれが許せなかった、のでしょうか?
小森陽一の「村上春樹論」を読み、自分は「海辺のカフカ」をあっけらかんとするほど健全な小説である、と書きました
「父親殺し」という設定を小森陽一は許せなかったようですが、自分には思春期のカフカ少年の行動は健全でまっとうなものと映りましたし、不道徳なものではありません。書き手である村上春樹自身、極めて健康で健全なメンタルをしているのでしょう
むしろ、小森陽一の方が屈折し、病んでいるといえるのかもしれません
それはともかく、「時代の危機」に立ち向かう姿勢として、遠藤論文は以下のように結論付けています


もはや詳しく述べる余裕はないが、村上春樹をめぐる現在の問題は、次のような点に設定されなければならないと思われる。近代の〈大きな物語〉が崩壊し、近代国家権力とそれに対抗する社会変革の力という、二つをそれぞれに支えていた理念や理想が現実生活の中で説得力を失っても、暴力は世界から減るどころか、理不尽な暴力として剥き出しになった感がある。空疎で形骸化した理念や理想、それを掲げた力の行使は、現実生活の生きにくさに対する不満のはけ口として機能し、倒錯的に、そのはけ口を見つけるためにこそ、イデオロギーや文明の衝突といった〈大きな物語〉を再生産しようとするように見える。
そのような〈時代の危機〉の中で、個人主義と〈物語〉の力によって暴力に対抗できるのか、特に〈歴史〉や〈戦争〉を持ち出す前に、まず現在の自分に対する〈責任〉において暴力を否定するだけの強固な個人主義を日本人が持つことができるのか、もしできないとすれば、村上春樹という作家は日本の現実から離れてしまうのだろうか、という点にである。


「大きな物語」と聞くと、司馬遼太郎の「坂の上の雲」を思い起こします。司馬遼太郎は幕末から明治維新、日清戦争、日露戦争を題材に、近代日本を作り上げた「偉大なる父親」の物語を書いてきました。司馬遼太郎の意図はどうあれ、彼が「偉大なる父親」の物語を書き続けたからこそ、国民的な作家と称賛されたわけです
それに対し、村上春樹は1人のタフな少年の物語を提示します。カフカ少年の個人的な体験が「偉大なる父親」の物語に拮抗しうるかどうか、試されていると自分は感じます
言い換えるなら、日本の読者が司馬遼太郎の「偉大なる父親」の物語を選ぶのか、村上春樹によるカフカ少年の個人的な体験談を選ぶのかが試されている、と表現してもよいのでしょう

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村上春樹論
村上春樹「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」
「1973年のピンボール」
記事「村上春樹ブームを読む」を読む
村上春樹と東アジア 毎日新聞より
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「ノーベル賞で騒ぐ韓国は幼稚」と批判する韓国人科学者

10月になると秋の風物詩としてノーベル賞の話題が登場します
とりわけ、科学分野でノーベル賞受賞者がいない(経済学賞も文学賞も受賞者がいません)韓国では、今年こそと韓国人科学者を有力候補であると宣伝する記事が書かれます
今年は化学賞の有力候補として、均一な大きさのナノ粒子の製造法を開発した韓国人科学者をプッシュしています
それとは別に、韓国社会のノーベル賞騒動を批判する記事をカナダのオタワ大学医学部の韓国人助教授が書いていますので、取り上げます
ノーベル賞がすっかりショービジネスになってしまい、大して重要ではない研究でも時流に乗ればノーベル賞を授与される、と批判する内容です
ただ、記事の文脈からはノーベル賞を取れない事実への恨みつらみが滲んでおり、やはり科学者として悔しさを胸に秘めていると伺わせる内容になっています
元記事が韓国語なので、いつものようにインターネットの掲示板「5ちゃんねる」に貼られた蚯蚓記者の翻訳を引用させてもらいます


10月にもならないうちにメディアではすでに国内科学者のノーベル賞有力の便りを知らせる。韓国のようにノーベル賞に熱狂する国も珍しい。執着に近いこのような反応を見ると、まだ私たちには科学に対する西欧コンプレックスが残っているようだ。
20世紀始め、西洋に蹂りんされた東アジアの知識人は、西欧体制の優越性が民主と科学のせいだと考えた。中国共産党の創立者、陳独秀はテ先生とクァ先生、すなわち民主と科学だけが新しい中国の代案だと叫び、解放空間の朝鮮知識人は科学朝鮮という新しい国家を追求した。韓国のノーベル賞執着には永く続いた西欧に対する東アジアのコンプレックスが溶けこんでいる。
ノーベル賞のニュースは芸能ニュースと性質が同じだ。科学に関心がないメディアが1年にぴったり一度、科学を芸能ニュースのように扱える機会だからだ。芸能ニュースはメディアを熱くするが、ほとんど短い間に消費されてしまう。ノーベル賞も同じだ。読者のうちに昨年のノーベル生理医学受賞者の名前を言うことができる人がいるだろうか。生物学者である私さえ彼らの名前を記憶できない。ノーベル賞は科学界の最も大きいショービジネス行事だ。
もちろんノーベル賞には権威がある。しかし、本当に深刻な問題はその偽の権威から始まる。ノーベル賞こそ科学の真の社会的価値と意味を毀損するショーに近いからだ。ノーベル賞を受けられる科学者は全科学者のうちで、運良く流行の科学に従事したごく一部だ。このように少数の運の良いエリートに与えられる賞に権威ができるには、ノーベル賞のおかげで科学がより一層健康に発展し、人類がさらに幸せになったという根拠が必要だ。まさにそれが死んだノーベルの遺言でもあった。
しかし、ノーベル賞を貰った科学者の大部分はノーベル賞がなくても研究した人々だ。その上、人類を幸せにするのはノーベル賞ではなくノーベル賞を貰った研究だけにすぎない。すなわち、ノーベル賞がなくてもノーベル賞を受けた研究の価値は毀損されない。ノーベル賞の権威は作為的だ。
(中略)
ノーベル賞は政治的に健康でも公正でもない。自身につけられた「死の商人」という烙印を消すために、せいぜいエリート科学者に与える賞などを急造したノーベルの幼稚な考えに、私たちが今も熱狂する理由はない。
韓国のように民主的体制を守ってコロナ19の防疫に成功した国はない。科学先進国・米国も、東アジアでノーベル賞を最も多く受賞した日本も、さらにノーベル賞を授賞するスウェーデンやノルウェーさえコロナ ウイルスに対応無策だった。ノーベル賞の数字とコロナ19の科学的防疫の間には何の相関関係もない。
韓国の防疫を科学的に成功させたチョン・ウンギョン庁長も、米国の独裁者トランプに対抗して米国の科学的防疫を守っているファウチ所長も、コロナ19ワクチンを開発している数多くの科学者の誰もノーベル賞を受けることができないだろう。ノーベル賞は私たちの人生を守る科学に与えられる賞ではないからだ。
それにもかかわらず、毎年10月になれば韓国はノーベル狂詩曲にはまってじたばたするだろう。この幼稚さをどうしたらよいか分からない。
ソース:ニューストマト(韓国語)(時論)ノーベル狂詩曲


日本のコロナウィルス対応を無策だと決めつけており、苦笑いするしかありません。日本の重症化患者、死者の数が少ない事実を見れば、コロナ対策は一定の成果があったと言えるのですが、韓国人科学者はその事実を認めたくないのでしょう
さらに日本にはアビガンなど、コロナウィルス治療に有効とされる複数の医薬品を開発しており、日本の科学力を再認識させられる契機にもなりました
韓国はいまだにコロナウィルスの治療薬やワクチン開発に試行錯誤している状態です(韓国メディアの報道によればワクチン開発に成功しつつある、という話ですが額面通りに受け止めるわけにはいきません)
韓国は自国の防疫体制を「K防疫」と名付け、コロナウィルスに勝利したと宣伝しているわけですが、それでも9月に入って感染者数が増加しており、自慢の「K防疫」も効果は限定的だったようです
さて、話を戻して韓国のノーベル賞騒動は、受賞者を輩出するまで毎年繰り返されるのでしょう
加えて、ライバル視している日本の受賞者数を追い越さない限り、彼ら彼女らのコンプレックスは解消されないのですから、今後も40年や50年は「ノーベル症」を拗らせるものと推測します
今年も日本人受賞者が出ることを期待して、終わりとします

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ヒステリックブルーのナオキ 再犯に至る事情

ヒステリックブルーの元メンバーであるナオキ(現在は二階堂直樹)が強制わいせつ事件で逮捕されたと、当ブログでも取り上げました
続報として雑誌「創」の篠田編集長がナオキに警察署で面会をし、そのあらましを記事にしています
書かれている事件の経緯はあくまで二階堂容疑者の語ったものであり、事実であるかどうかは保留しておく必要があります
性犯罪を繰り返す人物は認知の歪みがあり、事物を極めて事故の都合よく解釈したり、他罰的に捉えたりする傾向があるからです
「女の方が誘ってきた」とか、「あんな格好で歩いていたら襲ってくれと言ってるのも同然」など、被害者である女性に原因を押し付けるような言い方を平気でします


性犯罪で再び逮捕された元ヒステリックブルーのナオキに警察署で接見した
(前略)
ナオキが今回犯した性犯罪の詳しい経緯
さていったい今回の事件はどういうものだったのか。ナオキは事実関係を基本的に認めているから、接見の際に経緯を詳しく話してくれた。
事件を起こした7月6日午前2時頃、ナオキは自宅近くのラーメン店で一人で食事をし、酒を飲んでいた。そして酔った勢いで通りかかった女性の後をつけた。最初の女性には少し後をつけただけで何もしなかったが、2人目の女性に対しては背後から近づいて、叫ばれるのを防ぐために両手で口を押えた。
そのうえで女性の胸などを触るという痴漢行為をしようとしたとたん、女性が動転して転倒してしまった。そして肘に擦り傷を作った。それが、強制わいせつ致傷という今回の罪名だ。報道では「口を塞いで押し倒してわいせつな行為をしようとした」とされていたから、多くの人が当然、強姦未遂と考えたろうが、本人の話ではそうではないという。警察の見立てと本人の言い分が違っているということなのか、あるいは報道が不正確でそうなったのかわからない。これについては裁判の核心にあたる部分なので、公判で詳しく解明されるのだろう。ナオキが言っている内容が、報道内容と違っていることだけを、ここでは指摘しておこう。
(以下、略)


篠田編集長の立場として旧知の間柄である二階堂容疑者に肩入れし、巷で言われているほど悪質な犯行ではないと擁護したいのでしょう
ただ、過剰な肩入れは禁物であり、事実を歪めて情報発信してしまう危険が伴います
そもそも夜道でいきなり襲われたなら女性が多大な恐怖感を味わうのであり、「ちょっと触ろうとしたら、相手が勝手にこけて肘を擦りむいただけ」などと受け取られかねない表現にするのは控えるべきでしょう
夜道で見知らぬ男に襲われ、体を触られるのが女性にとって如何に不快な体験であり、恐怖であるのか、二階堂容疑者自身が理解できていないのだと推測します(これも認知の歪みでしょう)
そこは報道に関わる者としてきちんと線引し、扱う必要があるのでは?
加えて、体を触っただけで二階堂容疑者が満足し、被害者を開放するという保証はどこにもないのであり、さらにわいせつ行為をエスカレートさせる危険、というものを被害者は味わっています
二階堂容疑者がどう釈明しようと、被害者は強姦された上で殺されるかもしれない、という最悪のケースが頭の中をよぎったはずです
なので、上記の記事を読む限り二階堂容疑者が被害者の恐怖感を理解し、真摯に反省しているとは受け取れません。相変わらず、自分勝手な主張を一方的に展開し、「俺はそんなにひどいことはしていない」と主張しているも同然です
ちなみに今回の手口は、二階堂容疑者が刑務所に収監されるに至った一連の強姦事件と同じです。本人に自覚が欠けているようですが、本当に夜道で女性をつけ回し、体を触るだけの犯行に留める気だったのかどうか、自分には大いに疑問です
被害者が転倒し、悲鳴を上げたので驚いて逃げ出しただけであり、それでなければ強姦に至っていた可能性は十分にあるのでは?

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「韓ドラの次はウェブ漫画が来る」という記事

FRIDAYの掲載記事で、児玉愛子という韓国コラムニストが書いた記事を取り上げます
韓国ドラマなどの情報に通じた人物なのでしょうが、今回取り上げる記事はあまりに低レベルであり、本当にプロのライターなのかしらんと思わざるを得ない内容です


韓ドラの次は「ウェブ漫画」?韓国のコンテンツ輸出の勝算と誤算
韓国の人気コンテンツといえば、すぐに思いつくのが韓国ドラマや韓国映画、K-POPだ。ドラマは『愛の不時着』『梨泰院(イテウォン)クラス』で新たなファン層を獲得。K-POPもBTSからNiziUまで、次々と人気グループを輩出している。
それに加えて急成長しているのが韓国の“ウェブ漫画”市場だ。今月公開の映画『ヒットマン エージェント:ジュン』でもクォン・サンウがウェブ漫画家を目指している。
漫画といえば、世界的に見ても日本が高いシェアを占めているが、ここ数年はスマホで気軽に読めるデジタルコミックが身近になっている。中でも注目を集めているのが韓国発のデジタルコミック“ウェブトゥーン”だという。
そのウェブトゥーンを無料で読めるアプリ「XOY」は2019年1月にLINEに移行。気づけばLINEの「LINEマンガ」とカカオトークの「ピッコマ」が日本のデジタルマンガ市場で熾烈な戦いを繰り広げていた。
作品には学歴至上主義や格差社会、外見がモノを言うお国柄だから整形もリアルに描かれる。LINEマンガでも人気の『外見至上主義』や『私は整形美人』が良い例だろう。
人気となったウェブトゥーンが韓国で映画化・ドラマ化されることも珍しくない。日本でも公開された映画『神と共に』や、Netflixで配信されている映画『チーズ・イン・ザ・トラップ』、Amazonプライム配信のドラマ『ミセン-未生-』もウェブトゥーン原作だ。
ウェブトゥーンにはもちろん課題もある。文化や風習が違うのでローカライズが簡単ではない。「XOY」で配信された『チーズ・イン・ザ・トラップ』は“兵役”関連の記述がすべてカットされ、残念がる声も聞かれた。
また、韓国映画にもなった『神と共に』は日本の漫画家によってリメイクされている。韓国の原作者は「自分の絵が下手すぎるためだ」とテレビ番組で説明し、「ウェブトゥーンには絵が下手な作品もある」と語った。
(以下、略)


まず、韓国のウェブトーン自体、どのくらい売上の規模であるのか、漫画家はどれくらい収入があるのか、何も取材しないまま記事を書いています。無料配信のアプリに乗っかっているだけで、収益構造が不鮮明であり、分からないことだらけです
児玉愛子は記事を書いていて、自分で疑問に思わないのでしょうか?
日本の漫画市場に占める韓国のウェブの割合は何%なのか、それすら提示されないまま「次は韓国のウェブ漫画が来る」と言われてもねえ
無料配信でも高収益を挙げられるようなビジネスモデルを採用しているのなら、そう書くべきでしょう
当ブログでも以前、韓国の人気ウェブ漫画がアニメ化されるとの記事を書いていますが、期待したほどの出来ではなく、日本のアニメファンの評価も厳しいみのでした。
上記の記事ではウェブ漫画をドラマ化、映画化して成功した作品もあるようですが、韓国のウェブ漫画を記事のまま「ヒット作の原石が眠る宝庫」のように扱うのはどうか、と思ってしまいます

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山口達也 飲酒運転で逮捕

TOKIOの元メンバー、山口達也が酒気帯びで大型バイクを運転し、警察官の運転する車に追突したとことを逮捕されています
山口達也は、「酒が残っている自覚はあったが、事故さえ起こさなければ問題ない」として運転していたと供述していたようです
芸能メディアは信頼を裏切った、と山口達也を批判する論調が目立ちます
しかし、前回の事件以降、セレブ患者御用達の精神科の病院に入院、ジャニーズ事務所解雇、離婚、という流れの中で彼の「再犯」は時間の問題だったのでしょう
監視の目が緩んだ結果、最近は酒浸りの生活ではなかったかと推測します。山口達也がアルコール依存症であるのは明らかで、そんな人物を1人にしたならこうした結果になるのは予想がつきます


道交法違反(酒気帯び運転)容疑で警視庁に逮捕されたTOKIOの山口達也元メンバー(48)が24日朝に送検、そして夜に釈放された。当初は〝予定調和〟で進むとみられていたが、急きょ捜査当局の姿勢が180度転換した。まさかの勾留請求、さらに釈放後には本人立ち会いのもと、深夜に異例の家宅捜索を敢行したのだ。いったい何があったのか――。
何も〝揉める〟ところはないはずだったが…。
昼ごろまでは「夕方に釈放」で報道各社は動いていたのに、雲行きがどんどん怪しくなっていく。午後3時半ごろになって、検察が勾留請求。東京地裁は認めなかったが、それでもあきらめない検察は準抗告してまで、山口元メンバーの勾留にこだわったのだ。
「飲酒運転の末の軽い物損事故で、山口は取り調べにも素直に応じている。そんなに争う点はないとみられていただけに、勾留請求は驚きだった」とは司法関係者。
準抗告が棄却され釈放が決まった後も、すんなりとは進まなかった。警視庁本部を後にした山口元メンバーは、捜査員とともに自宅に向かい、そこで異例の家宅捜索が行われた。報道各社が集まるなか、わざわざこのタイミングでやることに、検察、警察の厳しい姿勢を感じざるをえない。
なぜ当局は急に山口元メンバーに対する態度を一変したのか?
「最初の警察の取り調べと、送検後の検察の取り調べで山口元メンバーが一部、供述を変えたと聞いている」(同)
そもそも山口元メンバーは、警察の取り調べに対して、当初は「朝まで飲んでいた。量は覚えていない」としていた。だが、途中から「夜9時から深夜0時ごろまで、麦焼酎をロックで5、6杯飲んだ」と供述が微妙に変わっていた。
さらに検察の取り調べで「飲酒した量や時間、そしてどれだけのアルコールが体内に残っていたかという本人の自覚の部分についての供述が変わったのではないか、と言われている」(同)。
本人がバイクを運転したこと、呼気から0・7ミリグラムのアルコールが検出されたこと、また前の乗用車に軽く接触したことは否定しようがない。供述を翻意するならば、飲酒した量と時間、さらに飲酒運転に対する自覚の部分だ。
警察の調べに山口元メンバーは「酒が残っている認識があって運転した」という趣旨の供述をしていた。だが、検察の取り調べではではその部分などを一部撤回したと言われている。それで不審に思った検察に勾留請求された、というのが大方の見方だ。
芸能プロ関係者は「供述が微妙に変遷しているのは、もちろん記憶のあいまいさもあるでしょうが、まだどこかで自分を良く見せたいという部分が残っているのではないか。山口は将来的はTOKIOへの合流を目指していた。今回の事故はその計画が頓挫するほどの出来事。少しでも印象を良くして復帰への道を模索したいのだと思う」と推察する。
往生際が悪いようにも映るが、山口元メンバーも必死なのだ。警視庁は今後も任意で捜査を続ける。まだまだ波乱含みだ。
(東スポWebの記事から引用)


