大口病院不審死 死刑求刑

横浜市神奈川区の旧大口病院で5年前、高齢の入院患者3人の点滴に消毒液を混ぜて中毒死させたとして、殺人罪などに問われた元看護師久保木愛弓被告(34)の論告求刑公判があり、検察は死刑を求刑しています
繰り返し述べてきたように、大口病院では高齢の入院患者48人が不審な亡くなり方をしており、久保木被告の手によって殺害された可能性があります。しかし、ほとんどの方は司法解剖しないまま火葬されてしまい立件できません。かろうじて立件できたのは3件の殺人容疑と1件の殺人予備だけです
起訴されない殺人を裁判所は裁くわけにはいきませんので、あくまでも3件の殺人と1件の殺人予備で久保木被告は裁かれるわけですが、検察が死刑を求刑するのは想定されたとおりです
いつものように東京新聞が公判の模様を詳細に報じていますので、引用します
検察の論告は前回取り上げた岩波明昭和大学教授による精神鑑定結果の批判が中心で、久保木被告は統合失調症ではなく刑事責任能力を欠いていなかった、と主張するものです。長文の記事なので、要点部分以外は割愛します


【詳報・第10回】死刑求刑に久保木被告「死んで償いたい」 弁護側は無期懲役を主張 旧大口病院の3人点滴中毒死
「岩波鑑定は大いに問題」
休廷の後、女性検察官による検察側の論告求刑が始まった。
お配りした論告メモに基づいて説明したします。
まず第一の事実関係です。今回の争点の一つは犯行時の被告人の責任能力の程度です。前提として、被告人の精神疾患については検察側がASD(自閉スペクトラム症)、弁護側が鬱病、統合失調症があったと異なっています。
論告では今回2人の医師が行った精神鑑定をどう評価するべきか検討していきます。(ASDと鑑定した)田村医師は全て診断基準に則っているが、(犯行時はうつ病が再発し、統合失調症の前駆症状の可能性があると鑑定した)岩波医師は明らかに則らずに診断しています。岩波鑑定は大いに問題があります。
次に田村医師は両親や被告人との面談記録を残しているのに対し、岩波医師は両親の記録を残さず、被告人の重要証言も記録に残っておらず、不適切です。
恣意的な診断
次にASDについてです。田村医師は被告人に軽度のASDがあったとしていますが、岩波医師は否定しています。田村医師は本人の証言を重視しと事実を正確に考慮しているのに対し、岩波医師は両親や学校の通知表を重視しています。田村医師は両親の理解の限界を踏まえているのに対し、岩波医師は認識に限界がある両親や事実を正確に反映しているとは言いがたい通知表を重視しているのです。
次に判断基準について。田村医師はまぶたを閉じる、音に過敏などの症状から基準を満たすとしていますが、岩波医師は症状がないとしています。田村医師は該当する行為を十分踏まえているのに、岩波医師が重視する例は典型例に過ぎず、必須事項ではない。
次に鬱病について。田村医師は犯行時は鬱状態ではあったが、鬱病ではなかったとしています。根拠としては毎日症状はなく看護師の仕事もできていたことなどから基準を満たしていないとしています。
対して岩波医師は軽度もしくは中等症としています。根拠として2015(平成27)年当時、休職していたときと同じ状況で抑うつや薬の大量服薬をしていたことを挙げていますが、過剰に評価していると言わざるを得ません。
次は統合失調症についてです。田村医師は犯行時は統合失調症ではないとしています。幻覚、妄想の症状がないため、診断基準を満たしていません。岩波医師は発症する前か、発症し始めていたとしています。鬱は統合失調症の前兆と特定できない。岩波医師は前兆として恣意的な判断をしている。
犯行の特異性ですが、波医師は衝動的で無差別的な犯行は統合失調症の影響だとしているが、具体的な影響についての説明はできないとした。診断として岩波医師は具体的に示せておらず、誤り。田村医師は幻覚や妄想は一時的としており、信用できる。鬱は統合失調症ではなく、軽度のASDが認められる。
非難の場に居合わせ不安
メモの2枚目。被告の精神状態がそれぞれどの程度影響したか検討します。動機形成したことと犯行の意志決定を分けて検討すべきだと思います。
まず動機形成について、犯行は2016(平成28)年4月、患者が亡くなった家族が医師と看護師を非難する場に居合わせ、不安を感じるようになり、不安を引きずり、自分の勤務時間に死ぬことを避けられるよう犯行することを考えました。第1と4事件は勤務時間外に殺害することを考えました。
田村医師の説明をもとにすると、不安を引きずることはASDの影響であるが、ASDに自己中心的な特性はなく、ASDではなく性格による影響が圧倒的に大きい。鬱状態ではあったが、思いものではなく判断に影響することではない。動機形成にASDは無関係ではないが、犯行が処罰されるべきで、遠因に過ぎない。
犯行の意志決定について、第1事件は無断外出した興津さんを引き戻したことで、次の勤務日までに殺害することを決意、第2事件は西川さんの容態が悪化したことを知り、日勤の看護師がいるときに殺害すれば説明をしなくて済む可能性があったことから決意。各犯行の計画と実行ですが、ニュースを参考にヂアミトールを入れることで殺害できることを認識した上で、他の消毒液がある中で無色透明のヂアミトールを選んだ。点滴に入れたり、ワンショットにしたり使い分けている。他の看護師に見られないようにしていたことは見られてはいけないことをしているということを認識していた。
完全責任能力は明らか
また、西川さんが亡くなったときに「さっきまで元気だったのに」と他の看護師に伝え、自分が無関係であるかのように話していること。これは被告人本人は否定しているが、証人の説明に不可解な点はなく、多くの記憶がない中でここだけ否定しているので信用できない。
2016年4月、遺族から非難された場面をきっかけに非難をなるべく避けたいというのは理解可能だ。不自然に異質とはいねない。岩波鑑定では、犯行は不安解消の根本的な解決にならず了解不能というが、後先考えずに犯行に及ぶことはある。精神状態と犯行の具体的な関係を指摘されていない。無差別という評価はあたらない。
犯行は、注意深く行い、殺害行為の選択実行にはASDの特性ではない。ASDの特性は殺害には一切関係していない。心神耗弱とはおよそ言えず完全責任能力であったことは明らかだ。


