漫画「応天の門」 感想

灰原楽作の漫画「応天の門」を第11巻まで読みましたので、感想と思うところを書きます
自分が継続して読んでいる漫画は少なく、羽海野チカ作「3月のライオン」(白泉社)とゆうきまさみ作「新九郎 奔る!」(小学館)、そして「応天の門」の3つです。「新九郎 奔る!」は室町時代の応仁の乱を背景とし、後に北条早雲となる伊勢新九郎盛時の若き日を描いた作品であり、複雑な人間関係が背景にある応仁の乱を絵解きのように明かしてくれる興味深い作品です
「応天の門」は在原業平と菅原道真が主人公で、さまざまな事件を解決する謎解きを含んだ時代絵巻です。平安時代の衣装、習俗、人々の暮らしを描くのはかなりの力技なのですが、作者の画力もあって生き生きと映し出されています
加えて、史実をかなり忠実に盛り込んでいるのも特徴です。古い時代の話なので、史実を離れて菅原道真がに「見た目はこども、頭脳は大人」の活躍させる物語に走りそうな気がしたのですが、違いました
それでも史実の上に創作を重ね合わせ、話を奥行きのあるもの、味わい深いものにしているのですから、これも作者の才能でしょう
例えば、当時の権力者の1人である藤原基経(参議、のちに太政大臣)と道真が出会うシーンです。2人の出会いが史実に基づくのか、創作によるものなのか判断がつきませんので、おそらくは作者の創作だろうと解釈します
道真、藤原基経に遭う
源融(源氏物語の主人公、光源氏のモデルとされる人物)の屋敷に招かれていた藤原基経が、人々から離れて屋敷の裏手の回廊に足を向けた際、庭の茂みに人の気配を感じ、誰何します。茂みの中から姿を現した道真は身分の高い相手から誰何されたので、自分は菅原家の嫡男であると名乗ります(身分のある人から、「何者か」と尋ねられたのに答えないというのは非礼にあたります)
それを聞いて、藤原基経は李白の漢詩「山中問答」の一節を口にします

余に問ふ 何の意ぞ碧山に棲むと
笑って答えず 心自から閑なり

道真がこれに続け、

桃花流水 杳然として去る
別に天地の人間に非ざる有り

と返すわけです。即答した道真の才を藤原基経は認め、「この男は使える」と判断したのでしょう
この場面は作者の創作であり、伏線として道真の兄が幼い頃の基経に「山中問答」の一節を教えたエピソードが描かれているのですが、愛憎と恩讐の入り混じった鮮やかな場面として演出されています
李白の「山中問答」は有名な漢詩ですから、道真ならずとも暗誦できる者はいるわけですが、基経と道真の出会いの場に漢詩を挟むという描き方はなかなか味わい深いものがあり、感心しました
史実として、道真はその後官職につき出世をしていく中で、藤原一門の栄華を最優先する基経とは時に対立し、時には協力し合う関係になります。後年、右大臣の地位にあった道真が失脚し太宰府に流される「昌泰の変」は藤原基経の陰謀、とするのが通説です。が、「応天の門」がそこをどう描くのか興味が湧きます
話を戻し、李白の「山中問答」は陶淵明の詩「飲酒其五」を本歌取りしたものです

廬を結んで人境に在り
而も車馬の喧しき無し
君に問ふ何ぞ能く爾るやと
心遠ければ地自づから偏なり
菊を採る東籬の下
悠然として南山を見る
山氣 日夕に佳く
飛鳥 相與に還る
此の中に眞意有り
辨ぜんと欲して已に言を忘る

菅原氏は元々、天皇の陵墓を作り埋葬の儀を司る土師氏の末裔です。道真の祖父、菅原清公は学問で身を起こし、遣唐使の副使として空海、最澄とともに唐に渡った人物です。菅原家は清公、その息子是善、孫の道真と三代続けて文章博士となり、栄達したのですから、他の学者の家系からは嫉妬と恨みを買ったのが、道真失脚の原因ではないかというのが最近の学説です。当時、学者であっても位階は低く、官吏として出世しなければ高い身分にはたどり着けなかった事情があります
さて、「応天の門」での不満を述べると、せっかく在原業平を主人公の1人に据えているのに、業平の和歌が登場しないのは寂しい限りです
「学才はないがその歌は秀逸」とされ、勅撰和歌集に多くの詩が採録された歌人としての業平を、もう少し描いてもらいたいものです
連載はまだ続いており、いよいよ大納言伴善男らによる応天門放火事件が描かれるのでしょう
歴史を題材とした漫画はこれまでにも多くありましたが、単に主要な登場人物の事績をさらっとなぞる程度であり、本作のように深く幅広く、時に濃く、淡くコントラストをつけて描く作品というのは滅多にありません
歴史好きの方には一読をお勧めします

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