ジャニーズ事務所を解雇され、離婚した山口達也が就労していたのかどうか?
本人はいずれTOKIOに復帰し、芸能活動を再開する気でおり、そのため無職だったのではないか、と思われます
少なくとも、ジャニーズ事務所を解雇された後、どこかに勤め就労していたのであれば、結果は違った可能性もあります
いずれは芸能界に復帰できるはず楽観視し、働きもせず酒を飲み続け、理性もモラルも失ったのではないでしょうか
今後は兄夫婦が監督する、と記事を書いているメディアもありますが、無理な話です
兄夫婦が山口達也と同居し、24時間監視するのならともかく、そのような監視は兄夫婦にもできないわけで
もし兄夫婦が山口達也を更生させようという気があるなら、なぜこうなるまで放置していたのか、と訊きたくなります。運転免許を返納させ、大型バイクは処分しておくべきでした(飲酒運転の挙げ句、人命にかかわる事故を起こす懸念があるのですから)
アルコール依存症の人は平気で嘘を付くのであり、今回も夜0時まで麦焼酎をロックで5、6杯飲んだというのは嘘でしょう。実際には朝方まで飲み続けていたはずです
山口達也自身も、周囲の人も危機感が欠如しており、これでは更生どころではありません

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グレタ・トゥーンベリとナウシカ

昨年、国連の気候行動サミットに登場して世界各国の首脳を容赦なく罵倒したグレタ・トゥーンベリについて触れます
日本のメディアの多くは彼女に好意的であり、16歳の少女が温暖化問題を真摯に考え、政治家達に変化を要求しているとの扱い方をしています
それ自体、批判すべきではないのでしょうが、彼女の喧嘩腰のスピーチに自分は嫌悪感を覚えるだけです。これだけ不愉快な16歳の少女というのは、世の中になかなか存在しないのでは?
しかも、あろうことかグレタ・トゥーンべりを「風の谷のナウシカ」の主人公になぞらえ、環境少女と称えるような扱いをしている個人や団体があるようで、これはもう黙っていられません
確かに劇場版「風の谷のナウシカ」だけしか観ていない人の中には、「人間が生きるためには、自然環境がいかに大切かを教えてくれる作品」などといった感想を抱く人もいて、ナウシカを環境少女のごとく理解しているケースも少なくないのでしょう


グレタさん礼賛一辺倒に見る「ポピュリズム」と「ナウシカ現象」
あなたたちには失望した、と国連の気候行動サミットで訴えたグレタ・トゥーンベリさん。糾弾された側の“大人たち”はこの16歳の少女に注目、称賛の声を上げているのはご存じのとおりだ。しかし、彼女と彼女を持ち上げる大人たちには、拭えない違和感が……。たとえば、極端すぎるCO2削減を訴える一方で、国連の会合に参加するにあたり、スタッフが飛行機を利用するといった「矛盾」をはらんだ活動となっているのだ。
***
また、グレタさんは特定のスポンサーや政党からの支援は受けていないとアピールするものの、
「ドイツではこの運動が政治的な色合いを強めています。再生可能エネルギーを推進する『緑の党』にとって、デモに参加する子どもたちは未来の票田。投票権を16歳まで引き下げるべきとも主張している」(在独の作家・川口マーン惠美氏)
緑の党は9月末には支持率を27%まで伸ばし、メルケル首相率いるキリスト教民主同盟と拮抗。焦った彼女は、人気取りのために“デモを応援する”と宣言した。
「デモへの批判が許されない空気はもはやポピュリズムに近い。しかも、グレタさんの活動は大人への憎しみに満ちたものです。ドイツでは1960~70年代にかけてナチスを糾弾しなかった親世代を若者が攻撃しましたが、それと似た世代間闘争が煽られているように感じます」(同)
同じく、国連での敵意むき出しのスピーチにも疑義の声が上がる。
ハリウッド大学院大学の佐藤綾子教授(パフォーマンス学)はこう語る。
「スピーチで第一に重要なのは“場”と“関わり”を考慮して発言することです。言うまでもなく国連はフォーマルな場で、彼女がデモをする街角のようにフレンドリーな場ではありません。また、そこにいるのは学生ではなく、各国の首脳や環境問題のプロフェッショナルたちです。そうした人々を前に彼女は“許さない”と言い放ち、“How dare you!”、つまり“よくもそんなことが言えますね!”という強い言葉を4回も使いました。これにはアメリカでも“ひいて”しまった人は少なくないはずです」
(中略)
とはいえ、ジャーナリストの徳岡孝夫氏が言うには、
「欧米のメディアが彼女の攻撃的な発言を“たどたどしいけれど一生懸命に訴えている”と評価するのはまだ理解できます。ただ、日本のメディアが彼女を褒めるのは欧米の報道をマネしているだけ。日本人の感覚では、子どもが大人に対して命令口調を使うこと自体に違和感を覚える。彼女のような物言いでは日本の大人は反感を覚えることはあっても、説得されることはないでしょう。日本以上に年配者を敬うイスラム圏でも、彼女のスピーチは通用しないと思いますよ」
他方、評論家の唐沢俊一氏は次のように指摘する。
「汚れなき少女の思いが世界を変えるというのは、古くから続くファンタジー。オタク界隈では『風の谷のナウシカ』になぞらえて“ナウシカ現象”と呼びます。実際、自然を愛する勇気ある乙女という点で、グレタさんとナウシカは重なる部分がある。ただし、大人を怒鳴りつけるグレタさんのイメージは、これまでのか弱く純粋な少女像には当てはまりません。マララさんがパキスタンの太陽だとすると、さしずめ彼女はスウェーデンから吹きつける北風です」
唐沢氏もグレタさんが口にする大人たちへの憎悪を疑問視する。
「温暖化問題を巡っては、世代間の対立よりも、先進国と新興国の対立の方が根深い。いち早く産業革命を成し遂げて豊かな暮らしを享受する先進国に対して、新興国はいまだ発展の途上にあります。そんな国々に自然を破壊するな、化石燃料を使うなと説いても納得するはずがない。新興国で貧困にあえぐ子どもたちの未来は一体どうなるのでしょうか」
(以下、略)


唐沢俊一が言う「ナウシカ現象」なる造語がオタク界隈で流行っているのかどうかは疑問ですが、グレタ・トゥーンベリが温暖化問題のシンボルになっているのは確かです
ただし、純粋無垢な少女が温暖化問題について警鐘を鳴らす、というやり方ではなく上述のように正面から喧嘩をふっかけているのですから、余計に始末が悪いと感じます
ただし、一部の先鋭的な環境原理主義者とメディアを煽るだけで、多くの人は彼女の言動を冷めた目で見ているのではないでしょうか?
劇場版「風の谷のナウシカ」で、ナウシカはラストシーンで蒼き衣をまとって大地に降り立つ救世主のようになってしまいますが、漫画版「ナウシカ」では違います
むしろ、漫画版では救世主にも王にも、神にもなろうとしないナウシカが描かれているのです
なので、グレタ・トゥーンベリをナウシカに例えるのはとても奇妙な話です
たまたま偶然なのか、昨年9月に同じような記事が公開されています

「グレタ」と「ナウシカ」そして「ジャンヌ・ダルク」――人類の危機に現れる異能の少女
(前略)
それにしても、16歳前後の異能の少女は『魔女の宅急便』『新世紀エヴァンゲリオン』『時をかける少女』『君の名は』など、人気アニメの主人公に欠くべからざる存在だ。この少女から大人の女へと変わる微妙な時期は、男性にとってすでに神秘であるのかもしれない。こうしたアニメーションの人気は、むしろ実写ではないことによるファンタジー性によるのであり、それが舞台設定や主人公の能力の異次元性につながるのだろう。
「森」「風」「異能の少女」は、スタジオ・ジブリの3大象徴ともいうべき要素だが、その作品が世界的な支持を得たのは、多くの人が地球の生命の危機を感じ、そういった象徴に希望を見出そうとしているからではないか。
(以下、略)

世界中の人がアニメオタクであるなら、16歳の少女に地球の命運を託す展開はあり得るのでしょう。しかし、幸いなことに世界中の大部分の人はアニメオタクではないのであり、16歳の小娘に地球の命運を託すような愚かな真似はしないわけで…
つまり、そういう話です
グレタ・トゥーンベリは魔法少女ではありませんし、どう頑張ってもナウシカにはなれません。なる必要もないでしょう
20年後、テレビ番組の「あの人は今」特集で、すっかりやさぐれてしまったグレタさんを観る機会が巡ってくるのでは?

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ヒステリックブルーのナオキ 強制わいせつでまた逮捕

2004年、ヒステリックブルーのギタリストだった赤松直樹が強姦容疑で逮捕され、有罪判決を受けて服役する事件がありました
ヒステリックブルーはメンバー間の対立、方向性の違いなどで活動も停滞し、人気も下降状態でしたが、ファンにとって赤松直樹の逮捕は十分に衝撃だったのでしょう
赤松直樹は東京都内で、帰宅する若い女性を狙い、後をつけてマンションに押し入り強姦する手口で犯行を重ね、裁判では9人の被害が認定されています。初犯であるにも関わらず、判決は懲役12年の実刑判決であり、山形刑務所に服役しています
2016年に山形刑務所を出所し、それから4年で再犯に至ったわけです


埼玉県警朝霞署は23日、1990年代後半〜2000年代初頭に活躍した人気ロックバンド「ヒステリックブルー」(解散)の元ギタリスト、二階堂直樹容疑者(41)=甲府市=を強制わいせつ致傷容疑で逮捕した。
逮捕容疑は7月6日午前2時10分ごろ、埼玉県朝霞市の路上で、わいせつな行為をしようとして帰宅途中の20代女性を押し倒し、右肘に1週間の軽傷を負わせたとしている。女性が声を上げたため逃走した。
ヒステリックブルーは男女3人組で、「春〜spring〜」などが大ヒット。99年のNHK紅白歌合戦にも出場したが、04年に二階堂容疑者が性的暴行などの容疑で警視庁に逮捕された後に解散した。
二階堂容疑者は06年に懲役12年の実刑判決が確定。服役中の16年、刑務所内で性犯罪の再犯防止プログラムを受けているとの手記を雑誌で公表していた。
(毎日新聞の記事から引用)


山形刑務所を出た後は姓を赤松から二階堂に変えていたようですが、性犯罪者としての根幹は変えようがなかったのでしょうか?
被害者女性に怪我をさせていますので、今回も実刑判決が下される可能性大です
刑務所内の再犯防止プログラムですが、これを役に立たないと批判する方々にもどのような内容であるか、知っていただきたいと思います
基本的には行動療法の考えに立ち、行動の変容を求める教育プログラムであり、刑務所では性犯罪の再犯可能性の高い受刑者を選んで8カ月もの長期に渡って実施しています(別の、短期間の性犯罪再犯予防のプログラムもあるようです)
受刑者は10名以下の少人数で、これに2名の男女スタッフ(カウンセラー、臨床心理士)が加わります。週に2回のペースで合計64回のセッションが行われます(1回のセッションは100分が目安)
セッションでは参加者が犯罪自慢にならないよう、「真剣に話す」、「真剣に話を聞く」、「参加者のひみつを守る」という3つの約束を守るよう求められます
1人1人の参加メンバーの体験を語り、それに対して他の参加者が援助(助言)を与え、互いに再犯を防ぐための共助の場にしようという取り組みです
ただ、上記のようにグループでのセッションが中心で、個別のカウンセリングは実施しません。性依存について、個別に掘り下げ問題点を探るような取り組みを実現するかどうか、課題があります
個人的には精神分析療法の導入を勧めたいところですが、自身の性依存を問題視し、原因を探り当てようとする明確な意思があって精神分析療法は効果を発揮するのであり、仮釈放を得たいがために治療プログラムを受けて更生意欲をアピールしようと企む受刑者には効果が期待できません
なので、個別に働きかける精神療法の導入は難しい、というのが実際です

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福井女子高生刺殺 「酌を断られたので刺した」

今月10日、福井市で祖父が孫の女子校生を刺し殺す事件がありました
その後の経過を含め、もう一度事件を振り返ろうと思います
犯行現場となった冨澤進容疑者の家では孫の友美さんと2人だけの暮らしでしたので、事件の目撃者はいません
冨澤容疑者が息子(友美さんの父)に電話で異変を知らせるまで、何があったかを知るのは進容疑者だけです


台所からは飲みかけの日本酒の紙パックが見つかっています。16歳の孫を殺害したとして逮捕された86歳の祖父が「お酌をしてくれなかった」という趣旨の供述をしていることが分かりました。
孫を殺害したとされる祖父。その動機はあまりに身勝手なものでした。福井市の一軒家。同居中の高校2年生の友美さんを殺害したとして10日、86歳の冨澤進容疑者が逮捕されました。その取り調べで、進容疑者は孫の友美さんが酌をついでくれなかったという趣旨の供述をしているというのです。
捜査関係者によりますと、2人が暮らしていた家の台所では飲みかけの日本酒の紙パックが見つかっていて、進容疑者は事件前、酒を飲んでいたとみられます。そんななか、友美さんに対してお酌をするよう言ったのでしょうか。そして、友美さんはそれを断ったのでしょうか。いずれにせよ、孫をあやめた動機としては信じ難いものです。
近所の人によりますと、家族は代わる代わる進容疑者の面倒を見ていました。2カ月ほど前からは友美さんが一緒に暮らしていたといいます。
近所の人:「小さい時は仲良くご飯を食べに行っていた」
そんな仲の良さとはかけ離れた光景が繰り広げられた可能性が…。
警察によりますと、凶器は家にあった包丁で、友美さんの上半身には複数の傷がありました。また、台所や寝室などには複数の血痕があり、警察は進容疑者が逃げ回る友美さんを追い掛けて犯行に及んだとみています。そんなことが酔った勢いで起こり得るのでしょうか。警察は動機やいきさつなどを詳しく調べています。
(テレ朝ニュースの記事から引用)


この記事は進容疑者の供述を踏まえたものなのですが、自分はまったく信じる気になれません
86歳の進容疑者ですから夕方は午後6時頃には眠くなるはずであり、夕食はそれより前に摂っていたと考えられます
なので、酌をする、しないで口論になったとしてもそれは夕方6時よりも前でしょう
その後、友美さんは一旦自室へ戻って就寝したところを進容疑者に刺されたと考えられます(死亡推定時刻がいつ頃なのか、自分が見た報道で触れたものはありません)
友美さんが就寝したのが夜9時以降でしょうから、酌をするのしないので口論となってそれから3時間も経過してから孫を刺殺しに行ったのでしょうか?
進容疑者が怒りのあまりいつもは寝ているはずの時間になっても寝付けず、悶々とした挙げ句犯行に及んだ、というのも随分と不自然な気がします。本当に腹を立てたのなら、友美さんが就寝するまで待たずに包丁片手に怒鳴り込むのではないか、と
自分が考えた仮説は以下のようなものです(あくまでも想像です)
進容疑者は友美さんにわいせつな行為をしようとして拒絶され、友美さんはその件を明日にでも父親に話をする、と申し向けたのではなでしょうか?
進容疑者は息子や息子の嫁から批判され、なじられるのを恐れ、友美さんを殺して口封じを企てたのでは?
友美さんが就寝するのを待って進容疑者は台所から包丁を持ち出し、刺したものと推測します。友美さんを確実に殺害するため、彼女が就寝するのを待つ必要があったと説明がつきます
おそらく進容疑者の犯行から、息子に電話をするまで1時間から2時間くらい空白があったのではないでしょうか?
その間、進容疑者は自分の犯行をどうごまかすか考え、悩み、「強盗が入って友美が殺された。犯人は逃げた」など、嘘で逃げ切ろうと思ったものの、結局は断念したのではないか、とも想像します
さて、どうなのでしょう

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中国は「ノルウェイの森」をどう読んだのか2

前回に参考にした許翠微による別の論文「村上春樹の 『ノルウェイの森』 と衛慧の 『上海ベイビー』 の比較考察」を取り上げます
「上海ベイビー」は一時期話題になった小説ですが、現在ではほとんど話題にもならず、ブックオフで1冊100円で売られています。自分はそれを購入して読みました。東京辺りの女子大を出た学生が風俗嬢として働きながら小説を書いたら、こうなるのかなと思わせる作風です
もちろん、当時の中国にすれば社会的な害悪の塊、と呼べる小説でしょう(これには後で触れます)
中国で「上海ベイビー」は風紀を乱す書籍として発禁になり、作家衛慧はストーカー化したファンに追いかけられるとかで表舞台から姿を消しています
「上海ベイビー」は村上春樹の作品の影響を受けたものと考えられ、中国でいわゆる村上春樹風の小説が雨後の筍のように登場する走りになったと考えられています。それゆえ、「ノルウェイの森」と「上海ベイビー」を比較して論じようとする研究が出現するわけです

