舞鶴女子高生殺害事件を考える5 判決への疑問

2008年5月、京都府舞鶴市の女子高生が全裸の遺体で発見され、その後容疑者としていくつもの前科がある中勝美が逮捕、起訴されました。これが舞鶴女子高生殺害事件です
しかし、裁判は異例の展開となり、一審京都地裁では無期懲役判決が下されたものの、二審大阪高裁は証拠不十分として逆転無罪判決を言い渡しました。検察は最高裁に上告したものの、棄却され無罪が確定しました
中勝美を支援していた市民団体は彼を英雄のごとく祭り上げ、一部の新聞も「冤罪」だと書き立てていました
しかし、中勝美が犯人であったと自分は今でも思っています。これについては当ブログで過去に言及していますので割愛します
週刊誌「FRIDAY」が、当時被害者が通っていた高校の元校長の談話を掲載していますので、以下に引用します


「いまも毎年5月には現場に献花に行っています。事件は解決していないので、何も報告することはできませんが……」
そう語るのは、京都府立東舞鶴高校の元校長の北川鯉平さん。’08年、同校の浮島分校1年生だった小杉美穂さん(当時15)が、全裸遺体で発見された。頭部を執拗に殴打された形跡があり、極めて残虐な事件として地域住民を震撼させた。
「’09年4月に府警は60代の男性Aを逮捕しました。殺人と強制わいせつ致死罪に問われましたが、’14年7月に最高裁で無罪が確定。Aは複数回の服役経験があり、この舞鶴の事件で無罪判決を得たわずか4ヵ月後にも殺人未遂容疑で逮捕されています。’16年に服役中の医療刑務所で獄死しました」(京都府警担当記者)
前出・北川さんが話す。
「私はいまも犯人はAだと思っています。東舞鶴はほとんど事件など起きないところなのですが、彼が住んでいた時期、傷害事件や下着泥棒など何件もの事件が起きています。Aが逮捕されてからはピタッと事件が止みました。それでも無罪判決になった。当時はまだ防犯カメラの精度が低いなど、最後まで確証が得られなかった。残念でなりません」
Aの無罪確定後、捜査はどうなっているのか。前出・記者が話す。
「現在、捜査本部はないに等しい状態です。真犯人に関する新たな情報が出てこない限り、捜査が再開されることはないでしょう」
遺族らの無念が晴れる日はくるのか。
(FRIDAYの記事から引用)


刑事法には一事不再理の原則があり、女子高生殺害容疑で起訴され結果無罪判決が確定した中勝美を、もう一度同じ容疑で起訴し罪に問うことはできないのです
なので、例え新たな証拠が見つかったとしても中勝美を起訴できません(中勝美は上記のとおり最高裁で無罪判決が確定した後、新たに大阪市内で殺人未遂、強制わいせつ致傷事件を起こして懲役16年の判決を受け、刑務所に収監されたのですが、その際に他の受刑者に「舞鶴事件はオレがやった。メッタ刺しにした」と語っています)
ただ、このように犯行をほのめかす供述を聞いた、との申し立てがあっても、犯行を裏付ける直接の証拠にはなりません
それに受刑者というのは刑務所内で箔をつけるため、話を膨らませ、自分が大物犯罪者であるかのようにホラ話をするが常です。他の受刑者からなめられたくないとか、理由があるのでしょう
中勝美が語ったという話の中に、一般には報道されていなかった内容、犯人しか知り得ない秘密の暴露があれば別ですが
いまさらの話ですが、数々の状況証拠から中勝美が犯人だと思うわけであり、有罪にできなかった捜査官関係者や検事はさぞ無念だったでしょう。そして何より、遺族が一番悔しかったはずです

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