パチスロ狂の孫が祖父殺害 無期懲役確定

2018年11月、金沢市でパチスロ代欲しさから祖父を殺害し金品を奪ったとして逮捕された北嶋祥太被告は量刑をめぐって争っていましたが、最高裁は無期懲役の判斷を下した1審、2審の判決を支持し、北嶋被告の上告を棄却する決定を言い渡しています
つまり、北嶋被告は無期懲役の刑は重すぎると不満を唱え、最高裁まで争ったというわけです
北嶋被告は幼い頃に両親が離婚し、母子家庭で育ったようです。その母親もガンで亡くなり、祖父が親代わりをしていました。しかし、北嶋被告は高校卒業後に務めた会社を辞め、パチスロにのめり込む生活をするようになり、祖父にもたびたびパチスロ代を要求したほか、借金もしていたようです
祖父を殺害した後、北嶋被告はパチスロ店へ行って遊んでいたところを逮捕されています


最高裁第2小法廷(菅野博之裁判長)は、金沢市で平成30年に祖父を絞殺し、家電製品と現金を奪ったとして、強盗殺人罪に問われた無職、北嶋祥太被告(25)の上告を棄却する決定をした。9日付。求刑通り無期懲役とした1、2審判決が確定する。
弁護側は、被告はギャンブル依存症で心神耗弱状態だったと主張し、刑事責任能力の程度を争った。裁判員裁判だった昨年12月の1審金沢地裁判決は「動機の一部に影響を与えたが、指紋を残さないようゴム手袋を準備するなど合理的な行動を取っている」として完全責任能力を認めた。2審名古屋高裁金沢支部も支持した。
1、2審判決によると、30年11月8日、金沢市の自宅で同居していた祖父、誠吉さん=当時(71)=の首を絞めて殺害し、テレビなど家電製品3点(5万5000円相当)と現金約1万2000円を奪った。
(産経新聞の記事から引用)


朝日新聞の記事によれば、拘置中の北嶋被告に面会したところ堰を切ったようにパチスロの話を始め、「3千円が6時間で20万円になったこともあった」と得意げ語ったのだとか
毎回パチスロで儲けていたなら祖父を殺害して金品を奪おうとはしなかったでしょう
ギャンブルにどっぷり浸かっている人は自分が損をした話はせず、いつも儲けた話を繰り返します。もちろん、儲けた体験が脳を刺激し、快楽体験が忘れられないので、どっぷり依存してしまうわけです
この訴訟の着目点はギャンブル依存の被告が「心神耗弱状態にあったので、罪一等を減じるべきだ」と主張したところにあります
しかし、1審の金沢地裁は「重度のギャンブル依存症は認められるが、自分の考えで犯行を決意し、実行に及んだ」と判断し、心神耗弱とは認めませんでした
他にも、上記の記事にもあるように犯行時はゴム手袋を着用し、外部から何者かが侵入したかのように偽装しており十分に計画的な犯行です。つまりそれだけの思慮を北嶋被告は有していたのであり、決して心神耗弱状態であったとは考えられません
このように強盗殺人の罪は重いのであり、それをパチスロに依存していたからとの言い訳で軽減するなどもってのほかでしょう

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ヒステリックブルーのナオキ 強制わいせつ未遂で起訴

ヒステリックブルーの元メンバーであるナオキ(養子縁組して現在は赤松直樹)が、夜道で女性の体を触り怪我をさせたとして逮捕された事件の続報です
今回も月刊誌「創」の篠田編集長による記事から引用します
これまでは面識のあるナオキの言い分に沿った、彼をかばう意図が見え隠れする記事でしたが、今回は距離をおいて客観性を意識した内容になっています
そもそも篠田編集長の伝えたナオキの言い分は、「自宅近くのラーメン店で一人で食事をし、酒を飲んでいた。そして酔った勢いで通りかかった女性の後をつけた。最初の女性には少し後をつけただけで何もしなかったが、2人目の女性に対しては背後から近づいて、叫ばれるのを防ぐために両手で口を押えた。そのうえで女性の胸などを触るという痴漢行為をしようとしたとたん、女性が動転して転倒してしまった。そして肘に擦り傷を作った。自分は女性の悲鳴に驚いて逃げたので、女性が転倒したことに気がつかなかった」というものです
なので、「ちょっと体を触っただけ」であり、大事になる類ではないと言いたかったのでしょう
しかし、夜道で背後から知らない男に口を塞がれ、体を触られるのが女性にとってどれだけ恐ろしい体験であるか、ナオキにはまったく理解できていないところが問題だ、と前回指摘しました
そのナオキが10月14日に起訴されています。つまり正式に公判を開いて処罰を決める必要がある、と検察が判斷したわけです


起訴された元ヒステリックブルー・ナオキの報道が途絶えてしまった気になる事情
(前略)
ナオキは元々マスコミへの不信感が強いから、取材依頼があったとしても断った可能性が高いのだが、そもそも被疑者に取材しようとした記者そのものがいなかったようだ。
そして冒頭に書いたように、どうして続報が途絶えたかというと、当初マスコミが考えていたレイプ未遂事件でなく、痴漢行為をしようとして未遂に終わった事件であることが明らかになり、ニュースバリューが下がってしまったからではないだろうか。
もちろん痴漢といえど犯罪であることは明らかだ。ただ通常は、痴漢の未遂行為を実名で報じ、朝日新聞のように自宅の場所まで記事に書き込むというのは考えられない。やはりナオキの前科を考えて、警察もマスコミも当初、これを重大事件と考えていたのだろう。
実は起訴が決まる前に、ナオキと被害女性の間には示談が成立していた。だから刑法改正以前ならこれは不起訴になった可能性が高い。もちろん何度も言うが、痴漢行為も犯罪であるから、正当化できないのは当然だ。ただ、当初、強姦未遂と思い込んで大きな報道を展開しながら、捜査の進展によって、それが違っていたとわかった時に、続報をやめてしまうというのは、正しいあり方なのだろうか。
むしろ起訴について報じる中で、きちんと説明をすべきなのではないか。そうでないと初期報道がそのまま社会的に定着してしまう。実名報道だから、裁判が始まる前にマスコミが被告を裁いてしまっていることになる。居住地周辺の住民にも取材がかけられ、『週刊文春』は同居している妻の元の職場にまで取材に訪れている。
(以下、略)


通常、痴漢の未遂行為であれば起訴に至らず罰金の言い渡しで済むケースがほとんどでしょう
しかし、起訴したのはナオキの前科(強姦罪で懲役12年)を考慮した上で、と推測されます
被害者が示談に応じており、部外者がそれについてどうこう言うのは間違いです。被害者の意思を尊重するのが一番と考えます
ただ、示談が成立しているから軽微な事件だと扱うのは間違いですし、それはナオキ(二階堂直樹被告)も認識する必要があります。前回取り上げたような、ナオキ自身が事件を最初から軽微なものと決めつけている節が言葉端々に現れるようでは、反省も後悔もあったものではありません
ナオキは刑務所に服役し、反省もし、性犯罪者の更生プログラムも受講し、己の認知の歪みにも気がついたので大丈夫、と過信していたのが間違いの元と言えます
「オレは大丈夫」という、根拠のない自信ほど厄介です。薬物依存者を例に挙げるまでもなく、オレはちゃんと自分をコントロールできているという自負は、単なる思い込みでしかないないわけで
刑務所を出た後も心療内科に通うなど、第三者の目から己をチェックする手段を継続させる必要があったと考えます
それを、刑務所を出たのだからもう事件(性犯罪)のことは引きずりたくないと、決め込んだのが間違いではないでしょうか?
裁判の結果、再び実刑を科される可能性もあり、「ちょっと触ろうとしただけ」では済まない話です

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「エヴァンゲリオン」 14歳の自意識

昨日取り上げた押井守監督の「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」に絡んでもう1つ、今度は「新世紀エヴァンゲリオン」について取り上げます
テレビシリーズとその後、公開された劇場版「THE END OF EVANGELION」について考察した論考「自己意識の牢獄─『新世紀エヴァンゲリオン』論」を引用させてもらいます
「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」について、論考は以下のように述べています


自己意識の牢獄─「新世紀エヴァンゲリオン」論
(前略。TVシリーズの後半の展開において、アニメファンの期待を裏切る展開へと舵が切られ、閉塞感が強まっていくとの説明。すなわち碇シンジは数少ない友人である鈴原トウジ、アスカや渚カオルを失い、追い詰められる…)
その閉塞された世界において、かつての快楽は不快に反転し、その閉塞された世界を破壊することが、新たな快楽になってゆく…。TV版後半から劇場版への展開は、そのようなねじれを感じさせます。
快楽的な世界が、それがたんに快楽的(退行的)であることによって、それ自体の運動をやめ、やがて停滞し、どうしようもなく閉塞してゆくという、「エヴァ」TV版後半の展開は、押井守監督のアニメ映画、「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」(1984年)を想起させます。「ビューティフル・ドリーマー」では、押井自身がチーフ・ディレクターをつとめたTV版「うる星やつら」のような、学園ラヴ・コメディ的なエンドレスのドタバタ劇が、登場人物の一人であるラムにとっての理想の世界、ラムの内宇宙の出来事として描かれています。その世界では、時間の進行はストップしており、「学園祭の前日」という一つの同じ一日が延々とループし続けています。その内宇宙では、ラムにとって邪魔な人物が次々に消えてゆき、町は、ラムの「夫」である高校生、諸星あたるの家とその近くのコンビニを除いて、廃墟となってしまいます。世界がラムにとっての理想境としての純度を高めていくにつれて、その世界の閉塞性、虚構性はますます際立ってゆきます。諸星あたるはその種の内宇宙の世界を転々としたあと、その「夢」のような内宇宙の無限連鎖の世界から「現実」に帰還しようと試みます。
「ビューティフル・ドリーマー」は、「エヴァ」が提出している、「現実は夢の終わり」というテーゼを先取りしています。「エヴァ」は、いわば「うる星やつら」のTVシリーズの世界がそのまま「ビューティフル・ドリーマー」の次元に突然移行してしまったような作品なのであり、「エヴァ」のTV版がその終局において破綻しているように見えたのは、その移行があまりにも唐突で、自己破壊的だったからです。TV版最終2話に拒否反応をおこした人々は、そのアイロニーや自己言及性に耐えられなかったのかもしれません。


学園祭の前日という状況を反復し、メガネとその仲間たちが延々とコントめいたやり取りを繰り返す=内的宇宙をぶっ壊そうとする行為は、「うる星やつら」という物語の破壊につながります。転じて「エヴァンゲリオン」のTVシリーズ前半による、来襲する使徒をあの手この手で葬り去る展開も、いわばアニメーション作品のお約束(悪を倒して正義が勝つ)であり、敢えてその快楽的なお約束を壊すことを目指した、という解釈です
上記のように、筆者はテレビ版最終2話をとことん擁護し、極めて異質な内容になったのは意図的な演出であり、明確なシリーズ構成上の作為によるものと主張します
演出の意図については庵野監督や関係者の証言を引用する手もあるわけですが、本当のことを述べているのか、単に釈明としてしゃべっているだけなのか、部外者には分かりません
なので、公開された作品を唯一の手掛かりとして考えるのでベターであり、諸々の二次情報や三次情報に振り回されるのは止めた方が賢明でしょう
自分としてはテレビ版の最終2話は破綻しており、失敗作だと解釈します。作為的なものであったにしても、視聴者にはあまりに突飛すぎて受容しきれなかったのですから
もちろん、それで「エヴァンゲリオン」という作品を否定したり、見下したりはしません。最終2話を含めて「エヴァンゲリオン」なのですから
宮崎駿の作品だってシナリオが破綻しているものが少なくありません