村上春樹の 『ノルウェイの森』 と衛慧の 『上海ベイビー』 の比較考察
https://st.agnes.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=2393&item_no=1&attribute_id=109&file_no=1
いつものように部分的に引用したかったのですが、PDFファイルからのコピー&ペーストがうまくいきませんでしたので、省略します
お手数ですが、関心のある方は上記のアドレスからPDFファイルをダウンロードして開いていただくようお願いします
さて、第2章では「ノルウェイの森」から影響を受けた内容を指摘しています
その中身が随分と陳腐なので、驚かされます
曰く、「ノルウェイの森」の主人公がワインを飲み、コーヒーを飲み、アメリカ音楽を聞くように「上海ベイビー」の主人公の私生活も外国ブランドにまみれてる、との指摘です
これは筆者の年代から見れば異端であり、資本主義的な退廃した生活にまみれている(でも、うらやましい)と言いたいのでしょう
ただし、日本人の感覚からすればそんな部分を指摘して、「類似している」とか「影響を受けている」と安直に決めつけられるものなのか、と言いたくなります
「コーヒーを飲んだ」と書くだけでアメリカかぶれだと騒ぐとは、どれだけ貧しい文化なのか
もちろん、2000年代生まれの上海っ子からすれば、村上春樹の小説に登場する生活様式に特に違和感はないのでしょうし、退廃的だと騒いだりはしないはずです
第3章では2つの作品の比較が行われ、ポストモダン小説の「孤独感」という共通項に触れた中国の研究が紹介されています
また、村上春樹が日本文化をベースにしながらも西洋文化を取り入れ、翻訳家として欧米文学に親しんできた云々と、文化的背景を説明する一方、衛慧も上海という国際都市に暮らし、西洋のライフスタイルに馴染んでいた云々と説明する研究も紹介されています(これが何の役に立つのか、不思議です)
ともかく、外見的な特徴をいくつか並べ、「影響を受けている」と論じる研究に何の価値があるのかと言いたくなります
おそらく、村上春樹のスタイルを踏まえた「上海ベイビー」という小説の登場に中国の研究者たちは驚き、それでもその真価は認めたくなくて欠点をあげつらい批判し、しかし憧れを禁じえないという倒錯した感情に支配されたのではないか、と想像します
中国のアニメーションが「垂訓」を基本としている話は以前にも書きました
つまりこどもたちが視聴するアニメーションは教訓を与え、こどもたちを善導する内容でなければならない、という大前提です
科学的社会主義建設を標榜する中国にあっては、同様に文芸作品は社会を善導するものでなければならず、思想的にも倫理的にも正しい内容が求められるのでしょう
村上春樹の小説はその基準から外れるのですが、ノーベル文学賞候補と目されているがゆえに批判して排除するわけにはいかず(作品に共感する中国の読者も多いため)、芸術作品として批判の枠外に置かれているとの指摘もあります
ただ、「上海ベイビー」は残念ながらそのような扱いは受けず、発禁となってしまいました
それでも筆者のように、村上春樹のスタイルをいち早く取り入れた才能を無視できない、と感じている研究者がいるのだと解釈します
その後、村上春樹のスタイルを真似た新人作家が雨後の筍のように現れた…というオチなのですが(村上春樹のスタイルを真似た作家が出現するという現象は中国だけでなく、多くに国で観察されています)
さて、結論として許翠微は村上春樹の「ノルウェイの森」を芸樹品と位置づけ、衛慧の「上海ベイビー」は日常用品だと指摘しています。2つの作品に接点はほとんどなく、「ノルウェイの森」から「上海ベイビー」は直接影響を受けていない、と
何とも苦しい結論であり、いいわけのような話です
言わずもがなですが、当局が検閲して発禁処分にした小説を「芸術品」だと持ち上げるような行為は反政府的な言動であり、大学人として職を失う危険が伴います。なので、「上海ベイビー」を大々的に持ち上げる真似はできないわけです
政治に左右される「読み」も、中国という国の一面を如実に示すものと受け止めなければなりません

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村上春樹を読み誤る中国人文学者 その1
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韓国は村上春樹をどのように読んだのか
韓国は村上春樹をどのように読んだのか2
「なぜ韓国に村上春樹はいないのか」と書く韓国メディア
村上春樹論
村上春樹「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」
「1973年のピンボール」
記事「村上春樹ブームを読む」を読む
村上春樹と東アジア 毎日新聞より
村上春樹「神の子どもたちはみな踊る」
村上春樹ごっこをして遊んでみる
映画「ノルウェイの森」 予告編
村上春樹原作「神の子どもたちはみな踊る」映画化
米ハイスクールで「ノルウェイの森」の課題図書指定にクレーム
尖閣・竹島問題で村上春樹が朝日新聞に寄稿
村上春樹の新作 予約が45万部突破
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中国は「ノルウェイの森」をどう読んだのか

以前、村上春樹の作品が韓国や中国でどう読まれているか、取り上げました
今回はその延長で、村上春樹の個々の作品に対する「読み」を少しだけ掘り下げてみようと思います
ただ、作品をどう読むか人それぞれであり、日本だろうと中国だろうと読み手によって大きな違いが生じるのは言うまでもありません
であるものの、実際に中国の研究者による論文を読んでみると、いろいろと驚かされる発見がありました。読んでみて、調べてみて気づかされるものがあるのだ、と認識を改めた次第です
2017年の平安女学院大学研究年報に掲載された許翠微の論文「中国における村上春樹『ノルウェイの森』研究史」から一部を引用します


「中国における村上春樹『ノルウェイの森』研究史」
第 1 章 中国における『ノルウェイの森』研究史
中国では小説発表されて以来、継続的に研究がなされている。中国の研究論文検索サイトで『ノルウェイの森』を検索すると、何百篇の論文が現れる。研究の角度もさまざまである。その中、2012年までの研究は『《ノルウェイの森》人物像分析:文献まとめ』(周倩、李光貞)の中でまとめて紹介されている。この論文によると、2012 年までの研究論文は 6 つのテーマに分類が可能である。人物像に関する研究、主題に関する研究、作品の創作手法に関する研究、各国語に翻訳されたものに関する研究、他の作品との比較研究及びその他の研究である。その中で主題に関する研究はほぼ「恋愛小説」・「成長小説」・「癒し小説」及び「生と死の関係」や「自己救済」などを巡る言及が多い。創作手法は主に言葉、作品の構成、ストーリー展開などに関する研究である。翻訳に関する研究では中国側は中国語に訳された、いくつか違うバージョンの相違についての研究が多い。それに加えて、人物像では「僕」「直子」「緑」「永沢」に関して言及が集中している。他の人物について言及するものは殆ど見えない。彼らについて、どのような評価があるのかは、本稿第 3 章で詳細に確認することとする。また作品の比較論については小説の中に現れた「僕」の好きなアメリカ小説との比較研究に集中している。


中国は大学の数も多いので、村上春樹を対象とした研究論文が数百編あっても不思議ではありません
しかし、それらの研究論文が6つのテーマに分類されるという説明にはびっくりです。文学研究というのは、いわば研究のための方法論を模索するところから始まるのであり、誰かの研究方法をそっくり踏襲したところで劣化コピーを生み出すだけです
つまりは、誰の真似でもないできるだけオリジナルな方法論を確立するところから取り組む必要があり、当然ながら研究テーマも斬新なものが求められる…と自分は理解していました
研究論文が6つのテーマのどれかに該当する、というだけで新鮮味が失われてしまいます(ただ、筆者の引用した研究にそう主張されているのであって、6つのテーマ以外存在しない、と断定されているわけではありません)
研究テーマが類似した上に、方法論も似たりよったりでは「新しい研究」など望むべくもありません
もちろん、そうだと決めつけるには、中国語で発表された村上春樹研究論文を数百編読み比べる必要があるわけですが
さて、上記の論文は中国の文学作品との比較研究に移ります。ただ、比較対象として挙げられている作品(魯迅「狂人日記」、映画「紅いコーリャン」、余華「生きる(活着)」のうち、映画「紅いコーリャン」は視聴済みですが他の2作品は未読なため、今回は触れません
論文は登場人物の研究という分野に進みます
日本でも登場人物の研究は盛んですが、中国の研究はちょっと違います


第 3 章 『ノルウェイの森』主要登場人物たちに沿いながら
(1)僕(ワタナベ)
まず、主人公の「ワタナベ」に関して最初に見よう。中国における「ワタナベ観」は「消極的であり、受動的な人である」というものと「ちょっと変な人だけど、悪い人ではない」という評価に大きく分けている。例えば「『ノルウェイの森』の三角関係における「僕」をめぐって」(孫忠怡)では、「「僕」は総じていえば、消極的な人であり、人に対しても、事に対しても、受動的な姿勢を取り続けた存在であったと言える。…(中略)…直子-緑 --「僕」の三角関係における「僕」の愛情観からは「僕」の浮気や狡猾も見出される。」のようにワタナベの暗黒面が指摘される3)。
一方「「村上春樹とノルウェイの森」(李会珍)」では、「主人公「僕」は誰にでも優しい人で、表面的には語り手の役割を演じられているようだが、実はみんなから聞き手とされている。作中、誰も彼に苦悩を述べ、慰めを求めている。現代の人々も登場人物のさまざまな悩みに自分の悩みを投影し、「僕」に聞いてもらうことで、心が慰められるのではないだろうか。彼はみんなの精神の癒しとして存在している4)。」というようにワタナベの健康人としての側面が強調される。
「試論村上春樹作品の孤独情景--『ノルウェイの森』主要人物分析」(張麗娜)でも「ちょっと変な人だけど、悪い人ではない。友達に対しては、信頼できて、素晴らしい聞き手である5)。」と同様の指摘がある。また、「村上春樹『ノルウェイの森』の主人公渡辺の恋愛孤独感分析」(韓春紅他)においては「ワタナベは話し方は変だけど、正直な人で、信頼できる6)」と言い換えられる。そのような中、筆者としてはワタナベに関して以下のように考えている。
彼は親友キズキの突然の死に対して大きなショックを受けている。何に対しても深く関わらないようにして生きようとしている。しかし、毎日好きな本を読んだり、ワインを飲んだり、好きな音楽を聴いたりして、品のある生活を一方では過ごす。ルームメートである突撃隊の生活習慣に対して文句を言いながらも、彼がいなくなっても突撃隊の遺してくれた「清潔な生活習慣」を守りつづける。また、寮友達である永沢とも、長く親密な交友を持つが、ある時関係を完全に断つ。永沢が恋人ハツミを最終的に自殺に追い込んだとワタナベは考えたためである。それによって永沢に対する不満な気持ちがついに爆発したのである。このような点からみると、ワタナベは正義感が強いという面も持ち合わせていると感じられる。直子に関しても最後まで守っていこうと考え、彼女直子がいるため緑に対しては距離を置いて付き合ったりもする。非常に生真面目な面も見出すことができるのである。
筆者自身のワタナベ観は、先述の 2 分類のうち、後者に近い位置づけだと言える。

(2)直子
次に中国における「直子観」であるが、直子に対しては、ワタナベと違って、まったく違う意見がなく、ほぼ悲劇的な人物だと考えられている。ただ、彼女の悲劇の原因に対してはいくつか説がある。
例えば、前掲「試論村上春樹作品の孤独情景 --『ノルウェイの森』主要人物分析」では、以下のように直子を描いた。直子は物静かで古典美が溢れて『紅楼夢』の林黛玉の如く、愁傷と孤独とが常に感じられる人物である。真っ黒に茂った森林の中で道を迷っていて、寒くても助けてくれる人もいない孤独な人である。直子の孤独は社会との脱離にある。ずっと脱離しているため、自閉的になって、あたかも真空状態のようでさえある。
彼女はキヅキより強いワタナベの助けが必要である。ワタナベの助けによって、迷った森林の中から脱出しようと彼女も試みた。しかし結局過去を忘れることができず、最後にはキズキと同じく自殺を選ぶ。
(以下、略)


主人公ワタナベの好感度、あるいはその行動が倫理的に正しいかどうかが研究の対象になるものなのか、と驚かされます
主人公を好ましい人物と思うかどうか、などまったく別次元の話です
中学生の読書感想文並みの論調であり、特に(2)直子の項にある「試論村上春樹作品の孤独情景 --『ノルウェイの森』主要人物分析」の記述には首を傾げてしまいます。研究の方向、方法論、結論ともダメダメでしょう
まずもって直子という登場人物をまったく理解できていないのですから
加えて、論文のあとがき部分では自殺する人間=弱い人間=ダメな人間という筆者の価値観が表明されており、感性としてこの筆者とは相容れないと思ってしまいます
ところが中国ではこの内容で「優れた研究」になってしまうようで、驚き、呆れます
日本でこんな論文を書こうものなら、担当教授から書き直しを命じられるのでは?「中国の文学研究の水準が低い」と断定する以前に、方法論がダメであり、それに気づかずダメな研究を重ねているところが問題でしょう
ただ、これも筆者と彼女が引用した研究の中での話であり、中国の文学研究全般をダメと否定するものではないと書いておきます

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帰宅途中の少女を狙った池川翔悟逮捕 余罪多数

東京の東村山市を中心に10代の少女を狙ってわいせつ行為を繰り返していたアルバイト従業員池川翔悟容疑者(31)が逮捕され、余罪の調べが続いています。もう3度目か、4度目の再逮捕ではないでしょうか?
もちろん、親が不在の時間帯に被害に遭った少女もいるわけであり、警察に被害を届け出ていないケースもあると思われます
文春オンラインの記事を以下、引用します


東村山「少女狩り」事件 尾行し強制わいせつを繰り返したロリコン男の犯行がエスカレートした理由
(前略)
エスカレートした犯行手口
池川容疑者が犯行をエスカレートさせ始めたのは6月ごろ。折しも新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言が明けてまだひと月も経たないころで、感染者数の多い都内では、人通りも例年より少なく、普段よりも監視の目が少ない時期だった。
犯行の手口も洗練を重ねていた。1月の時点では路上で犯行に及ぼうとしていた池川容疑者だが、遅くとも6月以降は大胆にも少女の自宅で犯行に及ぶ作戦に切り替えたとみられる。
少女が自宅に入るまで待ってから…
自転車で少女を尾行するところまでは同じだが、少女が自宅に入るまで待つことにしたのだ。少女が家のカギを開けて入り、中からカギを閉める前のわずかな時間を狙ってドアを開け、自宅のなかで暴行してわいせつ行為をしようとするようになった。家の中に家族さえいなければ、周囲には見られず、音は漏れない、というわけだ。
6月10日には学校から帰宅途中だった10代前半の少女を自宅のアパートまで尾行。少女が玄関のカギを開けようとしたところ、池川容疑者は少女の腕を掴んで「静かにしろ」と脅迫したという。母親が自宅にいたため、わいせつ行為をする前に逃げたが、度重なる犯行にもかかわらず、逮捕を免れたことに気をよくしたのか、翌日以降も池川容疑者は「少女狩り」に繰り出している。
11日には別の10代前半の少女の後を付け、今度は首を絞めて脅迫。少女が大声を上げたため、再び逃走したが、さらにその次の日の12日にも、同じ少女の自宅周辺を訪れていたことが防犯カメラで確認されている。
「うっぷんを晴らそうと思った」
防犯カメラの映像などで、7月に入ってようやく、捜査1課は池川容疑者を特定して逮捕した。だが、被害に遭った時点で親がいなかったり、声を上げられなかったりすれば犯行は未遂に終わらない。少女たちが親や警察にすべてを報告しているとは限らず、今後も余罪が増える可能性があるのだ。
逮捕当初は「イライラしてうっぷんを晴らそうと思った」などと容疑を認めていた池川容疑者。逮捕が重なるにつれ口は重たくなり、いまは黙秘しているという。何を秘しての黙秘なのか。捜査1課は池川容疑者の余罪についても、引き続き捜査を続けている。


逮捕時のコメント、「イライラしてうっぷんを晴らそうと思った」は他の新聞記事でも使われていますので、警察発表をそのまま使用したのでしょう。ですが、これでは何に対して池川容疑者がイライラしていたのか、どのような鬱憤を晴らそうとしていたのか、意味が通じません
その辺りを文春に記事を書いたライターは取材していないのであり、物足りない内容です
池川容疑者の住所は東村山市になっています。地元の人間であるのか、他所から移り住んだ人間なのかは分かりませんが、そこもまた取材してから記事を書いてもらいたいものです
なぜ、池川容疑者は少女ばかり狙った犯罪を繰り返したのか、肝心な部分に触れない記事であり、本当に取材した上で書いたとは思えません
文春オンラインはスクープ連発ではあるものの、中にはハズレも記事あるというわけで…
警察が池川容疑者の強制わいせつ及び、強制わいせつ未遂事件を何件まで立件するのか、注目しましょう

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「旭日旗のイラストはけしからん。削除しろ」と騒ぐ韓国

モバイルゲーム「バンドリ! ガールズバンドパーティ!」の公式SNSに掲載されたイラストの絵柄を「旭日旗であり、削除しろ」と韓国が騒いでいると報じられています
問題のイラストは以下のとおりです
これはどう見ても旭日旗ではなく、大漁旗をイメージしたイラストでしょう
元記事が韓国語なので、いつものようにインターネットの掲示板「5ちゃんねる」に貼られた蚯蚓記者の翻訳から引用します

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公式SNSイラストに右翼論議…“旭日旗おりて謝れ” vs “問題ない”
http://www.topstarnews.net/news/articleView.html?idxno=834441
日本のメディア会社ブシロードとクラフトエッグでサービス中のモバイル リズムゲーム「バンドリ! ガールズバンドパーティ!」が時ならぬ旭日旗論議に包まれた。
「バンドリ!」公式ツイッターは去る17日夜、アニメ「ガルパ☆ピコ」の一場面をイラストにして公開した。公開されたイメージにはキャラクターの後にマグロが飛びはねる姿と共に太陽が昇る場面が入れられた。
しかし、背景の太陽の部分が、旭日旗を連想させることから右翼議論に包まれた。一部では帝国主義と関係ない大漁旗を象すると主張しているが、大多数の韓国ネチズンは、あえてそのようなイメージを使わなければならなかったのか、という意見を出している。
さらに「#ブシモ_謝れ」などのハッシュタグがTwitter上位にあがるほど波紋が大きい。
これに一部の日本ネチズンは「あれのどこが戦犯旗だ。国交断絶しよう」「伝統的に使う画像なのに、なぜ謝罪しなければならないのか」「謝罪なんてしない」「日本のことは気にするな」などの文をアップして問題ないという反応を見せている。
その上、「バンドリ!」には日本帝国主義美化議論があったボーカロイド曲「千本桜」が収録されたため、さらに不評だ。ただし、DCインサイドのバンドリギャラリーでは、これがなぜ議論になるのか分からない、という反応が主だっている。
一方、まだ「バンドリ!」側はこれに対して立場を表明していない。
(トップスターニュースの記事から引用)


韓国人の言い分をツイッターから拾っていくつか紹介しておきましょう。旭日旗であろうとなかろうと、旭日旗(旧日本軍を象徴する軍旗)を連想させるものは、ナチスの旗と同じく使用を禁止すべきだ、というのが彼らの言い分です

(大漁旗は)日本の文化かもしれないけど、韓国人には旭日旗にしか見えない。 公式で議論になりかねない写真を考えずに書いた。 それに対して怒るのは当たり前のことではないでしょうか。

韓国人も旭日旗と大漁旗の違いは知ってる。でも旭日旗と似ていたから韓国人の方は恐怖を感じた。だから運営は悪い謝罪するべき

ツイッターに載せてあるイラストは大漁旗というからそうだとしましょう。 それではアニメから出た戦犯はどう説明するつもりですか。

最後のツイートが何を言ってるのか、理解不能です
現時点で旭日旗の使用を禁止すべきだと騒いでいるのは韓国だけであり、例によってインチキな歴史観を開陳しナチスのハーケンクロイツと同等に禁止されるべきシンボルだと主張しています
ただし、韓国は嘘を100万回重ねれば真実になる、という国ですから、インチキな歴史観もそれを繰り返せば韓国人にとって真実となり、他国の人にもインチキな歴史観を押し付けようとします
なので、旭日旗の使用は全世界的に使用禁止にすべきと、韓国は騒ぎ続けているのであり、実に迷惑な話です
今回も騒動もゲーム会社は謝罪する必要など皆無であり、「イラストには何の問題もない」と主張すれば済むのです

