エヴァンゲリオン 家族を問う物語

「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」を巡る批評を読んで考えるシリーズの第4弾です
Presidentオンライン掲載の精神科医樺沢紫苑による論評「なぜ日本人は『エヴァンゲリオン』に四半世紀も熱中しえいるのか」を取り上げます
この論評は劇場版の公開予定に合わせて掲載されたものであり、直接「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」に言及しているわけではありません
が、エヴァ・シリーズを考える上での材料になりますので、読み進めていきましょう
冒頭部分から登場人物紹介から始まるのですが、そこは既知の情報が並んでいるので飛ばします

なぜ日本人は「エヴァンゲリオン」に四半世紀も熱中しているのか
(前略)
●赤木リツコ
母を自分のライバルとみなし、その愛する者を奪いとり自分のものにする。エレクトラ・コンプレックスと見ることもできます。これはエディプス・コンプレックスの女性版です。女児が父親に対して独占的な愛情を抱き、母親に対して強いライバル心を燃やす心理を指します。良好な母娘関係なら、こうはならないはず。科学者としての母は尊敬する一方で、女としての母を憎んでいたことが疑われます。

本筋とは直接関係ない話ですが、フロイト派の精神分析の場合は女子の場合もエディプス・コンプレックスと呼びます、エレクトラ・コンプレックスはユングが提唱した概念ですが、男子と女子の場合でコンプレックスの内容に差異はないとフロイトは考えました。さらにエディプス・コンプレックスに倣って◯◯・コンプレックスなどの呼称が乱立するのは好ましくない、と考えたためでもあります
論評の後半部分を読むと、筆者樺沢紫苑はユング派の分析心理学に拠っていると分かります

ファンを唖然とさせた最終2話
95年に放映されたテレビ版『新世紀エヴァンゲリオン』は、当時のアニメファンの心をつかんで一世を風靡ふうび。特に再放送は、大きく盛り上りました。
その最後の2話「第弐拾伍話」「最終話」では、ほとんどの人が驚愕、唖然としました。いろいろな謎が解かれるはずのエンディング。しかし、「人類補完計画」「ゼーレ」「使徒」などの謎に対する説明は一切なく、シンジの深層心理だけを描いた意味不明なシーンが連続していたのです。このラストに、ほとんどのファンは混乱し、賛否両論の大論争が起きました。
私はこの最終2話を見て「なんてわかりやすいんだ。こんなにわかりやすく説明してしまっていいのか」と思いました。心理学的に見て、これほどわかりやすく、直接的な説明はないからです。
シンジは、なぜいつも父親の前で萎縮していたのか? 自分自身に価値を見いだせず、いつもネガティブにしか考えられなかったのはなぜか? 戦うことが大嫌いなのに、なぜエヴァに乗り続けていたのか? そして、何を望んでいたのか? こうした「シンジの心理的な謎」に対して、完璧なまでに答えを出しているのです。
この最終2話は、心理学で言うところの「生きられなかったもう一つの人生」を映像化したものです。「もし○○だったら、自分の人生はもっと素晴らしいものになっていたのに」という感覚は誰にでもあると思いますが、そうした心の引っかかり。ユングはこれを影シャドーと呼び、自分の人生に様々な影響を与えている、と言っています。
一つひとつ解説すると長くなりますので、最も重要なシーンを一つだけ解説しましょう。「最終話」に、シンジの家庭での朝の様子が描かれたシーンがあります。死んだはずの母ユイが台所で朝食を準備し、ゲンドウは新聞を読んでいます。ゲンドウと入れ替わりにシンジが登場し、朝食を食べます。三人同時には食卓を囲まないものの、わかりやすい「家族団欒だんらん」のシーンと言っていいでしょう。どこの家にもあるような朝の一場面。そこには、父親がいて、母親がいて、子供がいる。
これが全てを説明しています。この「家族団欒のシーン」は、シンジの「生きることのできなかったもう一人の自分」であり、彼の願望が描かれたものです。第弐拾弐話「せめて、人間らしく」では、アスカがドイツの母親からの電話に出てドイツ語で長電話をするのを見て、シンジは言います。「母さんか……」「いいなぁ、家族の会話」ただ家族と楽しく会話をかわす、それだけを羨むシンジの姿が描かれます。