「エヴァ」を批判する人々の多くは、「エヴァ」に物語としての欠陥あるいは破綻があることを指摘します。確かに、シンジは自分では何もしようとしないし、「成長」も「自立」もしない。そういう指摘自体は正当なものですが、すでに述べたように、「エヴァ」が扱っているのは、もはや物語としては語りえない、自らの内面性に関わるような、自己言及的なテーマです。それを物語として評価・批判しようとするのは間違っています。
劇場公開された「THE END OF EVANGELION」は、TV版の最終2話をリメイクしたものであり、「エヴァ」の完結篇です。この完結篇の評価をめぐる最大の争点は、「エヴァ」の作品世界が内面的な自己完結性(の肯定)に終始しているのか、それとも自己意識の牢獄から抜け出す方向性を示しえているのか、という点だと思います。
一部の人々は、「エヴァ」の劇場版がビルドゥングス・ロマン的な「少年の成長と自立」のような方向で収束することを期待していたようですが、「THE END OF EVANGELION」は、そのような通俗的な物語的結末を回避し、TV版最終2話を別のかたちでやりなおしたような作品に仕上がりました。「THE END OF EVANGELION」は、TV版後半のテーマの変奏であり、反復です。それは物語的な意味での結末ではありません。
「エヴァ」の完結篇が、シンジの「成長と自立」の物語として終息しなかった、シンジが「何も変わらなかった」という解釈によって、「エヴァ」は結局自閉的なオタク的心性の自己肯定に終始した、とする批判が存在します。しかし私は、「エヴァ」は、「成長や自立」をたんに物語として語ること、その安直さ、その性急さを、あえて回避したのだと思います。


「エヴァンゲリオン」が碇シンジの成長の物語であるとの考えは基本的に間違ってはいないと思います。ただ、単なる「成長の物語」(いろいろあって、少年は大人になりました)を拒絶する意図が最初から庵野秀明監督の中にあったのかどうか?
テレビシリーズ開始時点でそこまで綿密に組み上げていたのではなく、制作過程の中で予定調和的な闘い(順番に使徒を殲滅してアニメファンを喜ばせる展開)に疑問を抱いたからこそ、本編のようなアニメファンを裏切る展開にしたのでしょう
ところがその結果、「エヴァンゲリオン」は多くのファンを獲得してしまった、というのですから皮肉なものです。ファンの中には幾種類もの人が当然いるわけで、上記のサイトで指摘しているオタク層からコアなアニメファン、マニアまでさまざまでしょう
となれば、上記の論考で展開している自己言及的で物語性を敢えて排除した「エヴァンゲリオン」をそれと受け止め、理解した人間はいったいどれだけいるのでしょうか?
ほとんどいないと推測します
だからといって上記の論考が無駄であるとは思いません。こうして「エヴァンゲリオン」を考え、解釈し、繰り返し語れるからこそ「魅力」があるわけで、語るに値しないアニメとは違います
押井守は「繰り返し語られることで映画は映画になる」と述べています。ならば「エヴァンゲリオン」も繰り返し語られるアニメーションになったのであり、その意味では成功といえるでしょう
さて、論考のタイトルに立ち返ると自意識の牢獄に囚われるのも悪いわけではないのであり、そこに何を見出すかが重要です
「エヴァンゲリオン」という罠にはまり、あがき続けるのも同様に意味がある行為であり、どうせならどっぷりはまり込んでとことんあがいてみるのも一つの選択肢でしょう
庵野監督がなおも「エヴァンゲリオン」の新作に取り組み続けているのは、まだそこに語るべき物語があると信じているからなのでは?
もちろん新作が物語性を否定し、オタク的心性をとことん批判する内容ならば筆者の考え通りだったと認めるわけです
が、ヱヴァンゲリヲン新劇場版シリーズはどれもまとも(アニメファン的な理解として)であり、アヴァンギャルドな作品にはなっていません
さらに言えば、「碇シンジ」クンは相変わらず「碇シンジ」クンのままだったりして、懐かしくさえ感じます
14歳の自意識は相変わらず、というのも1つの表現であると受け止めます(ただし、喚いたり、怒ったりと感情を顕にするのも成長の証であるとするなら、その痕跡を認めないわけにはいかないのであり、まったく成長していないと決めつけるのは不適切でしょう)
なお、論考の結末部分にある、「エヴァンゲリオン」をサルトルの「存在と無」と比べた考察に関しては、自分の中で咀嚼できていませんので今回は言及しません

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電車で女子中学生に体液 教頭逮捕

とりたてて教員の犯罪ばかりを取り上げているつもりはないのですが、結果として教員によるあまりに酷い性犯罪が起きているため言及せざるを得ません。ほとんどの場合、児童や生徒がその標的にされるからです
今度は公立中学校の教頭が電車の中で自慰行為をし、女子中学生に精液をかけた疑いで逮捕されています。逮捕時は、「故意ではなかった」と供述しているのだとか
故意ではなく電車内で自慰行為をし、精液を他人にかけるのでしょうか?
教員失格と言うよりも、人間として終わっています


電車内で女子中学生に体液をかけたとして、多摩署は9日、暴行の疑いで、伊勢原市立小学校の教頭(59)=同市小稲葉=を逮捕した。
逮捕容疑は9月16日午後5時ごろ、小田急線下北沢駅─登戸駅間を走行中の電車内で、川崎市麻生区に住む中学1年の女子生徒(12)に体液をかけた、としている。調べに対し「行為はしたが、短パンをはいていたので(体液が)かかってしまったのかもしれない」と供述、容疑を否認している。
署によると、同容疑者は女子生徒の後ろに立ち、女子生徒の手に体液をかけたという。女子生徒は登戸駅で下車し、駅員が110番通報した。防犯カメラ映像などから同容疑者が浮上した。女子生徒と同容疑者に面識はなかった。
県教育委員会は「大変遺憾。事実を確認した上で厳正に対処する」とのコメントを発表した。
(神奈川新聞の記事から引用)


神奈川新聞は記事に容疑者の氏名を載せないという方針があるそうです
別の報道で、逮捕されたのが伊勢原市立桜台小教頭の武井雅典容疑者(59)と判明しています
当然ながら懲戒免職処分が相当と考えますが、どうなるのでしょうか
定年目前であるからと温情をかけ、三か月の停職処分にした後に自己都合退職を認め、退職金を支払うといったヌルい処分でお茶を濁すのかもしれません
武井容疑者は弁護士を仲介に立てて示談交渉をし、刑事処分を受ける前に示談をまとめ少しでも刑罰の軽減を図るのでしょう
懲戒免職で退職金がパーにならないように
そんな悪あがきをするくらいなら、夕方の満員電車に短パン姿で乗り込んで自慰などしなければよいものを
自宅でアダルトビデオでも観て自慰をしている分には、誰にも迷惑はかかりません。家族は嫌がるでしょうが
あるいは、満員電車内で自慰行為をしたり痴漢行為をする自分に危機感をいだき、治療を受ける選択肢もあったわけです
武井容疑者は教頭という立場ですから、「教員は性犯罪をするな」と啓発する役割だったはずです。それが単なる掛け声にすぎず、自身の性欲を持て余していたのですから、唖然とさせられます

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映画「十二単を着た悪魔」公開

10月29日にひき逃げなどの容疑で警視庁に逮捕さた俳優、伊藤健太郎が主演を務める映画「十二単衣を着た悪魔」(黒木瞳監督)の公開が決まったと報じられています。主演を務めた俳優が逮捕されたのですから、公開を見送るとの選択肢もあったわけですが、本作は公開すると配給元が公言しています
その選択をとやかく言うつもりはありません。非公開となった場合、伊藤健太郎はおそらく制作費や宣伝費5億円以上の返済を求められたはずであり、とても弁済などできなかったと思われます。支払いを建て替える所属の芸能事務所にしても、5億円をポンと払う能力はないはずです
なので、伊藤健太郎も所属事務所も、映画の公開が決まってほっとしているでしょう


映画監督・黒木瞳が最新作『十二単衣を着た悪魔』で魅せる! 柔軟な発想から生まれた大胆アプローチの秘密
『プラダを着た悪魔』(2006年)をヒントにしたという、脚本家・小説家の内館牧子による小説を映画化した本作。就職試験59連敗中のフリーター・雷(伊藤健太郎)が「源氏物語」の世界にタイムスリップしてしまい、帝の正妃・弘徽殿女御(三吉彩花)と出会う――という筋書きだ。
映像化にあたり、セットの屋根を取り払うなど、常識にとらわれない柔軟な発想で挑んだ黒木監督。彼女の創作術、さらには独自の「監督論」について、じっくりと伺った。
女優でも監督でも「お客様に作品を届ける」意識は一緒
―初監督作『嫌な女』から約4年が経ち、監督業にも変化はありましたか?
今回のカメラマンと演出部は、2017年に監督したショートムービー『わかれうた』と一緒なんです。あのメンバーとまた仕事をしたいと思い、オファーさせていただきました。初監督作品のときは、「どなたがいい」というスタッフィングまでは提案をしなかったので、一番の違いはそこかと思いますね。
やはり、監督は自分の頭の中にあるイメージを形にしていくので、なるべくコミュニケーションが取りやすい人だったり、共有しやすい方々だったりすると、言葉も半分で済むし、非常にやりやすい。そういった意味で、今回は気心が知れたメンバーと組むことが出来、いいチームになったと自負しています。
―より、やりやすくなったというような意識でしょうか。
そうですね。ただ、監督としてすべてのジャッジを下さなければならないという重責は、1本目だろうが3本目だろうが変わらないようにも思います。作品はみなそれぞれ違うものですし、「ここまでできた」と思っても、次の作品に挑む際に成長しているかどうかはわからないわけですから。一つひとつを丁寧にやっていくしかないのかもしれません。
―そういった意識は、俳優業と監督業ではまた別ですか?
そうですね。女優として40年経ちますが、自分が成長出来ているかは自分では分かりません。ただ、エンターテインメントの世界にいて、一つの映画に携わっているという意味では、女優であろうが監督であろうが「お客様に作品を届ける」という気持ちは一緒です。やっていることは全く違いますが、目指す場所は同じです。
―国内外でも「俳優の監督進出」が盛んになってきていますが、黒木さんはどう受け止めていらっしゃいますか?
俳優の方が監督をなさるという動きが増えてきていることは、私自身楽しみにしていますし、演じ手に限らず女性が監督をする機会が、もっと増えてきても面白いんじゃないかなとは感じています。
1本目の映画を撮った際に、日本外国特派員協会で記者会見をさせていただいたのですが、記者の方から「ハリウッドでも女性が主役の作品や、女性監督の作品が少ない。日本でも女性の監督作品が増えていってほしい」というお話を伺いました。これは単純に「女性の進出」というだけの理由ではなく、女性から見た景色や感受性は男性とは違うでしょうから、この先、様々な視点から撮られた作品が生まれていくことはとてもいいことだと思います。
(以下、略)

伊藤健太郎×三吉彩花主演!映画『十二単衣を着た悪魔』 予告編


黒木瞳といえば、青山学院の付属中学に通っていた娘がいじめの主犯格として問題を起こし、転校を余儀なくされた事件を思い起こします
娘は何度も宝塚歌劇団の試験を受けたものの合格できず、慶応大学に進学したのだとか
宝塚歌劇団でトップをはった女優の娘でも合格できないほど選抜基準が厳しいのか、あるいはいじめに加わるような人物は合格させないという内規があるのかは分かりません。あるいは娘の側に母親への反発、対抗心があって何度も宝塚音楽学校の試験に挑んだ、とも考えられます
娘が芸能界入りを望んでいるなら、自身の監督作品に出演させる手もあるのですが、そうはしなかったようです(映画の出演者をチェックしたわけではないので、単なる憶測ですが)
家族ぐるみで息子や娘を売り出そうと躍起になっている芸能人も少なくないだけに、意外な気がします
一方で主演の伊藤健太郎のひき逃げ事件があり、どれだけ観客を呼び込めるかは不明です
敢えて予想するなら、興行成績はぱっとしない結果に終わるでしょう。アヤのついた映画を観に行こうとする人はいないわけで
原作となった内館牧子の同名の小説は随分と評判がよく、アマゾンのサイトを見ると好意的なレビューが並んでいます
古典である源氏物語の世界を下敷きに、新たな感覚で物語を展開させる発想は興味深いと思いましたので取り上げました
ちなみに主演は伊藤健太郎でなくても、誰でもよかったのではないかとも思います。彼程度の役者は大勢いるわけで

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「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」論

