「セーラームーン」の時代変化 美少女と恋愛

世界に影響を与えた日本のアニメーション作品として、「AKIRA」や「攻殻機動隊(GHOST IN THE SHELL)」の名前が挙げられるのですが、そこに「美少女戦士セーラームーン」も加える必要があるのでしょう
多岐にわたる影響を与え、社会現象を引き起こしたわけですが、あまり話の間口を広げると収拾がつかなくなるので、今回は原作漫画とテレビアニメーション化された作品の差異に注目し、そこにどのような考えの違いがあったのかを読み解いていきます
宮崎大学教育学部紀要に収録された山田利博教授の論文から引用します

新旧「セーラームーン」アニメの比較によるジェンダー理解の変容について

マンガ月刊誌『なかよし』1992年月号から1997年月号に連載された、武内直子『美少女戦士セーラームーン』(以下、マンガ原作を指す時は、「原作」と略称)は、疑いもなく日本マンガ・アニメ史上における画期的な作品の一つである。何故それが画期的になり得たのかという問いに対する答えはいろいろと考えられるが、今回はジェンダー意識の問題、特に「原作」とアニメではどのように異なるか、あるいは同じアニメでも、時代によってどのように異なるかについて見ることとする。なぜならこのマンガは、後述するように、ジェンダー意識を中心に近いテーマとして扱った作品であり、かつ、20年の時を隔てて2度アニメ化され、時代によるジェンダー理解の変遷が窺いやすいと判断したためである。ただその分析に入る前に、確認としてジェンダーの定義について簡単におさらいしておこう。
言うまでもなくジェンダーとはもともとは文法用語である。フランス語などのように、有性名詞が存在する言語の性の分類を示すものとして用いられていたが、今ではそれが、「社会的・文化的に形成された性別」の意味にまで広げられている。なぜなら、人間は高度で複雑な社会・文化を創り上げてしまったため、「生まれた時の性」(セックス)と「社会的・文化的に形成された性別」を区別する必要が出て来てしまったためである。

論文では原作漫画、第1期のテレビアニメの比較が行われ、その中でアニメにおける幾つもの改変が指摘されています
その前にアニメ化のための企画書が引用されいますので、抜粋して紹介しておきます。なぜこの原作漫画を選んだのかコンセプトが明らかにされており、ここは注目すべきところです

今、日本は女の子を中心に動いています!軟弱で頼りなく、既成の古い概念をいまだに捨てきれない男の子たちを尻目に、彼女たちの活発さは勢いを増すばかり(中略)。女の子たちは、心の中でいつも「もっともっとキレイになりたい」「もっともっと賢くなりたい」「もっともっとかわいくなりたい」と願っています(中略)。「賢く、お洒落にカッコよく」それがアイドル低迷期の今、女の子の目指しているニュー・アイドル像なのです!最初はとまどい気味の男の子たちも、やがて彼女たちの真の魅力に気づくことでしょう。

