中国は「ノルウェイの森」をどう読んだのか

以前、村上春樹の作品が韓国や中国でどう読まれているか、取り上げました
今回はその延長で、村上春樹の個々の作品に対する「読み」を少しだけ掘り下げてみようと思います
ただ、作品をどう読むか人それぞれであり、日本だろうと中国だろうと読み手によって大きな違いが生じるのは言うまでもありません
であるものの、実際に中国の研究者による論文を読んでみると、いろいろと驚かされる発見がありました。読んでみて、調べてみて気づかされるものがあるのだ、と認識を改めた次第です
2017年の平安女学院大学研究年報に掲載された許翠微の論文「中国における村上春樹『ノルウェイの森』研究史」から一部を引用します


「中国における村上春樹『ノルウェイの森』研究史」
第 1 章 中国における『ノルウェイの森』研究史
中国では小説発表されて以来、継続的に研究がなされている。中国の研究論文検索サイトで『ノルウェイの森』を検索すると、何百篇の論文が現れる。研究の角度もさまざまである。その中、2012年までの研究は『《ノルウェイの森》人物像分析:文献まとめ』(周倩、李光貞)の中でまとめて紹介されている。この論文によると、2012 年までの研究論文は 6 つのテーマに分類が可能である。人物像に関する研究、主題に関する研究、作品の創作手法に関する研究、各国語に翻訳されたものに関する研究、他の作品との比較研究及びその他の研究である。その中で主題に関する研究はほぼ「恋愛小説」・「成長小説」・「癒し小説」及び「生と死の関係」や「自己救済」などを巡る言及が多い。創作手法は主に言葉、作品の構成、ストーリー展開などに関する研究である。翻訳に関する研究では中国側は中国語に訳された、いくつか違うバージョンの相違についての研究が多い。それに加えて、人物像では「僕」「直子」「緑」「永沢」に関して言及が集中している。他の人物について言及するものは殆ど見えない。彼らについて、どのような評価があるのかは、本稿第 3 章で詳細に確認することとする。また作品の比較論については小説の中に現れた「僕」の好きなアメリカ小説との比較研究に集中している。


中国は大学の数も多いので、村上春樹を対象とした研究論文が数百編あっても不思議ではありません
しかし、それらの研究論文が6つのテーマに分類されるという説明にはびっくりです。文学研究というのは、いわば研究のための方法論を模索するところから始まるのであり、誰かの研究方法をそっくり踏襲したところで劣化コピーを生み出すだけです
つまりは、誰の真似でもないできるだけオリジナルな方法論を確立するところから取り組む必要があり、当然ながら研究テーマも斬新なものが求められる…と自分は理解していました
研究論文が6つのテーマのどれかに該当する、というだけで新鮮味が失われてしまいます(ただ、筆者の引用した研究にそう主張されているのであって、6つのテーマ以外存在しない、と断定されているわけではありません)
研究テーマが類似した上に、方法論も似たりよったりでは「新しい研究」など望むべくもありません
もちろん、そうだと決めつけるには、中国語で発表された村上春樹研究論文を数百編読み比べる必要があるわけですが
さて、上記の論文は中国の文学作品との比較研究に移ります。ただ、比較対象として挙げられている作品(魯迅「狂人日記」、映画「紅いコーリャン」、余華「生きる(活着)」のうち、映画「紅いコーリャン」は視聴済みですが他の2作品は未読なため、今回は触れません
論文は登場人物の研究という分野に進みます
日本でも登場人物の研究は盛んですが、中国の研究はちょっと違います