押井守監督による「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」が公開されたのは1984年です
なので、日本のアニメーション作品としては古典の部類に含まれるのかもしれません。若い世代では、「知らない」、「観たことない」と答える人がほとんどでしょう
ここ最近、宮崎駿作品について言及してきたのですが、趣を変えて今回は押井守監督作品を取り上げます
宮崎監督の場合、「ルパン三世 カリオストロの城」が1つのターニングポイントとされるように、押井監督にとってはこの「ビューティフル・ドリーマー」が世に知られるきっかけになった作品です
前作である劇場版アニメ「うる星やつら オンリー・ユー」でも監督を務めていますが、いわゆる押井守らしさは控え目です。こちらの「オンリー・ユー」では、いくつものアニメーション作品の脚本を担当している今春智子(能楽、金春流宗家の出身)が脚本を担当し、原作者の高橋留美子もその出来栄えに大満足したとの話です
対して、「ビューティフル・ドリーマー」は押井監督が脚本も担当し、押井ワールド全開の展開でしたが、興行結果は前作に負けています。さらに、試写を観た高橋留美子が激怒した、というエピソードもあります
では、原作者を激怒させた「ビューティフル・ドリーマー」とはどのような作品なのか?
ネタバレを回避する気はありませんが、物語のあらすじに字数を費やすのは無駄なので作品の概要は省略させてもらいます
今日は「このページを読む者に永遠の呪いあれ」さんのブログから、「『ビューティフル・ドリーマー』に見るモラトリウムの終焉」と題された記事を引用させてもらいます


『ビューティフル・ドリーマー』に見るモラトリウムの終焉
(前略)
主要な男女キャラが「相手を好きだ」と認識し、それが発展した時にすべてが終わる。その時がくるまでの狂騒的なお祭り騒ぎ。
『涼宮ハルヒ』シリーズを筆頭に、現在蔓延しているラノベや、それに付随する一連の作品は、こうした『うる星やつら』の構造を雛形とし、30年近く経った今も同じことを繰り返しつづけている。
『うる星やつら』の模倣者たちは、『ビューティフル・ドリーマー』がそうした作品のアンチテーゼであることに自覚的なのか無自覚なのかわからないが、『涼宮ハルヒ』シリーズに関して言えば、『ビューティフル・ドリーマー』のスピリットを理解せぬまま、ギミックやトリックだけを借用し、焼き直しをしているようにしか見えない。
そして『ビューティフル・ドリーマー』とは、『うる星やつら』の持つ幻想を解体し、本質をあぶりだす作品に他ならなかった。
当時の高橋留美子が『ビューティフル・ドリーマー』を試写で見た直後、怒ったのも無理はない。
だが、そうした思惑にも関わらず『ビューティフル・ドリーマー』がわれわれを魅了してやまないのは、メインヒロインのラムちゃんの望んだ「みんなといつまでも仲良く、楽しく過ごしたい」という願いが、あまりにも美しく悲しすぎたからだ。
誰もが若い頃、一度は抱いたであろう「仲のよい友達といつまでも一緒に楽しく過ごせたらいいのに」という願いは、現実では決して叶うことのない夢なのだから。


「いつまでも気心の知れた仲間と楽しく」といった絆も、仲間内にいくつかのカップルが誕生すればあっさりと崩壊してしまいます。あるいは互いの恋人を奪い合う、どうしようもない修羅場を迎えるか
そうなる前の、ひとときのお祭り騒ぎを描いた作品という解釈に異論はありません。祭りの後の虚しさには敢えて触れず、夢は夢のままに、との描き方をしているのですから、これで高橋留美子が激怒した、というのはちょっと不可解な気もします
むしろ、「うる星やつら」のキャラと設定を借りて、まったく別の物語にされてしまったのが不快だったのではないか、と自分は思うのです。原作者として絶対に譲れないものがあり、そこに押井守がズカズカと踏み込んだがゆえの怒り、だと
一度試写を観ただけで、上記のブログで展開されている主張(幻想の解体)のような深読みが高橋留美子にできたのかどうか疑問です
さて、上記の記事で前段部分は省略したのですが、他者の存在を認識することこそ、恋愛であるとの主張が盛り込まれています(記述があまり明確ではないので読み取り辛い感がして残念です)
となれば、次々と美少女を追いかけ回す諸星あたるは、他者の存在をどう認識しているのか、が気になります。そもそも諸星あたるは他者を認識できているのか、あるいはラムとその他の少女たちをどう認識しているのか、そこに差異はあるのか、という問いが立てられます
これに関して、ブログ記事へ寄せられたコメントが欄外に記載されており、「涼宮ハルヒ」擁護派の人が異論を唱えているのが面白く感じられます
いわく、「諸星あたるに他者認識はできず、キョン(「涼宮ハルヒ」シリーズの登場人物)のように人の面倒を率先してみられる人物にならないと他者認識などできないと言うべき」だと
ここは考えどころです。恋愛の場合、相手を実物以上に理想化し、過大に評価してしまう危険が伴うのであり、それは他者を認識していると言い難く、他者なるものを誤解する行為です。いわば、他人に自身の期待を重ねて幻視しているわけです
幻視した部分をも含めて、他者として認識していると強弁する手もありますが、それは認識論から逸脱し、価値観の問題、嗜好の問題になってしまうのでは?
抽象化された話ではわかりにくいでしょうから、「うる星やつら」に戻りましょう
諸星あたるは「ラムがいつでも自分を受け入れてくれる相手」であると信じて疑わないゆえ、他の女の子にちょっかいを出し、ラムを嫉妬させて喜んでいるのでしょう
ラムは諸星あたるが「決して自分を裏切らない男性」だと信じて疑わないゆえ、他の女の子に手を出すあたるに怒りの電撃を炸裂させているのであり、互いの役割を理解した上での夫婦漫才を延々と繰り返しているのです
そうと分かっているから、押井守は漫画「うる星やつら」を好きではない、と発言したのでしょう
「涼宮ハルヒ」シリーズでも類似した構図であり、こちらは互いの立場や役割をそうと理解しないまま、夫婦漫才を延々と繰り返している物語だといえます

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神奈川大准教授 下着泥棒で逮捕

少子化が進む現代、大学人としてキャリアを積み重ねていくのはなかなか難しいのだろうと想像します
大学院を出た後、助手やら非常勤講師を務め、准教授の地位に辿り着いてようやく教授のポストが見えてくるのでしょう
しかし、自らの性癖に振り回され、キャリアをドブに捨てる人も少なからずいます
神奈川大学の准教授が下着泥棒の容疑で逮捕された、と報じられています。記事には「元准教授」と表記されていますので、大学を解雇されてしまったと思われます


教え子の20代女性の自宅に侵入し下着を盗んだとして、警視庁志村署が住居侵入と窃盗容疑で、東京都品川区南大井、神奈川大元准教授岩下仁容疑者(41)を再逮捕していたことが7日、同署への取材で分かった。
再逮捕容疑は、2月下旬〜3月上旬、東京都板橋区の女性の自宅に侵入し、下着1点を盗んだ疑い。
同署によると、岩下容疑者は昨年7月、当時勤めていた別の大学の教え子だった女性を都内の喫茶店に呼び出し、女性が席を外した隙にバッグから鍵を盗み、合鍵を作成したとみられる。下着がなくなっていることに気付いた女性が署に相談。同署は鍵の窃盗容疑で10月6日に逮捕していた。
(神奈川新聞の記事から引用)


岩下仁容疑者の経歴は以下の通りです
早稲田大学商学部卒。同大学大学院商学研究科修士課程、ならびに、博士後期課程修了。博士(商学)。花王、野村総合研究所、早稲田大学商学学術院助手を経て、九州大学大学院経済学研究院専任講師、立教大学経営学部兼任講師、神奈川大学経済学部准教授
この経歴で考えると、被害に遭った女性は立教大学経営学部に勤務していた頃、知り合った人物かもしれません(特段、被害者の身許を探ろうという意図はないのですが)
上記の報道だけでは、岩下容疑者の犯行が本件だけなのか、あるいは余罪があるのかは不明です
下着泥棒逮捕の報道では大抵の場合、部屋から盗んだ下着が大量に発見されたと書かれるのであり、今回はそれがないので余罪はないのかもしれませんが、現段階では保留です
大学人として学生を教える立場に就く以上、盗みも下着泥棒もセクハラもダメです。本人はそうと理解していたはずなのになぜ、やってしまったのか?
自身の異常な性癖に振り回され、抑えが効かないのであれば事件を起こす前に治療を受けるのが最善策です
ビジネススクールの講師として「経営戦略」を語ることはできても、自身の性癖への対策は考えなかったのでしょうか?
何にせよ、岩下容疑者の大学人としてのキャリアはこれで終了です。たとえ執行猶予付きの刑で済んだとしても、講師として雇う大学はないわけで

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トランプ大統領 落選で失うもの

投票が終わってもすったもんだしていたアメリカの大統領選挙は、民主党のバイデン候補の勝利という結果になりました
しかし、トランプ大統領はあの手、この手で徹底抗戦をする構えであり、負けを認めようとはしません
今後は身内である共和党の上院議員らがトランプ大統領を説得し、敗北を受け入れるよう促すのでしょうか?
さて、「現代ビジネス」が「なぜトランプは負けられないのか?」と題する記事を掲載していますので、取り上げます
落選し、大統領の身分を失った途端、山ほどの訴訟に巻き込まれ、身ぐるみを剥がされかねない、と書かれています


なぜトランプは負けられないのか? 実は「一文無し」になる可能性も
(前略)
お金が足りなくなる可能性
ニューヨーカー誌の報道によると、トランプ大統領はこれまで推定4000件に上る訴訟と26件に上る性的不適切行為の訴え、そして昨年12月の米連邦議会における弾劾裁判等を生き残ってきた。
しかしニューヨーク州・市政府の検察当局は未だに、トランプ氏が大統領になる前の商行為等に対し、潜在的な刑事責任の可能性があるとして捜査を進めている。他にも、こうした捜査や民事訴訟の準備が10件以上進んでいるという。
仮に、これらが実際の訴訟へとつながれば、トランプ氏は弁護士費用など相当の出費を迫られることになる。ところが、そのためのお金が足りなくなる可能性がある。
今年9月のニューヨーク・タイムズの報道によれば、トランプ氏は4億2100万ドル(400億円以上)に及ぶローンその他の負債の責任を個人的に負っており、そのほとんどが4年以内に返済期限を迎えるという。
とは言え、不動産王のトランプ氏のことだから、推定数十億ドル(数千億円)とも言われるホテルなどの資産を一部売却すれば問題ないと思われる。
ところがトランプ氏が所有するリゾート・ホテルなど不動産の資産価値はコロナ禍の影響で相当目減りしており、その売却によって借金を返したり法廷闘争の資金を捻出するのは、それほど容易ではないと見られている。
「国外脱出」を考えているとの見方も
こうした危うい展開を回避するため、トランプ氏は是が非でも今回の選挙に勝たねばならない。
その切なる願いは先月、ジョージア州で開催された選挙集会でも現れている。会場に集まった多数の支持者らに向かって、トランプ大統領は次のように語りかけた。
「私が(今回の選挙に)負けるなんて想像できるかい? (もしも負けたら)あまり良い気持ちはしないだろうな。ひょっとしたら、この国(アメリカ)を去るかもしれない。どうなるか分からないな」
冗談めかして言ってはいるが、トランプ氏は案外本気かもしれない。
(以下、略)

脱税容疑で逮捕されそうになったら、キューバにでも亡命するのでしょうか?
それはそれで、トランプらしい醜悪な武勇伝になりそうです
上記の記事には書かれていませんが、落選後はメラニア夫人との離婚が現実になるだろう、とアメリカのメディアは報じています
トランプの抱えるトラブル(女性問題)に心底うんざりしており、離婚寸前の状態なのだとか
さらには上記の記事のように、数々の訴訟や借金で追い詰められているとなれば、トランプと離婚して巻き添えにならないようにするのは当然の選択なのかもしれません

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「鬼滅の刃」とフジテレビの微妙な関係

「鬼滅の刃」がテレビアニメ化される際、フジテレビがキー局として配信するのを見送った、という経緯があります
よって、フジテレビは「鬼滅の刃」ブームに乗り遅れてしまい、関連グッズの販売等うまみのある商売に絡めなかった、と当ブログでも取り上げました
しかし、フジテレビも遅ればせながら放映権を確保し、ゴールデン・プライムタイムでの放送を行って高い視聴率を稼ぐのに成功しています
そうなると今度は、「いつから『鬼滅の刃』がフジテレビのものになったのか」と批判も飛び出す事態なのだとか