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福岡強姦殺人 古賀被告に無期懲役判決

昨年の夏、福岡県粕屋町で起きた強姦殺人、死体遺棄事件で起訴されていた古賀哲也被告に対し、福岡地方裁判所は求刑通り無期懲役を言い渡しています
初公判で検察は起訴状に、「殺意を持って被害者を襲った」と述べたのに対し、古賀被告は「違う」と否定していました
どこがどう違うのか、公判で検察官とやり取りがあったのかは報道されていません。強いて憶測すれば、古賀被告の言い分は、「被害者が抵抗せず、大人しくしていれば殺さなかった」と言いたかったのではないか、と思います
つまり「激しく抵抗されたので殺した」のであり、これまた随分と身勝手な理屈です
襲われ、レイプされるのに大人しくしている女性などいないのですから
古賀被告自身、己の言い分がどれだけ歪んだものであるのか、認識できていない可能性があります


福岡県粕屋町で昨年7月、会社員の女性=当時(38)=を殺害したとして、殺人や死体遺棄、窃盗などの罪に問われた住所不定、無職古賀哲也被告(36)の裁判員裁判で、福岡地裁は17日、「再犯が強く懸念され、終生その罪を償わせるのが相当」とし、求刑通り無期懲役の判決を言い渡した。
判決理由で岡崎忠之裁判長は、被告は乱暴目的で女性を物色し、現場を通りかかった被害者を狙ったと説明。逃げようとした被害者の首を2度絞めたなどとして「執拗に攻撃し、残忍で危険性が高く、身勝手極まりない犯行」と非難した。
弁護側は被告が性依存症で、治療の継続で更生が可能と主張していた。岡崎裁判長は、被告が性犯罪事件での出所後約2年で今回の事件を起こしたことから常習性を認め、「治療に強制力はなく本人の意欲だけが頼り。家族などの支援が続くか疑問」と指摘した。
岡崎裁判長は「被害者に思いを致し、どうすればよいのか真剣に考えてほしい」と説諭した。
判決によると、古賀被告は昨年7月6日夜、粕屋町仲原で、殺意を持って、自転車で帰宅中だった女性の首を絞めて窒息死させ、川に投げて遺棄、財布などを持ち去った。
被害者の夫「死刑望んでいる」
「妻の命はもうない。もう生きることができない」。会社員の女性を殺害したとして殺人罪などに問われた古賀哲也被告の判決公判後、女性の夫(47)が記者会見し、心情を述べた。
「今日、判決が出るからね。あと少し勇気をくれ」。同日朝、事件現場に花を手向け、そう妻に話し掛けたという。事件から約1年2カ月。自身も中学生の長男も「ぽっかり心に穴があき、つらい日々を過ごしている」と振り返った。
「被告人を無期懲役に処する」。裁判長の声を聞きながら、妻の顔が浮かんだ。「被告はもう社会に出ることはないかもしれないが、生きることはできる」。事件の凶悪性と、奪われた命の重さは裁判員にも伝わったと感じている。
でも、妻の無念さを思うと、涙がこぼれた。「正直、自分の中ではまだ、被告に死刑を望んでいる」。せめて、同じような事件が二度と起きないようにと切に願う。
(西日本新聞の記事から引用)


被害者の夫が死刑を望んでいるのは当然でしょう
ただ、これまでも繰り返し述べてきたように、永山基準という前世紀の遺物によって「被害者が1人の場合は死刑にしない」という暗黙のルールが日本の刑事裁判には存在しており、裁判官はこれを改正する気はないのです
新たに福岡地裁の岡崎判事が「岡崎基準」を作り、被害者が1人の場合でも死刑にするのだという判決を示す手はあるのですが…
前例踏襲だけでは国民が納得する裁判になりません

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「ユーミン死ね」発言の白井聡を担ぐ韓国メディア

先日、「松任谷由実は死んだほうがいい」発言で物議を醸した京都精華大専任講師白井聡を、韓国日報が持ち上げていますので紹介します
いつものように元記事が韓国語なので、インターネットの掲示板「5ちゃんねる」に貼られた蚯蚓記者の翻訳を引用させてもらいます
なお、記事では京都精華大の専任講師である白井聡を教授と表現しています
戦前の日本の「国体論」を無理やり現代に当てはめようとする時点で論理破綻しているわけですが、韓国メディアには理解できないのでしょう


韓国日報(韓国語)日本右翼が韓半島平和ムードを敬遠する理由
ttps://www.hankookilbo.com/News/Read/A2020091709240003893
「私には安倍晋三総理が推進してきた政策を継承しなければならない使命がある。」
健康悪化で突然退場したアベの後に続いて新しく就任したスガ・ヨシヒデ日本総理の一声だ。「リトル アベ」になるという明確な宣言。右傾化の暴走を止めて日本の新たな変化を期待した人々の立場では気が抜ける言葉に違いない。
しかし、日本の若手政治学者・白井聡、京都精華大総合人文学科教授が見るにスガの発言は全く新しくない。サトシ教授は「日本はすでに破滅に入ったし、アベでない誰がきても変わらないだろう」と日本の未来を暗く見通す。
40代の若い学者が自国の未来をこれほどまで極端に追い込む理由は日本という国の構造的限界を看破するからだ。日本の人々が神のように持ち上げる「天皇制」が災難の核心だ。太平洋戦争敗戦後、天皇制を存続させた代価として日本は米国の植民地に次ぐ従属国に転落し、その時から破局は始まったというのが彼の診断だ。『国体論』はその破滅の歴史を戦前と戦後の時代を整理した本だ。「国体」とは天皇制中心の統治体制を意味する。
まず敗戦前に行ってみよう。19世紀後半、明治維新後に確立された天皇中心の近代日本統治体制はヨーロッパを凌駕する帝国主義侵略と植民政策追求に出た。大東亜帝国という妄想に近い無謀な野心で日本国民は天皇陛下の忠誠にあふれる赤字で動員され、韓国と中国をはじめとする東アジアは犠牲者になった。
「国体」に対する反対者、批判者はみんな除去された。日本の敗戦は当時「国体」が持った反民主主義と閉鎖性が表わした惨劇だった、と著者は指摘する。
もちろん敗戦後、日本の天皇は実権のない象徴的存在に倒れた。しかし消えたのではなかった。戦後日本の歴史は新たな天皇の登場を知らせる。まさに米国だ。米国は日本天皇に敗戦責任を問わず天皇の地位を認めた。その黙認の条件で日本は米国に安保や経済で無限従属することになった。天皇と米国の秘密の取り引きが成し遂げたことだ。
著者は対米従属構造の一部として設計された「象徴天皇制」という米国の長い間の計算から出たという点も指摘する。屈服の代価は甘かった。東西冷戦期、米国の属国の役割を忠実に遂行した日本の株価は沸きたった。米国の全幅的支援で日本は経済繁栄と安定した安保的地位を満喫する。しかし、冷戦が消えて日本の地政学的価値が消えるとすぐに米国の保護は「収奪」に変わった。日本の失われた30年をもたらしたプラザ合意は米国が日本を殴って強く押さえつけた代表的事例だ。
それでも日本は米国から抜け出すつもりがない。経験したことのない未来ではなく屈辱的だが豊かだった過去を捕まえたい日本右翼勢力のためだ。米日同盟体制下で繁栄した戦犯勢力と韓国戦争(朝鮮戦争)やベトナム戦争など各種「戦争特需」で経済成長の果実を味わった右派ナショナリストがその主人公。日本の右傾化と軍国主義復活を夢見たアベ政権はもちろん、アベの継承者を公言したスガ政権まで含まれる。
(以下、略)


どこから突っ込めばよいのか、と思うほどひどい内容です
例えばプラザ合意(1985年)は確かに転換点ですが、同じ時期から日本はバブル景気と呼ばれる好景気(見かけだけですが)を迎えていたのであり、バブルで踊った人も少なくなかったはずです。会社の接待費を使って美味しい思いをした人や、株高の恩恵を受けた人が少なくなかったわけです
同時に日本社会党の衰退に見られるように、左派勢力の退潮が顕著となる時期でした(韓国メディアからすれば左派の退潮=右傾化なのでしょう)
また、プラザ合意によって失われた20年(記事では30年)が始まったとあるのですが、日本がアメリカとの安保体制下で42年間も「世界第2位の経済大国」という地位にあり、繁栄を手にしていた事実を忘れてはいけません
それを単に「日本の右傾化が進んだ」などという文言で誤魔化すのは大間違いでしょう
また、米ソの冷戦終結がただちに日本の没落を招いたかのような表現も大間違いです。近年、中国に抜かれたとはいえ、まだ日本は世界第3位の経済大国であり、その日本を没落したなどと形容するのは頭のおかしな学者とジャーナリストだけです
そして現状、アメリカは中国を抑え込むため日本を味方にしておく必要があり、日本の地政学的な地位は下がっていません。むしろ、韓国こそ無用な存在となりつつあります
ちなみにインターネットの掲示板「5ちゃんねる」に投稿された意見には、「今の日本の天皇制より北朝鮮の金ファミリー独裁体制の方がひどいだろ」との指摘があります
白井聡も韓国メディアも、金ファミリー独裁体制は批判せず、ただひたすら天皇制こそ諸悪の根源だと吠え続けているのは、とてき奇っ怪な光景です

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福井中学生自殺 県と町に損害賠償請求

2017年3月、福井県池田町で男子中学生が自殺した事件の民事訴訟について報じる記事がありましたので、取り上げます
池田中学に通う生徒が担任と副担任が執拗なまでの叱責を繰り返し受け、校舎から身を投げて自殺したものです。学校を自殺の場所に選んだのは教師に対する抗議の意思であると推測されます
しかし、その後担任、副担任、校長は不起訴扱いとなり、市民団体がこれを不当であるとして検察審査会に申し立てる事態になっています
また、民事としても損害賠償を求める保護者と池田町での交渉が決裂し、今回の報道にあるように訴訟になっています
担任教師と副担任教師による過度の叱責が生徒を追い詰め、自殺させたと、第三者委員会の報告書も認めています。しかし、池田町はその責任を認めず、生徒の家庭に問題があったと主張しています


中2自殺、県側争う姿勢=福井地裁で第1回弁論
福井県池田町で2017年、町立池田中学校2年の男子生徒=当時(14)=が担任の叱責を受け自殺した問題で、生徒の母親が県と町に約5500万円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が16日、福井地裁(武宮英子裁判長)で開かれた。県と町側は請求棄却を求め、争う姿勢を示した。
母親は法廷で意見陳述し、「責任の所在を明確にしてほしい」と訴えた。
訴状によると、当時の担任や副担任が、男子生徒が宿題を出さなかったことで「生徒会を辞めろ」などと、他の生徒や職員の前で大声で怒鳴りつけるなどした。生徒は17年3月、校舎3階から飛び降りて自殺した。
原告側は、叱責は許容される範囲を逸脱しており、その後も生徒の精神的衝撃を和らげず安全配慮義務を怠ったと主張。県と町側は、指導に不適切な部分があったとしても、教育目的を逸脱しておらず、自殺も予見できなかったと反論した。
(時事通信の記事から引用)


記事では「教育目的を逸脱しておらず」と反論していますが、現に生徒は自殺しています。生徒を自殺に追い込む行為を教育とは呼びません
この事件は報道も少ないため、なにゆえ学校側(池田町)が家庭に原因があったと主張しているのか、さっぱりわかりません
どなたか、ご存知の方がいたら教えて下さい
訴訟になった以上、裁判官が和解を勧める場合を除けば白黒がつきます。福井県と池田町はとことん争うつもりなのでしょうか?
それもまた異常な選択です(類似した事案では多くの場合、和解を選択しているので)
学校の立場を必死に守ろうとしているのか、あるいは他の何か別なものを守りたいのか、理解不能です

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赤坂憲男「ナウシカ考」を読む その1

9月になってようやく岩波書店から刊行されている赤坂憲雄著「ナウシカ考 風の谷の黙示録」を読み終えましたので、取り上げます
8月中にと思っていたものの、夏休みの宿題はギリギリまでやらない派の自分には荷が重く、9月にずれ込んでしまいました
「ナウシカ考」は自分とは読みが共通している部分もあれば、大きく異なっているところもあり、どのように語るのかよいのか考えました
Amazonの本書のページに「ラスプーチン」を名乗る方が長文のレビューを載せていおり(これまた独特の癖の強い文章です)、気になる箇所がありましたので、今回はそれをとっかかりにします
Amazonのレビューに著作権があるかどうか不明ですが、一部を引用します


この本書でいちばん衝撃を受けたのは、クシャナが「私は王にはならぬ、すでに新しい王を持っている」と即位しないと宣言した重要なシーンについての赤坂のコメントだ。赤坂は“ここに見える「新しい王」がだれを指しているのか、わたしはついに突きとめ切れずにいる”(第四章 黙示録 4 千年王国 P318)と告白しているのだ。
かつての赤坂であれば、クシャナの思う「新しい王」はナウシカに違いないとそれこそ先頭に立って力説していただろう。即位を辞退するシーンの前にもナウシカにマントを渡した時点で、クシャナにとってナウシカという「心の王」が誕生したことを多くの評者が既に指摘している。いったい赤坂の王権論とやらはどうなったのか?
王権論や天皇制を主題とし、マンガ版/アニメ版双方を取り上げた前著『王と天皇』で、「あえかにして美しき小さなハタモノの影」という文脈で、ナウシカを「王」の現像に当てはめていたのは、いったいどこの誰でしたっけという話だ。
ちなみに『王と天皇』が刊行された当時、マンガ版は完結していない。
本書が刊行された、明確なフレーズのひとつを読み上げてみる。
「ナウシカは族長になる。くりかえすが、王になるわけではない。」(第二章 風の谷 2蟲愛ずる姫P63)
無論アニメ版とマンガ版の方針の違いは誰もが目を見張るものではあるが、『王と天皇』から本書への変貌、“あえかにして美しきハタモノである日本的な<王>”ナウシカから“族長ナウシカ”に変貌し、しかも、「新しい王」とは「誰を指しているのか、わたしはついに突きとめ切れずにいる」という赤坂の変貌自体は本書が『王と天皇』の王権論を覆しているとしても飛躍しすぎている(筆者の読解力がないこともあるが)。
(以下、略)


クシャナが「私は王にはならぬ。すでに新しい王を持っている」と宣言する有名な場面です
ただ、ここでクシャナの指し示す「新しい王」とは誰なのか、を問題視するのは自分にとって随分と意外な気がします
文脈の中でクシャナの言う「新しい王」とは、クシャナがナウシカの行動の先に垣間見た「新たな王道」という意味だろうと自分は受け止めていたからです
それは理想としての「王道」ではなく、模範とすべき「王道」でもなく、いわば「王道の新たな可能性」(国家統治の新たな形態)とでも表現すべきものです。結果、クシャナは生涯「代王」にとどまり、トルメキアは王を持たぬ国になった…というわけです
レビューでは赤坂憲男の著作「王と天皇」とナウシカを巡り、「ラスプーチン」氏の批判が展開されるのですが、それには言及するつもりはありません
では、レビューで指摘されている次の論点へ移りましょう


本書に注文をつけたい点はもうひとつある。
ファンの間では未だに論争が耐えないナウシカの決断についての論考だ。
墓所とナウシカの対立は方法論で、墓所の方法論は唯物論的であり、原因療法を基本とした西洋医学の論理である。対してナウシカの方法論は、対症療法―自然治癒力の促進を基本とした東洋医学的なものであり、この点はわかるし(筆者自身は個人的には自然治癒力主義には先天的に
有利なものによる楽天主義にも思えるが)、墓所を破壊すること自体は賛否はともかく理解はできる。
が、墓所の主はともかく杉田俊介が自著『宮崎駿論-神々と子どもたちの物語』で言うように「1ミリの罪もない」新人類の卵を破壊する必要性がある理由が見出せない。前者は一応は理にかなっているように思うが、後者は理にかなっているとは思えないのだ。
筆者の読解力が伴わないのか正直な所、「行きがけの駄賃」とも取れるのだ。
それとも蟲使いが自ら蟲を殺したように、このまま放置する方が残酷だから殺したとでも言うのだろうか? 確かに赤坂だけにナウシカの決断に具体性はあるのかという答えが見出させることを迫るのはいささか酷かもしれない。
が、赤坂自身が対談等でマンガ版『ナウシカ』を「反出生主義への対抗として読むこともできる」と発言し、本書でも二元論を否定し、「どんな生命体もいのちは同じです」というナウシカの生命観を肯定した以上、それなら新人類の卵を握りつぶした理由についてご見解をお聞かせ願いたいという質問にも答えるべきだ。


これも自分にとって特に論争の種になるような場面であるとは思わなかったため、ナウシカが「新人類の卵」を破壊させた行為自体、きわめて自然なものと受け止めていました。「新人類の卵」とは墓所の主らの直系子孫であり、ナウシカ達の旧世代とは異なる系統の人類です。墓所を破壊するだけでなく、墓所の主の直系子孫をも滅ぼすことで生命を都合よく操ろうとする思想を叩き潰せると、ナウシカが直観した上での行動だったと自分は解釈します
もちろん、これから生まれるであろう生命を叩き潰したのですから、ナウシカにとっては後味の悪いものであり、後悔を引きずる結果になる行動であったのは間違いないでしょう
さて、長くなりますので一旦、ここで区切りとします
赤坂憲男の「ナウシカ考」(岩波書店)は、関心のある方には一読を勧めます。関心のない方は読む必要はないと申し上げておきます(当たり前すぎて書くのも恐縮します)

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「風立ちぬ」を褒める岡田斗司夫
「風立ちぬ」を語り倒そうとする岡田斗司夫の怪説
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「風立ちぬ」 宮崎駿の思想を論じる中国メディア
「日本の伝統と現代を融合させた宮崎駿」と誤解する中国メディア
宮崎駿をアジア主義と決めつける誤り
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宮崎駿「風立ちぬ」批判を振り返る
宮崎駿「風立ちぬ」は戦争賛美アニメか?
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宮崎駿「風たちぬ」研究 夢見る権利
https://05448081.at.webry.info/202010/article_29.html
「千と千尋の神隠し」を考える こどもの居場所

車内に女児放置 最初から冷房使用せず

6歳と3歳の姉妹を車内に放置し、熱中症で死亡させたとして保護責任者遺棄致死容疑で逮捕された竹内麻理亜容疑者(26)は、香川県警の取り調べに対して、車を離れた際にクーラーは稼働させていなかったと供述したいる、と報道されています
9月6日の報道では、「車を離れるときはエンジンをかけ、クーラーを動かしていた」と警察に供述しているとありますが、またしても嘘であると判明しました。いったい竹内容疑者はどれだけ嘘に嘘を重ねているのか?
通常、コインパーキングでは駐車時にエンジンを止めるよう求めており、竹内容疑者の主張は最初から怪しかったわけです(竹内容疑者は2人のこどもがぐったりしているのに気づき、車をコインパーキングから路上に移し、そこで体を擦ったり揺さぶったりと蘇生を試みています。コインパーキングに長時間、車を停めていたと露見するのを恐れたのでしょう。その後、異変に気づいた人が救急車を呼んでいます)


