林真須美死刑囚「第三者の犯行と主張」して再審請求

和歌山毒入りカレー事件で死刑判決が確定している林真須美死刑囚の弁護人が、「犯行は第三者によるものだ」とし再審請求を起こしたと報じられています
有罪の決め手とされたヒ素の鑑定に問題があるとして既に再審請求を行ったものの、和歌山地裁、大阪高裁で敗訴しています。
今回はそれとは別に、「第三者による犯行である証拠を発見した」との事由による再審請求ですが、いまのところは共同通信の報道を各メディアが受け売りしているだけで、どのような証拠なのか不明です


1998年に和歌山市で4人が死亡した毒物カレー事件で、殺人罪などで2009年に死刑が確定した林真須美死刑囚(59)の弁護人を務める生田暉雄弁護士は9日、和歌山地裁に新たに再審請求を申し立てたと明らかにした。5月31日付。「第三者による犯行は明白で、林死刑囚は無罪」と主張している。
林死刑囚は死刑確定後の09年7月に既に再審請求をしており、再審を認めなかった20年3月の大阪高裁決定を不服として最高裁に特別抗告中。生田弁護士は「異なる申し立ての理由があれば、さらに再審請求できる」と説明している。
生田弁護士は「無罪とするべき明らかな新証拠を発見した」と主張。
(共同通信の記事から引用)


裁判の経緯をご存じない方が、早々にニュースサイトに「やはり冤罪だったのか」などとコメントを書き込んでいます。が、第三者による犯行だとする決め手の証拠が明かされてもいない段階で「冤罪」と決めつけるのは早とちりでしょう
林真須美死刑囚は最初の裁判(和歌山地方裁判所)で黙秘を貫き、「やった」とも「やっていない」とも表明していません
これが本人の意志で黙秘したのか、法廷戦術として弁護人に促された結果なのか、判然としません。無罪であるなら一審から積極的に無罪を主張するべきだったのでは?
一審では黙秘したまま死刑判決が言い渡され、二審の大阪高裁では「第三者による犯行だ」と言い出し、近所に住んでいた主婦2人を名指しします。1人の主婦は臨床検査会社にパートで勤務しており、試薬としてヒ素を扱える立場にあった、というのが林死刑囚の言い分でした。もう1人はシロアリ駆除を依頼したことのある主婦で、これもヒ素を手に入れることが可能だったと林真須美は主張していました
が、名指しされた2人については犯行に関与していないと判断され、林被告の死刑判決はゆるぎませんでした
今回の「第三者による犯行」との主張を聞いて、またこの主婦2人を真犯人だと告発するのかと思ったりします。だとすれば言いがかりでしょう
林真須美冤罪説には、「犯行動機がない」との主張が含まれているのですが、自分にはそうは思えません。林真須美は激情家であり、近隣の主婦たちとトラブルを繰り返していたとの話もあります。上記のように近所に住む主婦2人を真犯人だと名指しした経緯を見れば、何らかの恨みつらみを抱いていたのではないか、と言いたくなります。近隣の主婦たちへの報復として祭で提供されるカレーに毒物を混入させ、集団食中毒を引き起こして溜飲を下げる、という狙いがあったのではないでしょうか?
ただし、混入させるヒ素の量がどの程度で人が死ぬのか知識はなく、考えもしなかった(自分が疑われることはないと思い込んでいた)のかもしれません。だからといって殺意はなかったとは言えず、未必の故意があり、死んでも構わないと適当な量のヒ素を混入させた…というのが自分の見立てです(あくまでも個人の推測です)
再審請求の中身(第三者による犯行だと示す証拠)が明らかになるのを待って、再び取り上げます

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