高橋義博死刑囚病死 2006年死刑確定

医師生き埋め殺害事件の主犯であった高橋義博死刑囚が病死した、と報道されています
1992年7月に起きた事件は、都立広尾病院の医師小尾和洋さん(当時37歳)と美容室経営者深沢由秀さん(当時32歳)から金を奪う計画を立てた貿易会社経営の高橋義博が中心になって計画・実行されたものです。当時、高橋は会社の経営が悪化したため金を必要としていました。土地の売却で多額の金を入手した小野さんの存在を知り、最初から殺害するつもりで犯行を計画したものです


法務省は3日、川崎市の医師ら2人を栃木県内の山中に生き埋めにしたなどとして、強盗殺人罪などで2006年に死刑が確定した高橋義博死刑囚(71)が同日午後、収容先の東京拘置所で病死したと発表した。収容中の確定死刑囚は109人になった。
死因は心臓疾患の「急性冠症候群」。1日に外部の医療機関で診断を受けたが、カテーテル手術を拒否したため、同拘置所の病棟で投薬治療を受けていたという。
確定判決によると、高橋死刑囚は1992年7月、共犯者3人(無期懲役が確定)と共謀の上、不動産売買で知り合った男性医師(当時37歳)ら2人を拉致・監禁し、現金約79万円などを奪った後に山中に生き埋めにして殺害した。
(読売新聞の記事から引用)


高橋死刑囚は当時、暴力団から億単位の借金をしており、返済できなければ命を取られるだけでは済まない状況に追い込まれていたといわれます
そのため、金を手に入れるためなら何でもやる、との心境だったのでしょう
仲間を誘い、まず深沢さんをマンションの一室に監禁。電話を使って小野さんを呼び出し、これも監禁します。その間に仲間は栃木県の国有林内に2人を埋めるための穴を用意しました。そして銀行のキャッシュカードを奪った後、2人を睡眠薬で眠らせ車で栃木県は運び、生き埋めにして殺害したものです
小野さんは土地の売却で12億円の利益を得ており、高橋死刑囚らのグループはそれを狙ったわけですが、入手したキャッシュカードでその金を引き出すことはできず、約80万円ほど手にしただけにとどまっています。深沢さんはその小野さんの資産の管理を手伝っていた知人です
高橋死刑囚は犯行に関与したことは認めましたが、生き埋め殺害の実行犯ではないとして裁判で争いましたが、一審で死刑判決を受けています。以後、殺害の実行犯でないのに死刑判決はおかしいと控訴し、最高裁まで争ったものの棄却され死刑が確定しています。共犯の男たちは無期懲役が確定しました
強盗殺人が重く罰せせられると当ブログでは繰り返してきたところであり、本件のように2人も殺害している事件の首謀者であれば死刑判決は当然でしょう
執行に至らなかったのは、ご承知のように死刑確定者が他にも大勢いて順番が回ってこなかった、と解釈するしかありません。死刑はあくまでも執行してこその刑罰であり、病死とは意味が異なります

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