高松市で6歳と3歳の姉妹が乗用車内に放置され、熱中症とみられる症状で死亡した事件で、保護責任者遺棄致死容疑で逮捕された母親の竹内麻理亜容疑者(26)が「以前にも子どもを車に放置し、飲みに出かけていた」と供述していることが、香川県警への取材でわかった。
また、竹内容疑者は姉妹を放置した際の状況について、当初は「クーラーをかけて車を離れたので大丈夫だと思った」と話していたとされる。だが、その後の調べに「車の窓は閉め、クーラーはかけていなかった。エンジンをかけたまま飲みに行ったことは一度もない」と説明を変えているという。
県警は車内の温度が当時、どれほど上昇したかを調べるため、再現実験を高松市内の県警察学校で行い、15日午前、その一部を報道陣に公開した。
(朝日新聞の記事から引用)


これまで嘘の上に嘘を重ねてきた竹内被告について、週刊文春が取り上げています
その記事からすると、竹内容疑者は中学生時代から嘘が多く、嘘が原因の対人ブラブルも多かったのだとか
嘘が多かった原因の1つは彼女が3人姉妹の長女であり、母親に甘えたい時期に次々と妹が生まれ、母親に甘えられなかったからと週刊文春は書いています。周囲の人の気を惹くため、平気で嘘をつく習慣が身についてしまったのでしょう
当然、嘘はバレますので、中学生時代は彼女の嘘が原因でトラブルになり、友達は少なく孤立していたと表現されています
高校には進学したもののすぐに中退し、以降はアルバイト生活をしていて現在の旦那さんと出会った…という流れのようです
ですから、本件での逮捕時に嘘だらけの供述をしていたとしても、驚くに値しないというのが竹内容疑者を知る人の見解で、我が身可愛さゆえに娘を犠牲にしてでも嘘をつき続ける人、なのでしょう
だとしても竹内容疑者の行動に同情の余地はないのであり、身勝手な行動には相応の罰を科さねばなりません。2人のこどもは40度以上にもなる車の中で、母親を呼び、泣き叫び続けるうちに力尽きたと思われます
不倫相手といちゃいちゃしていた竹内容疑者ですから、女盛りのこの時期を刑務所で10年から20年服役して過ごすというのは苦痛以外の何物でもないと推察します。彼女のことですから、「どうして自分がこんな目に遭わなければならないのか」と不満たらたらで刑務所生活を続けるのでしょう。「自分は刑務所でこんな罰を受けるような悪いことはしていない」と主張しそうです

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福井女子高生刺殺 同居の祖父を逮捕

福井県で女子高生が同居していた祖父によって刺殺される事件がありました
しかし、祖父の供述がいかにも不自然で辻褄が合わず、なかなか事件の実態が見えてきません
現場は祖父と刺殺された女子高生の2人暮らしの住宅で、目撃者はいません。まずは警察発表の内容を伝える報道を引用します


10日、福井市の住宅で女子高校生が死亡しているのが見つかり、同居する80代の祖父が殺人の疑いで逮捕された事件で、事件の直後、祖父が親族に「けんかをしていたら動かなくなった」と話していたことが捜査関係者への取材でわかりました。
警察は、事件のいきさつについて慎重に調べを進めています。
この事件は9日深夜、福井県福井市の住宅で、無職の冨澤進容疑者(86)が同居していた孫で高校2年生の友美さんを(16)鋭利な刃物で刺して殺害したとして10日、殺人の疑いで逮捕されたものです。
警察によりますと10日午前0時前に冨澤容疑者から電話で連絡を受けた友美さんの父親が、冨澤容疑者の自宅を訪れたところ住宅の1階で倒れている友美さんを見つけ警察に通報したということですが捜査関係者によりますと父親が連絡を受けた際、冨澤容疑者が「けんかをしていたら動かなくなった」と話していたことが新たにわかりました。
警察によりますと友美さんは以前、福井市内の別の場所で父親などと暮らしていましたが、最近では、冨澤容疑者の自宅で一緒に暮らすようになっていたということで、警察は、冨澤容疑者と友美さんの間にトラブルがあった可能性があるとみて詳しいいきさつや動機について慎重に調べを進めています。
事件が起きた現場の近くに住む人によりますと冨澤容疑者はおよそ10年ほど前までは息子夫婦と一緒に暮らしていて孫の友美さんをよくかわいがっていたということです。
その後、息子夫婦や友美さんが福井市内の別の場所に引っ越してからは、妻と2人暮らしで半年ほど前に妻が体調を崩して入院してからは1人で生活していたということです。
冨澤容疑者の人柄を知る人は気さくで明るい人だったと印象を語っていますが、最近では冨澤容疑者が記憶力が衰えてきたなどと話すこともあったということです。
(NHKニュースの記事から引用)


警察も現時点ですべてを報道陣に明かしているわけではないので、疑問点や不明点だらけです
以下、幾つかを列挙しましょう(できるだけ多くの報道をチェックしたつもりですが、見落としがあればご容赦願います)
冨澤進容疑者が娘の父親に電話した内容は、「(孫娘と)口論しているうちに動かなくなった」というものです。しかし、友美さんは体の正面を無抵抗の状態で刺されたとの見方を警察は示しており、少なくとも口論中に刺されたのではなく就寝後にさされたのでしょう
しかし、凶器となった刃物が発見されたという記事はありますが、どこで発見されたのか、それが何であるのかは報じられていません
友美さんは1階和室で死んでいるのが発見されたとの報道はありますが、そこが犯行現場であるなら一面は血の海だったはずです。しかし、犯行現場の状況は伏せられたままです
冨澤進容疑者が凶器を隠匿したり、殺害現場に手を加えて犯行の痕跡を消してしまった事実はないのでしょうか?
警察に緊急通報したなら、電話で「事故ですか、事件ですか?」と確認するはずです。警察に通報したのですから、父親が駆けつけた際、友美さんはすでに絶命した状態だったのでしょう
となれば、死亡推定時刻と冨澤容疑者が友美さんの父親に電話した時刻が合致しているのかさえ、怪しい気がします。つまり、友美さんを刺殺したのは父親に電話をするよりもっと前だったのではないか、と
ざっと考えただけで以上のような疑問点、不審な点が浮かび上がってきます
冨澤進容疑者は「カッとなって刺した」と供述しているようですが、それが事実であるかは極めて疑わしく思います
犯行時酒を飲んでいたとの供述もあるようですが、酒を飲んでいたから分別を失ったのか、あるいは事件を起こした後に酒を口にして酒のせいにしようと企てたのか?
分からない点が多すぎます
そもそも孫と口論になったからとして、孫を刺し殺そうとするものなのか?

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福岡強姦殺人 性犯罪を繰り返した古賀被告

福岡県粕屋町で昨年の夏、職場から帰宅途中の女性会社員(38)を襲って強姦した上に殺害し、遺体を遺棄したとして、殺人などの罪に問われている古賀哲也被告の裁判が始まっています
古賀被告は過去にも2度、性犯罪で刑務所に服役しており、今回が3度目の性犯罪になります
特に今回は被害者を殺害しており、単純な強制わいせつ事件とは比べものにならない凶悪な犯行です
9月8日の初公判では検察官の起訴内容を大筋では認めた古賀被告ですが、「殺意を持って襲った」という表現には「違う」と異議を唱えています
「殺害した上で遺体を遺棄したが殺すつもりはなかった」と言いたいのでしょうか?


福岡県粕屋町で昨年7月、会社員女性(当時38歳)を乱暴して殺害し、川に遺棄したなどとして、殺人や死体遺棄などの罪に問われた無職古賀哲也被告(36)の裁判員裁判の第2回公判が9日、福岡地裁(岡崎忠之裁判長)であった。証拠調べで、被告が過去に性犯罪事件を3件起こし、今回の事件の約2年前に出所していたことが判明。服役中に再犯防止プログラムを受講していたが、被告は被告人質問で「(プログラムは)効果がないと感じた」と述べた。
被告人質問や証拠調べによると、被告は2006年に大阪で強姦ごうかん事件を起こして服役。出所後の14年にも長崎で強制わいせつ事件を起こして服役するなどし、17年8月に出所していた。検察側から2度目の服役中に受けた性犯罪の再犯防止プログラムについて問われると、被告は「机上の空論のように感じた」と述べた。
現在、被告の治療に当たっている精神保健福祉士の証人尋問も行われ、「出所後、プログラムを継続して受けられなかったことが一因。今の被告は治療への意欲が高く、一生継続することで再犯は防げる」と証言した。最後に女性の夫が証人として出廷。「被告は出所すればまたやる。社会に出してはいけない」と極刑を求めた。
(読売新聞の記事から引用)


検察は古賀被告に無期懲役を求刑しています。古賀被告に特段、汲むべき事情があったとは思えませんし、情状を酌量して減刑にする理由もないのでしょう。被害者は古賀被告と面識もなく、突然襲われ、命を奪われたのですからその恐怖、無念はいかばかりだったか
なお、検察は「1人でいる女性を狙い、ゲーム感覚で犯行に及んだ」と指摘しています
この「ゲーム感覚」という表現については当ブログで、過去に取り上げたところです。仕事帰りの被害者は特段、大金を所持していたわけでもなく、殺害してまで金を奪う必要があったとは思えません。殺害しておいて、それを「ゲーム感覚でやった」と表現する感覚に違和感を覚えます
幾つか仮説として考えられるのですが、「本気で襲ったわけではなく、遊び半分だった(だから大して重大なことではない)」と己の罪の重さを矮小化しようとする意図があったのかもしれません
さて、上記の記事で気になるのは刑務所での再犯防止プログラムに対する古賀被告の「机上の空論のように感じた」とのコメントです
刑務所の再犯防止プログラムを批判する前に、古賀被告自身に「二度と性犯罪に走らない」という決意があったのかどうかが問題でしょう
どんな再犯防止プログラムであれ、受講する受刑者にその意志が欠けていたのでは役に立ちません。自らの更生意欲の欠如を、再犯防止プログラムの欠陥であるかのようにごまかすのはどうか、と
記事の末文に登場する精神保健福祉士の発言は、どのような状況で出たものなのか、記事からは判別不能です。刑務所を出所した後、古賀被告は自発的に精神科のクリニックに足を運び、性犯罪予防の治療を受けていたのでしょうか?
せっかく記事にするのであれば、もっと明確に記述してもらいたいものです
刑務所の再犯防止プログラムを小馬鹿にしている古賀被告が、いまは性犯罪防止(性依存症治療を目的とした治療プログラムか?)のプログラムを受けているとしも、理解不能です
もちろん、治療効果がどれほどのものか、疑わしいのであり
判決を考えると無期懲役が相当でしょう。この先、35年くらい服役してもらいたいものです

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「風の谷のナウシカ」と自然・環境問題 その2

前回に引き続き、国士舘大学地理学報告に掲載された同大文学部の内田順文教授の論文から一部を引用しつつ、「風の谷のナウシカ」における自然・環境問題について考えます
内田教授はエコロジスト、あるいは環境保護原理主義者に対し随分と毒を吐いているのですが、劇場版「ナウシカ」に寄せられた薄っぺらい環境保護賛美、自然大好きの自分語りなどなどを読めば、毒を吐きたくなる気分は理解できます
他方で、宮崎駿自身「自然大好きなトトロのおじさん」扱いされるに至っているわけであり、イメージの支配力とはおそろしいものです
これはジブリの鈴木敏夫プロデューサーの商売上手によるもので、宮崎駿にとっては不本意であったのかもしれません

宮崎駿『風の谷のナウシカ』にみる「自然一人間」観と現代人の地球環境観について
5.宮崎駿と自然保護主義の環境観
宮崎駿が作品世界の矛盾という犠牲を払ってまで、この自然と人間をともに生かす環境観にこだわるのには、彼が1941年に東京で生まれ、終戦
直後の民主主義教育の影響を最も強く受けた世代であることと無関係ではないと思われる。学生運動には直接参加はしなかったが、1960年代に青春期を過ごした彼が、社会主義思想に対して憧れと理想を抱いたとしても、それは時代の流れからすれば自然である。
その理想の社会、理想の人間の生活のあり方は、おそらく、この作品中の風の谷に典型的に描かれた「ムラ」の姿である。それは、村人たちが生き生きと生産にいそしみ、互いに助け合い、楽しみを分かちあって暮らしている、質素で貧しいけれども充実した「理想の共同体」であった。
(中略)
その典型的な例を、我々は、一種の流行として安易に自然保護を標傍する人々の「自然一人間」観に見ることができるような気がする。
いわゆるエコロジストと自らを呼んでいる一般の人々の多くは、自然とは好ましいものであり、これを守ることは「善いこと」で、少なくとも自分はこれを守っている「善い人」であると、短絡的に何の疑問もなく思っているふしがある。
(中略)
極端な話、彼らが地球環境のために、不潔で、不快で、不便で、危険に満ちた毎日を送る覚悟があるとは、とても思えないのだが。つまり、エコロジストの求める自然とは、多くの場合、食料と安全を保障された(もちろんそれは人間の文明によってもたらされたものである)限定つきの、しょせん人間にとって都合のいい「作られた自然」なのではあるまいか。
こういったレベルの自然保護主義の立場とは、ナウシカと同じく「自然も好き、人間も好き」、つまり自然は守りたいが自分の快適な暮らしも捨てたくないという、人間にとって都合のいい折衷案であり、皮相的には「自然>人間」という②の立場をとるかのように見えながら、その実、本質的には人間を優先させるという①の立場にある点において、しょせん欺職といわれても仕様のないものである。
もともと欧米から始まった自然保護運動が、先に述べたキリスト教的な西洋流の環境観に基づくものであることを思えば、その本質は人間のために自然を手なずけ、改造するという点で、①の立場に近い。そもそも自然を「保護」するという感覚自体が、例えば親が子を、飼い主がペットを保護するといったような、上下関係の存在を前提としており、はじめから自然を人間よりも一段下のものとして位置づけた、いかにも欧米らしい人間中心の見方である。
しかし、日本においては、宮l埼駿がそうであったように、伝統的な「甘え」の構造と結びついた結果、自然保護は①でも②でもなく、③の立場として理解され、その内部に抱える矛盾はさらに大きく、わかりづらくなったのではないだろうか。
そして、このような大きな矛盾を抱えている以上、この甘えた選択は、「自然か、さもなくば人間か」という二者択一の厳しい条件(そして現代の地球環境問題は、もはやその程度に深刻化していると思われる)のもとでは、決して本質的な問題の解決にはつながらない。
もちろん、具体的な自然保護行為が全く無意味であるとは思わないが、こうした自然保護の考え方自体が本質的に矛盾をはらんでおり、映画『ナウシカ』と同じように、決してハッピーエンドにつながるものではないことを自覚しておくことは、たいへん重要である。


西洋流の自然観とアジア的な自然観の対比、と表現すればカッコいいのかもしれませんが、そんな単純な対比を「ナウシカ」で描いているはずはないのであり、腐海ですら人工的なものという大きな仕掛けによって自然観そのものがひっくり返される結果になっています
だからといって科学文明そのものを否定し、破棄するべしという環境原理主義的な思想に囚われているわけはありません
ナウシカが危険視し、嫌悪したのはシュワの墓所にある「生命を都合よく操る術」であって、科学文明そのものではありません。ただし、物語の中で両者は不可分な関係であるがゆえ、墓所ごと破壊する選択をしたのでしょう
「自然大好きなトトロのおじさん」である宮崎駿が飛行機マニアであり、「風立ちぬ」を制作したようにテクノロジーに深く入れ込んでいるのは指摘するまでもありません
ですから、宮崎駿は科学文明を根こそぎ否定する気はさらさらないのであり、むしろテクノロジーを扱う人間に問題があると考えていると受け止めた方が適切でしょう
さて、いまいちど「風の谷のナウシカ」の物語世界に沿って考えるなら、物語は完結したものの、そこではさまざまな問題が何も解決されてなどいません。人間は腐海と戦争による荒廃の中で、わずかな土地にしがみついて生きるしかない状況であり、その厳しい現実こそが「自然」というわけです
ですから現代人が考えるような「自然」=豊かな恵みをもたらしてくれる理想郷ではありません
自然保護というのは荒廃した惨状をそのまま維持することでしかない、といえます。なので、この物語世界では自然にどう手を加え、人間の暮らしやすい状況に近づけるか、人間の生活領域をいかに確保し拡充するかが重要になり、自然保護という発想はありえないのでしょう
ナウシカがどう采配を振るい、生き残った人々ともに自然に対して向き合ったのか、それを考えてみるのも一興かもしれません

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車内に女児放置 竹内容疑者は何をしていたのか?

