「風立ちぬ」を批判する評論家宇野常寛

宇野常寛は過去に深夜放送「オールナイトニッポン0(ZERO)」のパーソナリティを務めたり、朝の情報番組「スッキリ!! 」でコメンテーターを務めていた気鋭の評論家です
宮崎駿の「風立ちぬ」公開にあたっては雑誌「ダビンチ」に批評を寄せ、手厳しくこき下ろしたので有名です。生憎、「ダビンチ」の記事を自分は読んでいません。ほぼ同じ内容と思われる批評が有料メールマガジン等で配信されているようですが、そちらも入手していないので、取り上げようのないまま放置してきました
今回は上記の「オールナイトニッポン0」で宇野常寛が語った内容を入手できましたので、取り上げます
評論家として大ブレしない限り、基本的な主張は[ダビンチ」の記事でも、ラジオ放送の発言でも変わらないと考えます


前略。聴取者メールから。
ヒロインを病弱にして主人公から遠くに逃げないようにするあたり、宇野さんがかつて批判していたセカイ系やエロゲーに近いと思いましたがいかがでしょうか?
「風立ちぬ」公開しました。宇野さんが以前語っていた、ANN0での宮崎駿論が頭の片隅にありストーリーはどうか?泣けるか?泣けないか?宮崎駿が戦争をどう描くのか云々よりも、飛ぶか飛ばないか、飛ぶとしたら何によってかに注目せざるを得ませんでした。結果は宇野さんの批評通り一笑にする内容だったと思います。女に調教されないと飛ばせられない飛ばない主人公。主人公の妹がモロ男社会である医者を目指す=女性社会?今回の公開を踏まえ、宇野さんの中で宮崎駿論は更新されましたか?
うん、そうですねぇ。まぁあの、更新されたか更新されなかった結論から言うと、多少は更新されましたかねぁ。でもね、この「風立ちぬ」ってね。非常に扱い方が難しいですよね。
(中略)
これはですね。まぁなんと言ったらいいんでしょうかね。観ると、一言でいうと宮崎駿はこれまで描いて来たね、結構エコ的な要素だったりあるいは「千と千尋」とかね、あのへんで描いてきた「トトロ」とかで描いてきた結構、民俗学的なね、興味だったりとか、まああるいは結構「紅の豚」とか「ハウルの動く城」とかでね全面化さえれている反戦的左翼的なものは全部彼にとっては、本質的なものでもなんでもなくてタダのネタに過ぎないと言う事がよくわかると思うんです。
あの人の本質にあるのは一言で言うと「メカと美少女に対する萌え」だけと言う事がよくわかりますね。で、しかもね、メカと美少女というのも結果的にね選ばれたネタに過ぎないですね、素材に過ぎなくて、もっとその本質にあるのは、ぶっちゃけて言ってしまうと近代日本のロマン主義の中核を成しているある種の結構歪んだマッチョイムズの様なものだと思いますね。

宇野常寛は「風立ちぬ」を1ミリも感動できないと言ってるわけですが、感動するしないは個人の勝手なので、それ自体は批判でも何でもありません。上記の引用部の末文で言うところの、「近代日本のロマン主義の中核を成しているある種の歪んだマッチョイズム」というのが批判の核心のようです
しかし、日本では実写映画も含め、宇野の言う「ある種の歪んだマッチョイズム」を骨格として映画が作られてきたのであり(「鞍馬天狗」とか「網走番外地」、「忠臣蔵」など)、それで宮崎駿を批判しても仕方がないという気がします。宮崎駿も「歪んだマッチョイズム」以外の語法で物語を語れないのですから
なので、宇野の批判は日本映画全体への批判とも受け取れます

で。これね。観た人の殆どがね「飛行機作りと恋愛が噛みあってない」と言うんですよ。まぁ堀越二郎と言うゼロ戦の設計者をモデルにした主人公がひたすらこうなんかこう飛行機への憧れを実現していってまぁあのぉ奇しくも本位じゃないんだけどゼロ戦と言う戦争の道具を開発してしまうと。そしてその一方で、なんか、この運命的な出会いをした菜穂子と言うヒロインがねいて大恋愛をして結婚するんだけど結核で早死にしちゃうと言うそういうストーリーなんですけど、このね、飛行機作りパートと二郎が一生懸命ね空への憧れ飛行機への憧れをものにしていって戦闘機をつくっていくという表のストーリーと、まぁその伏線、第二のストーリーというところの菜穂子、奥さんとのストーリーが噛みあっていないと言う批評が凄く多いんです。でもね、僕ねこれ間違ってると思いますね。いや、この二つと言うのはねむしろ結託していますよ。深く結びついていると思います。
これね。言ってしまうと、まぁこの堀越二郎=宮崎駿ですよね。ぶっちゃけ戦闘機ってアニメの事ですよ。あぁ自分の好きなものをどう追及して生きる事はどういうことなのかがこの映画のテーマだので、でね、このね堀越二郎ね、堀越二郎は戦争について無力じゃないですか。すっごく昔から飛行機が好きで、美しい飛行機を作りたいと思っているんだけど、あのぉ、彼は戦争にどうしても加担してしまうんですよね。で、戦争に対して、反戦的な気持ちをちょこっと持ってるのがほんの少し描かるんですよ「特高警察怖いな」とかね。最後にちょっと夢の中で憧れていたカプローニというね、なにかイタリアの飛行機技術者にあってね後悔していることを軽く言ってみたりね。ほんと無力ですよね。これね、実はね宮崎駿の事なんですよね。

