「シネアスト宮崎駿 奇異なもののポエジー」は気まずい?

朝日新聞の文化欄がフランスの映画・アニメーション研究家ステファヌ・ルルー著「シネアスト宮崎駿 奇異なもののポエジー」(みすず書房刊)を取り上げていますので、言及します
みすず書房のウェッブサイトにある著者のプロフィールによれば、フランス・レンヌ市のリセ・ブレキニー「映画オーディオヴィジュアル」クラス教授。レンヌ第2大学講師。アニメーション映画研究者。2007年、レンヌ第2大学に提出した当該書籍の元となった論文で博士号を取得した、とあります
以下、朝日新聞の記事から引用します


フランスの博士の気まずい宮崎駿論(小原篤のアニマゲ丼)
https://www.asahi.com/articles/ASNCN3SDLNCLUCVL016.html?iref=com_cul_manga_editorschoice_list_n
高畑勲&宮崎駿論で博士号を取り仏の大学や学校で教員を務めるアニメ映画研究者ステファヌ・ルルーさん著「シネアスト宮崎駿 奇異なもののポエジー」が先月みすず書房から刊行され、期待して読んだのですが、スーザン・ネイピアさん著「ミヤザキワールド 宮崎駿の闇と光」(昨年12月2日の本欄「『宮崎駿の闇と光』という愛情に満ちた本」参照)に続いてアレやコレやとツッコミどころの多い本でした。
着眼点はいいんです。目をひくビジュアルや深遠なテーマについて語られることが多い宮崎さんの「シネアスト」(訳すなら「映画演出家」?)の側面、すなわち「編集・カメラワーク・フレーミング・構図・音声と画面の関係など」(訳者・岡村民夫さんによる「あとがき」から)を分析。「彼の芸術の本質」は「想像的なものと高畑のそばで練りあげられた映画的リアリズムとの思いがけない出会い」であり、「そこに特異で奇異なポエジー、ある種の『驚異における自然なもの』の表現が現出する」(本文16ページ)。
「リアリズムと驚異を混ぜあわせる個人的なポエジー」(61ページ)とも書いていますが、私流に砕いて言うと、「あり得ないことを本当らしく見せるマジック」、逆の言い方なら「現実味を帯びていたところに非現実をぶっ込む荒技」でしょうか。
ルルーさんは「塔の頂に囚(とら)われているラナを救出しようとするコナン」(未来少年コナン)や「城の壁を苦労してよじのぼるルパン」(ルパン三世 カリオストロの城)を挙げ、「人物がほんとうに落ちそうになる挿話を通して空間の実在感を捉えることから始め」「ついにはほんとうに度はずれな軽業にいたる」(55ページ)と書きます。
「なーんだ、『前略 宮崎駿様』か」と思った方は多いでしょう。1984年刊アニメージュ文庫「風の谷のナウシカ 絵コンテ2」巻末の、押井守さんによる有名な宮崎批判です。ラナを抱えて塔から飛び降りたコナンのシーンを引き、リアリズムで演出しておいて土壇場でデタラメな「漫画映画」に持ち込む宮崎さんのやり方は「劇(ドラマ)」を遠ざけ「映画としての訴求力」を失わせるものだ、と指摘します。いくら本当らしく見せても度の過ぎたウソは興ざめだよ、ってことですね。
(以下は有料記事なので割愛)


「シネアスト」とは演出家との意味だそうです。ルルーは演出家としての宮崎駿に着目し、人物の観せ方や劇的な場面の演出方法から宮崎駿の作家性を読み解こうとしている、と思われます(未読なので、自分の推測です)
そうした試みのどこが「気まずい」のかは、朝日新聞の有料記事を読まなければ分かりません。が、自分は会員登録して読もう、という気になれないので「気まずい」理由は放置しておきます
それよりもルルーの「シネアスト宮崎駿 奇異なもののポエジー」を読んだ方が、得るものは遥かに多いのかもしれません
上記の記事にあるとおり、押井守は宮崎駿の作品について歯に衣を着せぬ批判をしています。また、宮崎駿の方も押井守の作品を鋭く批判しており、互いに遠慮がありません。それでも意気投合しているという関係です
さらに言うなら、宮崎駿の表現方法、演出が最善というわけでもなく、表現の可能性は他にいくらでもあります
最近では中国のアニメーションが背景描写に力を注ぎ、色鮮やかな自然風景を示して「宮崎駿を超えた」などと称していたりするのですが、自然風景をどれだけ細密に描写したところでそれはアニメーションの本筋とは関係ないのであり、演出とは何かを理解していない証拠です
あるいは宮崎駿の演出技法を学習し、真似たところで宮崎駿を超えることはできないのであり、それも無駄な努力です
ルルーの著作を読み終えましたら、また取り上げるつもりです

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https://05448081.at.webry.info/202101/article_15.html
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