第 3 章 『ノルウェイの森』主要登場人物たちに沿いながら
(1)僕(ワタナベ)
まず、主人公の「ワタナベ」に関して最初に見よう。中国における「ワタナベ観」は「消極的であり、受動的な人である」というものと「ちょっと変な人だけど、悪い人ではない」という評価に大きく分けている。例えば「『ノルウェイの森』の三角関係における「僕」をめぐって」(孫忠怡)では、「「僕」は総じていえば、消極的な人であり、人に対しても、事に対しても、受動的な姿勢を取り続けた存在であったと言える。…(中略)…直子-緑 --「僕」の三角関係における「僕」の愛情観からは「僕」の浮気や狡猾も見出される。」のようにワタナベの暗黒面が指摘される3)。
一方「「村上春樹とノルウェイの森」(李会珍)」では、「主人公「僕」は誰にでも優しい人で、表面的には語り手の役割を演じられているようだが、実はみんなから聞き手とされている。作中、誰も彼に苦悩を述べ、慰めを求めている。現代の人々も登場人物のさまざまな悩みに自分の悩みを投影し、「僕」に聞いてもらうことで、心が慰められるのではないだろうか。彼はみんなの精神の癒しとして存在している4)。」というようにワタナベの健康人としての側面が強調される。
「試論村上春樹作品の孤独情景--『ノルウェイの森』主要人物分析」(張麗娜)でも「ちょっと変な人だけど、悪い人ではない。友達に対しては、信頼できて、素晴らしい聞き手である5)。」と同様の指摘がある。また、「村上春樹『ノルウェイの森』の主人公渡辺の恋愛孤独感分析」(韓春紅他)においては「ワタナベは話し方は変だけど、正直な人で、信頼できる6)」と言い換えられる。そのような中、筆者としてはワタナベに関して以下のように考えている。
彼は親友キズキの突然の死に対して大きなショックを受けている。何に対しても深く関わらないようにして生きようとしている。しかし、毎日好きな本を読んだり、ワインを飲んだり、好きな音楽を聴いたりして、品のある生活を一方では過ごす。ルームメートである突撃隊の生活習慣に対して文句を言いながらも、彼がいなくなっても突撃隊の遺してくれた「清潔な生活習慣」を守りつづける。また、寮友達である永沢とも、長く親密な交友を持つが、ある時関係を完全に断つ。永沢が恋人ハツミを最終的に自殺に追い込んだとワタナベは考えたためである。それによって永沢に対する不満な気持ちがついに爆発したのである。このような点からみると、ワタナベは正義感が強いという面も持ち合わせていると感じられる。直子に関しても最後まで守っていこうと考え、彼女直子がいるため緑に対しては距離を置いて付き合ったりもする。非常に生真面目な面も見出すことができるのである。
筆者自身のワタナベ観は、先述の 2 分類のうち、後者に近い位置づけだと言える。

(2)直子
次に中国における「直子観」であるが、直子に対しては、ワタナベと違って、まったく違う意見がなく、ほぼ悲劇的な人物だと考えられている。ただ、彼女の悲劇の原因に対してはいくつか説がある。
例えば、前掲「試論村上春樹作品の孤独情景 --『ノルウェイの森』主要人物分析」では、以下のように直子を描いた。直子は物静かで古典美が溢れて『紅楼夢』の林黛玉の如く、愁傷と孤独とが常に感じられる人物である。真っ黒に茂った森林の中で道を迷っていて、寒くても助けてくれる人もいない孤独な人である。直子の孤独は社会との脱離にある。ずっと脱離しているため、自閉的になって、あたかも真空状態のようでさえある。
彼女はキヅキより強いワタナベの助けが必要である。ワタナベの助けによって、迷った森林の中から脱出しようと彼女も試みた。しかし結局過去を忘れることができず、最後にはキズキと同じく自殺を選ぶ。
(以下、略)


主人公ワタナベの好感度、あるいはその行動が倫理的に正しいかどうかが研究の対象になるものなのか、と驚かされます
主人公を好ましい人物と思うかどうか、などまったく別次元の話です
中学生の読書感想文並みの論調であり、特に(2)直子の項にある「試論村上春樹作品の孤独情景 --『ノルウェイの森』主要人物分析」の記述には首を傾げてしまいます。研究の方向、方法論、結論ともダメダメでしょう
まずもって直子という登場人物をまったく理解できていないのですから
加えて、論文のあとがき部分では自殺する人間=弱い人間=ダメな人間という筆者の価値観が表明されており、感性としてこの筆者とは相容れないと思ってしまいます
ところが中国ではこの内容で「優れた研究」になってしまうようで、驚き、呆れます
日本でこんな論文を書こうものなら、担当教授から書き直しを命じられるのでは?「中国の文学研究の水準が低い」と断定する以前に、方法論がダメであり、それに気づかずダメな研究を重ねているところが問題でしょう
ただ、これも筆者と彼女が引用した研究の中での話であり、中国の文学研究全般をダメと否定するものではないと書いておきます

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