フジテレビ『鬼滅の刃』“全集中”放送への批判が的外れだといえる理由
(前略)
ただ、それ以上に驚かされたのは、フジテレビのアニメが高視聴率を記録していること。昨年、TOKYO MXなど多くのローカル局や、Amazonプライム・ビデオなどの動画配信サービスで放送・配信されていただけに、「今さらゴールデン・プライムタイムで放送しても遅いのでは」という声が少なくなかったからだ。
また、世帯視聴率は12~16日深夜に関東地区で放送された第6~10話(各30分)も前4週平均から4割程度アップ、17日の午後に放送された第11~14話(130分)も前4週平均から5割程度アップした。
さらに、前述した10日の『第一夜 兄弟の絆』の直後に放送された『さんまのお笑い向上委員会』は7.8%で、前4週平均5.0%から2.8%アップ。17日の『第二夜 那田蜘蛛山編』の直後に放送された『さくらの親子丼』も5.3%で、前4週平均3.1%から2.2%アップ。
その17日は『第二夜 那田蜘蛛山編』の前に放送された『超逆境クイズバトル99人の壁』でも『鬼滅の刃』を扱い声優たちを出演させるなどのコラボで8.4%を記録し、前4週平均7.1%から1.3%アップした。
これ以外でも、9日と12~16日の6日間に渡って『めざましテレビ』でコーナーが組まれたほか、「めざましじゃんけん」にも竈門炭治郎らが登場。12~16日の深夜には、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編 公開記念番組~キャストが語る映画の魅力SP~』を放送。加えて、企業CMの間にはさまれる、翌日夜の番組紹介も竈門炭治郎が行っていた。
フジテレビのアニメ放送は、まだ24日午後に第22~26話(160分)が残っているが、映画の爆発的なヒットから、さらなる高視聴率が期待されている。まさに「『鬼滅の刃』さまさま」と言ったところだろう。
そんな状況の中、土田晃之が18日のラジオ放送で「世間のみなさんは『(『鬼滅の刃』は)いつからフジテレビのものになったんだ?』と思っているのでは」と皮肉交じりのジョークを飛ばしたことがニュース化され話題になった。
これは「TOKYO MXなどの独立局が放送していたアニメがヒットすると、フジテレビなどのキー局やNHKが便乗しようとする」ことを指摘したコメントだが、土田の声を引用して批判の声をあげる人も目立つ。
しかし、この指摘は間違いとは言えないものの、視聴者の中には賛同できない人も少なくないし、何よりアニメ制作者たちへの配慮に欠けている。さらに言えば、フジテレビはアニメ『鬼滅の刃』を放送する資格があり、むしろ期待をかけるべきだろう。
(中略)
前述したように『鬼滅の刃』のアニメは、まだ全編の3分の1程度に過ぎず、続きのストーリーがたっぷり残っている。今年5月で『週刊少年ジャンプ』での連載が終了した寂しさもあって、映画が大ヒットしている今ですら、すぐにでもアニメの続編を望んでいる人々は多い。
作り手たちから見たら映画のほうが稼げるが、視聴者にしてみればテレビなら無料で見られる。また、「ストーリー的に映画とテレビのどちら向きか」という観点もある。
ただ、ここまでの経緯を踏まえても、現実的に考えても、映画とテレビが併用されていくのではないか。だからこそフジテレビは、自分たちが高視聴率を得ること以前に、アニメ制作者たちを適切に支えていく姿勢が求められていくだろう。
(以下、略)


原作ストックがあるのでテレビアニメの2期、3期が作れて、フジテレビがキー局となって全国放送もありえる、と記事では書いています
フジテレビにすれば乗り遅れた分を取り返せる好機になるのかもしれません
ファンがどう言おうとビジネスの話ですから、過去の経緯は別にして契約がまとめられるのでしょう
ここまで「鬼滅の刃」がウケた理由は、やはり女性ファンが大量に発生したからでしょう。何せ、世の中の半分は女性ですから
たびたび言及している「名探偵コナン」シリーズの劇場版も、女性ファンがその人気を支えていると言えます
ただし、何が女性ファンの心をつかむか、事前に予測するのは難しいのであり、誰にも分からないのではないでしょうか?
週刊少年ジャンプ掲載の漫画で、アニメ化されて人気を誇った「NARUTO」の場合、劇場版がいくつも作られたものの、ヒットはしていません
あるいは前回も触れた「妖怪ウォッチ」のように、子どもたちの間で爆発的なブームになったものの、短命に終わるケースもあります
ですから、人気漫画をアニメ化してもヒットするとは限らず、劇場版を作ってもヒットするとは限らないのです
「ヒット作の方程式とか、成功の方程式に適っているから売れたのだ」などとほざく業界人もいますが、それは単に成功した作品の諸要素を抽出して並べているだけにすぎません
さて、商業作品である以上、売れることは大事です。売れればアニメの2期、3期が実現するのですから
「日本のアニメは終わった」などと報道している中国メディアは、日本がなおも「鬼滅の刃」のように力強いヒット作を生み出すのに驚いているのではないでしょうか?
近いうちに、「鬼滅」のストーリー、キャラをそっくり真似た中国アニメが次々と登場するかもしれません(悪夢です)

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「名探偵コナン」を犯罪の教科書と批判する中国
日本のアニメ業界は消滅 中国・韓国が台頭へ
不況で低迷する日本アニメ 中国アニメは急成長
危機に直面した日本アニメ業界

徴用工問題で韓国「日本が賠償したら穴埋めする」と提言 

アメリカ大統領選挙の報道にすっかり隠れてしまっていますが、日韓の徴用工問題で新たな動きがありました
韓国大統領府が日本政府に対し、「日本企業が賠償したら、それを韓国側が後から穴埋めする」案を提案してきたと、朝日新聞が報じています
つまり、見せかけだけ日本側が賠償した、という形にするとの話です
もちろん、「解決済みであり、新たに賠償に応じる必要はない」とする日本政府側の主張とは異なるわけで、とても飲めない話です


韓国「賠償応じるなら穴埋めする」 元徴用工問題で
元徴用工への賠償を日本企業に命じた韓国大法院(最高裁)判決をめぐり、韓国政府が「企業が賠償に応じれば、後に韓国政府が全額を穴埋めする」との案を非公式に日本政府に打診していたことがわかった。日本政府は1965年の日韓請求権協定で賠償問題は解決済みとの立場から、提案に乗らなかった。2年前の判決を機に悪化した日韓関係は、改善の見通しが立たない状況が続いている。
日韓両政府の関係者によると、韓国大統領府は今年に入り、日本との関係改善に向けて、盧英敏(ノヨンミン)大統領秘書室長を中心に徴用工問題の解決案を検討。大法院判決を尊重するとの文在寅(ムンジェイン)大統領の意向を踏まえ、今春に穴埋め案を打診したが、日本政府側は「企業の支出が補塡(ほてん)されても、判決の履行には変わりなく、応じられない」と回答した。
議論停滞 迫る「現金化」
大法院は2018年10月30日に日本製鉄(旧新日鉄住金)に原告の元徴用工らへの賠償を命じた。同年11月には三菱重工業にも同様の命令を出したが、両社は支払いに応じていない。韓国の裁判所は、両社が韓国内に保有する株式や特許権などを差し押さえ、売却して賠償にあてる「現金化」の手続きを進めている。
日韓請求権協定で解決済みとの原則を崩さない日本政府は「大法院判決は国際法違反」とし、韓国側に日本が受け入れ可能な解決策を示すように求めてきた。日本政府は「現金化となれば深刻な状況を招く」(茂木敏充外相)と繰り返す。安易に韓国側の提案を受け入れれば、前例となって同様の訴訟を次々に起こされかねないとの懸念もある。
菅義偉首相は官房長官時代の8月、現金化が現実となった際の対抗措置について、「ありとあらゆる対応策を検討し、方向性は出ている」と語った。政府内では既に、公務員への査証(ビザ)発給停止、冨田浩司駐韓大使の一時帰国など約40案が集約されている。対韓直接投資の規制、韓国企業の資産差し押さえなど、自民党保守派の主張を踏まえた「過激な案」(政府関係者)も含まれている。
(朝日新聞の記事から引用)


日本政府の対応としては記事に書かれているとおりで、韓国側提案の姑息な裏取引にやすやすと応じるわけにはいきません
韓国は、「日本企業が賠償に応じた」という形がほしいのでしょう
ところがこの裏取引が日本の拒絶に遭い、なおかつメディアにもバレてしまったのでは次の提案も迂闊にできなくなったのでは?
韓国メディアの記事を眺めていると、民主党のバイデン候補が勝利したらこじれた日韓の仲介を依頼できると期待を寄せる内容がありました
しかし、オバマ大統領の仲介で合意した慰安婦解決策を一方的に反故にしたのは文在寅政権であり、バイデンが日韓の仲介に乗り出す可能性は限りなく低いと考えます。約束を守らない文在寅を当事者として仲介しても、無駄骨に終わるのは明らかでしょう
いま韓国メディアは、「バイデンが大統領になったら、韓国はどの国よりも先に(当然、日本よりも先に)首脳会談を実現させなければならない」との記事を書いています。首脳会談を実現させるなら、当然、韓国側からあれこれ提言・提案しなければならないわけですし、韓国内米軍基地の分担金をどうするのか、韓米自由貿易協定の見直しなど懸念事項があるのに、それには触れず首脳会談実現を急げ、という内容です
トランプが大統領に当選した時、安倍首相が世界で最も早く首脳会談を実現させたことが韓国にはトラウマになっているのでしょう
焦ったところで、単なる挨拶程度の首脳会談など何の意味もありません

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徴用工問題 韓国の資産差し押さえに対抗する策は?
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日韓徴用工問題 対抗措置を求める自民党
韓国徴用工訴訟 「和解せよ」と主張する東京新聞
「日韓請求権協定」裁判(1) 韓国は憲法違反の請求を却下
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「風立ちぬ」とジェンダー 恋愛観

渡辺真由子は2019年3月、「博士論文に先行研究の成果に関する適切な表示を欠く流用が含まれていた」との理由で慶応大学が博士号の取り消し処分を行っています。不服申立てをしたものの、却下されました
博士号論文を元に出版された「『創作子どもポルノ』と子どもの人権: マンガ・アニメ・ゲームの性表現規制を考える」(勁草書房)は全7章のうち1つの章が他人の著作からの丸写しだと指摘を受け、絶版になっています
そんな渡辺真由子が2013年、宮崎駿の「風立ちぬ」の批評を書いていますので、取り上げます(論文の盗用で博士号を取り消された渡辺真由子を晒す意図はありません)
先日、取り上げた宇野常寛のような強烈さはないものの、女性の視点から観た「風立ちぬ」評として受け止めるべきものがあると考えます


「風立ちぬ」の恋愛描写とジェンダー
https://japan-indepth.jp/?p=391
「風立ちぬ」鑑賞。何じゃこりゃ、という終わり方。病身の妻を手元に置きたい、という自らのエゴに対する主人公の苦悩は描き切れず。妻が「夢を追う夫」の ために自己を犠牲にする姿は「美徳」として描かれている。宮崎アニメの少女作品はジェンダーに偏りがあるが、男性を主人公に据えてもこうなるのか
私が違和感を覚えたのは、二郎と菜穂子の恋愛の描かれ方に見るジェンダーである。
まずは、菜穂子という女性像への違和感。
少女時代は知的で活発で、これまでの宮崎アニメに頻出したようなイキイキした女の子が、大人の女性に成長すると突然弱々しく夫に依存する性格に変わっていることも気になる(病気であることを考慮しても)が、それより注目すべきは、やはりあの場面だろう。
そう、菜穂子が結核による死期を予感して、二郎の元を去る場面である。
「ネコかよ!」と突っ込みたくなる行動である。自分の衰える姿を夫には見せたくない、という思いがあったのだろう。
なぜ、本来最も心の支えであるべき夫に、その姿を見せられないのか。
おそらく菜穂子は、「美しいもの」を偏愛する二郎には自分を受け止められないと「見限った」のではないだろうか。
だが、その心情に二郎への恨みは表現されず、夫に迷惑をかけまいとする慈愛の精神だけが伝わってくる。
そんな菜穂子を、二郎は追いかけもしない。
そしてラストシーン。
ゼロ戦の設計に成功した二郎に、菜穂子が空から「あなた、生きて」と呼びかける。どこまでも甲斐甲斐しい「聖母像」である。
これに対して二郎が答えたのは「ありがとう」。
妻の余命を短くした可能性への謝罪じゃないんですねえ。
どこまでもエゴイスティックな「夢追う男像」である。
もっとも、宮崎駿監督が企画書で述べているように 、この映画はそもそもが「夢追う男の狂気」を描こうとしたもの。
よって、上記のような指摘は織り込み済みかもしれない。
二郎役の声優による超絶な棒読みっぷりも、彼の「非人間性」を浮き立たせる狙いがあったのであれば成功だ。
さすが宮崎監督、客観的に問題提起しているんですね!
……と納得しかけた私の思いを覆したのが結末の一言。
前述のラストシーンで、二郎が菜穂子に「ありがとう」と答えた直後、画面に大きくテロップが入る。
「堀越二郎と堀辰雄に敬意を込めて。」
ええっ!?
そこで敬意を表すべき相手は、命を削って夫の夢に尽くした菜穂子ではないのか?
結局、監督にとっても菜穂子の献身など大したことではなかったのね……。
つまりこの映画は、宮崎監督が「男のロマン」に自己陶酔した作品と受け止めざるを得ないのであった。
そういえば、ご自分の作品を見て初めて泣かれたんでしたっけ。


