住友家令嬢誘拐事件(昭和21年)

大阪の小学生がSNSで誘い出され、誘拐・監禁される事件をブログに書いていて思い出したのが、住友家令嬢誘拐事件です
終戦直後の社会がまだ混乱していた時期に起きた誘拐事件であり、その性格は先述の大阪小学生誘拐事件とはまるで異なるのですが、紹介しておきます
なお、インターネット上にはこの事件に言及したサイトが数多く存在しますので、関心のある方はそちらも御覧ください
犯人の名前は樋口芳男ですが、例によって過去の事件であるため匿名だったりイニシャル表記にしてあるサイトがほとんどです
樋口の良家羨望
樋口芳男は機関車の助手として国鉄に勤務していた男ですが、東京ー沼津の機関区で仕事をする間、沼津から湘南地域に点在する良家の別荘で暮らす子女から機関手のお兄さんと慕われ、機関車の乗せてやった経験があったのだとか。それが彼に良家の子女を誘拐して我が物とする欲望を芽生えさせたと考えられます。
昭和19年、樋口は明治神宮参拝の折りに、偶然定期券を拾います。その持ち主は女子学習院初等科に通う松平男爵家の令嬢のものでした。樋口は下校する女生徒に声をかけて松平家令嬢を突き止め、連れ出すのに成功します。良家の子女というのは警戒心も薄かったのでしょう
樋口はこの令嬢を連れ回して都内を転々としたのですが、3日後に警察の職務質問に遭い逮捕されます。懲役3年の刑を受けて八王子少年刑務所(現在の八王子医療刑務所)に服役するも、終戦直前の7月に脱獄し、朝鮮半島まで逃げたと言われます(本人の供述です。裏付けが取れているのかは不明)
2度目の犯行
日本に舞い戻った樋口は昭和21年3月、日本女子付属初等科5年生で日本帝国工業専務の娘F子(12歳)を誘拐、彼女を連れて北海道まで逃避行に及んだのですが、彼女は樋口と慣れ親しみ、逃げようとはしなかったのが驚きです。安宿に宿泊したり、列車に乗って旅をしたりという、これまで経験したことのない日々が楽しく、なおかつ樋口に好意を抱いたためとされます
F子は樋口に頼まれ、お金を無心する手紙を実家宛に出します。その際、F子が口にした「手紙を書くのはいいけど、あたしのところよりも、住友の邦子ちゃんの家の方が、ずっとお金持ちよ。あそこからなんとかお金をもらえないかしら…」との発言が、後の事件の伏線になります
指定された金の受け渡し場所(築地の本願寺)には樋口ではなくF子が現れ、張り込んでいた警察は呆然とした。その様を遠くから見ていた樋口はこっそりと立ち去っています
住友家令嬢誘拐
昭和21年9月、白百合高女付属初等科の下校しようとしていた女子生徒に「住友家のお嬢さんはどなたですか?」と聞いて回る男が現れ、住友家令嬢の邦子が誘拐されます。犯行の手口から、ただちに樋口芳男の犯行と推定され、警察が指名手配に踏み切ります
ただ、身代金の要求もなく、犯人の目的が何であるのか警察は掴みあぐねていました。まさか、良家の令嬢を攫って己のものにするのが主目的であるとは考えもしなかったのでしょう
誘拐から6日後、樋口と令嬢は中央線沿線の岐阜県恵那郡付知峡の旅館で発見されます。同じ列車に乗り合わせていた女性が新聞を読んでおり、記事に書かれていた令嬢そっくりの人物と男が車内にいると気づき通報したためです
住友家の令嬢はなんと下駄履き姿で灰色の帽子を被っていた、と発見を知らせる記事に書かれているのですが、そうした変装姿でよくも気がついたものだと思います。おそらく誘拐を報じた新聞記事には、学校の制服姿の令嬢の写真が掲載されていたと思われますし、当時の新聞ですから写真の解像度も低かったはずです
ただ、付知峡の旅館に急行した新聞記者たちの前で令嬢が語ったのは、誘拐事件とは思われない2人の逃避行でした
「千葉で映画を見たの。面白かったわ。生まれて初めてなの、映画を見たのは・・・・あの人が、あなたは狙われているから守ってあげるという言葉を信じていたの」、「あの人が本多良男で私が妹のひろ子。何だかおかしかったけれど、しまいには本当のお兄さんのような気がしてきたわ。千葉では化粧品セットを買ってくれ、名古屋ではスカートを買ってくれたの。退屈するとお人形をつくってくれたり、とてもやさしくしてくれたので、淋しいと思いませんでした。あの人がそんな悪い人とは・・・・」
取材した記者たちも唖然としたでしょう
ただし、警察や住友家からの指図があったのか、新聞には「とても怖くて、家に帰りたかった」という話が令嬢の談話として掲載されました
事件の後始末
樋口芳男は誘拐した住友邦子に惚れ、2人の間には恋愛感情があったと語っていたようですが、どこまで本当であったか分かりません。前回の事件でも樋口はF子に惚れたと述べており、良家の女子なら誰でもよかったのかもしれません。身分違いの恋、に入れ込むタイプだったようです
裁判で樋口は懲役10年の判決を受け服役したのですが、サンフランシスコ講和条約に伴う恩赦を受けて刑期が短縮され、1954年1月に出所しています
良家の子女は映画館や盛り場へ出入りするなど許されなかった時代ですから、住友邦子にとっては樋口との逃避行はわくわくする冒険旅行だったのでしょう。誘拐事件としては例外中の例外、といえるケースです
その後、日本では吉展ちゃん誘拐事件のように幼いこどもを誘拐し、殺してから金を要求するという凶悪な事件な続いたのです

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