高松市で女児2人が乗用車内に長時間放置され死亡した事件で、保護責任者遺棄致死容疑で逮捕された母親の竹内麻理亜容疑者(26)への取り調べが続いています。竹内容疑者は頻繁に夜の街へ出かけ、飲み歩いていたようですが、夫には娘を連れて実家へ行くと嘘をついていたと判明しています
しかも、事件当日は男性と飲食を共にした後、男性宅に長時間滞在していたようですから、不倫関係があったものと勘ぐられるのもやむを得ないでしょう


■バー「週4日」
2人を放置した夜、何があったのか。
捜査関係者によると、竹内容疑者は9月2日夜、娘2人を連れて実家を訪れた後、再び娘と車に乗り込んだ。向かった先は市内の繁華街に近いコインパーキング。午後9時頃、娘2人を車内に残し、1人で飲食店のはしごを始めた。
3日午前3時頃、竹内容疑者は3軒目となるバーに入った。先に店内にいた知人男性らとともにハイボールを3杯飲み、午前5時半頃に店を出て、昼頃まで男性宅にいた。駐車場に戻ったのは、2人を放置した約15時間後だった。
バーの関係者によると、竹内容疑者は昨年秋から、多い時で週4日、夜中に来店。居合わせた客と歓談し、明け方になると「タクシーで帰る」と言い残して、店を後にしていたという。
竹内容疑者の夫は県警に「妻は週2、3回、実家に帰っていた」と説明。2~3日の行動についても、「飲んでいることは知らなかった」と話し、実家にいると認識していた。
■気温36度
県警が力を入れているのが、2人が放置された車内状況の解明だ。
高松市では放置された2日午後9時以降、気温が28度から下がらず、3日に竹内容疑者が119番した時は36度に達していた。
竹内容疑者は「エンジンをかけ、エアコンをつけたまま車を離れたが、戻ってみると止まっていた」と説明しているが、竹内容疑者が乗っていた車種について、日本自動車ジャーナリスト協会の菰田潔こもだきよし会長は「エンジンをかけたまま外からドアをロックすると、警笛で警告する機能はあるが、エンジンはそのまま作動し続ける。一定時間で自動的に切れる機能はない」とする。県警は、エンジンの作動状況や2人が残された約15時間の車内温度などについて、同型車による再現実験を重ね、解明を進める。
(読売新聞の記事から引用)


保護責任者遺棄致死罪は懲役3年以上、20年以下という幅の広い刑期が設定されています。より悪質な場合は殺人罪が適用されますので無期懲役もあり得ます
さて、竹内容疑者は夫に隠れて飲み歩いていたのであり、このままなら離婚確定でしょう。夫が育児に協力しなかったのか、何が理由であるかは不明ですが
夫の方は娘2人を死なせた妻に怒り心頭のはずであり、さらに不倫の疑いも加わりますので、妻を許す気にはなれないのでは?
夫から離婚を突きつけられ、刑事裁判では保護責任者遺棄致死罪で懲役20年を言い渡され、さらに夫からは民事訴訟で娘2人を殺されたとして慰謝料を請求されるかもしれません。過去の判例で保護責任者遺棄致死は被害者が1人の場合、懲役8年から10年の判決が多いようですが、今回は被害者が2人なので刑期を2倍と考えています
竹内容疑者が失うものはあまりに大きいわけです
しかし、それでも2人の幼子が惨たらしい死を迎えたことへの償いになるのかどうか
竹内容疑者は弁護士を立て、事件当時精神的に不安定な状態にあったと主張し(夫にも責任があったと付け加えて)、刑事裁判でなんとか減刑を引き出したいところでしょう

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「風の谷のナウシカ」と自然・環境問題 その1

これまで当ブログでは宮崎駿の漫画版「風の谷のナウシカ」を繰り返し取り上げてきました
ただし、いままでは自然保護や環境問題との絡みについては言及を避けてきました。巷には劇場版「風の谷のナウシカ」しか観ていない人たちによる「自然環境の大切さを教えてくれる作品」とか、「科学文明の発達に疑問を投げかけ、環境保全のあり方を考えさせられる作品」等のレビューが溢れています。頭ごなしに「環境派」の感想を否定する気はないものの、劇場版「ナウシカ」しか観ていない人に漫画版「ナウシカ」について説明したところで、受け入れられないのでしょう
中には「原作の漫画はドロドロしているし、ストーリーが複雑でわかりにくい。それに比べて映画(劇場版)の方はすっきりしていてわかりやすい」との感想さえあります。毒にも薬にもならないディズニー映画と同じ扱いです
さて、愚痴を垂れてばかりではなく、漫画版「ナウシカ」における自然・環境問題について考えようと一念発起し、取り掛かりましょう
国士舘大学地理学報告に掲載された同大文学部の内田順文教授の論文から一部を引用させていただきます


宮崎駿『風の谷のナウシカ』にみる「自然一人間」観と現代人の地球環境観について
(前略)
6.コミック版『風の谷のナウシカ』と東洋的世界観
以上述べてきたように、映画『風の谷のナウシカ」は、作者の理想を優先した結果、ストーリーの展開において不自然さを抱えこんでしまった。
このことは、おそらく作者である宮崎酸も、はっきりと自覚していたはずである。それは、映画と平行して発表されたもう一つの『ナウシカ』である、コミック版の粁余曲折に読み取ることができる。映画に先立って1982年2月に始まったコミック版の原作は、はじめのうちこそ映画版とほぼ同じ展開でストーリーが進んでいったが、映画公開後から徐々に映画のストーリーを離れはじめ、やがて連載は何度も中断、最終的には連載開始から13年目の1994年3月に、映画とは全く違った形で結末を迎えた。
おそらく当初の予定では、映画のラストとほぼ同じ結末が用意されていたのではないか、と考えられるが、映画公開とともに、このストーリーが持っている矛盾も指摘され、本人もその矛盾に気づいた結果、コミック版「ナウシカ』は、誰もが、そして作者自らも納得できる結末を求めて、さまよい出すことになったのであろう。その後のいく度かの中断を挟んでの10年という長い年月は、その間の映画製作で忙しかったこともあろうが、映画版の抱えていた矛盾を乗り越えるための作者の苦闘の痕とみることもできる。
したがって、この映画公開以後のコミック版のストーリーは、映画版の矛盾に対して作者が出した新しい答えであり、それはまたこの10年という時間の中で、宮崎駿の「自然一人間」観がどのように変化したのかを示すものでもある。
コミック版での作品世界の設定は、映画版より複雑になっており、トルメキアとその南方にある土鬼(ドルク)との戦争に、トルメキアの属国である風の谷が巻き込まれるという形で話は進んでいく(第1図参照)。ストーリーは、はじめのうちこそ映画同様、「自然」対「人間」の対立の図式を中心に描かれていたが、やがてトルメキアと士鬼の戦争が話の主軸になっていき、かつての「火の7日間」と同じことを繰り返そうとする愚かな人間同士の争いを、主人公が何とかやめさせようとする話が中心を占めるようになる。
ここでいったん連載が中断され、長い休載の後に再開した物語では、ついに大海繍が起き、腐海や王墨が地球環境を守るために存在していたことがはっきりと宣言される。ここでのナウシカの立場は、「墨たちの方が私達よりずっと美しい……」(第5巻、143頁)という言葉に象徴されるように、はっきりと「自然」の側にあり、なおかつ、「人間が世界の調和を崩すと森は大きな犠牲を払ってそれをとりもどします」(第6巻、24頁)、「腐海は私達の業苦です。でも敵ではありません」(同、137頁)というように、人間はぎりぎりの線で腐海と共存していくことが可能であり(その先駆的例として「森の人」という一族が登場する)、それこそが人類の生き延びる唯一の道であることが説明される。
これは、映画における自然と人間の関係の構図と基本的には同じであり、「自然を優先することは、結果的に人間を救うことになる。なぜなら、人間は自然に守られる存在だから」という論理を、より明確に描いたものといえよう。
映画においては、この論理があまりに唐突に現れ、あっという間にハッピーエンドヘと展開したために、予定調和的なストーリーの不自然さを生じさせたことを考えると、戦いに明け暮れて他のことは省みない
愚かな「人間」の行為と、献身的ともいえる「自然」の偉大な姿を対比させながら、じっくりと描いたコミック版では、その不自然さはかなり緩和されている。ただし、ドラマが複雑化したことによって、作品の構図自体が抱えている矛盾を上手に糊塗しただけであって、矛盾が本質的に解決されたわけではない。
(中略)
まず、「自然」の象徴と目されてきた腐海と王騒が、実は人間によって作り出されたものであったことが明らかとなる。それどころか最後には、ナウシカをはじめとする人類も過去の人類によって計画的に作られたものであったことまで明かされる。
つまり、作品世界には「文明」の対立物としての「自然」は、もともと存在しておらず、「自然」と見えたものも含めて、全ては「文明」の所産だったのである。当初の課題であった「自然」対「人間」の相克の問題は、ここにおいて全く意味を失い、主人公ナウシカのみならず我々読者も、今では「真実を見極めるために」(第7巻、133頁)ラストシーンヘと向かうことになる。
急転回するのは設定ばかりではない。「生命はどんなに小さくとも外なる宇宙を内なる宇宙に持つのです」(同、133頁)、「生きることは変わることだ王墨も粘菌も草木も人間も変わっていくだろう腐海も共に生きるだろう」(同、198頁)、「その人達はなぜ気づかなかったのだろう清浄と汚濁こそ生命だということに」(同、200頁)というように、ナウシカは(というより作者は)全ての対立を超越して、あらゆるものを受け入れはじめる。これは明らかに東洋思想だ!
(以下、略)

長々と引用しました。が、この章「6.コミック版『風の谷のナウシカ』と東洋的世界観」はもっと長いのであり、関心のある方は全文を通して読んでいただきたいと思います
さて、上記に続いて結論として内田教授は以下のように述べています


彼(宮崎駿)がこうした結論に到達したことは、「自然」の側にも立たず、「人間」の側にも立たず、なおかつ論理的な矛盾を避けるためには、ある意味で当然の帰結であったといえる。なぜなら、本当の意味において「自然」と「人間」を両立させるためには、「自然」と「人間」を分けて考えるという大前提そのものを包括するような、壮大な世界観を導入するしかないからである。そして、そのような包括的な世界観は、仏教や老荘思想(道:タオ)などで用いられる東洋的な世界観として、我々日本人にとってはわりあい身近に存在している。
前章において、「人間の側に立つ(①の立場)」と「自然の側に立つ(②の立場)」以外に選択肢はなく、「人間も好き、自然も好き」という③の立場は幻想でしかないと述べたが、それは「自然」と「人間」を分けて考える、この問題の枠組みとなる世界観(それはもちろん、西洋的な二元論である)の中での話であって、この枠組み自体を否定してしまえば、③の選択は可能となる。


これまで幾つもの「ナウシカ論」を読んできた者としては、本論は前置きが長い割には平凡な結論です。もちろん、その結論(内田教授の結論と言うよりも宮崎駿の辿り着いた結論)を批判する必要はないのであり、落ち着くべきところに落ち着いたというところでしょうか?
ただし、これをもってして宮崎駿が東洋的な思想に目覚めたとか、アジア的な世界観を取り入れたなどと断定するべきではないと思います
宮崎駿がソ連邦の崩壊やユーゴスラビアの内戦を目にして、「マルクス主義はダメだ」と諦めたのは事実でしょうが、西欧の合理主義あるいは一神教の世界観をダメだと決めつけ放棄したとは限りません
同じように、自然と人間を対置する思考から解脱したと決めつけるのも先走りすぎではないでしょうか?
自然と人間を対置する手法は後の「もののけ姫」にも見られるわけで
人間社会にアシタカは身をおいてまま、山で暮らすサンに逢いに行くとの結論は、あまりに現実的です(シラケる、と言い換えてもよいでしょう)
ちなみの「もののけ姫」を構成する5つのテーマのうち、「人間と自然との関わり」と「神秘主義と合理主義の対立」の2つは「風の谷のナウシカ」にも見られるものです
漫画版「ナウシカ」で一つの結論を得たとして、必ずしも宮崎駿自身、納得しているわけではなく、後日別の作品で同じテーマ、あるいは類似したテーマを問い直す…というのは何も不思議なことではありません。「ナウシカ」から「もののけ姫」に至るまで、自然観がどう変化したのかというのも興味深い考察対象です
おそらく上記のような「ナウシカ」の結末で見出した東洋的な自然館ですら、宮崎駿の中では心から納得できない部分があるのでしょう
長くなりましたので、ここで区切りとします

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伊勢谷友介大麻で逮捕 意識高い系

意識高い系の俳優、伊勢谷友介が自宅に大麻を所持していたとして逮捕されています
逮捕当初は、「弁護士が来るまで話せない」と大麻が自分のものであるかどうか、認否を保留していたようですが、その後は自分で吸引するために所持していたと容疑を認めているのだとか
伊勢谷容疑者は今年から来年にかけて公開予定の映画にも出演しており、代役を立てて撮り直すのか、出番をカットするか関係者は頭を痛めているようです


大麻を自宅で所持したとして、大麻取締法違反容疑で警視庁に逮捕された俳優、伊勢谷友介(いせや・ゆうすけ)容疑者(44)=東京都目黒区碑文谷=が「自分が吸うために持っていた」と供述していることが9日、捜査関係者への取材で分かった。自宅からは約40回分の使用量にあたる大麻や吸引のための用具も見つかり、組織犯罪対策5課は、常習的に大麻を使っていた可能性もあるとみて、詳しい経緯や入手先などを調べている。
伊勢谷容疑者は8日夕、自宅マンションで大麻を所持したとして、同容疑の現行犯で逮捕された。組対5課によると、家宅捜索で、リビングの机の引き出しの中から4つのポリ袋に小分けにされた乾燥大麻計20・3グラムなどを押収した。
自宅からは、3つの箱に分けて、たばこの巻紙約500枚や、吸い口のようなものも3つ見つかっており、大麻を燃やして吸引する際などに使用したとみて裏付けを進めている。
押収された大麻は約40回分の使用量で、末端価格は12万円相当だった。伊勢谷容疑者が逮捕された際、自宅内の灰皿には燃えかすのような灰が残っていたといい、直前まで大麻を使用していた可能性もある。
(産経新聞の記事から引用)


大麻取締法違反の疑いで8日、警視庁に逮捕された伊勢谷友介(いせや・ゆうすけ)容疑者(44)は、東京芸術大学在学中にファッションモデルとして芸能活動を開始。平成11年公開の映画「ワンダフルライフ」でスクリーンデビューを果たした。平成21年、NHKのドラマ「白洲次郎」に主演して注目を集め、翌22年の大河ドラマ「龍馬伝」では高杉晋作役を演じた。
「清須会議」「るろうに剣心(けんしん) 京都大火編/伝説の最期編」など多くの映画に出演し、「あしたのジョー」「翔(と)んで埼玉」では日本アカデミー賞の優秀助演男優賞を受賞。自ら映画製作もし、15年公開の「カクト」では主演の傍ら、監督・脚本も務めた。5日に終了したばかりのドラマ「未満警察」(日本テレビ系)では、警察学校の教官役を演じていた。
俳優活動の一方で、地球環境分野の社会活動を行う株式会社「REBIRTH PROJECT(リバースプロジェクト)」を設立するなど、実業家としても活躍。東日本大震災では「元気玉プロジェクト」として復興支援を行っていた。
7月に亡くなったファッションデザイナー、山本寛斎さんは異母兄。
(産経新聞の記事から引用)


インターネット上では相変わらず、「外国では大麻は合法。日本だけ遅れている」とか「大麻は有害ではない。中毒性でいえばタバコや酒の方がはるかに危険」などと、意識高い系の人たちが大麻で逮捕などナンセンスだと論陣を張っています
言うまでもなく大麻など使用せずともまともな人生は送れるのであり、大麻もマリファナも人間には必要ではありません
そして大麻を乱用する者はコカインなど、より刺激的な薬物に走る危険があり、ジャンキーへと堕ちてゆくのでしょう
なぜ、一部の意識高い系の人たちは大麻に走り、大麻の合法化を叫ぶのか、自分にはさっぱり理解できません
伊勢谷容疑者にじっくり説明してもらいたいものです
それはともかく、伊勢谷容疑者は起訴される見込みであり、芸能メディアはあれこれ騒ぎまくると思われますが、初犯なので執行猶予付き判決が下されるはずです
しばらくは芸能活動を休止しますが、時期を見て再び芸能活動を再開するのでは?
あるいは芸能活動に区切りをつけ、実業家としての道を選ぶ可能性もあるかもしれません。なぜか、伊勢谷友介を高く評価している人たちもいるようで
自己啓発セミナーの講師でもやらせたなら、陶酔する若者が続出するなんて事態も起こり得るのか?
これは伊勢谷友介がある種のカリスマを有していると考えるより、伊勢谷友介にカリスマを与えたいと願う人がいるからではないか、と自分は考えるのですが、どうでしょうか

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前橋連続強盗殺人土屋和也被告 最高裁も死刑判決支持(その1)

2014年の暮れ、群馬県前橋市で高齢者を狙った強盗殺人事件2件を起こし、2人を殺害し1人に重傷を負わせた土屋和也被告について、最高裁判所は死刑判決を支持し、上告を棄却しています
弁護側は「犯行の背景には土屋被告の不遇な生い立ちによるパーソナリティー障害がある」と指摘し、無期懲役が相当と訴えていました
しかし、最高裁は「強盗の決意、殺害の実行などは被告の意思によるものだ。人命軽視の態度は強い非難を免れない」と述べた上で、「執拗にバールで殴打し、包丁で突き刺した殺害時の態様には障害の特性が現れている」とし、「それを考慮しても、刑事責任は極めて重大だ」と死刑を支持しています。これは裁判官5人全員一致の意見です
控訴審判決の時点でこの事件に1度言及したのですが、あらためて犯行の内容と、パーソナリティ障害の影響について2回に分けて取り上げようと思います
今回は土屋被告による犯行の内容が中心です
1件目の強盗殺人で土屋被告が奪った金は数千円にすぎないとされます。93歳の一人暮らしの老人を殺害して、仏壇やタンスを漁ったものの現金はそれくらいしか見つけられなかったのでしょう
土屋被告は「年寄は小金を持っている。抵抗もしないので簡単に奪える」と犯行動機を語っているのですが、あまりに行き当りばったりの犯行です。弁護人は「計画的な犯行ではなかった」と主張していました
が、事前に凶器となる刃物を準備して家に侵入し、家人に出会ったら躊躇なく殺害しているのであり、それで「殺すつもりはなかった」と土屋被告が主張しても通用しません。最初から殺すつもりだったと解釈した方が自然です
つまり人を殺害する行為に迷いもためらいもなく、冷静冷酷に手を下しているわけです。ここらがパーソナリティ障害とされる所以ですが、それは次回取り上げます
当時、土屋被告は勤務していた警備会社を辞め、無収入であり、課金ゲームにはまってサラ金から100万円以上借金している状態でした
食うに困った挙げ句、盗みをしようと決意したのだとか。そして実行したのが老人を狙った強盗です。しかも、侵入したら家人を即殺害するという荒っぽい手口です
これは他人との会話が苦手でうまく交流できない土屋被告ですから、刃物で脅して「金を出せ」云々のやりとりは無理だと半ば自覚した上でのスタイルだったと推測できます
土屋被告の生い立ちなどについて、週刊女性が記事を掲載していますので関心のある方は一読ください
ただ、このライターは「死刑囚との面会」という自身の行動に陶酔し、感情移入しすぎているきらいがあります。そこは割り引いて読んだ方がベターでしょう
土屋被告の生い立ちが悲惨で、施設暮らしの上にいじめられ、身の置所のない少年時代を過ごした事実をもってしても、老人を2人殺害し1人に重傷を負わせた罪は消えないのですから

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杉並保育士殺害 懲役20年判決

同僚の女性保育士宅に侵入し、刺殺した容疑で逮捕されていた松岡佑輔被告(33)に対する判決公判があり、東京地裁は懲役20年の実刑判決を言い渡しています
住居侵入は認めた松岡被告ですが、殺害は頑として否認していました。本人は公判で黙秘を宣言し、弁護人が刺殺は現場に居合わせた第三者によるものだと裁判で争ってきましたが、裁判官は第三者に犯行ではないと認定し、検察の求刑通り懲役20年の判決を下しています


東京都杉並区のアパートで昨年3月、保育士の照井津久美さん(当時32)が刺殺された事件で、殺人などの罪に問われた同僚の松岡佑輔被告(33)の裁判員裁判があり、東京地裁は7日、求刑通り懲役20年の判決を言い渡した。下津健司裁判長は「被害者への感情を一方的に募らせ、被害者宅に侵入する常軌を逸した行動は身勝手極まりない」と述べた。
弁護側は殺人罪について無罪を主張し、照井さん宅のベランダに残されたビニールひもから第三者のDNA型が検出されていたなどとして、第三者による犯行の可能性を主張していた。
これに対し判決は、ビニールひもがベランダに持ち込まれた経緯は明らかでないと指摘。「刺殺現場の室内から第三者のDNA型は検出されていない」として弁護側の主張を退けた。
さらに、照井さんの右手から松岡被告のDNA型が検出されたことを認め、「松岡被告の暴行に抵抗してDNA型が指についたと考えるのが合理的だ」とし、松岡被告が犯人と認定した。
判決によると、被告は昨年3月26日、照井さんの自宅アパートに侵入し包丁で背中を刺して殺害した。2人は当時、同じ乳児院で勤めていた。
(朝日新聞の記事から引用)