端的に男のエゴを指摘しています。弁解の余地もありません
ただ、二郎にとって菜穂子は恋愛の対象だったわけであり、恋愛の形は映画に描かれたとおり、と言うほかないわけです
現代を生きる女性からすれば、何とも奇妙でいびつな恋愛に映るのでしょう。しかし、あの二郎と菜穂子の恋愛の形が、宮崎駿の中にある恋愛観の反映であり、ああした関係しかないと思い定めて描いたと想像します
もし、ジブリの関係者が「あんな恋愛関係はありえない。おかしい」と苦言を呈したなら、即刻左遷されたに違いありません。「おまえに何がわかるんだ?」と宮崎駿に怒鳴られて
妻である菜穂子の献身は「当たり前」であって、特段声に出して礼を述べるまでもないと宮崎駿は考えていたはずです。あの時代の夫婦ならそうであるはず、と
それをわざわざラストシーンで二郎に「ありがとう」と言わせてるのですから、宮崎駿にすれば大サービスでしょう
昨日取り上げた宇野常寛言うところの「近代日本のロマン主義の中核を成しているある種の歪んだマッチョイズム」がこれでもか、と描かれているのであり、渡辺真由子のようにジェンダー論の上に立つ女性からすれば、ドン引きするしかないと思います

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松本潤「K-POPはルーツはジャニーズ」発言で物議

活動休止を前に国立競技場で無観客ライブを行った「嵐」ですが、メンバーである松本潤の発言がK-POPをバカにしていると顰蹙を買っていると報じられています
元記事は東スポです。ほぼ同じ内容を韓国大手紙、中央日報も記事にしています。が、日本の報道と韓国の報道ではニュアンスが違っている部分があるようです。互いの報道を引用し合ううち、そこにいくつもの臆見が加わり、事実関係が歪んでしまうとも考えられます
以下、東スポの記事と韓国中央日報の記事を貼りますので、読み比べてください


メンバーの松本潤(37)が米バラエティー番組のインタビューで語った内容をめぐり、韓国のK-POPファンが激怒しているというのだ。
松本は今月上旬に放送されたインタビューの中で、昨年7月に他界したジャニー喜多川さん(享年87)の功績を力説。「ジャニーは過去60年間、数多くのボーイズグループを作り、日本の芸能産業だけでなく、アジアのポップカルチャー全般で偉大な業績を残した。現在ある日本人以外のグループも、ジャニーが1960年代に作った基礎をルーツを置いている」と述べたとされる。
さらに松本はK-POPに敬意を示しながら「ジャニーが数十年前に作ったモノが国境を越え始めた」「他の文化や国に根を下ろしている花を見ることができるだろう」などと話したという。
これに噛みついたのが、K-POPファンだ。内容だけ見れば、ジャニーズが生み出した音楽を韓国が踏襲したと受け取られてもおかしくない。
しかも松本はインタビューの中で、韓国の大人気グループ「BTS」の代表曲「Dynamite」にも言及していた。
大荒れのK-POPファンからは「嵐の新曲こそBTSのパクり」「K-POPこそ世界のトレンド」「嵐は解散しろ」などブーイングが殺到。他方で冷静なファンからは「マツジュンは韓国をディスろうとしているわけではない」「誤訳されている部分もある」という指摘も上がっている。事実、松本はジャニーズがBTSに影響を及ぼしたとは言っていない。
嵐は3日に無観客ライブ「アラフェス 2020 at 国立競技場」の配信を終えたばかり。ひと息つく間もなく、厄介な問題に巻き込まれてしまった。
(東スポWebの記事から引用)


日本アイドルグループ嵐の松本潤が最近ある米国メディアとのインタビューでアジアの大衆文化のルーツが1960年代ジャニーズにあるといった発言が韓国のネットユーザーの間で公憤を買っている。
松本潤は2日(現地時間)公開された米バラエティー番組とのインタビューで「K-POPがうらやましくないか」という質問に「私は人々が考える嫉妬や警戒を全く感じない」として「むしろジャニー喜多川さんが数十年前に作ったモノが国境を越え始めたことに自負心を感じる」とした。
また「ジャニーさんは過去60年間、数多くのボーイズグループを作り、日本の芸能産業だけでなく、アジアのポップカルチャー全般で偉大な業績を残した。現在ある日本人以外のグループも、ジャニーさんが1960年代に作った基礎をルーツを置いている」と主張した。
韓国日刊紙「国民日報」はこのようなインタビュー内容を伝えて「K-POPブームのルーツが日本文化だと主張する日本アイドルグループメンバーの発言が伝えられて韓国インターネットユーザーから怒りを買っている」として「一部のインターネットユーザーは米バラエティー番組のホームページに直接反論のコメントを書き込んだ」と報じた。
韓国日刊紙「韓国経済新聞」は関連報道で「日本アイドル歌手が韓国アイドルグループと歌手に言及してK-POPのルーツがJ-POPというニュアンスの発言をすることに対して公憤を覚える人も少なくない」として「日本アイドルグループの動画の『Hidden Tag』に韓国歌手を書いて入れたことが分かり、K-POPファンたちの反感をさらに買っている」と報じた。
(中央日報日本語版から引用)


松本潤の発言はジャニー喜多川の功績、先進性を言いたかったのであり、K-POPとの比較はインタビューした米TV局が仕向けたものです
特にK-POPファンが怒りをおぼえるような発言ではないと思うのですが、どうなのでしょうか?
あくまでK-POP自体が韓国発祥の独自なカルチャーであり、日本の影響など関係ないと言わないと気が済まない人たちがいる、と受け止めるしかなさそうです。冷静に話し合えば誤解が解ける、などというレベルではないわけで
何かにつけて「起源」を主張するお国柄ですから、K-POPがアメリカのヒッポホップのスタイルを真似ていると指摘されても激怒するのかもしれません
韓国ではすでに防弾少年団がアメリカのミュージックシーンを完全制覇した、とまで持ち上げているのですから、「称賛」以外には耳を貸さない雰囲気です
さて、もう随分と前ですが韓国メディアが「嵐」のコンサートを取材し、そのエンターティメントとしての質の高さに驚いた、と記事を書いていたのを思い出します
ステージの構成や、観客を熱狂させる仕掛けなどなど、見るべきもの、学ぶべきものがあると述べていたように記憶しています
別段、K-POPファンの頭に手を突っ込んで、その考えを無理やり矯正しようなどとは思いませんし、彼ら彼女らが「K-POPはウリジナル」であると言い張るなら構わないのですが

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「風立ちぬ」を批判する評論家宇野常寛

宇野常寛は過去に深夜放送「オールナイトニッポン0(ZERO)」のパーソナリティを務めたり、朝の情報番組「スッキリ!! 」でコメンテーターを務めていた気鋭の評論家です
宮崎駿の「風立ちぬ」公開にあたっては雑誌「ダビンチ」に批評を寄せ、手厳しくこき下ろしたので有名です。生憎、「ダビンチ」の記事を自分は読んでいません。ほぼ同じ内容と思われる批評が有料メールマガジン等で配信されているようですが、そちらも入手していないので、取り上げようのないまま放置してきました
今回は上記の「オールナイトニッポン0」で宇野常寛が語った内容を入手できましたので、取り上げます
評論家として大ブレしない限り、基本的な主張は[ダビンチ」の記事でも、ラジオ放送の発言でも変わらないと考えます


前略。聴取者メールから。
ヒロインを病弱にして主人公から遠くに逃げないようにするあたり、宇野さんがかつて批判していたセカイ系やエロゲーに近いと思いましたがいかがでしょうか?
「風立ちぬ」公開しました。宇野さんが以前語っていた、ANN0での宮崎駿論が頭の片隅にありストーリーはどうか?泣けるか?泣けないか?宮崎駿が戦争をどう描くのか云々よりも、飛ぶか飛ばないか、飛ぶとしたら何によってかに注目せざるを得ませんでした。結果は宇野さんの批評通り一笑にする内容だったと思います。女に調教されないと飛ばせられない飛ばない主人公。主人公の妹がモロ男社会である医者を目指す=女性社会?今回の公開を踏まえ、宇野さんの中で宮崎駿論は更新されましたか?
うん、そうですねぇ。まぁあの、更新されたか更新されなかった結論から言うと、多少は更新されましたかねぁ。でもね、この「風立ちぬ」ってね。非常に扱い方が難しいですよね。
(中略)
これはですね。まぁなんと言ったらいいんでしょうかね。観ると、一言でいうと宮崎駿はこれまで描いて来たね、結構エコ的な要素だったりあるいは「千と千尋」とかね、あのへんで描いてきた「トトロ」とかで描いてきた結構、民俗学的なね、興味だったりとか、まああるいは結構「紅の豚」とか「ハウルの動く城」とかでね全面化さえれている反戦的左翼的なものは全部彼にとっては、本質的なものでもなんでもなくてタダのネタに過ぎないと言う事がよくわかると思うんです。
あの人の本質にあるのは一言で言うと「メカと美少女に対する萌え」だけと言う事がよくわかりますね。で、しかもね、メカと美少女というのも結果的にね選ばれたネタに過ぎないですね、素材に過ぎなくて、もっとその本質にあるのは、ぶっちゃけて言ってしまうと近代日本のロマン主義の中核を成しているある種の結構歪んだマッチョイムズの様なものだと思いますね。

宇野常寛は「風立ちぬ」を1ミリも感動できないと言ってるわけですが、感動するしないは個人の勝手なので、それ自体は批判でも何でもありません。上記の引用部の末文で言うところの、「近代日本のロマン主義の中核を成しているある種の歪んだマッチョイズム」というのが批判の核心のようです
しかし、日本では実写映画も含め、宇野の言う「ある種の歪んだマッチョイズム」を骨格として映画が作られてきたのであり(「鞍馬天狗」とか「網走番外地」、「忠臣蔵」など)、それで宮崎駿を批判しても仕方がないという気がします。宮崎駿も「歪んだマッチョイズム」以外の語法で物語を語れないのですから
なので、宇野の批判は日本映画全体への批判とも受け取れます

で。これね。観た人の殆どがね「飛行機作りと恋愛が噛みあってない」と言うんですよ。まぁ堀越二郎と言うゼロ戦の設計者をモデルにした主人公がひたすらこうなんかこう飛行機への憧れを実現していってまぁあのぉ奇しくも本位じゃないんだけどゼロ戦と言う戦争の道具を開発してしまうと。そしてその一方で、なんか、この運命的な出会いをした菜穂子と言うヒロインがねいて大恋愛をして結婚するんだけど結核で早死にしちゃうと言うそういうストーリーなんですけど、このね、飛行機作りパートと二郎が一生懸命ね空への憧れ飛行機への憧れをものにしていって戦闘機をつくっていくという表のストーリーと、まぁその伏線、第二のストーリーというところの菜穂子、奥さんとのストーリーが噛みあっていないと言う批評が凄く多いんです。でもね、僕ねこれ間違ってると思いますね。いや、この二つと言うのはねむしろ結託していますよ。深く結びついていると思います。
これね。言ってしまうと、まぁこの堀越二郎=宮崎駿ですよね。ぶっちゃけ戦闘機ってアニメの事ですよ。あぁ自分の好きなものをどう追及して生きる事はどういうことなのかがこの映画のテーマだので、でね、このね堀越二郎ね、堀越二郎は戦争について無力じゃないですか。すっごく昔から飛行機が好きで、美しい飛行機を作りたいと思っているんだけど、あのぉ、彼は戦争にどうしても加担してしまうんですよね。で、戦争に対して、反戦的な気持ちをちょこっと持ってるのがほんの少し描かるんですよ「特高警察怖いな」とかね。最後にちょっと夢の中で憧れていたカプローニというね、なにかイタリアの飛行機技術者にあってね後悔していることを軽く言ってみたりね。ほんと無力ですよね。これね、実はね宮崎駿の事なんですよね。