最終弁論で被告弁護側は田村鑑定を批判し、田村医師が久保木被告は「自閉症スペクトラム障害」と鑑定したのは誤りであり、統合失調症と鑑定した岩波鑑定こそが正しい、と主張しています。田村鑑定が久保木被告の幻聴・幻覚を無視しているのは問題で、鑑定結果は信頼できないとの言い分です
検察側、弁護側とも2つの鑑定書の書かれ方、内容、鑑定手法の不足をあれこれ指摘し合っているのですが、精神鑑定の結果を書き記す書面に厳密な書式は定められていないのであり、鑑定人が己の学識と知見、経験に従って必要と判断した項目を記すものです。もちろん、法廷で審議の対象となるのを踏まえ、説得力のある内容に整えるのが前提です。が、それぞれの精神科医が信じるところの理論や症例研究をベースにするので、内容に濃淡や過不足はつきものです
検察庁は鑑定書の書式について「参考例」を複数用意していますが、かならずしもこの書式でなれでなければダメ、というものではありません

精神鑑定書の書式参考例

過去の裁判では、「3ヶ月の鑑定留置期間に鑑定医が直接被告人に面接し、診断したのは1度だけであり、そんな鑑定結果は信用できない」と弁護人が噛みついた例もあります
大学教授が鑑定を担当する場合、研究室の助手や附属病院の新人研修医が被告との面接を繰り返した上で所見を書き、教授がそれを読んで「なぜ、そう判断したのか。他の病気・障害の可能性は考えられないのか」などとディスカッションを交わし、再び研修医が問診を実施するという「教育」や「研修」のプロセスが介在します。教授がつきっきりで被告と面接し、診断するわけではない、と書き添えておきます。手抜きの精神鑑定をすれば評判を落とすと分かっていますし、学界での評価も下がるのですから、露骨な手抜きはないものと自分は思っています
さて、最後に久保木被告の最終陳述を引用します

「看護師という人の命の守る職に就きながら、自分の弱さ故に事件を起こしてしまい、深く反省しています。裁判で興津さんは痛く苦しいと訴え、西川さんや八巻さんも苦しんで亡くなったと知りました。申し訳ない気持ちでいっぱいです。興津さんは退院し、西川さんは家族に囲まれていたでしょうし、八巻さんはあと1つ年を重ねるはずでした。そのようなことを想像するたびに胸が苦しくなります。裁判では遺族にお詫びできればと考え、お詫びの気持ちを伝えました。許してもらえないことをしたと思っています。死んで償いたいと思っています」

判決は11月9日に言い渡される予定ですが、裁判長は当日の判決について主文は後回しにすると告知しています。主文を後回しにするのは死刑判決を下す際のやり方です。冒頭で「死刑」との主文を読み上げてしまうと、被告は頭が真っ白になったり興奮して怒り出したりと、判決理由を冷静に聞けなくなるためです。裁判長の中では死刑を言い渡すしかない、との思いがあるのでしょう

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