犯行は同僚である照井さんに言い寄っていた松岡被告が、拒絶されるようになったのを逆恨みして行ったものと検察は説明しています
その辺りの経緯は松岡被告にとって他人に知られたくない部分でしょうから、取り調べでも黙秘したものと推測されます
しかし、被害者と松岡被告のLINEのやりとりが残っており、検察はそこから2人の関係がどのようなものであったか再構成し、法廷で明らかにしています


「お疲れ様です! 飲み誘っていいでしょうか」
「先生こんばんは、そろそろ涼しくなってきたと思いませんか つまり飲みに行きましょう」
「お疲れ様っす 明日飲み行くテンションなってくださってますか」
「お疲れ様です 明日一瞬飲み行きませんか」
「こんばんは やってきましたお誘いのコーナー 8日どうでしょうか」
これに対して照井さんは「いきましょーか」と当初は応じていたものの、次第に「明日は飲む元気ないのでやめとく」「いやー明日はちょっと」と遠回しな断りを入れるようになり、終盤では「行きません」ときっぱり断るようになっていた。特に被告が“勤務先の乳児院の子供についての相談”と称して飲みに誘った際、照井さんは「子供をダシに使われてるようでとても嫌です」と不快感を示し、以降のやりとりは目に見えて堅苦しくなっている。
(FRIDAYの記事から引用)


女性を口説くのに、飲みに誘うしかできない不器用さが伺えます。しかし、被害者照井さんが松岡被告を好きになれない理由はおそらく他に幾つもあったと思われます。まあ、同僚なので露骨に拒絶するわけにはいかなかったという事情もあるのでしょうが
誘ってもなびいてくれない照井さんに対し、松岡被告が何を思い、殺意を抱くまでになったのかは松岡被告自身にしか分からないのであり、検察官とて立証はできません
一審で黙秘を貫いた松岡被告は当然、有罪判決を不服として控訴するのかもしれませんが、既に詰んだ状態であり、逃れるすべはないでしょう

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「風の谷のナウシカ」 その世界観を問う

前回と同じ批評から引用し、ナウシカの世界観を考えます
この場合、世界観とはナウシカの辿り着いた「思想」と言い換えてもよいのでしょう。ただし、「思想」と呼べるほど洗練されたものではありませんし、論理立った思考に基づくものでもありません。ゆえに筆者は世界観との呼称で表現しているものと解釈します
同時にその世界観は宮崎駿がナウシカの物語との苦闘の末に辿り着いたものです
以下、批評にもあるように、ナウシカは論理的飛躍とでも称すべきなのか、唐突に自身の世界観を主張し、シュワの墓所の主を振り切ってしまいます。そこは結末へ向けて物語が加速している流れの中で、ほとんどの読者は違和感を感じるまでもなく読み進めてしまうのでしょう
前回申し上げたように、物語を読みすすめる中でナウシカに感情移入してしまった読者は、「ナウシカがそう考えるのなら、それでよい」と躊躇なく受け入れてしまうのです
しかし、批評では敢えてそこに食いつき、ナウシカの世界観を問題視し異議を唱えます

『漫画版 風の谷のナウシカ』によせ
(前略)
おそらく「人間にとって絶対正しい思想」はない。永久に変わらなくてすむ思想もない。断言していいと思う。いちいち言うまでもないだろうが、墓所の主が全知全能でないように、ナウシカもまた全知全能ではない。王蟲が協力しようが、地球生命体の全意識統合体である腐海の生態系の、全知能、全知識、全能力を傾けてナウシカに協力したところで、やはり全知全能ではありえない。最後にナウシカは「この星にまかせよう」などともいうが、地球だって全知全能であるわけもない。しょせん、自然も地球も人間も物体である、本質的な違いはない。すべてが八百万の神なら、裏返せば一人も神などおるまい。それが多神教の悲惨な結末である。
すべての知的存在は、究極において完全に知的ではいられないのは悲しいことであろう。限定的な情報をもとに暫定的な認識に達して、とりあえず行動するために、細かいところに目をつぶって(罪の許しをこいながら)不器用にうろうろやるだけの話だ。どっちもどっちである。
だからナウシカがどんな体験をして、どんな確信を持とうとも。どんな思想をもとうとも、「自分を正義」にしてよいわけがあるまい。そして、どんな言い訳をしようとも、自分の内部の声を信じて、自分や他人を「自分の神」に捧げることは、とりかえしのつかないことである。
わたしにはナウシカが幸福になったとはとても思えない。それは作者も承知していよう。
ナウシカは「自分の世界観」を絶対肯定してしまった。彼女はその場所(墓穴)にとどまるしかない。自由な翼はもうない。自分の中に巣くっている「狂信的な神」へ、いけにえをささげて、血を流してしまった。血の契約をしてしまった、「その神以外の神」に対しては犯罪者になってしまった。
なぜ世界の各地に「いけにえ」という風習があったのか? さまざまな意味があろうが、有力な理由の一つとして、流した血は「共犯者」としてお互いを縛り付ける効果があるのだ。
連合赤軍の内部抗争により、リンチ事件が発生して死者がでたことがある。だが、よってたかって仲間を殺したことで、赤軍派内部の結束は恐ろしく強くなったという。ドストエフスキーの『悪霊』も参考になると思う。ナウシカの世界は、たしかに平和にはなったろう。腐海の自然と協調してくらしていけるだろう。
しかし私はナウシカが可哀想でならない。彼女は慈悲深い女王としてくらしていけるのか。土鬼の神聖皇帝のような無慈悲な暴君に変貌する可能性はないのだろうか。安心してはいられないのだ。
墓所の主がナウシカに「闇のみだらなにおい」を感じたのは正しいが、もっと痛烈に彼女の根本矛盾をつきさせばよかったのに……と思ったりもする。
墓所の主は正攻法でナウシカを説得しようとしたが、それは原発反対を感情でさけぶ人々に、原発の必要性を、(内心自己の願望の充足だけを願う)技術者が理論的に、専門用語を使って訴えるようなものだった。これでは説得できないのも無理はない。この手の論争は日本では非論理的な者が必ず勝つようにできている。日本的論争で言えば、墓所の主はナウシカの理論でナウシカを説得すべきだった。
(以下、略)

「原発反対を感情でさけぶ人々に、原発の必要性を、(内心自己の願望の充足だけを願う)技術者が理論的に、専門用語を使って訴えるようなものだった」との比喩はなかなか痛快です。ナウシカは墓所の主が持つ生命を都合よく作り変える技術に、本能的に危険な匂いを感じ、拒絶したのでしょう。遺伝子組み換えによるジャガイモを嫌悪するように、と書けば矮小化しすぎですが
ここは宮崎駿の生命観が如実に反映されているのでしょう(目的に合わせて都合よく遺伝子を組み換え、生命を弄ぶような科学技術に対する嫌悪)
ただ、それ自体を独立した思想と言うには無理があり、世界観(生命観)と呼ぶのが妥当であると思います
墓所の主のきわめて科学的な説明をナウシカは非論理的な感情論で拒絶するのですから、それをナウシカの狂気と筆者が感じるのは正常な感覚なのでしょう
自分を含め、ナウシカに感情移入してしまった読者は、その狂気さえ肯定しまうのですから、何とも度し難い話です
さて、筆者は「結論」として以下のように述べています

ナウシカは結局は同じ場所にとどまるために、討論を拒否してしまった。私はこれには賛成できない。
もちろんナウシカ自身も、自分が「自分の精神の利己的保身のため」に行動したとは思ってはいまい。だから無意識に自分がとってしまった行動の意味を知ったら愕然とするだろう。
ナウシカは自分自身がなにかに「呪縛」されているとは気がついていないだけなのだ。だが、呪縛に気づこうと気づくまいと、その支配化にあれば自由はない。
良心の自由が欲しいなら、自分の中に巣くっている呪縛とも戦わねばならない。どんなに苦しくとも。どんな自分が正しいと信じていても。疑ってかからねばならないのである。

理論的にはナウシカは腐海の真実を民衆に伝え、生命のからくりを告発し、呪縛から自身を解き放つべきなのかもしれません。が、すでにシュワの墓所は破壊されたのであり、ナウシカが民衆に何を語ろうとも、科学文明は復活しません。それなのになお、呪縛から己を開放する必要があるのか、と自分は思うのです。開放された場所には、もう何も残っていないのでは?
ゆえに筆者の結論に賛同できません
論理的に破綻した物語(狂気に取り憑かれた姫と無知な大衆)だとしても、多くの読者はナウシカの側に立つのだと想像します
呪縛されたまま、何もかも背負い込んだまま生きる途をナウシカは選んだのであり、それを狂気の沙汰と呼ぶならそのとおりでしょう
筆者は日本の思想的曖昧さ、不確かさを批判するのですが、日本はそうやって21世紀まで生きてきたのであり、この先も思想的曖昧さを内に抱えたまま22世紀まで生き延びるのではないでしょうか?
論理的な正しさがかならずしも物語を豊かにするわけではなく、矛盾や曖昧さも含みながらも読者を刺激し誘惑し、想像力を掻き立ててくれる物語もあるのではないでしょうか
数学の話で恐縮ですが、数学者に求められるのは未解決の難問を解くことではなく、解けるか解けないか分からない新たな問いを提起することだと言われます
宮崎駿が「風の谷のナウシカ」で1つの問いを提起したと考えるなら、十分に意義があったのでしょう。もちろん、問いを突きつけられた我々が問いをどう解釈し、解くのかも大事なわけで

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「千と千尋の神隠し」を考える こどもの居場所

被爆資料管理できず 長崎原爆資料館のお粗末

毎年、広島と長崎で被爆者への慰霊祭が行われます
式典の模様は各メディアが取り上げますので、誰もが目にした経験があると思います
しかし、多額の費用と手間をかけた式典が毎年実施されているとのは裏腹に、長崎の原爆資料館は学芸員が2名しかおらず(現在は臨時雇いを加えて3名)、資料の管理にも手が回らない実情なのだと共同通信が記事にしています
長崎市長や広島市長が大勢を前に平和宣言とか口にしていますが、原爆の資料も管理できていないほどお粗末な状況にあるとは、なんとも情けない話です。平和宣言よりも、資料の管理に力を入れるべきではないのか、と長崎市長に言いたくなります
平和宣言の枕詞に、「世界で唯一の被爆国である日本が云々」と謳われるのですが、力の入れどころが間違っているのでは?
常設展ですら展示物の入れ替えがなく、長年同じ資料を展示したまま、というのは情けなくなります


被爆資料2万点がほぼ死蔵 長崎原爆資料館 学芸員不足、調査分析追いつかず
約2万点。これは長崎原爆資料館(長崎市)が所有する被爆にまつわる資料の数だ。焼け野原となった市街地の写真や熱風で溶けた瓦、被爆者の罹災(りさい)証明書など、分野は多岐にわたる。一方、展示されているのはごく一部。収蔵品の目録は非公開としているため、市民や研究者による活用は望めず、多くが事実上の死蔵状態となっている。背景には資料の調査や分析を担う学芸員の人数不足がある。被爆の実相を後世に残すための施策が求められている。
▽学芸員はたったの2人
「とてもじゃないが一つ一つの資料の精査まで手が回らない。日常業務に忙殺され、研究の時間は取れない」。長崎市の担当者はそう漏らす。資料館は被爆にまつわる写真や現物資料、書類などの寄贈を受け付けており毎年、数十~数百点の申し込みがある。だが、対応にあたる学芸員はたった2人。ことしは被爆75年の節目で収集を強化しようと期間限定でさらに1人を雇い、「かなり助かっている」と先の担当者は話す。それでも過去の資料について調べる余裕はないという。
(以下、略)


核廃絶運動が社会党系と共産党系に分裂し、それぞれの党派による平和行進が行われるなど、政治色によって歪められてきた経緯も影響しているのか、資料の管理も研究もできない状態にあるのは嘆かわしいことです
省略した記事の部分では、直接の被爆に関する資料のみを資料館では寄贈を受けており、核廃絶運動などの資料は対象外なのだとか
それはそれで問題あり、でしょう
被爆地である長崎が核廃絶をどう訴えてきたのか、運動の足跡を示す資料も重要です
別段、「国が管理すべきだ」などと言うつもりはありません
長崎市がしかるべく予算を割き、学芸員を雇用するなり、民間の寄付を活用して財団法人を立ち上げるなり、手段はいくつもあるわけで
毎年実施する平和式典の予算の一部でも資料館の充実に当てられないものか、とも思ってしまいます

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車に女児放置 死亡させた母親逮捕

真夏の日差しが照りつける中、車にこどもを放置し死亡させる…。毎年繰り返される事件です
高松市で幼いこども2人を車の中に放置したまま、飲み歩いていた母親が逮捕されています。当初は、「ちょっと車から離れていた間にこどもがぐったりしている」と供述していたのだとか
ところが現場近くの飲食店数軒をはしごし、飲み歩いたと発覚してからは黙秘していると報じられています。何のための黙秘なのでしょうか?
いまさら、自分の身かわいさに黙秘を貫こうというのはあまりに身勝手な態度と言わざるを得ません


高松市内で車に女児2人を放置し死亡させたとして、香川県警が4日、保護責任者遺棄致死の疑いで、母親の無職、竹内麻理亜容疑者(26)=高松市川島東町=を逮捕した事件で、2人を車に残したまま竹内容疑者は2日夜から3日早朝まで飲酒していた疑いのあることが4日、県警への取材で分かった。県警によると、竹内容疑者は2人を長時間車内に残したまま、複数の飲食店で酒を飲んだ疑いがある。調べに対し黙秘しているという。
亡くなったのは、いずれも幼稚園児で、長女の真友理(まゆり)ちゃん(6)と次女の友理恵ちゃん(3)。3日午後に意識不明の状態で見つかり、搬送先の病院で死亡した。熱中症とみられ、県警は司法解剖して詳しく調べる。
逮捕容疑は2日午後9時~3日午後0時40分ごろまでの間、市内の駐車場に止めた乗用車に2人を置き去りにし、死亡させたとしている。
県警によると、竹内容疑者は3日早朝まで酒を飲んでいたとみられる。その後、車を駐車場から路上に移動。後部座席で2人がぐったりしているのに気づいて3日午後に119番した。3日の同市の最高気温は9月としては過去最高の37・6度だった。
竹内容疑者は夫と娘2人の4人家族。
(産経新聞の記事から引用)


竹内容疑者は、「車のエンジンを掛けたままにしていたが(エアコンを作動させていたが)、エンジンが停まってしまった」とも語っていたようですが、最初からエアコンなど使っていなかった可能性が考えられます
一部の報道では不倫相手と遭っていた、とも書かれています。裏付けがないので真偽は不明です
しかし、竹内容疑者が1人で飲食店をはしごしていたとは考えられませんので、同行者がいたのは確実でしょう
週刊誌の記者たちが取材をし、竹内容疑者がなぜ幼子を放置したまま飲み歩いていたのか、明らかにするはずです
この件については保護責任者遺棄致死で特段汲むべき事情もないと考えられますので、執行猶予付きの判決ではなく実刑が下されるものと推測します。もちろん、車内に放置した母親をどれだけ責めたところで2人の幼子が生き返るはずはないのであり、ただただ虚しいだけです

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「風の谷のナウシカ」 死と再生を考える

宮崎駿の手による漫画版「風の谷のナウシカ」を巡る旅を続けています
取り立てて結論めいたものに辿り着こうという気はなく、多くの人の感想や批評を読みながら考えよう、との目的で続けています
興味のある方はおつきあいください
今回もインターネットで出会った批評を叩き台にさせてもらいます
筆者がどのような方なのか存じ上げないのですが、サブカル評論を書いて公表している人物のようです
引用する批評の狙いはナウシカの変容についてであり、物語の始まりでは心優しいながら正義感の強い少女であったナウシカが幾多の苦難を乗り越えるうちに変容し、最後は筆者の言う「魔女」になってしまう必然性を読み解こうというものです
筆者は以下のように表現しています

もちろん彼女は苦悩して血の涙をながす。しかし、多分かつてできなかったことができるようになった。これは成長と呼んでよかろう。少なくともナウシカ自身の内部においては必然と、とらえているはずだ。
「気に入ったぞ。おまえは破壊と慈悲の混沌だ」俗物きわまるトルメキアの王に賞賛されたナウシカは、もはや死ぬまで罪悪感をもちながら強く生きる孤独な人間である。
物語最後の、能面のように心を閉ざしたナウシカの表情はなんだろうか。
もはや猛々しい聖なる女神でも、驕慢で清らかな処女巫女でもありえない。それはナウシカ自身(作者自身)が選択したことだ。
そして、その選択の原動力というか、到着点に導いた本当の原因は何かというと……。そう。私がこの小文を書くつもりになった動機でもあるのだが。ナウシカ(作者)自身の世界観である。