恋愛映画という批評もあれば、恋愛は二の次でつまりは菜穂子を出汁に使って男の生き様を描くため利用しているとジェンダー主義者からの批判もある「風立ちぬ」です
ただ、恋愛をどう描くか、つまり二郎と菜穂子の関係をどう規定し、描写するかは監督が決めることであり、それが「近代日本のロマン主義の中核を成しているある種の歪んだマッチョイズム」に毒された、ありきたりの恋愛描写であったとしても槍玉に挙げるほどのことではないと考えます
ハリウッド映画をモデルにすれば、主人公はマッチョな男らしい男であり、ヒロインはかよわい女として主人公に助けられ恋の落ちる、というテンプレが成立しているのと同じです
宮崎駿に、テンプレにない恋愛を描け、と要求するのは無茶でしょう

宮崎駿がいくら震災とかねあの今の自民党政権に対して批判的な事を言ったとしてもね、あの基本的に宮崎さんの言ってる事って安倍さんや新政権対して無力だと思う。なんでかというと現実主義に根差してないからですね。さっき僕が言ったように何かこう、絵空事を言う事がむしろ左翼にとって大事なんだみたいな、そういった物語の中に彼は生きているので現実的な提案なんて殆どないじゃないですか。実行不可能な事ばかり言って、左翼のテンプレしかあの人言わないですよね。まぁ僕、クリエーターだからいくら間違った事言ってもいいと思うんですけど、基本、宮崎駿の社会的な発言はもう問題外ですよ。
結局、人間と言うのは自分の好きなものを追及するだけじゃ生きていけないんですよね。あの、どんなに自分の好きなものを追いかけて追及していってもその価値をね、やはり誰かに認めてもらわないと不安になるんですね、だから菜穂子がいるんですよ、奥さんがいる、女の子がいるんです。
心のきれいな女の子がその命まで捧げてくれているんだから価値がある。ね、このヒロインの菜穂子と言うのは自分が結核で死にそうなのに体力的に限界を迎えているのに次郎のところにやってきて体を差し出して結婚生活をおくって、病状が悪化して体力の限界が訪れるとサナトリウムに帰っていくんですね。で、若死にしちゃうんです。つまりこう、二郎に自分の人生を捧げているんですよね。あのね、で、そして、なんか、その菜穂子の存在に実は二郎の何か個人的な生きがいとか動機とかにね、なんら社会的な価値を帯びてない事を埋め合わせてくれていると思うんです。

無力で(病弱で)、それでも健気な女の子が男を支え、それによって偉業を成し遂げるという物語の骨格自体が、宇野の批判する「近代日本のロマン主義の中核を成しているある種の歪んだマッチョイズム」なのでしょう。セカイ系にありがちな設定、と言い換えてもよいわけです
そこでは戦争そのものが問われたりせず、当たり前の状況として受け流されます
もちろん、宮崎駿なりに「あの時代」を描こうとしており、軍人の言動に批判的なニュアンスは示しているのですが、左翼陣営からすればその程度の戦争批判は「ぬるい」と感じるのでしょう。徹底的に戦争批判を繰り広げないと、左翼陣営は納得しませんから
でもそんな展開を盛り込んだら物語になりません
以前、取り上げた韓国メディアや韓国の論文などは、二郎が戦争の道具である戦闘機を開発したのだから悪い、という評価でした。戦争に協力したから悪いし、それを美談であるかのように描くから悪い、と
宇野の批判はこれとは別で、「宮崎駿は戦後日本どころか、下手したら近代日本の日本人の男性のナルシシズムの表現の仕方の本質的なところまで切り込んでいっている。半世紀以上培ってきた日本人男性の自分語りの作法の結晶」であると結論付けています
つまり、明治以降の日本の近代的男性の自我をまるごと否定しようという意識に立って、「風立ちぬ」を批判しているわけです
実に壮大な構想ですが、それでは文学も映画もほとんど否定され、何も残らない焼け野原になってしまいます
「明治の父」を描いた司馬遼太郎の小説はすべて否定されるでしょうし、「エヴァンゲリオン」も「ガンダム」も否定されるわけです。「フーテンの寅さん」も
加えて指摘すると、宇野の唱える理念に沿ったアニメーションを作成したとしても、視聴者はついてこないでしょうから興行としては大失敗に終わると予想されるのであり、いかに頭でっかちな理論を振りかざしたところでビジネスにはなりません

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中学体罰教師 上野宝博を傷害で起訴

先月取り上げた兵庫県宝塚市の中学校教師による体罰事件の続報です
体罰と記述していますが中身は明らかに傷害事件であり、警察が逮捕後送検し、神戸地検伊丹支部が起訴したのですから単なる罰金で済ませる事案ではないとの判斷でしょう
怪我の程度からして、一歩誤れば半身不随の重傷を負わせていた可能性もあり、教育という範疇を超えた犯罪であると検察はとらえていると推測します


兵庫県宝塚市立長尾中で1年生の男子生徒2人が柔道部顧問から体罰を受け重軽傷を負った事件で、神戸地検伊丹支部は2日、傷害罪で教諭の上野宝博(たかひろ)容疑者(50)を起訴した。認否を明らかにしていない。
起訴状によると、9月25日午後4時半~5時ごろ校内武道場で、柔道の技で体を床に打ち付けるなどの暴行を繰り返した。1人には意識を失った後も顔を平手打ちして起こして暴行を続け、約3カ月の胸椎圧迫骨折を負わせ、もう1人にも左足に約7日の挫傷などを負わせたとしている。
宝塚市教育委員会によると、被告は柔道の有段者。生徒2人が差し入れのアイスキャンディーを無断で食べたことに激高した。市教委の聞き取りに「いつもよりきつめの指導をした」などと説明したという。
被告は平成23~25年に前任校でも体罰を理由に計3度の懲戒、訓告処分を受けていた。
(産経新聞の記事から引用)


さて、他方で長尾中学など上野被告が勤務した中学の卒業生らが、「上野先生は熱心な教師であり、生徒のためにした行為。厳しい処罰は止めてほしい」との声を挙げています
そうした声の1つを紹介します

私は宝塚市長尾中学の卒業生ですが、中学の時は3年間、上野先生の授業を受けていました。これだけは言わせてください。上野先生はすごく良い人です。とても優しい人です。
確かに暴力を起こす教師は最低です。教師として、人として。
でもすごくすごく良い人なんです。分からないところを質問したら、納得いくまで教えてくれて、凄い優しい笑顔で応えてくれました。やっぱりこういう優しいところを知っているから、大好きだから、ネットで叩かれるのを見てすごくつらいです。
もちろん、暴力を受けた子は体だけでなく、心も傷ついて、もしかしたらこれから学校へ行くのが怖くなるかもしれない。社会的に生活していくのが難しくなるかもしれない。そういうことを思って、上野先生を批判する気持ちも分かります。でも、何も知らない人がそうやって軽い気持ちで思ったことを言ったり、書き込まないでください。

知らない人間が口出しするな、との考えです
ですが、その程度の理由で言論の自由を封じるなど大間違いであり、言わせてもらいます
上野被告が暴力によって他人の人生を捻じ曲げたり、回復し得ない障害を負わせたとして、それを「愛情表現だった」とか「教育熱心だったから」と誤魔化せたりはしません
すでに体罰で3度も処分を受けていることを考慮すれば、体罰によって生徒に「分からせる」という方法は間違っているのであり、不適切です
が、上野被告自身がその間違った行動を繰り返す以上、教師失格です。指導熱心であろうが、優しい人物であろうが関係ありません
むしろ、「普段は優しい先生だから」との理由で体罰を大目に見る風潮こそが問題だと言えます
最終的に刑事罰がどうなるのかは分かりませんが、教員には不適格な人物なので辞めさせるべき、というのが自分の考えです

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教師によるいじめ 懲戒処分とその後

神戸市立東須磨小学校における教員間のいじめ事件は、刑事手続きとしては加害者側教員の不起訴という結果で終わりました。ただし、加害者である教員2人は懲戒免職という行政処分を受け、他の教員も停職や減給の処分を受け、教育現場から外されています
こうした「事件後」について現代ビジネスが報道していますので、取り上げます


「神戸教員いじめ事件」大バッシングを受けた加害者たちの「その後」
昨年、2019年秋に発覚した神戸市教員間いじめ問題で、今年2月、いじめ行為を行っていた加害4教諭のうち、蔀俊、柴田祐介ら両教諭に懲戒免職処分、“女帝”とよばれ、いじめの黒幕とされた40代女性教諭と、その使い走りといわれる30代男性教諭に、それぞれ停職3ヵ月、減給3ヵ月の処分が下された(拙稿『神戸「教員いじめ・暴行事件」、加害者たちは今何をしているのか』)。
いじめ被害にあった教諭も、関係者によると、すでに復職、現在は、事件の舞台となった神戸市立東須磨小学校とは「別の小学校で心機一転、元気に勤務している」ことから、事件そのものは、コロナ禍での喧噪もあってか、日を追うごとに風化の一途へと向かいつつある。
だが、事件の舞台となった神戸市民はもちろん、小学生の子を持つ親にとって、やはりこの事件は、未だ忘れられるものではない。
教育現場復帰は現実的ではないが…
「もしかしたら、また復職して、うちの子の担任になるのではないかと思うと不安でたまりません」
こう語るのは、神戸市内に住む小学校4年生の子を持つ母親だ。神戸市民のみならず、全国にいる小学生の子を持つ親の不安は、まさに、「やがて、いじめ加害教諭が復職、自分の子の担任になるのではないか」という一点に尽きよう。
もっとも、懲戒免職となった蔀、柴田の2元教諭は、すでに教員免許状が失効、神戸市以外の自治体や私立学校での教育現場復帰は、もはや現実的ではない。
制度上、失効した教員免許状の再申請も可能ではあるものの、これだけ世間を騒がせた事件の当事者であることから、他自治体や私立学校が「教諭職」として、あらたに採用する可能性は、ほぼゼロだからだ。
「わざわざ、世間を騒がせて、いじめ事件の当事者として名が知られている“元教諭”を採用する自治体はない。私立学校でも、二の足を踏むだろう。そんなリスクを取らなくても、もっと教員として相応しい人格の、若い優秀な人は、募れば大勢いるのだから」
このように、神戸市の小学校で校長を最後に退職した校長経験者は、懲戒免職となった2教諭をはじめ、事件に関わり、その後、神戸市教育委員会へと異動となった加害2教諭と、事件の大きな遠因を作ったとされる前々校長(元校長)らの教育現場復帰は、「まず、あり得ない」と断言する。これは概ね教育関係者たちの間では衆目の一致した見方だ。
仁王前校長は何をしているのか
さて、前出の校長経験者が言う、「事件に関わった者たち」のうち、事件発覚時の校長、仁王美貴前校長だけが抜けていた。これは、その受けた処分が「監督責任のみを問われたもの」だからだそうだ。
そうすると事件で処分された者のうち、唯一、仁王前校長のみが、教育現場復帰の含みが残されているといったところか。神戸市教育委員会(以下、市教委と略)に問うてみた。
「まず、ありません。すくなくとも、今年度、来年度といった期間では、ありえません」
市教委によると、仁王前校長は、事件後、市教委の上席にある者から、「厳しい内容を持つ研修の意味合いを含めた説諭」(市教委)を受け、校長職を外された。そして市教委へと異動。現在は、ここで事務の仕事に就いている。特に研修を受けることを求められておらず、ごく一般の勤務を行っているという。
(以下、略)

仁王校長の前任者である芝本校長も職を解かれ、研修中という身分であり、二度と教育現場への復帰はないと省略部分で説明されています
被害に遭った教員は別の学校で勤務しているとも書かれており、一件落着という雰囲気です
肝心の東須磨小学校の運営が正常化したのかどうか、取材はしなかったようで記事には何ら言及されていません
4人の加害教師の横暴を傍観していた他の教師たちの責任はどうなのか、と思うのですが
あまりに異常な事態を招き、2人も懲戒免職となる教員を出すほどの横暴を許した責任の一端は、当然ながら他の教師たちにもあるはずです
加害者と管理職である校長を処分したので終わり、というのは安直すぎるのではないか、と感じます

