法務大臣交代と死刑執行(雑談)

新内閣の発足を機会に、法務省に勤務していた自分の経験と聞きかじった話を交えて書きます
上川法務大臣
岸田内閣の発足により、上川陽子法務大臣はその任を離れます。安倍第二期内閣での法務大臣起用は、前任者である松島みどり法務大臣が選挙区で団扇を配布した問題で辞任した後を受け、入閣したものです。その次も国会答弁がままならないポンコツ大臣、金田勝年の後を受けて起用され、菅内閣でようやく内閣発足時から法務大臣を務めました
いわば不祥事で辞任した大臣の尻拭い役だったわけです
上川大臣といえば、オウム真理教幹部の死刑執行を指揮したのを含めて在任中に16件の死刑を執行しており、鳩山邦夫元大臣の13件執行を上回っています
鳩山邦夫は安倍晋三第一期政権で法務大臣を務め、朝日新聞は彼を「死神」と揶揄していました。死刑執行の指揮という、そこらの政治家がやりたがらない仕事を遂行した人物を「死神」呼ばわりとはひどいものです
ちなみに鳩山邦夫の前任者であった長勢甚遠も10件の死刑を執行しています。こちらはあまり批判されませんでした
田中伊三次法務大臣
過去には佐藤栄作政権で法務大臣を務めた田中伊三次が、大臣室に新聞記者を集め、片手に数珠を構えたポーズで23人分のもの死刑執行指揮書に署名する姿を披露したことがあります
ほとんどの新聞社が田中のパフォーマンスに呆れ、記事にしませんでした。が、唯一産経新聞の俵孝太郎記者(後に政治評論家)だけが記事したという逸話があります。ただ、やみくもに執行指揮書に署名したわけではなく、帝銀事件の平沢死刑囚については「冤罪だから」と署名しなかったのだとか
法務省の幹部は「死刑の執行指揮書をまとめてもってこい。全部署名するから」との田中の発言に驚き、慌てたのでしょうが、そこにさりげなく平沢貞通死刑囚の執行指揮書を紛れ込ませていたのが、実にしたたかです。死刑確定となった帝銀事件の平沢の死刑を、何としても執行させたかったのでしょう。後日、再審が実現して無罪となれば検察の面目が潰れてしまうのですから
さて、大臣の署名がされれば刑を執行しなければなりません
執行指揮
ただ、23件を一度に執行するのは無理がありました。死刑の執行施設は札幌拘置所、仙台拘置所、東京拘置所、名古屋拘置所、大阪拘置所、広島拘置所、福岡拘置所にあります。小説やドキュメンタリー本の中には、刑務所で死刑が執行されると書いているものもあるわけですが、間違いです。仙台拘置所のように宮城刑務所の敷地と同じ場所に拘置所が設置されている場合があり、混同されるのですが、死刑囚は拘置所に拘置されており、そこで執行されます
東京拘置所は執行の設備(死刑台)が3つあり、1度に3件の執行が可能ではあるものの、1件の執行に5名の職員が当たり、執行の翌日は休暇を与える必要があるわけで、1日に複数回執行したのでは職員が足りなくなってしまいます。通常、執行に関わるのは保安課勤務の警備隊と呼ばれる柔道・剣道の有段者からなる部隊であり、警備隊以外の一般の刑務官が執行に駆り出される例はありません。誰かの書いた小説で、刑務所の工場に勤務していた刑務官が、ある日突然死刑の執行を命じられ苦悩する、という話がありましたがでたらめです。拘置所に収監されている被告人や死刑確定者が暴れた場合、これを制圧するのが警備隊の役割です
脱線しますが、刑務官は公安職ですから拳銃の使用が許可されています。戦後の混乱期を除いて銃が使用されたケースはありませんが。拳銃を扱う訓練も刑務所、拘置所の警備隊が実施しています
話を戻して、オウム真理教幹部の死刑を執行するため、東京拘置所に収監していた死刑囚を各地の拘置所へ移送した事例は記憶に新しいところです。オウム真理教の後継団体がテロを起こすのではないか、との懸念があったため、一斉に執行する必要があると判断したからです
田中伊三次法務大臣の執行指揮では23件の死刑を実行する必要が生じ、しかも大臣が執行指揮書に署名してから3日以内に執行しなければならないというのが従来の法令の解釈でした
しかし、当時はこれを強引に曲げて解釈し、執行指揮書が拘置所に届いてから3日以内に執行するものとして猶予をもたせた、という話が残っています。法務省の文書係が各拘置所宛に執行指揮書をパラパラと数日かけて送付したのでしょう