では、ナウシカの死と再生について述べている部分を引用します

『漫画版 風の谷のナウシカ』によせて
(前略)
ナウシカは一度自殺する。中盤の山場。粘菌と王蟲との消滅と融合への心情的自主参加である。実に日本人らしいといえば「らしい」行為だと悲しくなる。こんなこと書けば多くのファンから反感を買うであろうが避けては通れないのだ。
よく「日本的現象だ」といわれる心中は、自分と他者が感情的に一体化するために発生する。自己の感情の他者への投影が、相手が死ぬなら自分も死のうと思いつめさせる。これを、ひっくり返せば自分の感情が許せば,相手を殺しても当然となるのである。
なぜ少女が死ななければならないのか? 作中に合理的説明はない。ナウシカは人間に絶望して、王蟲を敬愛して、同じ所に行きたいと願って消えてゆこうとする。宮崎監督はアブナイ情景を描いてしまったと思う。自分を殺す覚悟があれば、他人を容易に殺すことまで、あとホンの一歩である。物語ラストでのナウシカの重大な行為は、まさにそれではないか?
作者はナウシカが王蟲と消えてしまうことを一度は選択することで、それまでにナウシカが犯した「巫女」にふさわしくない殺人などの行為を浄化し、風の谷の人間というしがらみをはなれ、人間の枠をこえた神性をもつ物語の語り部としての地位を取り戻そうとしたのだろう。
ナウシカの数々の戦闘での殺人や、戦場での地獄の目撃、人間世界での姫としての扱い、特殊技能者としての活躍は、ヒロインとしての設定からすれば一度はやらせたい「おいしい」情景である。しかし、それらを何度も繰り返せば年若く純粋無垢な乙女という設定が崩れ、テアカのついた大人の汚い女になる。そうなればヒロインとしての魅力も消えてしまう。
ナウシカのヒロインとしての再生のため、作者はナウシカを絶望させ一度死なせなければならなかった。しかし結局それは自己の感情で自分の命を粗末に扱うというだけであって、無垢ではあるが責任放棄以外の何ものでもなかろうか?。もっと恐ろしいことは、それで死んでしまえるナウシカに作者は共感し、読者も感動するということである。作者も読者の多くや私も日本人ではあるが、ふと気がつくと途方にくれてしまわないか?。私も最初の一読はナウシカに共感していたのである。
救われて浄化されたナウシカには、自分の命よりも、他人の命よりも、もっと大切なものがある。そのために自分を平然と犠牲にするし、犠牲にしようと努力する。シュワにある墓所の「清らかな生命の種子」すら滅ぼす。ナウシカは物語が終わっても心優しい少女ではあろう。だが二度目の浄化はない。二度と純真に笑うことはできまい。
苦悩の末に決定的に自分の体を汚してしまうことを選択したのだから。ナウシカは自分のしたことがわかっているのだろうか? わかっていると思うから、「ヤッチマッタ」のであろうし、同じ思いをもっているから作者もそのようにナウシカを描いた。
そして、「漫画・ナウシカ」を評価した「日本人」評論家たちもそのように感じとった。感動し、賞賛し、自分たちの持っている世界観にとって究極の表現と思った。それは、私には、特定の世界観にもとづいたその場限りの判断にしか見えない。まさしく「破壊と慈悲の混沌」である。
墓所でのナウシカの反論を思い起こして欲しい。ナウシカは強く「否」というが、根拠は示さない。
示すのは「私たちは血を吐きつつ、とぶ鳥だ」という、自分の中にある「あいまいな世界観」だけである。確実な論理的絶対点ではない。いってみれば「否」はナウシカの感情にしか「根拠」はないのだ。
いったいどこに万人に納得してもらえる「絶対に誤りのない論理的根拠」を説明する言葉があるのか。あるのはナウシカ本人の心の中にある「確信」だけなのだ。他者を問答無用で排斥する狂信的信仰とどこが違うのだろう?
世界観は、いつも「神」の存在と認識と定義に直結する。ナウシカ(作者)は、「一枚の葉にも一匹の虫」にも「私たちの神」はやどると、誇りをもって語り、過去の人間が作り上げた墓所の「(身勝手な)希望」を「(身勝手に)破壊」するのだ。典型的アミニズム賛歌と、私には見える。
正直に言って、私は「漫画・ナウシカ」を読んで悩んだ。宮崎駿という現代日本においてもっとも影響力をもち、思想的にも優れた作家の到達点であることは確かだ。そしてそれが我々日本人の限界点に近いことも、うっすらとだが瞬時に理解した。ここまでは「漫画・ナウシカ」を高く評価する識者たちと意見は同じである。
(以下、略)

全体としてかなりの長文であり、さまざまな指摘、見解が盛り込まれています。紙面の都合上それら一つ一つに言及できないので、タイトルのとおりナウシカの死と再生に絞って考えることにします
批評では自死を肯定することと、他人を殺害することの間に距離はない(違いはない)と筆者は冒頭で指摘しています。ただ、ナウシカの中では両者はまったく別の次元に属しているのではないか、と自分は感じており、筆者の考えには賛成できません
ナウシカにとってはどのような状況で誰の命を奪うかが重要であり、他人の殺害と自死を同一平面で考えているとは思えないのです(論理的な根拠はなく、単に自分がそう思っているだけなのですが)
ただ、宮崎駿がナウシカを粘菌と王蟲の殺し合う場へと赴かせ、そこで絶望し自死を選択するのは必然性があり、そこでナウシカが一旦は死ななければ先の展開はなかったのでしょう。当たり前の話として、大海嘯は世界崩壊の危機であり、回避する術のない絶望的な状況です。期せずして出くわした1人の少女が為すすべなく茫然自失し、あるいは己の無力に打ちひしがれ、死を選んだとして不思議はありません
宮崎駿の考えがどうであったにせよ、再生を経てナウシカは一段と成長し(物事に動じなくなった、覚悟が決まった、と表現した方が適切かもしれません)、結末へ向けて物語は加速します
古来より英雄譚の中には死の国に赴き、そこから生還する話があります。宮崎駿が意図してか、意図しないでかその形を踏襲したのであり、再生後のナウシカは超人的な能力を身に着けてなどいませんし、救世主になったりもしませんが、以前とは異なる存在になっているものと考えられます(この点はすでに何度も書いています。ナウシカを神にしたり、救世主にしたくないというのが宮崎駿の真意だろうと自分は考えるからです)
アニメ版では暴走する王蟲の群れの前に身を投げ出し、蒼き衣をまとって大地に降り立つ場面であり、再生したナウシカは伝説の勇者か救世主に例えられる存在になっています。このエンディングに宮崎駿自身、不満を抱いていたと推測されるわけですが、アニメ版に関する話はこれ以上掘り下げません
多くの読者はナウシカに感情移入し、あるいは寄り添い、結末に向かって一緒に走り出すのであり、矛盾やら説明不足の行動も「ナウシカがそう望むのなら」と咎めたりはしないのです。再生によってナウシカは自身にまとわりついていたしがらみを一度括弧で括り、いわば独立独歩の形で物語の終盤へと走り始めます。もちろん、風の谷の部族を捨てたりはしませんし、長い旅の途上で関わった人たちを切り捨ていたりもしていません。すべてを背負い、それでも吹っ切れたように(それこそが一度死んで再生する狙いではなかったのか、と言いたいのです)
しかし、筆者はそこで立ち止まり、ナウシカの行動や判断をよくよく吟味しようと試みるわけです
そこで「おかしい」と思い、「間違っているのではないか」と疑念を抱き、そうでない途があるのではないかと物語の外へ(宮崎駿の思考の外へ)出ようと思い至る…と自分は受け止めます。それも物語の読み方の1つでしょう
筆者にすれば、曖昧模糊とした日本独自の精神風土に回帰してしまうようなナウシカの最終的な選択は大いに不満であり、「そうじゃないだろう」と異論を唱えていると受け止めておきましょう
長くなりましたので、本日はこれで終わりにします。機会があれば筆者の重要視する「世界観」についても考えてみたいものです

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わいせつ教師排除を妨げる免許再取得制度

当ブログは教師による性犯罪を繰り返し取り上げてきたところです。しかし、全体の印象として教師による性犯罪が減少している感はありませんし(統計上の数値は別にして)、教育現場が教師による性犯罪抑止のために何かをしているとは感じられません
教員の研修では性犯罪防止や体罰の禁止など繰り返し啓発しているのでしょうが、果たしてどれだけ効果があるのやら
性犯罪者が教壇に立っている現実を前に、学校関係者はあまりに安閑としているのではないか、と思うばかりです
そして性犯罪で懲戒処分を受けたり、刑事罰を受けた教師については、教員免許が取り消されるという行政処分があるのですが、処分から3年を経過すれば再発行されるという制度上の問題についても、何ら効果的な対応が取られないまま放置されています


「わいせつ教員の免許再取得を5年に延長」案に異論…文科省は一体何を守ろうとしているのか
8月31日夜、文科省内や与党の文教族、教育関係者に激震が走った。
その震源地となったのは、夜9時ごろ配信された記事「わいせつ教員の対策を強化へ 文科省、免許再取得制限を5年に」。
連載企画「ポストコロナの学びのニューノーマル」第4回は、わいせつ教員に対する規制強化を巡る、教育職員免許法(教免法)改正の動きを取材した。
5年で再取得なら再犯のおそれが無いのか?
この記事によると、教員による児童生徒への性暴力が深刻化している事態を受けて文科省が、わいせつ行為で教員免許を失っても3年経てば再取得可能な教免法を改正し、制限期間を5年に延長する”規制強化案”を検討しているという。
拙稿で既にご紹介した通り、わいせつ教員を2度と教壇に立たせないために必要なのが、教免法の改正だ。
こうした性犯罪は再犯率が高く、小児性愛障害の疑いもある。もしそうであれば治療が必要で、警備や運転のように法律で就労の制限をかけるべきものだ。
小児性愛障害については、医学的知見をさらに積み重ねたうえで、「こうした行為を再び行うことはない」と合理的な判断ができるまで、免許を授与するべきでないはずだ。
しかし、文科省が検討しているという案は、3年なら再犯のおそれがあるが、5年ならそのおそれはないとの“判断”が見て取れる。
これには文科省内部や与党の文教族からも、異論が巻き起こったという。
(中略)
萩生田文科相「報道を見てびっくりした」
記事が配信された翌日の9月1日の閣議後会見で、萩生田文科相は「報道を見てびっくりした」と語った。萩生田氏は7月に国会で、わいせつ教員を「非常に重要な問題」と述べ、教免法の速やかな見直しを表明していた。
「担当局でいろいろなシミュレーションをしているのは事実ですが、過日国会でも申し上げましたように、厳格化を速やかにすすめていきたいというのが私の思いです。3年が5年に延長で、よい制度に変えることができるならそれは1つの案ですが、私はその詳細についてまだ詳しく承知していません」
(以下、略)


要するに文部科学大臣の知らないところで、初等教育局は教員免許の再発行までの期間を3年から5年にする試案を作成し、日教組と打ち合わせをしているのでしょう
それが性犯罪者を教育現場から放逐するのに有効な手段になるのかどうか?
むしろ、結婚退職した女性教諭を現場に復帰させるとか、別の思惑があっての試案ではないか、という気がします
そんなことより、各都道府県の発行する教員免許の情報を文部科学省が吸い上げ、性犯罪者として懲戒の処分を受けた教師のデータベースを作成した方が抑止につながるのではないでしょうか?
そして性犯罪者は教員として不適格なので、教員免許の再発行はしないと法令を改正してはどうか、と言いたくなります
性犯罪者でも教員資格まで剥奪するべきではない、などと擁護する人はいないと思うのですが
追記:教員免許のデータベース化は既に行われており、免許の失効について各教育委員会は過去3年分が閲覧できるのだそうです。しかし、これではあまりに期間が短いため、暫定措置として今年11月から過去5年分を閲覧できるように改める、と文部科学省は表明しています

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性犯罪者への教員免許再交付は認めるべきか?
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中学教師の盗撮、校長と教頭が隠蔽し懲戒処分
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寝屋川の中学教諭 児童買春で逮捕
小4女児を教室で裸に 教師逮捕
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小学校校長の不倫 学校内で所構わず
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女性教師が少年にわいせつ行為で懲戒処分
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小学3年生徒にわいせつ 千葉の教師八木航
7人の女児にわいせつ 元教師八木航に懲役15年求刑

政治学者白井聡 松任谷由実に「早く死んだほうが」と暴言

政治学者で京都精華大学講師の白井聡が、自身のフェイスブックに書き込んだ松任谷由実批判が炎上する騒ぎになっています
退陣表明をした安倍首相と親しい松任谷由実が、「会見を見て切なくなった」と発言したことを取り上げ、「醜態を晒している」とか、「老いとは残酷なもの」、「早く死んだほうがいい」などなど個人攻撃を展開したものです
誰がどの政治家を支持しようと、その人の価値観なり人生観があるわけで、松任谷由実が安倍首相を支持しても、それは彼女の価値観でしょう
しかし、左翼グループと結託して安倍政権批判を繰り広げてきた白井聡には、安倍首相を支持する松任谷由実も敵としか映らないようです
以下、J-CASTニュースの記事から一部、引用します


白井氏は2020年8月29日、松任谷さんのラジオ発言を伝えるスポーツ紙の記事を自らのフェイスブックに引用し、松任谷さんの旧姓を挙げてこう断言した。
松任谷さんは28日夜、ニッポン放送の番組「松任谷由実のオールナイトニッポンGOLD」で、安倍夫妻と仲がよいことから、辞任会見について「テレビでちょうど見ていて泣いちゃった。切なくて」と心境を明かした。安倍首相とは、プライベートでは同じ価値観を共有しているとして、今後については、「もっと自由にご飯に行ったりできるかな」と漏らしていた。
これに対し、白井氏は、フェイスブックで続けて、こう揶揄した。
「本当に、醜態をさらすより、早く死んだほうがいいと思いますよ。ご本人の名誉のために」
『永続敗戦論』『武器としての「資本論」』などの著書で知られる白井氏は、フェイスブックやツイッターなどで、安倍政権を批判・揶揄する発言を繰り返している。8月30日には「安倍政権の7年余りとは、日本史上の汚点である」と題する記事を朝日新聞の言論サイト「論座」に投稿し、ネット上で論議になった。
松任谷さんを非難したのは、こうした背景があるからだとみられている。
橋下徹氏なども言及「俺たちがやれば社会的に抹殺」
白井氏のフェイスブックには当初、白井氏に共感する人たちから「ユーミンも落ちたもんだ」「生活、人生をめちゃくちゃにされた国民の方が泣きたいよ」といった声がコメント欄に寄せられた。
これに対し、白井氏は、松任谷さんに対し、「老いとは残酷なものだ」「戦後日本の劣化と共に劣化していったということかもしれませんね」といった書き込みを同欄でしていた。
その後、ネット上で注目されて、コメント欄などには白井氏への批判が相次ぎ、「言っていいことと悪いことがある」「発言には強い嫌悪を感じます」「他者をねぎらう言葉さえ許されないとは」といった声が寄せられて炎上状態になっている。元大阪市長で弁護士の橋下徹氏も、ツイッターで、「こんな発言を俺たちがやれば社会的に抹殺だよ」などと苦言を呈した。
白井氏は、9月1日になってフェイスブックを更新し、次のような「声明」を出した。
「松任谷由実氏についての私の発言が、物議をかもしているということですが、削除いたしました。私は、ユーミン、特に荒井由実時代の音楽はかなり好きです(あるいは、でした)。それだけに、要するにがっかりしたのですよ。偉大なアーティストは同時に偉大な知性であって欲しかった。そういうわけで、つい乱暴なことを口走ってしまいました。反省いたします」
(以下、略)


フェイスブックの書き込みは削除した白井聡ですが、内心は不満で一杯なのでしょう
あの石垣のり子参議院議員の発言を彷彿とさせます
要するに「自分は悪くない。間違ったことは言ってない」との思いが根底にくすぶっているものと推測されます
白井聡は「偉大な詩人には偉大な知性を期待したくなってしまう。要するに私は、ひどくがっかりしたのです」と後で釈明しています。ならば「松任谷由実の発言に自分はがっかりしました」と端的に書けばよいのです。「早く死ね」は明らかに余計ですし、暴言でしょう
言論を武器に戦う政治学者にしてはお粗末すぎる失言であり、謝罪の仕方も醜悪です
この辺りも石垣のりこの下手な釈明とそっくりであり、似通った思考回路の持ち主であるのかもしれません
さて、42歳にして京都精華大学の専任講師という身の上の白井聡ですが、それで大丈夫なのかと心配になります。専任講師といえど給料は安いので、生活も不安定なのでは?
今回の舌禍事件で評価が下がり専任講師を解任されたりすれば、失業の危機を迎えるおそれもあるでしょう

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「ユーミン死ね」発言の白井聡を担ぐ韓国メディア
https://05448081.at.webry.info/202009/article_19.html
韓国メディア 「韓国叩き」の論拠に白井聡の「永続敗戦論」を引用
「永続敗戦論」でデモを煽る白井聡
内田・白井の「日本戦後史論」を称賛する韓国メディア
立民党石垣議員 安倍首相を揶揄し謝罪に追い込まれる
民間人を「ファシスト、レイシスト」攻撃 立憲民主党石垣のり子議員
「1日100円で安倍政権打倒」と言う経済学者
「安倍は人間じゃない」発言で野党結集を煽る山口二郎法政大学教授
安倍明恵の日本主義を批評する中島岳志
河野洋平が安倍政治を批判
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少年院出の15歳が殺人 あまりに短絡な犯行

福岡市のテナントビルの女性トイレで21歳の女性が刺殺され、少年院を仮退院したばかりの15歳の少年が逮捕されています
少年は8月26日に少年院(おそらく福岡少年院でしょう)を仮退院し、福岡県内の更生保護施設に入ったものの、そこから逃げ出し事件を起こしています
仮退院後に更生保護施設に身を寄せたということからして、親許に帰れない事情があったか、家庭が崩壊して保護者が不在であったと推測できます。つまり寄る辺ない身の上、なのでしょう
犯行は最初から女性を強姦するつもりで狙ったものであり、抵抗されたためカッとなって刺したと思われます
しかし、少年院を仮退院してすぐにこれだけの凶悪な事件を起こしたのですから、少年院では何を教育していたのか、と批判が起こるのは当然です


福岡市中央区の商業施設で8月28日夜に女性(21)が刺殺された事件で、現場で包丁を所持していたとして銃刀法違反容疑で現行犯逮捕された少年(15)が「女性を刺した。包丁は盗んだ」と説明していることが31日、捜査関係者への取材で分かった。福岡県警は同日、少年が中学3年に相当する年齢で、住民票上の住所は県外と発表した。
捜査関係者によると、少年は26日に九州の少年院から県内の更生保護施設に移り、27日夜に施設から失踪した。その後の行動について、少年は「バスに乗って福岡市に行った」と説明しているという。
県警によると、少年は「施設に戻るつもりはなかった」と供述。施設からの失踪時と逮捕時の所持金はなく、何らかの手段で現金を手に入れて、公共交通機関を利用したとみて調べる。
女性は28日午後7時35分ごろ、同市中央区地行浜2丁目の大型商業施設「マークイズ福岡ももち」1階の女子トイレで倒れているのが見つかった。
捜査関係者によると、女性は首など上半身を中心に10カ所以上の刺し傷や切り傷があり、大量に出血して血だまりがあった。遺体を外から運んできた形跡はなく、県警は女性がトイレ内で殺害された可能性が高いとみている。少年が持っていた包丁に付いた血液からは、女性のDNA型が検出された。
マークイズ福岡ももちは臨時休館を続けていたが、31日、事件から3日ぶりに営業を再開。出入り口を中心に警備員を増やし、警備体制を強化した。施設を訪れた80代女性は「事件当日も午前中に来ていたので、遭遇していたらと思うと怖い。ようやく営業再開してくれて良かった」と話した。
(西日本新聞の記事から引用)


この少年は仮退院する前から女性を強姦することばかり考え、自分の欲望をパンパンに膨らませていたのでしょう
そして何のためらいもなく、迷いもなく犯行に着手したと考えられます
女子トイレで女性を襲った後少年は包丁を手にしたまま店内をうろつき、買い物客が気づいて逃げ惑う中、転んでしまった小学生の女の子に包丁を突きつけています。そこを非番の消防署員が少年にタックルを食らわせ、取り押さえるに至ったという経緯です。自ら凶器を手放し、自首する気はなかったものと判断できます
さて、話が早いのですが、処分はどうなるのか、気になるところです
旧少年法では犯行時16歳未満の者については、死刑や無期懲役を科すことはできないと規定されていました。これが法改正により14歳以上の犯罪少年は刑事罰の対象となり、18歳未満の者については無期懲役に代わって言い渡せる有期懲役の上限を15年から20年に引き上げられています。少年の刑事裁判でよく用いられる不定期刑については、未成年者の場合「10年以下」という制限があったのが改正され、「10年から15年」になっています
本件の場合、殺人罪に問われる犯行ですから有期懲役なら上限は懲役20年となります

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