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広開土王碑文で嘘の解釈 韓国メディア

たびたび、韓国の歴史研究家(実際は素人研究者)が高句麗の広開土王碑文のとんでもない解釈を唱え、従来の解釈は間違っていると主張するケースがあります
碑文は高句麗の好太王の功績を称える内容が記されたもので、当時の朝鮮半島の情勢を知る上での貴重な資料とされます
読解の問題とされているのは、「倭以辛卯年来渡海破百残○○○羅以為臣民」と刻まれた箇所で、○は欠損して判読不可能な文字です。現在ではこの箇所を「倭、辛卯の年よりこのかた、海を渡り百残を破り、新羅を○○し、以て臣民と成す」との解釈が一般的とされます
しかし、これでは倭が朝鮮半島に進出し、百済や新羅を破って臣下に加えたとの意味になるため、韓国や北朝鮮ではこの解釈を拒絶し、別の解釈をしきりに模索しているわけです
文化的にも優位であるはずの百済や新羅が日本に破れ、臣下になったという歴史を、韓国や北朝鮮は絶対に受け入れたくないのです
元記事が韓国語なので、いつものようにインターネットの掲示板「5ちゃんねる」に貼られた蚯蚓記者の翻訳を引用させてもらいます


414年に建てられた広開土大王碑の一部分に対する日本の解釈はこうだ。「百済と新羅は古くから高句麗の属民だった。そのためずっと朝貢してきた。しかし、日本が辛卯年に海を渡ってきて百済と○○(不明)と新羅を破って日本の臣民とした。」
日帝は広開土大王碑を利用して任那日本府の証拠に使った。
中国の詩学、書道の学者である著者キム・ビョンギ全北(チョンブク)大学中語中文学科教授はこの部分の最後を次のように解釈する。「しかし、倭(日本)が辛卯年以来、百済と○○と新羅に対して朝貢を入れ始めたので、高句麗は倭も臣民とした。」
著者は「属民」と「臣民」の差が分かるとこのように解釈できると見る。
まず属民は血縁関係にある時、臣民は一方的服従関係に使う言葉であることを資料で明らかにした。したがって日本が高句麗に朝貢を捧げる関係だったと見るのが妥当ということだ。
これが2005年の本の要点だったが、15年ぶりに増補版が出た。既存の主張を強化し、初版に対する反論に再反論をする内容だ。その間、著者は2018年JTBC「違いができるクラス」に出演して「漢字が分かってこそ広開土大王碑を正しく解釈し、歴史を取り戻すことができる」と主張し、オンラインでリアルタイム検索語に上がった。
増補版で著者は日帝が碑文を変えたともう一度主張する。碑文内容のうち「海を渡ってきて破った」という部分に該当する三文字「渡海破」が糸口だ。著者はこの字が合計1775字の中で他の字と形が全く違う点で改ざんと見る。操作前は「入貢于」すなわち、倭が朝貢を捧げたという内容だったと推論する。こうすれば「属民」と「臣民」を区分して使った理由も説明できるという。
1972年、在日史学者イ・ジニが提唱した日帝碑文改ざん疑惑も根拠に上げている。増補版で著者は「渡」の前に「来」が使われたことを見て日帝が文法に合わないほど改ざんしたという論拠を追加した。「来て」「渡った」という順序がおかしいからだ。
また、初版本に対して出た「碑文の解釈は歴史的状況に基づかなければならない」という反論に対して「碑文自体を徹底的に研究することがより重要だ」と再反論を行った。
著者が広開土大王碑を一文字ずつ見ることができたのは彼が書道家だからだ。儒学者である亡父キム・ヒョンウン先生と幼いころから漢文を学んだ彼は小学校の時『四字小学』を覚え『明心宝鑑』を読んだ。1982年、台湾で詩と書道を勉強している時、書店で広開土大王碑の拓本集に会った。美しい字体に魅了されて一文字ずつ全部まねて書くことを二回繰り返した。彼は「そのたびに詰まる文字があった」と言い、それがまさに改ざんしたと見る「来渡海破」部分だった。
このように彼は他の史学者が関心を持たなかった方向から広開土大王碑を調べることに20年を使った。書道学者が広開土大王碑の改ざんを主張することになった背景だ。
著者は既存の歴史書物から出発して広開土大王碑を解釈することは順序が間違った組み合わせ式研究と見る。代わりに広開土大王碑自体を徹底的に研究し、それに基づいて後代の記録が誤っているならば校正しなければならない、という主張だ。字を知り、字を通じて文章を眺めてきた研究は「我々自らの歴史観から私たちの歴史を眺めなければならない」という主張に向かっている。
(中央日報の記事から引用)


記事の末文で「我々自らの歴史観から私たちの歴史を眺めなければならない」などと書いていますが、歴史を韓国のいうところの歪んだ歴史観からだけ眺めて語ろうとするのは大間違いです。中国や日本の記録にもあたって裏付けを得る必要があるわけで、それをしないからこそ偏狭な歴史観に陥ってしまうのでしょう
碑文の古い拓本が中国に残されており、それによって旧日本軍が碑文を改変したという説は否定されています
碑文の解釈はほぼ定まったといえるのであり、日本が朝鮮半島の一角を支配した事実を受け入れたくないからと、意地になって別の読み方を探すなど愚の骨頂です
韓国では新羅も百済も高句麗もすべて朝鮮人による国家であると考えていますが、当時、朝鮮半島に住み暮らしていた民族と現在住んでいる民族が同一であるとは限りません。高句麗は満州族あるいは女真族の国だと考えられており、朝鮮族の国であった可能性は低いというのが中国や日本の歴史学者の解釈です

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宮崎駿「風立ちぬ」批判を振り返る3

宮崎駿の「風立ちぬ」に対する批判はさまざまですが、中にはとんでもない誤解、理解不足による批判にもなっていない批判という類のものがあります
今回取り上げるのは「アンナの韓国生活」と題するブログで、ブログ主は韓国に留学中の女性のようです
彼女が韓国の研究として、「『永遠の0』と『風立ちぬ』を通じた日本の戦争記憶」という論文を紹介してくれています。残念ながら論文のタイトル、著者名はハングル文字で表記されていますので、読めません
せめてどのような背景に立った研究であるのか、説明があればよいのですが、以下のよな要旨のみブログにあるだけなので、何とも扱いようがなく、もったいない気がします
アンナさんにはせひとも論文全体を日本語に翻訳して紹介していただきたいところです
以下、ブログに貼られた論文のタイトルと要旨を引用します


『永遠の0』と『風立ちぬ』を通じた日本の戦争記憶
『永遠の0』
原作では、特攻とは、民間人ではなく殺戮兵器である空母を目標としたものだと描かれています。
作品の(朝日新聞社を連想させる)新聞社の記者に対する批判と、それと対立的な構図を通じて、戦後日本社会で支持されてきた「特攻隊はテロであった」意識、ひいては「戦犯国家」意識というものが捏造されてきたと原作者が示していると指摘します。
心あたたまる「個人史」として神風特攻隊を描くことによって、原作の偏向した視角と一般人の距離が縮まりました。また、特攻隊をイデオロギーではなく「人情」で見ることによって大衆性と普遍性を生み出したと同時に、戦争を忘却させていると評価しています。
『風立ちぬ』
零戦という戦闘機は、真珠湾空襲当時、自殺特攻隊が使用した飛行機で、つまりは、戦争という神話を完成させるために、自分の命を投げ打って多くの被害を出した狂気の象徴なわけです。
ところが、アニメーション映画では戦争の象徴である零戦は新しい技術に対する美しい努力として置き換えられ、戦争に対する記憶を忘却させようとしていると指摘しています。
日本の文化コンテンツ国家ブランド=「クール・ジャパン」戦略への指摘
これら作品は、自身の痛みと苦しみを曖昧にすることによって、戦後日本社会の矛盾を大きくし、思想の出発点が異なるにも関わらず共通集合を作っていると指摘しています。
「クール・ジャパン」とはクリエイティブなイノベーション国家を目指す戦略であるわけですが、この根底には愛国心が存在し、ひいては加害者意識を薄めることにつながっていると評価しています。


どこから突っ込めばようのか、という内容です
論文全体を読めないので言及するのは躊躇う部分もあるのですが、それではブログになりませんので書きます
そもそもクール・ジャパン戦略と宮崎駿の作品「風立ちぬ」の間にどのような関係があるのか、不明です。スタジオジブリが日本政府の「クール・ジャパン」事業から補助金を受け取って「風立ちぬ」を制作したというのなら関係があるのでしょうが、そのような事実があるのでしょうか?
日本のアニメが政府の戦略に基づいて作られているなどというのは、中国や韓国だけに見られる誤解です(日本政府にそのような高度な戦略的発想はありません)
日本の漫画やアニメは政府の戦略とは関係なしに、出版社や映画会社の営業努力によって海外に進出したのであり、その当時は韓国のように政府の補助金が支出されたりはしていません。日本政府が「クール・ジャパン」などと言い出したのはつい最近にすぎません
加えて、「クール・ジャパン」は海外に日本のサブカルチャーを売り込む狙いであって、ほぼ日本国内向けコンテンツである「永遠の0」や「風立ちぬ」に補助金を出す意味はありません。まあ、宮崎駿作品だから海外にも少しは売れるだろう、と目論む人はいるにしても
なので、「クール・ジャパン」の根底には愛国心があるとか、加害者意識を薄めるための策略などという論文の指摘は陰謀論と同じです
さらに「風立ちぬ」において論文が述べている「(零戦は)戦争という神話を完成させるために、自分の命を投げ打って多くの被害を出した狂気の象徴」との指摘も、根本的な間違いです
単に論文を書いた韓国の研究者がそう思い込んでいる、というだけの話にすぎません。個人的な思い込みを、確立された定義であるかのように振りかざすのは研究ではなく、ただのプロパガンダでしょう
総じて「風立ちぬ」についての韓国メディアの記事、韓国研究者の主張はこの「個人的な思い込み」を確立された歴史観や価値観であるかのように持ち出し、批判しているだけのつまらない内容ばかりでした
加えて指摘すれば、真珠湾攻撃当時は零戦による特攻は行われていません。韓国人がいかに歴史を知らないか、分かります
もう一つ言わせてもらえば、特攻は敵国の戦闘艦を攻撃する手段であって、非戦闘員をも無差別に殺害するテロではありません。特攻を自爆テロであるかのように決めつけるのは大間違いです
このようにテロの定義すら履き違えているのですから、論文の著者がどれだけ頭の悪い人物であるか、呆れて物が言えません
「風立ちぬ」を戦争の記憶を薄めるために作った、などという見解は言いがかり以下であり、論評する気にもなれないと書いておきます
繰り返しになりますが、アンナさんには是非ともこの論文「『永遠の0』と『風立ちぬ』を通じた日本の戦争記憶」の全文を翻訳し、紹介していただけるようお願いします

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小学4年女児を強姦した小竹孝次 「仕事のストレスで」

今年7月、神奈川県藤沢市で帰宅途中の小学4年生の女児に刃物を突きつけたように装って脅し、車に監禁した上で強姦した小竹孝次被告の裁判が始まっています
とんでもない事件なのですが、小竹被告は「仕事のストレスがあってやった」と述べているのだとか
逮捕時は無職と報道されていますので、逮捕される前の任意で警察の事情調書を受けている間に解雇されたのでしょう。小竹被告が会社の軽ワゴン車で、餌食にする女の子を物色して走り回っていたとあっては、会社も即解雇したくなったはずです
逮捕時今年7月の記事と、初公判の模様を伝える記事を貼っておきます


女子小学生を連れ去り、性的暴行を加えたとして、神奈川県警捜査1課は17日、わいせつ略取と監禁、強制性交の疑いで、横浜市港北区高田西の無職、小竹孝次容疑者(46)を逮捕した。「全く身に覚えがない」と容疑を否認している。
逮捕容疑は6月29日午後3時20分ごろから約25分間にわたり、同県藤沢市の路上で、1人で帰宅途中だった市内に住む小学4年の女子児童(9)に刃物を示し、「逃げたら殺すぞ」などと脅して、当時勤務していた会社の軽ワゴン車に連れ込んで監禁したうえ、暴行したとしている。
同課によると、付近の防犯カメラには小竹容疑者の運転する車が女子児童の後を追うような様子が記録されていた。同市内では同月、小学生に対する声かけ事案が数件確認されており、同課が関連を調べている。
(産経新聞の記事から引用)


