犯罪心理学の准教授が妻を刺殺 浅野被告初公判はまだ

昨年の3月16日、埼玉県庁前の路上で文教大准教授(当時)浅野正が妻を殺害し、逮捕されました。あれから1年が経過したのですが、浅野正は起訴はされたものの、初公判はいまだ開かれないままです
妻を刺殺した現場で逮捕されており、殺害を認める供述をしていたのですから、何か裁判の妨げになる事由があるとは思えないのですが
浅野正は逮捕後、鑑定留置となり、責任能力の有無について鑑定を受けています。警察、検察の取り調べの中で、精神的な不安定さがうかがえたのでしょう。責任能力について事前に精神鑑定した上で起訴されています
複雑な事件ではありませんし、立件するのが難しいとは思えません。起訴後は補充の取り調べを行い、検事と裁判官、弁護人の三者で公判前に争点整理が行われます。何について争うのか、起訴事実を認めるのか、事前に協議して公判をスムーズに進めるのが狙いです
検察が朝の被告を起訴したからには、刑事責任能力に問題はないとする鑑定結果が得られたからだと思われます。それでも公判が開けないというのならば、浅野被告の精神状態が悪化しているからなのか、と憶測したくなります
デイリー新潮の記事によれば、2020年1月から浅野被告は体調を崩したとかで、講義を休んでいたとあります。精神的な変調をきたし、妻殺害を思い立ったのもその頃だったのでしょうか?
浅野被告の研究実績を調べてみたのですが、ロールシャッハ・テストに関する論文を続けざまに発表しています。そちらは専門性の高い論文で一般向きではないため、今回は「心理的虐待と非行―少年院での家族への働き掛け―」と題する論文を紹介がてら取り上げます
2013年の文教大の研究紀要に掲載されたものです


心理的虐待と非行―少年院での家族への働き掛け―
Ⅰ はじめに
心理的虐待は、児童虐待の中で性的虐待や身体的虐待と同様に、子どもの身体・心理面での発育に悪影響を与えることが知られている。児童相談所が対応する児童虐待の中では、身体的虐待が最も多いが、食事を与えないなどのネグレクトに関する相談も3割近くを占めている。心理的虐待は日本だけの現象ではなく、北アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、アジアなど世界各地で報告されている。
各国の調査をまとめてみると、36%の子どもが心理的虐待の体験があることを報告しており、地域による差や男女による違いはあまりみられない(Stoltenborgh, Bakermans-Kranenburg, Alink&van Ijzendoorn, 2012)。
心理的虐待には複数の行為が含まれるが、どれも言葉による虐待と併せて起こることが多いため、言葉による虐待が調査項目に含まれていれば、心理的虐待の定義や調査方法によって流布率が大きく変わることはない。幼児期に心理的虐待を受けた体験は、子どもの抑うつ傾向や不安を高めるなど情緒面の発達に影響する他、行為障害、衝動性、攻撃行動、低い自己統制など、非行や問題行動につながる特徴とも関連している(Gratz, Latzman, Tull, Reynolds &Lejuez, 2011; Manly, Kim, Rogosch&Cicchetti, 2001)。性的虐待や身体的虐待が非行発生の一因となることがあるが、心理的虐待も同様であるといえる。
(中略)
本稿では、まず非行少年の家族関係をテーマとした実証研究を概観し、非行との関連が指摘されている家族要因を整理する。それにより、非行につながりやすい心理的虐待の具体的な虐待内容を明確にしたい。

奇をてらったところもない、極めてまっとうな内容の論文です
児童虐待と聞けば、何よりも殴る蹴るといった身体的な暴力が頭に浮かびます。それに匹敵するくらい心理的な虐待もこどもの心を蝕み、非行化の要因になってしまうとの視点に立った研究です
心理的虐待は身体への暴力に比べ、親はそれと意識し辛いものであり、逆に言えばさしたる抵抗もためらいも感じることなく日常的に繰り返してしまいがちです

Ⅱ 非行のリスクとなる家族要因
(中略)
この研究の中で非行との関係が強く表れたものは、ネグレクト、親の拒否的な態度、親が子どもに敵意や怒りをもって接すること、あるいはそれらが組み合わされた養育態度である。いずれも広い意味での心理的虐待の範疇に入るものと思われる。ただし心理的虐待の中でも、言葉による虐待、つまり大声で叱りつけたり怒鳴りつけるというものは、非行との関連は比較的小さかった。興味深いのは、叩くとか蹴るなどの身体的虐待と非行との関連はある程度示されているが、身体的虐待と比べると心理的虐待の方が非行に強く影響するという点である。叩いたり怒鳴ったりという行為の方が目立つため、関心もそちらに向きやすいが、育児放棄や、親が拒否的で敵意や怒りをもって子どもに接するというように、一見目につきにくいが、親子の情緒的な関係を損なう態度にこそ、より重大な問題が潜んでいるといえる。心理的虐待の予防が、子どもの非行や問題行動を防止することにつながるという指摘が、この実証研究によっても裏付けられるといえる。