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漫画「応天の門」 感想

灰原楽作の漫画「応天の門」を第11巻まで読みましたので、感想と思うを書きます
自分が継続して読んでいる漫画は少なく、羽海野チカ作「3月のライオン」(白泉社)とゆうきまさみ作「新九郎 奔る!」(小学館)、そして「応天の門」の3つです。「新九郎 奔る!」は室町時代の応仁の乱を背景とし、後に北条早雲となる伊勢新九郎盛時の若き日を描いた作品であり、複雑な人間関係が背景にある応仁の乱を絵解きのように明かしてくれる興味深い作品です
「応天の門」は在原業平と菅原道真が主人公で、さまざまな事件を解決する謎解きを含んだ時代絵巻です。平安時代の衣装、習俗、人々の暮らしを描くのはかなりの力技なのですが、作者の画力もあって生き生きと映し出されています
加えて、史実をかなり忠実に盛り込んでいるのも特徴です。古い時代の話なので、史実を離れて菅原道真がに「見た目はこども、頭脳は大人」の活躍させる物語に走りそうな気がしたのですが、違いました
それでも史実の上に創作を重ね合わせ、話を奥行きのあるもの、味わい深いものにしているのですから、これも作者の才能でしょう
例えば、当時の権力者の1人である藤原基経(参議、のちに太政大臣)と道真が出会うシーンです。2人の出会いが史実に基づくのか、創作によるものなのか判断がつきませんので、おそらくは作者の創作だろうと解釈します
道真、藤原基経に遭う
源融(源氏物語の主人公、光源氏のモデルとされる人物)の屋敷に招かれていた藤原基経が、人々から離れて屋敷の裏手の回廊に足を向けた際、庭の茂みに人の気配を感じ、誰何します。茂みの中から姿を現した道真は身分の高い相手から誰何されたので、自分は菅原家の嫡男であると名乗ります(身分のある人から、「何者か」と尋ねられたのに答えないというのは非礼にあたります)
それを聞いて、藤原基経は李白の漢詩「山中問答」の一節を口にします

余に問ふ 何の意ぞ碧山に棲むと
笑って答えず 心自から閑なり

道真がこれに続け、

桃花流水 杳然として去る
別に天地の人間に非ざる有り

と返すわけです。即答した道真の才を藤原基経は認め、「この男は使える」と判断したのでしょう
この場面は作者の創作であり、伏線として道真の兄が幼い頃の基経に「山中問答」の一節を教えたエピソードが描かれているのですが、愛憎と恩讐の入り混じった鮮やかな場面として演出されています
李白の「山中問答」は有名な漢詩ですから、道真ならずとも暗誦できる者はいるわけですが、基経と道真の出会いの場に漢詩を挟むという描き方はなかなか味わい深いものがあり、感心しました
史実として、道真はその後官職につき出世をしていく中で、藤原一門の栄華を最優先する基経とは時に対立し、時には協力し合う関係になります。後年、右大臣の地位にあった道真が失脚し太宰府に流される「昌泰の変」は藤原基経の陰謀、とするのが通説です。が、「応天の門」がそこをどう描くのか興味が湧きます
話を戻し、李白の「山中問答」は陶淵明の詩「飲酒其五」を本歌取りしたものです

廬を結んで人境に在り
而も車馬の喧しき無し
君に問ふ何ぞ能く爾るやと
心遠ければ地自づから偏なり
菊を採る東籬の下
悠然として南山を見る
山氣 日夕に佳く
飛鳥 相與に還る
此の中に眞意有り
辨ぜんと欲して已に言を忘る

菅原氏は元々、天皇の陵墓を作り埋葬の儀を司る土師氏の末裔です。道真の祖父、菅原清公は学問で身を起こし、遣唐使の副使として空海、最澄とともに唐に渡った人物です。菅原家は清公、その息子是善、孫の道真と三代続けて文章博士となり、栄達したのですから、他の学者の家系からは嫉妬と恨みを買ったのが、道真失脚の原因ではないかというのが最近の学説です。当時、学者であっても位階は低く、官吏として出世しなければ高い身分にはたどり着けなかった事情があります
さて、「応天の門」での不満を述べると、せっかく在原業平を主人公の1人に据えているのに、業平の和歌が登場しないのは寂しい限りです
「学才はないがその歌は秀逸」とされ、勅撰和歌集に多くの詩が採録された歌人としての業平を、もう少し描いてもらいたいものです
連載はまだ続いており、いよいよ大納言伴善男らによる応天門放火事件が描かれるのでしょう
歴史を題材とした漫画はこれまでにも多くありましたが、単に主要な登場人物の事績をさらっとなぞる程度であり、本作のように深く幅広く、時に濃く、淡くコントラストをつけて描く作品というのは滅多にありません
歴史好きの方には一読をお勧めします

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