涼宮ハルヒの非日常、あるいは日常への回帰

昨日同様、「涼宮ハルヒ」シリーズの新作刊行に機会に、あらためて「涼宮ハルヒ」について考えようという企画です
2013年静岡大学情報学部において編纂された紀要論文集「誌上シンポジウム『涼宮ハルヒの憂鬱』」に収められている、岡田安功教授の論文「涼宮ハルヒの憂鬱:非日常性の規範的構造」を叩き台にします
昨日、言及した「涼宮ハルヒの独我論」も出処は同じです

「涼宮ハルヒの憂鬱:非日常性の規範的構造」

論文からの引用は赤字で、自分のコメントは黒字で表示します
岡田論文の前段は涼宮ハルヒが社会規範を超越した存在、秩序を破壊する存在であることを取り上げています。が、今回、自分の関心はそこにありませんので言及しません
取り上げるのは論文の後段、「ハルヒの普通化と危機の解消」の章からです

ハルヒの普通化と危機の解消
さて、ハルヒとキョンは夢から覚めるように閉鎖空間から脱出する。閉鎖空間でハルヒは驚きのあまりか細い声で不安な態度を示す。この場面まで、ハルヒはキョンに限らず相手の手を強引に引いて一方的に引きずりまわしていた
が、ここでは校舎を歩いている間、ハルヒはキョンのブレザーの裾を指でつまんで離さない。怖くてもキョンの腕にすがりつくことを拒否する
ハルヒはもはや性を超越しない普通の少女である。巨人から本格的に逃げる場面以降はキョンが一方的にハルヒの手を握りしめたままとなり、元の世界とは逆の現象が起こっている。キョンとハルヒの関係が逆転することにより、キョンは強引にハルヒと唇を合わせ二人は元の世界に戻っている。気がつけば、キョンは自宅のベッドから床に落ちていた。ハルヒが普通の少女になり愛情で満たされたことが閉鎖空間を解消したことになる。閉鎖空間におけるハルヒの倫理は元の世界と対照的である。
ところで、閉鎖空間ができた原因は二つある。直接の原因は、ハルヒがキョンと朝比奈の関係を誤解して怒りを感じたことである。この怒りは女性としての嫉妬である。この段階からキョンとハルヒの関係が逆転し始める。
遠因は、小学 6 年生の時、野球場で米粒のような観客の群衆を見て自分自身もその一つであることに衝撃を受け、自分自身を特別ではない普通の人間だと自覚して、「普通じゃなく面白い人生」を求めるようになったことである。この感覚は若い世代にかなり共有されているようだが、ハルヒは自分を普通の人間だと気づきながら、なぜ普通の生き方を肯定できないのだろうか。一人一人の人間は宇宙や歴史の中では気が遠くなるほど小さな存在だが、だからこそ尊いのではないだろうか。この感覚がハルヒにはない。

「なぜ普通の生き方を肯定できないのだろうか」との問いについては、涼宮ハルヒが独我論的思考に終始しているから、と答えるのが適切でしょう
これは昨日取り上げた、「『涼宮ハルヒ』の独我論」を読んでいただければ、理解していただけると思います
話が前後しますが、岡田論文では前段に「性を超越する存在」と題する章を設け小説中のエピソードを引用しています。体育の授業の前に、男子生徒がいる教室で涼宮ハルヒが制服を脱いで体操服に着替えようとするエピソード等ですが、これを作者谷川流が「性を超越する存在」というキャラ設定のために書いたのかは大いに疑問です
中学時代の涼宮ハルヒは、「告白されて断ることをしない女子」とのエピソードも語られており、これは彼女が「自分は女子である」と認識した上での行動でしょう
ただし、ハルヒの場合は彼氏が欲しくて付き合うのではなく、自分に接触してくる男子というのは宇宙人か未来人か異世界人の可能性があり、特殊な能力を保有し、見たこともない景色を見せてくれるかもしれないと期待するから付き合うわけです。よって、平凡な男子と分かれば付き合う理由はなく、すぐに分かれる次第です
なので、ハルヒが「性を超越した存在」であると決めつけるのはどうか、と思ってしまいます
ハルヒが朝比奈みくるを特に気に入っているのは、ハルヒの説明するところの「萌え」があるからで、同性愛志向というわけでもありません
ここで話を戻して、閉鎖空間の学校のエピソードにおいて、キョンのキスによってハルヒの恋愛願望が思いがけず成就→閉鎖空間(非日常)の消滅→現実世界(日常)への回帰、というのであれば、ハルヒはやはり「女の子」であり、女性性とは切り離せないと解釈できます(もちろん、後述するようにこれが結論ではありません)
論文末の注釈で岡田教授は以下のように述べています

閉鎖空間における巨人の破壊活動はハルヒの死への欲動が破壊活動として顕在化したものであり、ハルヒがキョンと唇を合わせて元の世界に戻るのはハルヒの生への欲動が顕在化した結果である。ことによると、ハルヒが作り出した閉鎖空間は作者にとって無意識という概念の表象かもしれない。同様に、ハルヒとキョンは作者の無意識が生み出した作者のエロスとタナトスの表象である。

思いがけないシチュエーションでのキョンの告白とキスは、ハルヒにとって予想外の展開であり、不意打ちです。それゆえ一時的に思考停止状態に陥ったのではないか、と自分は推測します
つまり、キョンの告白とキスによって現実世界(日常)の方がよいとの選択をしたわけではなく、思考停止によって閉鎖空間(非日常)が維持できなくなり崩壊したゆえ現実世界に戻ってしまった、というオチです
ハルヒは「昨夜、悪夢を見たから」と表現しており、とても自分の恋愛願望が充足した夢、との自覚はなさそうです
キョンの側をラカン派の精神分析の立場で説明すれば、主体は涼宮ハルヒに恋をしているが自我はそれに気づいていない状態、といえます
なのでキョンは頭を抱え、「なんて夢を見ちまったんだ」と恥じるわけですが、それはキョンの自我があくまで涼宮ハルヒを恋愛対象と認めまいとする悪あがきでしょう

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