コロナ感染拡大で批判される韓国政府

韓国独自のコロナ対策を絶賛し、「日本に勝った」とか「日本のコロナ対策は間違っている」などの発言を繰り返していたのが韓国政府であり、韓国メディアです
ただ、韓国独自のコロナ対策(自称K-防疫)とはいえ、単にPCR検査を繰り返すのと、携帯電話の位置情報をトレースして本人の居場所を調べ接触者をあぶり出すだけです。しかも、韓国自慢のPCR検査キットは精度が悪く、陽性判定の度合いが50%とも言われてます。つまり感染の可能性のある人の半分は見逃してしまう杜撰さです
ところが11月末から感染者が増加し、いまでは連日5000人を超える感染者を出すに至り、K-防疫が称賛されるほど効果的なものではないと露見するに至っています
また、ワクチン接種も日本に対抗して接種率を上げるため、ワクチン1瓶から5人分に接種するところを、数倍に薄めたワクチンを接種していたのではないかとの疑いが浮上しています。韓国はワクチン確保に出遅れ、十分な数のワクチンを手配できていないにもかかわらず、日本と同等のワクチン接種率を計上しており、薄めたしゃびしゃびのワクチンを国民に接種してたのでワクチンの効果が低いのではないか、と
韓国の大学教授が政府の主張するK-防疫批判の展開していますので、取り上げます
インターネット掲示板「5ちゃんねる」に貼られたハニイみるく記者の、韓国の中部日報記事を翻訳したものから引用します


「他国の一時的な状況悪化について “大失敗” だの “完敗” だのと中途半端な結論を下し、他国の防疫政策の背後にどのような悩みや計算があるのか詳しく見ずに、表面的な観察だけでK-防疫がまるで “世界最高” という形の過剰な自負心に陥っていたのではないか、振り返る必要がある」・・・。間もなく出版される『K-防疫はない』の共同著者、チャン・ブスン教授のK-防疫の評価である。
政府の統制にしっかりと従い、マスクの着用率が世界1位の国民のおかげで感染者が少なかっただけで、ウリナラ(我が国)の政府はコロナ防疫に対して終始一貫して無能だった。ワクチンを後から求めたのもそうなのだが、自営業者だけを窮地に追い込んだことも、庶民のために政権がしてはならないことだった。社会的距離を置くことを、政治的立場が異なる人々を統制する手段として使ったことも問題だった。8.15集会の参加者を『殺人者』と呼び、車の壁を設置して集会を源泉封鎖(元から断つこと)した政権が、民労総(民主労働組合総連盟)に寛大すぎではなかったか?
『ウィズコロナ』に備え、病室を確保できなかったのはさらに情けない。一昨日の記事を見てみよう。ソウルや仁川(インチョン)などの重症患者の病床稼動率が90%を越えるほど一杯で、病床を決められずに入院待機中の者も2,000人を目前にしているという。待機者の死者が増えるのは当然の結果で、12月11日の一日だけで歴代最多である80人が命を失った。事情がこれにもかかわらず、現政権は去る2年間K-防疫を広報し続けてきたが、『K-防疫が世界の標準になるだろう』という豪言壮談(大言壮語)は、いま考えると笑ってしまう。
それでも一つの癒しはあった。日本よりもウリたちの防疫のほうが上手くできているという言葉である。二度と日本には負けないという大統領の誓いもあったが、35年間植民地だった痛切な過去のために、日本には遅れをとりたくなかったのが国民感情ではなにか?幸いにも感染者の数(少なさ)でウリたちは常に日本に勝っていた。 8月14日から日本で一日2万人ずつ確診者が出た時、ウリたちのメディアは『統制不能』、『都市封鎖を検討』、『医療崩壊』などの単語を使って日本の状況を嘲笑した。さらにワクチン接種率も、日本がウリたちより良いものはなかった。
今年4月の記事を見てみよう。「東京オリンピックを100日後に控えた日本、接種率1%にも満たない」。・・・理解できなかった。日本はウリたちよりもかなり前に、全国民が接種したとしても余る数のワクチンを求めた国。だがしかし、なぜこんなに接種率が低いのだろうか?インターネットではなく、「郵便で接種の申請をしなければならない、遅れた行政が足を引っ張った」というのが、当時のウリたちのメディアの分析だった。あるメディアでは、「このような方式なら、日本がワクチン接種を全て終えるには126年かかるだろう」という見出しで日本の遅れた接種を嘲笑ったりしていた。
果たしてこれが理由だったのだろうか?内情は全く違っていた。他の国々と同様、日本もファイザーやモデルナ、アストラゼネカの3種のワクチンを購入した。だがしかし、それ以降の歩みは全く異なっていた。大半の国々が購入したワクチンをすぐに接種に活用したのとは異なり、日本はワクチン3種に対して自国民を対象に別途の臨床試験を行った。急いで行ったものの、このワクチンが臨床試験を全て終えた後で発売されたものという点で、日本の行いはかなり異例だった。「ワクチンがあるのになぜ接種しないのか」というメディアの批判が相次いだが、日本政府は揺るがなかった。臨床試験を終えた5月20日、日本はファイザーとモデルナだけワクチン接種をすると宣言する。最終的に使用しないアストラゼネカは、ワクチンを求められなかった発展途上国に配った。ウリナラのネチズンは、接種率が1%にも満たない国がワクチンを配るとし、これを嘲笑っていたのだが。
それから5か月が過ぎた頃、ウリたちのメディアは次のような記事を書いた。「日本で最近、コロナ19の感染者が急減している。現地メディアによれば、前日からの日本の新規感染者数は391人。これはわずか2か月前の8月21日(2万5千485人)と比べ、約98%も下がった数値だ」。・・・ ウリたちのメディアはこれをミステリーと呼び、コロナ検査の数を減らしたのではないかという分析を出した。だがしかし、実際の感染者は多いのに検査数を減らせば陽性率が上がるのが正常である。ところが日本の陽性判定率は感染者の減少とともに減少しているため、これは理由にはならない。反日感情に捕らわれたネチズンたちは、「日本が確診者数を操作しているのではないのか?」と述べた。だがしかし、一日2万人と出た時にはその数字を信じ、感染者が減少したから操作というのは見え透きすぎている。 それよりも日本がファイザーとモドナだけで、しかも間隔を見計らってワクチン接種をしたからというほうが、もっともらしい分析ではないだろうか?
(以下、略)


