8人を強姦殺害 大久保清事件から50年(3)

8人の女性を殺害した大久保清死刑囚の事件から50年になるのを機に、事件を振り返るシリーズの第3弾です
大久保の事件に触れたウェッブサイトの記事では、大久保の祖母はロシア人で安中で芸者をしており、大久保の母親は日本人の祖母と日本人の間に生まれたハーフ、と書いているものがあります。が、大久保家は祖母と疎遠であり(大久保の母シンと祖母の間に確執があり、老いた祖母の面倒を見ようとしなかった。祖母はその後、東京のドヤ街に流れ着き餓死したという話があります)、明確な証拠が残っているわけではありません。あるいは祖母は日本人でロシア人男性との間にこどもをもうけた、という説もあります
大久保清はこどもの頃、「ロシア人とのあいの子」と揶揄されいじめられたとの話も度々引用されます。地元で取材をした記者がそうした話を耳にしたのでしょう
ただ、大久保の精神鑑定を担当した中田修教授は大久保にロシア人の血が入っている説を否定しています
片田珠美著「攻撃と殺人の精神分析」(トランスビュー刊)の中で取り上げていますので、引用させていただきます


大久保清の事例
連続殺人犯として、日本でまず想起されるのは、連続女性強姦殺害事件の大久保清、連続幼女殺人犯の宮崎勤被告あるいは神戸の連続児童殺傷事件の酒鬼薔薇少年などであろう。欧米の連続殺人と比べると、事件数、犠牲者数ともまだ少ないが、1980年代以降、わが国においても、異常性愛にもとづく犯罪が増加しつつあるのは事実である。したがって、今後日本でも、自己愛的な性的殺人を繰り返す連続殺人犯が増加する可能性はかなり高いのではないかと考えられる。そこで第一章では、自己愛的な性的殺人を繰り返した大久保清と宮崎勤の二人の連続殺人犯、第二章では、フランスで「パリ東部の殺人鬼」として恐れられたギュイ・ジョルジュの事例をとりあげて、性倒錯、幻想、幼児期に受けた印象などの視点から分析していくことにしたい。
八人の女性を次々に殺害し、その死体を土中に埋めた大久保清は、逮捕後、強姦致傷、強姦、殺人、死体遺棄の罪名で起訴されて死刑判決を受け、1976年1月26日、東京拘置所で死刑を執行された。
連続女性強姦殺人犯として日本中に衝撃を与え、恐れられた彼は、1935年に生まれ、幼いころは、まれに見るかわいい子として近所の人からも愛されていた。大久保は色白で目鼻立ちがはっきりしており、いくぶん赤みを帯びた髪とわずかに青みがかった瞳を持っていたために、「まるで外国人の子供みたい」とかわいがられたのである。
これは母キヌの、大柄、色白で、鼻筋が通っており、頭髪が赤みを帯びていた血を受け継いだものと考えられる。キヌは、その風貌、私生児としての出生から、ロシア人との混血ではないかとの風説が流布していたが、この点について、大久保清の精神鑑定を行なった中田修は、次のように述べている。
「鑑定人が調べたかぎりでは、このことは一応否定できるようである。もっとも、全く異論がないわけではない。祖母が外人との間に母を生んだ後に大久保[清の祖父](母は出生後、私生児として届けられており、その後九歳のとき養女としてひきとられた先が、大久保という男性であった。彼は小学校の用務員をしており、賭博の常習犯であったようだが、母自身は「自分の(実の)父は大久保に間違いない」と語っている)と知り合ったという可能性もないわけではない」。
いずれにせよ、真相は藪の中である。母の出生にまつわるこのようなあいまいさが、清の母子関係、性欲動の発達などにまったく影響を及ぼさなかったとは考えにくく、それはたとえば、連続女性強姦殺害の犯行当時、彼がルパシカ(ロシアの男性が着る上衣の一種)を愛用していたという事実に、端的に表われているのではないだろうか。もちろんこれは、画家を気取る自己顕示性、虚栄心の表われであろうが、彼がロシア語を習っていたことも考え合わせると、ロシア人であったかもしれない母方の祖父への同一化の機制も働いていたように思われる。
清の両親は、父善次郎が大久保家に婿養子として入るかたちで結婚し、三男五女をもうけた。父は、長年国鉄に勤めた後、1945年、終戦直後に国鉄を退職、その後は農業に従事したり、息子に電気商、牛乳販売店を経営させたりなどした。小心、ひょうきんな性格で子煩悩な父親であったらしいが、性的に放縦な傾向があったのはたしかなようである。清の兄貞吉は次のように証言している。
「父は性的にはげしいというか、だらしないというか、その点でもわたしは好きではありません。外で子供を造ったこともその一つの例ですが、父はわたしが小学一、二年のころまで、子供の前で平気でスモウをとりました。スモウというのは関係することであります。また女郎屋で淋病でももらってきたのか、ちょいちょい便所の中で自分のものを洗うのを見ております」(参考人調書)。


話が少しそれてしまうのですが、1917年から始まったロシア革命により、ロシアの貴族階級や裕福な商人、軍人等が相次いで亡命し、ヨーロッパへ逃れたり、日本を経由してアメリカへ逃れたりしています。そのうち、日本に留まったロシア人もいたわけです。国を逃れてきた人たちですから収入はないのであり、生活に困窮した挙げ句に身売りをするロシア人女性もいました
野球選手として活躍したスタルヒン投手の生い立ちを調べても、戦前は彼もなかなか日本国籍を取得できず苦労した、という話が出てきます。ロシアから亡命してきた人たちがすべてそうだとは決めつけられませんが、日本は彼ら彼女らに進んで国籍を与えようとしなかったのは事実でしょう
自分が中学生のとき、ロシア人の血を引く同級生がいました。いかにもスラブ系だと思わせる色白の美少女でした。が、その後彼女は陰惨な殺人事件に巻き込まれてしまいます。その件はいずれ書くかもしれません
なので、大久保清の祖母、あるいは祖父がロシア人と聞いても、ああそうかと思うだけで、意外な感は特にありません
話を戻して、片田珠美が血統を問題視したのは画期的だと自分は思います。これまで定説のように大久保の祖母、あるいは祖父がロシア人と語られてきたわけです。それを疑い、精神鑑定をした中田教授の「否定的な見解」を持ち出すことで、ロシア人の血が混じっているという説が親族や地元民の思い込みであり、大久保自身もそう思い込まされていた可能性が浮かび上がってくるからです(メラミンの欠乏によって髪の毛が赤くなる遺伝的な障害、もあります)
もちろん、大久保はこどもの頃に「ロシア人とのあいの子」と揶揄され、いじめられた経験があったと推測されますので、心の奥底にまで出自についてのわだかまり、恨み、不満、怒りが刻みつけられていたと考えられます
ゆえに、逮捕後面会に来た父母に対しても怒りをぶつけ、拒絶する態度を大久保が示し続けたのも、己の体の中に流れる血に対する根源的な憎悪が原因ではなかったか、とも考えられるのです
大久保が家族を憎み、世を憎み、できるだけ多くの女を犯して殺し、不幸を振り撒こうと思い立った理由の1つに、血統の問題があったのかもしれない、というのが自分の仮説です

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