論文ではこの企画書自体、男目線で書かれていると指摘されているわけですが、どうなのでしょうか?
チーフディレクターは男性で、脚本の7割は男性脚本家の手になると論文では取り上げているのですが、女性脚本家の手によるシナリオであるべきだ、と指弾する理由は特にないと自分には思えます
もちろん、男性脚本家が手掛ける以上、男性がイメージする「女の子」の話になるのは避けられないのですが、それがただちに悪い、とは断言できないのでは?
女性脚本家が担当すれば、自ずと女性目線での話になるとしても、それが正しいとは言い切れないのではないでしょうか?
原作漫画からの主要な改変部分は、論文とWikipediaからの引用を元に、以下まとめます
①タキシード仮面は原作ではセーラームーンを応援する立場ではあるが、ほとんど戦闘には加わらない。テレビアニメでは積極的にセーラームーンを助けています。ここに原作者なりの主張があるように思います
②原作漫画ではセーラームーンはタキシード仮面に好意を寄せてはいるが、ベタぼれしている描写はない。テレビアニメでは眼がハートになるほどベタぼれしている設定になっている。テレビアニメではセーラームーンとタキシード仮面の恋愛関係をより色濃く描くことによって、従来の少女アニメ的な展開を内包させたといえるのでしょう。その改変の是非はともかく、第1期のテレビアニメが人気を得たのは2人の恋愛劇による部分が少なくなかった、と考えられます
③原作漫画はこども向けではありながらダークすぎる描写、展開になっていることから、テレビアニメはセーラー戦士たちの日常描写を増やし、より親しみやすい内容へ改変した
その他、細かな改変は幾つもありますが、重要なものとしては以上の3点でしょう
②について論文では、テレビアニメのような恋愛描写が「男性に愛される女性」であると設定される結果、女性が男性より下位にくるのを問題視しています。①のタキシード仮面の立場と相まって、テレビアニメでセーラー戦士よりタキシード仮面の方が上位に位置するかのような描写になっていますので、原作とは顕著な違いが見て取れます
論文ではこれを男性中心のテレビアニメ制作スタッフが、原作漫画の女性優位の設定を認めたくなかったのではないか、と指摘しているのですが、何とも判断がつきません。もし制作スタッフが「当時はそこまで考えてはいなかった」と答えたなら、性差について何も考えなかった=無頓着なまま男性優位の設定でテレビアニメを作っていた、との解釈に結びつきかねません
以降、論文では「セーラームーン」が20年後、より原作漫画に忠実な形で再度アニメーション化されていることに触れ、それがジェンダーへの理解が多少なりとも深まった結果と言えるのでしょう(同時に、まだ理解が十分ではないと、論文では指摘しています)
シリーズ担当のチーフディレクターも女性が起用された、とわざわざ明記しています
ただ、少女アニメなら脚本からキャラクターデザイン、演出、作画監督まですべて女性でなければならないのか、という疑問が湧きます
そうでないとジェンダーへの正しい理解、配慮ができないので駄目なのでしょうか?
まとめとして、以下のように論文は結んでいます

以上、「原作」からしてジェンダー意識色濃い『美少女戦士セーラームーン』を、20年の時を経てアニメ化した二つの作品を対比して見えてきたことは、その20年の間に男性のジェンダー理解はだいぶ進んだが、まだまだ本質的なところからはほど遠いということであった。このことは、20年の時を隔てた他のアニメ作品の比較からも大雑把には言い得るかもしれない。例えば、原作がそうなっていると言えばそれまでだが、2014年に放映された『ウイッチクラフトワークス』のように、男性が女性に「お姫様だっこ」され、庇護されるというようなアニメは、20年前にはまず考えられなかった。しかし、せいぜい言えるのはその程度で、さらなる深い考察は難しいだろう。何故なら接点のない二者の比較は、「比較」の原義から言っても不可能だからである。そういう意味では詳細な比較が可能でかつ制作者の意識まで読み取れる、『美少女戦士セーラームーン』は希有な作品と言えるのである。

原作漫画については少女向け漫画雑誌連載ではあるものの、作者の意図が反映したダークな展開になっており、これをこども向けテレビアニメにするためさまざまな改変が加わったという事情があります。もちろん、そこにはジェンダーへの配慮というものはありません
当時としては、それが問題視されることはなかったのでしょう
現在では原作漫画なりライトノベルを改変してアニメ化すれば、たちまち原作厨の批判が押し寄せます
なので、新たなアニメ化によってより原作に忠実な形に近づいたのは、良しとすべきなのでしょう
ただ、旧作のようなセーラームーンとタキシード仮面の夫婦漫才も捨てがたい気がします。恋する少女を描く、ボーイ・ミーツ・ガールはやはり必要でしょう。ジェンダーに配慮しつつ新しい恋愛のかたちをどう描いていくのか、アニメ業界にとっての課題です

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