コロナウィルス感染症による呼吸器系の炎症を抑える薬として、日本の製薬企業が開発したものがいくつも使用されていたりするのですが、韓国メディアはそうした事実を取り上げたりしません。韓国の医薬品企業がコロナ対策のためのワクチンや治療薬開発に成功していない実情があり、日本企業が成功しているとは報じたくないのでしょう(シオノギによるワクチン開発は韓国でも取り上げられ、妬みと嫉妬が飛び交いました)
感染症はどこの国でも脅威であり、勝ったの負けたのと主張して威張る話ではありません
が、そこに「日本に勝った」という因子を加え、何やら手柄話にして韓国の優位さを噛み締めずにはいられない…というのが民族性なのでしょうか?
ちなみに各国政府の公表する統計はそれぞれの政府の基準で集計されたものであり、実態を反映しているかどうか疑いがあるのは確かでしょう
北朝鮮はいまだにコロナの感染者はいないと強弁していますし、中国が発表するコロナウィルスの死者は少なすぎて信用できません
なので、数字だけ見て勝ったの、負けたのと騒ぐのは愚かな行為です

(関連記事)
コロナ感染 日本の統計はインチキと主張する韓国
ワクチン接種への不安を煽る人
韓国 ワクチン3000万人分購入詐欺
ワクチン予約で防衛省と朝日、毎日新聞が大喧嘩
コロナワクチン確保に狂奔する韓国
「ワクチンで接種で日本に勝利」と吠える韓国
コロナワクチン確保できず 韓国政府
姜尚中 「コロナ感染防止と経済回復のため日韓両国の和解を」
「コロナで日本は負け、韓国は大勝利」と書く韓国メディア
コロナ禍 中国北朝鮮国境で感染拡大
コロナ禍 「緊急事態宣言は必要だったか」と書くAERA
コロナ禍 韓国ゲイクラブから86人が感染
コロナ禍 韓国ソウルのゲイクラブで集団感染
「コロナで西洋優越主義は終焉」と書く韓国メディア
コロナ禍で企業倒産 政府に助けを求める大富豪
楽天PCR検査キット なぜ偽医者経歴が通用したのか
楽天PCR検査キット 創業者の経歴詐称で炎上
コロナ対策コメント 玉川徹を批判する朝日新聞
コロナウィルス向けワクチン開発と意気込む文在寅大統領