TVシリーズの最後の2話の内容を総括し、シンジの「こうであったらよかったのに」という願望を率直に描いている、と筆者は説明します
これは「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」にもつながるのですが、家族の絆、団欒を描こうとする庵野秀明の意図はそのとおりなのでしょう
ただ、エヴァンゲリオンの物語に即して考えれば、あくまでもそれはシンジ個人の願望にすぎません
昨日も書いたように、周囲から承認され、シンジの努力や奮闘が認められ称賛される…というのは、他者を介して自己同一性を獲得するプロセスです。ただ、これも物語の平面上では虚しい願望にとどまります
碇ゲンドウは家族の絆や一家団欒などに興味はなく、ただ愛する妻を取り戻したい(形はどうあれ)と希求するだけで、息子シンジとの団欒などありえない人物です。シンジにしても父ゲンドウとは決して折り合えないのであり、和解は望むべくもありません
筆者は家族の絆を取り戻すという、父性と母性の補完をシンジの願望としていますが、物語の設定・構成上は実現不可能な願望であり、その願望は残酷なまでに裏切られる展開が先に控えているのです

「家族の愛」を欲していたシンジ
シンジが欲していたのは、何だったのか?「家族の団欒」「家族の絆」です。
そして彼に足りなかったのは、家族の愛。母親の愛と父親の愛。萎縮した性格、ネガティブな性格は、父親に自分を肯定されたことがなかったから。父親と普通に食事をしたかった、つまりごく普通の親子関係を求めていたのに、それが満たされなかった。
彼は母親に肯定されたこともありません。幼児的な万能感を育てるのが母親の役割ですが、母親が早くに亡くなったため、そうしたポジティブな体験をしていないのです。当然、自分に自信が持てない性格になるでしょう。
(中略)
息子が母親を父親と奪い合う関係
シンジ、レイ、ゲンドウの三者関係を「三角関係」と考察する人もいますが、エディプス・コンプレックスと考えると、非常に腑に落ちるのです。
自分の考えも言えない内気でネガティブな少年・シンジが、厳格な父ゲンドウと対立、葛藤しながら、成長していく物語。主要な登場人物のほとんどが、父性、または母性の問題を抱えている。『エヴァ』は、家族の愛情、父性、母性の重要性、特に「父性」に大きくフォーカスを当てた、はじめての本格的「父性アニメ」として、エポックメイキングな作品と言えるでしょう。

人類補完計画ならぬ家族補完計画こそがシンジの願望であると筆者は断定するのはよいとしても、それが四半世紀もの間、「エヴァンゲリオン」がコアなオタクから一般的なアニメファンを夢中にさせてきた理由にはなりません
評論のタイトルに即して論じるのであれば、四半世紀に渡って人々を惹きつけてきた理由を明かさなければなりません
多くのファンは碇家の団欒シーンを観るために、四半世紀もエヴァンゲリオンを追いかけていたわけではありません。それでは「エヴァンゲリオンを観ていたと思ったら、東芝日曜劇場だったでゴザルの巻」でしょう
エヴァンゲリオンの物語は孤独で暴力的で、不可解な謎に満ちた理不尽な世界を語る、尖った物語として観る側を揺さぶったのであり、シンジのささやかな願望など消し飛ばしてしまう怒涛の展開でした
その先に何かがある、と観客は予感し、それが観たくて四半世紀の間、夢中になっていたのでは?
昨日書いたように、シンジが、アスカがいつか、どのような形でも、自己同一性を獲得し、自分が自分であると納得できるときが訪れると望み、目にしたいからこそ、観客を惹きつけてきたと自分は考えます

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