恋愛映画という批評もあれば、恋愛は二の次でつまりは菜穂子を出汁に使って男の生き様を描くため利用しているとジェンダー主義者からの批判もある「風立ちぬ」です
ただ、恋愛をどう描くか、つまり二郎と菜穂子の関係をどう規定し、描写するかは監督が決めることであり、それが「近代日本のロマン主義の中核を成しているある種の歪んだマッチョイズム」に毒された、ありきたりの恋愛描写であったとしても槍玉に挙げるほどのことではないと考えます
ハリウッド映画をモデルにすれば、主人公はマッチョな男らしい男であり、ヒロインはかよわい女として主人公に助けられ恋の落ちる、というテンプレが成立しているのと同じです
宮崎駿に、テンプレにない恋愛を描け、と要求するのは無茶でしょう

宮崎駿がいくら震災とかねあの今の自民党政権に対して批判的な事を言ったとしてもね、あの基本的に宮崎さんの言ってる事って安倍さんや新政権対して無力だと思う。なんでかというと現実主義に根差してないからですね。さっき僕が言ったように何かこう、絵空事を言う事がむしろ左翼にとって大事なんだみたいな、そういった物語の中に彼は生きているので現実的な提案なんて殆どないじゃないですか。実行不可能な事ばかり言って、左翼のテンプレしかあの人言わないですよね。まぁ僕、クリエーターだからいくら間違った事言ってもいいと思うんですけど、基本、宮崎駿の社会的な発言はもう問題外ですよ。
結局、人間と言うのは自分の好きなものを追及するだけじゃ生きていけないんですよね。あの、どんなに自分の好きなものを追いかけて追及していってもその価値をね、やはり誰かに認めてもらわないと不安になるんですね、だから菜穂子がいるんですよ、奥さんがいる、女の子がいるんです。
心のきれいな女の子がその命まで捧げてくれているんだから価値がある。ね、このヒロインの菜穂子と言うのは自分が結核で死にそうなのに体力的に限界を迎えているのに次郎のところにやってきて体を差し出して結婚生活をおくって、病状が悪化して体力の限界が訪れるとサナトリウムに帰っていくんですね。で、若死にしちゃうんです。つまりこう、二郎に自分の人生を捧げているんですよね。あのね、で、そして、なんか、その菜穂子の存在に実は二郎の何か個人的な生きがいとか動機とかにね、なんら社会的な価値を帯びてない事を埋め合わせてくれていると思うんです。

無力で(病弱で)、それでも健気な女の子が男を支え、それによって偉業を成し遂げるという物語の骨格自体が、宇野の批判する「近代日本のロマン主義の中核を成しているある種の歪んだマッチョイズム」なのでしょう。セカイ系にありがちな設定、と言い換えてもよいわけです
そこでは戦争そのものが問われたりせず、当たり前の状況として受け流されます
もちろん、宮崎駿なりに「あの時代」を描こうとしており、軍人の言動に批判的なニュアンスは示しているのですが、左翼陣営からすればその程度の戦争批判は「ぬるい」と感じるのでしょう。徹底的に戦争批判を繰り広げないと、左翼陣営は納得しませんから
でもそんな展開を盛り込んだら物語になりません
以前、取り上げた韓国メディアや韓国の論文などは、二郎が戦争の道具である戦闘機を開発したのだから悪い、という評価でした。戦争に協力したから悪いし、それを美談であるかのように描くから悪い、と
宇野の批判はこれとは別で、「宮崎駿は戦後日本どころか、下手したら近代日本の日本人の男性のナルシシズムの表現の仕方の本質的なところまで切り込んでいっている。半世紀以上培ってきた日本人男性の自分語りの作法の結晶」であると結論付けています
つまり、明治以降の日本の近代的男性の自我をまるごと否定しようという意識に立って、「風立ちぬ」を批判しているわけです
実に壮大な構想ですが、それでは文学も映画もほとんど否定され、何も残らない焼け野原になってしまいます
「明治の父」を描いた司馬遼太郎の小説はすべて否定されるでしょうし、「エヴァンゲリオン」も「ガンダム」も否定されるわけです。「フーテンの寅さん」も
加えて指摘すると、宇野の唱える理念に沿ったアニメーションを作成したとしても、視聴者はついてこないでしょうから興行としては大失敗に終わると予想されるのであり、いかに頭でっかちな理論を振りかざしたところでビジネスにはなりません

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