家庭内でも心理的虐待を防ぎことがこどもの非行化を防ぐ手立てになる、との指摘は理解できますが、個別に各家庭に働きけるのはなかなか難しいのです。さらに家庭だけでなく、学校や学習塾、スポーツ、習い事の場など、こどもを取り巻く環境での心理的虐待にも目を向ける必要があります。少年野球やバレーボールクラブなど、勝つことが目的と化してしまい、体罰でも心理的虐待でも勝つためなら当然、という雰囲気が形成される場合が少なくありません

Ⅲ 少年院での家族への働き掛け
2007年に少年院法が改正され、少年院において必要があるときは保護者に対し、監護に関する責任を自覚させ、矯正教育の実効を上げるために
指導、助言その他の適当な措置を執ることができるということが、法律上明記された。それ以前も少年院では保護者への働き掛けは行われてきたが、法的な根拠が明確になり、少年院のより一層積極的な役割が求められるようになったといえる。少年院では少年と保護者が手紙のやり取りをしたり、保護者が少年院を訪れて少年と面会をするため、そうした機会を利用して親子関係改善のための指導が行われる。また、少年院の敷地内にある家庭寮という、普通の一軒家に似た建物に少年と保護者が泊り、通常の面会よりも長い時間を親子で過ごし、その間に職員が必要な働き掛けをすることがある。少年に対しては、ロールレタリング、内観、課題作文などにより、少年院に在院している期間を通して、継続的に生育歴や家族環境を振り返らせている。また、運動会やレクリエーション等に保護者を招き、親子が一緒に行事に参加して交流を深めることもある。こうした従来からの取り組みに加え、改正少年院法施行後は、各少年院で工夫した取り組みがなされている。例えば、青葉女子学園では、2007年の少年院法の改正後、処遇課程ごとに保護者会を実施するようになった(来栖, 2010)。新入時保護者会と出院時保護者会の他、個別の面談も行い職員と保護者が接触する機会を増やしている。さらに、保護者参加型授業「育みの講座」を始めている。青葉女子学園は女子少年院であるため、将来母親になる女子少年に対し、健全な親になるための指導をするというものであるが、この講座には保護者も一緒に参加する。

2007年の少年院法改正により、処遇現場での取り組みが随分と変わったのだとあらためて認識させられます
もちろん、こうした取り組みがすべて上手く行われているとは限りませんし、どれだけ効果があるのか検証も必要になってきます
ただ、目的な明確になり、そのための方法論がきちんと明示されているのは大事なことです。ただ単に説教しているだけ、と外部からは思われがちなので

Ⅳ 結び
非行少年の家族に関する系統的レビューでは、非行と関連のある家族要因が示されているが、広い意味での心理的虐待が非行の促進要因として含まれている。こうした非行のリスクとなる家族要因を改善することが、再非行の防止につながる。
一方で、児童虐待防止の介入に関しては、虐待を予防するという直接的な効果だけではなく、親子の愛着を促進したり、親の管理力や子育てに関するスキルが向上するという副次的効果もあり、内容として非行の促進および抑制要因の改善・向上も含まれている。2007年の改正少年院法の施行以来、本稿で紹介した青葉女子学園での保護者参加型授業「育みの講座」のような取り組みが全国の少年院で様々に工夫されて実践されているが、その中で、場合によっては児童虐待防止に有効とされる方法を参考にしたりモデルにするなどして、心理的虐待を含む家族内の非行の促進要因を意図的・計画的に改善することが望まれる。

論文の中には家族療法(ペアレント・トレーニング)への取り組みなど紹介した部分もあるのですが、引用は割愛します
研究論文というより現状での取り組みを紹介する内容の論文ですが、手堅くまとめられており、これが妻を刺し殺すことになる人物の書いたものだと判別できる人はいないでしょう
なぜ、浅野被告が妻を憎み、刺殺するまで敵意を募らせるに至ったのか、浅野被告自身が法廷で語る日が来ると思いたいのですが、どうなのでしょうか?
妻を刺殺するからには、相当強い殺人の衝動に駆られていたと推測されるのであり、それが何によるものであったのか気になります

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