漫画「応天の門」第14巻伊勢斎宮編の感想

灰原楽作の漫画「応天の門」を第14巻まで読みましたので、感想めいたところを書きます。ネタバレも含みますのでご了承ください
第14巻は在原業平が伊勢に呼ばれたエピソードを取り上げています
「伊勢物語」では業平が「狩の使」として伊勢を訪れ、「斎宮なる人」と出会い、一夜の契りを結ぶ話になっています。これを「応天の門」ではどう描くのかな、と楽しみにしていました
通説・史実として
伊勢斎宮は帝の名代として伊勢神宮に祈りを捧げる立場であり、当然のこととして清く正しくあらねばならぬ人です。いわば若い女性アイドルが恋愛禁止を命じられるようなものです。この時、斎宮は清和天皇の腹違いの姉である恬子(やすこ)内親王が務めていましたが、彼女の母親が紀家出身であったため藤原一族に疎んじられ、都から追われるように伊勢へやられた経緯があったとされます。このとき恬子内親王はわずか10歳でした
伊勢物語とその後の歴史解釈では斎宮なる人と業平が契りを結び、子が生まれたので(斎宮が妊娠・出産したとは公にできないので)、伊勢国司であった高階峯緒の息子茂範の養子という扱いになり、それが後の高階師尚であるというのが通説です
作家髙樹のぶ子の小説「業平」も併せて読んでいるのですが、こちらの小説も概ね上記の通説に沿った内容になっています
「応天の門」での伊勢斎宮編
ところが「応天の門」では恬子内親王が伊勢神宮の若い神官見習いと恋に落ち、子を身ごもるストーリーとして展開します。娘である恬子内親王の妊娠を知った静子が都に書状を送り、伊勢神宮の祭祀にあたり帝の奉幣使として在五少将在原業平を派遣するよう仕掛けるのです
稀代の色男である業平を伊勢に招き、斎宮との色恋があったように偽装工作を演出する静子の企てなのですが、業平は事情をすべて聞き取った上でその醜聞を引き受けます
伊勢斎宮に手を出すという、神をも恐れぬ悪行と誹られるのを覚悟の上で醜聞を引き受ける業平の覚悟は漫画の中で丁寧に描かれており、作者の力量を感じさせます
ただし、斎宮が奉幣使業平を伴って神宮へと向かう絵巻のような見開きの絵は、CGによるコピペのためか、人物と馬が不自然に重なり合っていたりと、作画としては問題ありです。雑誌掲載時はともかく、コミック本にするにあたって修正しなかったのはなぜか、と言いたくなります
かくして若い恋人たちのために醜聞を引き受けた業平ですが、その心の中には若い日に藤原高子を連れて都から逃げ出すも、途中で捕らわれ高子を守りきれなかった己への忸怩たる思いがあったと第14巻ではほのめかされています
ただ前回も書いたように、せっかく平安朝屈指の歌人である在原業平を主人公に据えながら、和歌を引用しないのが残念です
「伊勢物語」では「斎宮なりける人」が業平に

君や来し我や行きけむ おもほえず夢かうつつか寝てかさめてか

と歌を贈り、業平が

かきくらす心の闇にまどひにき夢うつつとはこよひさだめよ

と歌を返しています
なので、こうした歌のやり取りを絡めれば、もっと物語を掘り下げ陰影のある展開にもできたのでは、と思う次第です

(関連記事)
漫画「応天の門」 感想
「中国アニメが日本を追い越す日」という記事
「バガボンド」と宮本武蔵
司馬遼太郎の作品ベスト10
日本の漫画には哲学とメッセージがある
コミックマーケットに見る日本の底力
マンガ強国をあきらめきれない韓国
「20代に読んでおくべき本」ランキングに違和感