「エヴァンゲリオン」 若者の承認欲求

「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」を巡る批評を読んで考えるシリーズの第3弾です
今回は新劇場版を含む、「エヴァンゲリオン」シリーズの人気の根源にあるものは何か、という考察です
現代ビジネス掲載の溝辺宏二追手門学院大教授による批評を取り上げます。溝辺教授の「エヴァンゲリオン」に関する別の論考は以前、当ブログで「エヴァンゲリオン 14歳のカルテ」と題して取り上げました
さて、今回の批評で精神科医でもある溝辺教授はエヴァンゲリオンが人を惹きつけてやまない理由として、アイデンティティの探求を挙げます

『エヴァ』がTV放送から26年経っても、若者に「絶大な人気」を誇る理由
若者の心を離さないエヴァンゲリオン
今回の『シン・エヴァンゲリヲン劇場版:||』で1995年の『新世紀エヴァンゲリオン』のTV放送開始から実に26年かかったエヴァシリーズが完結するので、待ちきれないとの思いも強い。20年以上の長期にわたってファンから根強く愛される、どころか新劇場版から新たに見始めた若者がエヴァに熱中するはなぜなのだろうか。
その秘密は、現代の若者が思い悩むコミュニケーションの問題を、エヴァの登場人物たちもまた共有しているからなのだろう。
ここでは、エヴァの魅力の一端を若者の心性から解説してみたい。コアなファンだけでなく一般のライトな視聴者をも獲得できたのは、誰もが辿ってきた「発達」、特に「思春期の課題」を扱っているからではなかろうか。

これは従来から指摘されて、ほぼ通説になっている見方です。ただ、今回の「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」はTVシリーズから四半世紀を経て公開された完結編です。となれば、劇場版を観る観客の半数以上がいい歳した大人(中高年)ではないのでしょうか?
いい歳をした中高年がいまだに「思春期の課題」を引きずっている…と言えるのか、というのが自分の抱いた疑問です

「14歳」の子どもたちの葛藤
エヴァでキーになるのは、言うまでもなく碇シンジをはじめパイロットたちの「14歳」という年齢である。アメリカの発達心理学者Erikson, E.H.の考えに基づくと、14歳の心理的課題は、「自我同一性の獲得(アイデンティティの確立)」であり、「自分がどんな人間なのか」を知ることである。
それまでは親から与えられた価値観に沿って生きた子どもが、それ以降はオリジナルの新たな価値観の獲得が必要となる。この課題を達成できなければ、自身の役割に混乱が生じどのように生きればよいのかわからない「自我同一性の拡散」状態となり、社会適応が上手くいかなくなる。
この時期に見られる非行などの問題行動は、子ども時代に比べ複雑な社会を前にして、上手く対応することが出来ない彼らの心の叫びなのである。エヴァに登場するパイロットたちは、そんな発達段階にいる年ごろの子どもたちなのだ。
しかし、アイデンティなるものは存在するのであろうか? アイデンティ概念を提唱したErikson, E.H.はユダヤ人であり、「唯一の神と契約する人間も唯一の存在でなければならない」との信念からアイデンティを着想した。この概念は、ユダヤ教圏だけでなく、キリスト教圏及びイスラム教圏や近代日本でも一般的である。
近年その信憑性は疑問視されているものの、エヴァの登場人物たちは、このアイデンティティが確立されていないがゆえに「確立された本当の自分」を求めていると解釈できる。

エリクソンは発達心理学者と分類されたり、精神分析家に分類されたりする人物ですが、非常に複雑な生い立ちをしています。母親はユダヤ系デンマーク人ですが、父親は誰であるか不明です。母親は最後まで父親が誰であるかエリクソンに明かしませんでした。ドイツで生まれたエリクソンはフロイトの娘アンナ・フロイトの教育分析を受け、精神分析家になります。その後、ドイツ・オーストリア内でのユダヤ人迫害を逃れアメリカへ移住するのですが、こうした流浪にも似た身の変遷と父親が誰か分からないという生い立ちが、自我同一性(アイデンティティ)を問う彼の研究の源泉なのかもしれません
ただ、自我同一性が確立されていないから対人コミュニケーションが苦手、というものではありません。自我同一性が確立されていない小学生でも、同級生相手にバカをやったり、一緒に騒いで先生に叱られるなど、仲間の中で日々を過ごす術を何となく身につけるものです
ただ、シンジにしろ、アスカにしろ、断固として同級生と距離を置き、仲間内に加わろうとしない頑固で孤独な生き方をしているのが特徴です。シンジはテレビシリーズの中で変化し、友人と呼べる繋がりを獲得するようになるのですが
では、観客はシンジやアスカの不器用な生き方に共感したり、共鳴したり、感情移入できるから惹かれるのでしょうか?
この先批評本文はシンジとアスカの性格、その資質についての考察が展開されます。引用は割愛します

コミュニケーションに思い悩む若者たち
ここまでシンジとアスカのパーソナリティの特徴を簡単に述べてきた。人間は元来、遺伝的素質に規定された「気質」を持って生まれ、様々な生育環境が関与して「性格」が形成される。
気質と性格が相俟って「人格(パーソナリティ)」が培われるが、その過程で様々な心的外傷を受けることで、人格にも影響がおよび、場合によっては問題を抱えるようになる。
エヴァのパイロットたちもそれぞれ生きづらさを抱えてはいる。しかし決して病的とは言えない。
また、2人の人格特性は、対照的に見えるが共通する部分がある。それは、共に他者の承認を切実に求めている点、いわゆる「承認欲求」が強い点である。
これは元来、「生命の安全」といった低次の欲求が満たされてから求める高次の欲求であるにも関わらず、作品内の彼らは何よりも優先しているかに見える。このように強い承認欲求を抱いている点が、現代の若者と重なってくるのだ。
精神科医の斎藤環は、現代の若者の人格特性を「承認の病」と見なしており、承認を得るために「キャラ」という役割を作り出すと考察して次のように述べている。
「キャラクターといっても、必ずしも『性格』を意味しない。『キャラ』は本質とは無関係な『役割』であり、ある人間関係やグループ内において、その個人の立ち位置を示す座標を示す」(斎藤環『承認をめぐる病』)

「シンジとアスカの不器用な生き方」と上に書いたわけですが、その正体は「過剰な承認欲求」であると渡部教授は指摘します
ここでエヴァンゲリオンの核心となる問題が「14歳のエヴァパイロットであるシンジとアスカの自我同一性の確立」にあるのではなく、「過剰な承認欲求」へとすり替わっているかのごとく映るかもしれません
しかし、「自我同一性の確立」とは他者の眼を介して「自我同一性を獲得している」と承認されることを意味するのであり、別個に見えても本質は同じことです。そしていまだ解決できない「思春期の課題」も同じものと考えます
他者の眼を介して承認されない限り、人は己が自我同一性を獲得できたとは認識できないのですから
翻って考えると、エヴァンゲリオンの物語に惹かれる理由は、「中高年になってもいまだ承認欲求が満たされないから」と言えるのかもしれません(これにはもちろん、別の考え方もあるわけですが、それを語りだすと長くなるので今回は止めておきます)
となれば、承認欲求が満たされないままエヴァンゲリオンの物語の方は完結してしまった、と感じ、不満を抱く人もいても不思議ではありません

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