「風の歌を聴け」 デレク・ハートフィールド讃

村上春樹の小説「風の歌を聴け」の中で特別異彩を放っているのは、デレク・ハートフィールドに対する熱烈な賛辞です。もちろん、デレク・ハートフィールドは村上による想像上の人物であり、実在しません。この実在しない作家を全面に出し、「僕は文章についての多くをデレク・ハートフィールドに学んだ」と表明するところから物語が始まる、何とも不思議な構成になっています。つまるところ、物語の冒頭から村上春樹の仕掛けに読者は嵌まり込むように書かれており、なおかつあとがきにまでデレク・ハートフィールドの墓を訪ねたエピソードが盛り込まれるという念の入れようです
そうやって読者を惑わし、誑かすところまでが物語、という意図で書かれているわけですが、ならばこのデレク・ハートフィールドとは物語の中において、あるいは物語の外においてどのような存在なのか、考えてみましょう
前回に続いて山口大学の平野芳信教授の論文から引用させていただきます

デレク・ハートフィールド考ー当てのない追究

論文と呼ぶよりは、デレク・ハートフィールドのモデルとなったであろう村上春樹の祖父、僧侶であった村上弁識の経歴を求める随筆と解釈した方が適切かもしれません
村上春樹自身は、「ぼくはヴォネガットも好きだし、R・E・ハワードも、ラヴクラフトも好きだし、そういう好きな作家を混ぜあわせてひとつにしたものですね」と語っていますが、それがすべてだと解釈するのは早計でしょう
さて、論文の方は副題が「当てのない追究」とあるように、ハートフィールドのモデルを村上春樹の祖父であると想定し、推理を展開します。確信的な根拠はないままに

(論文11ページ)
先述した「こうした彼の集中力は、父方の祖父ゆずりで、この祖父は、京都の寺の僧侶だった。その熱をおびた晴朗さは、いつまでも作家の心に刻まれている。」という一文に接して以来、筆者はある思いに取り憑かれている。それは当初、単なる思いつきに過ぎなかったが、次第にある種の確信に変化してしまった。しかし、それを証明するものは何もなかった。だからこそ、春樹の証言を頼りにして、なんとか祖父の名を知りたかったのだ。
結論からいっておこう。春樹のデビュー作『風の歌を聴け』において、彼はデレク・ハートフィールドなる架空のアメリカ人作家を捏造してが、そのモデルは祖父「弁識」氏だったのではないだろうか?

以下、筆者の推理が開陳されるのですが、そこは省略します。関心のある方は論文のPDFフィアルを読んでください
論文はそこから村上家の猫についてのエピソードへ至るのですが、ハートフィールドが猫好きと設定されているのは、村上春樹自身を反映しているのかもしれません
村上の父は国語の教師であり、日本の古典を読むよう春樹少年に義務付けたため、日本の文学作品が嫌いになり欧米作家の手による小説ばかり読むようになったと村上春樹は語っています
その体験からハートフィールドという人物が想定されたと一般的には考えられているわけです
しかし、論文で平野教授が祖父弁識氏こそがハートフィールドのモデル、という推理に至ったか、説明は書かれているものの自分としてはしっくり来ません
祖父弁識氏が文章を武器として闘うことができる数少ない非凡な人物、というわけでもなさそうです
別の人物の論考では、ハートフィールドこそ村上春樹が理想とし、モデルとしたい作家像である説が開陳されています

(「風の歌を聴け」より)
不幸なことにハートフィールド自身は全ての意味で不毛な作家であった。読めばわかる。文章は読み辛く、ストーリーは出鱈目で、テーマは稚拙だった。しかしそれにもかかわらず、彼は文章を武器として闘うことができる数少ない非凡な作家の一人であった。ヘミングウェイ、フィッツジェラルド、そういった彼の同時代人の作家と伍しても、ハートフィールドのその戦闘的な姿勢は決して劣るものではないだろう、と僕は思う。ただ残念なことに彼ハートフィールドには最後まで自分の闘う相手の姿を明確に捉えることはできなかった。結局のところ、不毛であるということはそういったものなのだ。

村上春樹が「アンダーグラウンド」をきっかけに単なる空想の物語を綴る作家から立場を変え、社会にコミットメントする立場へ移行したというのが一つの定説になっています
なので、デビュー作である「風の歌を聴け」執筆時は、上記のハートフィールドのような「文章を武器として闘うことのできる作家」を目指すほどの自覚や覚悟が備わっていたのかは疑問です
ただ、わざわざ架空の人物まで作り出し、「文章を武器として闘うことのできる作家」とのイメージを提起し称賛しているのですから、何らかの思い入れがあったのでしょう。加えて、その行為を不毛であると断じているのは、文章で闘うことの意味に何らかの懐疑を抱いていた可能性が考えられます(例えば、作家が個人的に闘いを挑んだところで、社会は何も変わらないとの諦観)
結論と言い切るほどのものはないのですが、村上春樹のデビュー時は確かにデレク・ハートフィールドのような不毛な闘いを挑む作家、というものに漠然として憧れを抱いていたと推測されます。それが祖父の影響である、という仮説に対しては否定も肯定もできません
物語の外では、ということになるのでしょう。最近の村上春樹の政治的な発言を聞くにつけ、文章を武器に闘いを挑もうとする決意が感じられます。保守政治志向の自分としては村上春樹の政治的発言には賛同しませんが
彼の闘いがどう進展するかはともかく、最新作「一人称単数」は電子書籍で購入しましたので、いずれは当ブログで取り上げるつもりです

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