「仕事のストレスが大きくなっていた」─。道を歩いていた女児(9)を脅して車に監禁し、暴行したとしてわいせつ略取や監禁、強制性交などの罪に問われた男(47)の初公判が28日、横浜地裁(橋本健裁判長)で開かれ、執拗(しつよう)な犯行態様や身勝手な動機が明らかになった。
起訴状によると、被告は6月29日午後3時20分ごろ、神奈川県内の路上でわいせつ目的で小学4年の女児を脅迫し、車に監禁して性的暴行した、とされる。
検察側の冒頭陳述などによると、車を運転中に被害女児を見かけた被告は「性的興味を覚えた」ことから、車を止めて徒歩で女児を追跡。女児が騒がないか試すためわざと女児にぶつかるなどした上で、車の鍵を凶器に見せかけて脅し、車内に連れ込んだ。暴行後、女児を解放した被告は妻と合流して買い物などをしており、証言台に立った妻は「いつもと同じだった」と当時の被告を振り返った。
一方、女児は帰宅後しばらくは平静を装っていたが、突然泣きだして「『殺すぞ』と言われ、話していいか分からなかった」と被害を打ち明けた。学校に行けなくなり、両親は交互に仕事を休んで女児を一人にしないようにしたという。
(神奈川新聞の記事から引用)


それにしても仕事上のストレスを発散するために9歳の女の子を襲うなど、小竹被告がどんな業務をしていたのか、と思ってしまいます
「仕事のストレスで」というのはあくまで口実に過ぎないのでは?
こうした事件がある度に、「奥さんが旦那の性処理をしていないから悪い」との意見を吐く人がいます。しかし、妻といえども夫の性欲処理係ではありませんので、小竹被告自身の問題でしょう
さて、この事件で検察は小竹被告に対し、どれくらいの懲役刑を相当と考えるのでしょうか?
類似した事件は多くあるものの、どれも同じ罪状というわけにはいきません。監禁するだけでなく殴ったり、暴行の様子を撮影したりで罪はさらに上乗せされます
敢えて予想するなら、懲役10年の求刑ではないかと考えます。判決は懲役8年というところでしょう
もちろん、それで被害者とその家族が救われるはずもなく、小竹容疑者によって楽しいはずの少女時代が根こそぎ奪われ、汚されたのですから憤りは収まらないはずです

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「風の歌を聴け」 回想あるいは追憶、創作

小説家のデビュー作には、その作家の文学的資質が詰まっている、と評価する向きもあります。もちろん個人差は大きいのであり、すべての作家がデビュー作だけで評価できるとは限りません
村上春樹の場合、デビュー作「風の歌を聴け」でいわゆる村上春樹らしいスタイルが完成していると言えるのですが、これまでにも述べたように世の作家や批評家には極めて不評であり、拒絶反応を示す人もいたほどです
しかし、読者はこれを受け入れたのであり、ゆえに村上春樹も彼のスタイルのまま今日に至っていっます
つまり日本文学における小説のスタイルを、文体を根底から変えてしまったわけで、これは革命と呼べるくらい画期的な変化でしょう
さて、従来の日本の小説にはない斬新な作品「風の歌を聴け」ですが、その後に続く作品群とも過去の回想、あるいは過去の探求という内容になっています
なぜ、村上春樹は過去に執着し、回想し、語るのか、「風の歌を聴け」を題材に考えてみます
手掛かりとして九州大学の、当時は大学院生であったと思われる柿崎隆宏氏の論文を引用させてもらいます


村上春樹『風の歌を聴け』論 : 過去へと向かう語りをめぐって
https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/19424/4_kakizaki.pdf
(論文5ページ)
執拗に繰り返される回想は何を意味するのだろうか。作者村上春樹は川本三郎との対談で次のように述べている。
たしかに僕は十代の成長過程をすっぽり六〇年代で過ごした人間だし、七〇年代よりは六〇年代に対しての方に強い思い入れはあったんですが、小説を書くということになると何か七〇年代の方にずっとひかれたんです。つまり我々にとって七〇年代という十年間は六〇年代のいわば「残務整理」だったし、その「残務整理」について何かを書くということは、ダイレクトに六〇年代を描くよりは自分にとってより正確な意味を持ちうるんじゃないかという気がしたんですね。誰かが七〇年代という十年間について責任を持って何かを書くべきだという思いですね。(「特別インタビュー『物語』のための冒険」、「文學界」一九八五年八月号)
安直ではあるが作者の発言をそのまま受け取るなら、村上春樹は一九七〇年代を一九六〇年代の「残務整理」だと捉え、意図的に一九六〇年代を避けるように(あるいは隠すように)小説を書いたということになる。


この特別インタビューの発言を額面通り解釈するわけにはいきません。村上春樹は七〇年代の日本の様相について、責任を負うために「風の歌を聴け」を書いたとは考えられないのであり、あくまでも六〇年代から七〇年代を生きた個人の生活史(必ずしも村上春樹その人の、とはいえない)としての物語を創作した、と理解した方が適切でしょう
その上で、「残務整理」とは六〇年代を生きた誰かのやり残したこと、あるいはやり損なったことを整理(回想してあるべきところへ納める、もしくはありえないところへ納める)という意味での回想と解釈します
さて、論文の方はこの先、小説中に繰り返し登場するケネディについて言及します
しかし、ケネディが何を示唆する隠喩であるのか、論文では明確な指摘はありません。一九六三年という特別な年に結びつけるための符丁、という程度の役割だと指摘するだけで、物足りません
ケネディという存在は、自分よりも上の世代の人にとっては希望とか、期待を寄せる存在であったのでしょう。が、自分にはそれが分かりません
余談ですが、ケネディ大統領の葬儀で母ジャクリーンの隣りにいたに小さな女の子が、2013年日本駐在の米国大使として着任したことに時代の移り変わりをしみじみと感じます。
話を戻して、論文は当時の大学紛争を取り上げ、そこに巻き込まれた学生と、筆者の言うところの「残務整理」について論じます


(論文12ページ)
自己の「物語」を他者のそれと関係させることで、より大きな物語の中に組み込まれた「鼠」は、その物語の喪失によって関係性を絶たれ、大学での居場所を失った。家族との県警も形骸化している「鼠」は、「戻る場所をなく」し、どこにも行けなくなっている。
黒古一夫は「鼠」が受けた「精神的打撃」を「作者と同じ全共闘世代が共通するメンタリティー」と評する。確かにその意味合いもあろうが、「鼠」が「椅子取りゲーム」と皮肉った自らの状況から、多くの若者たちを飲み込んだ物語への不信と、他者と自らの「物語」を共有することへの諦めを見るべきではないか。「鼠」が「うんざり」したのは、より強固な関係性のために他者の「物語」を要求する大きな物語と、それに盲目的に追従しながら、呆気なくその責任や関係性を放り出し、当然のように日常に帰っていく同世代の若者たちの姿だったのである。


当然ながら、村上春樹は学生運動に参加した若者の人生を描きたかったのではなく、政治闘争の行方を描きたかったのでもなく、そこに関わって生き損ねた人間の思いを整理し、あるべきところへ納める、あるいはあるべきはずのないところへ納める残務処理を、己の責任として果たそうとしたのかもしれません


(論文15ページ)
言葉への絶望から立ち直るための作業として、「僕」が過去の自分の人生を振り返る形式を取りながらも自らの内面に一切干渉しないのは、「終わったこと」としての時間的隔たりと、語ろうとする過去が「僕」という書き手の中で一つの物語として形成されていることの現れではないだろうか。先にも引用した『アンダーグラウンド』「目じるしのない悪夢」の中で村上春樹は次のように述べている。
極端な言い方をすれば、「我々は自分の体験を多かれ少なかれ物語化するのだ」ということかもしれない。多い少ないの差こそあれ、これは人間の意識のごく自然な機能である。(後略)
物語化された記憶の中での「僕」は二一歳の僕」であり、「二九歳の僕」ではない。(中略)
言葉によって形成された世界を自らの「物語」によって認識し、記憶の物語化が行われるならば、「少し気を利かしさえすれば世界は僕の意ののままにな」るという「僕」にとって、言葉に対する考えが異なれば、構成される物語そのものが異なることになる。このため「二九歳の僕」は「二一歳の僕」の内面に踏み込めないのである。


最初の問いに立ち戻ると、過去を回想する行為が即ち物語化に繋がり(そこには当然、過去を懐かしみ、美化したり、情報を取捨選択して事実を無視し、都合よく解釈し直すという無意識の営為も介入するわけですが)、村上春樹にとっての創作にあたるのだと理解できます
それゆえ、村上作品では「僕」の回想という形式から語り始める構成がたびたび用いられている、といえるのでしょう
柿崎論文は読んでいてなかなか面白い論考でした。関心のある方はぜひ一読されるようお薦めします

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「鬼滅の刃」ブームを読めなかった業界人

「サイゾー」の配信記事を取り上げるのは随分と久しぶりです。大手メディアの報道姿勢とは異なる、いわゆる裏読みの記事が多いのが売りですが、ここ数年はサイトにアクセスして読む機会がほとんどありませんでした
さて、「サイゾー」が「鬼滅の刃」ブームに乗り遅れたアニメファンの悲哀を記事していますので、取り上げます
アニメや漫画に関わる業界で商売をしている人たちは、次に来る作品を常に探し回り、いち早くその作品のブームに乗って一儲けしようとアンテナを張っているのでしょう
しかし、そうした目利きを自負する業界人でも「鬼滅の刃」がこれほどまでに大ヒットするとは予測できなかった、との内容です


『鬼滅の刃』大ブームなのに乗っかれない”鬼滅難民“の実態──“古参アニメファン”が阿鼻叫喚
アニメ映画『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』の興行収入が公開から10日間で100億円を突破し、このままいけば2001年に公開されたスタジオジブリの『千と千尋の神隠し』超えもあるのではないかと期待の声があがっている。
これほどまでに大ヒットした『鬼滅の刃』だが、このブームを予測できた人──特に“往年のアニメファン”が、あまりにも少なかったことも関係者の間では話題となっている。
「『週刊少年ジャンプ』での連載中は“そこそこ”の人気でしたが、アニメ化に大成功しコラボグッズなどの関連商品も爆発的に売れるようになった。集英社の担当は1日数百件の関連案件の処理に追われて、死にそうな状態だとか。このフィーバーを取り逃したのが、フジテレビです。
連載中はなんせ“そこそこ”程度の評判だったので、アニメ化の話が出たときにフジテレビは一度蹴ったそうなんですよ。しかし、コロナ禍で在宅作業の人が増えた影響もあり、Netflixなどの配信動画サイトで異様な人気を得ていった。これを受けてフジも慌てて放映権を買い取ったんです。映画公開に合わせた総集編や一挙放送は今年のアニメ放送でもトップの視聴率となりましたが、フジテレビ発のアニメだとは誰も思ってないですし、グッズ販売なんかにもさほど絡むことはできず……結局映画の番宣を手伝っただけみたいな雰囲気もあります」(テレビ局社員)
もともと『ドラゴンボール』や『ワンピース』など、集英社の作品を多数アニメ化してきたフジテレビだったが、「鬼滅はヒットしない」とみて放送を見送り。結局ローカル局であるTOKYO MXなどでの放送となったわけだが、マーケターらの予想に反して『鬼滅』は社会現象に。
ただし、業界全体でもこの現象を予測できた関係者は少なかったわけで、そういう意味ではフジテレビも、なんとかギリギリ映画公開にかかわることができただけ良かったといえるだろう。
「メディアなどでは、『自分はさほどハマれなかったけどアニメ業界のコメンテーターとして仕事がくるので仕方なく』といった感じで概況だけの分析をするにとどまっている解説者が頓珍漢なコメントをしてしまい、ファンから『ぜんぜんわかってない』などとディスられています(苦笑)。原作自体がスタートして4年で終了するほど簡潔な内容なので、歴史的分析なんかもしづらい。今更分析できるような要素が少ないので、往年のアニメファンほど混乱している印象ですね」(広告代理店スタッフ)
(中略)
「『新世紀エヴァンゲリオン』『鋼の錬金術師』『魔法少女まどか マギカ』などのように、いわゆる“アニメファン”たちが好むメタ的な視点があったり、壮大な伏線回収があるというよりは、物語のエモさや簡潔さがお客さんを引っ張ってきた部分があるのが『鬼滅』です。それに対して『深みがない』という見方しかできず、これだけヒットしてもなお『見る気がおきない』なんてひねくれたコメントをする人も多い(笑)。世間はこの話題で一色なのに、ついていけず『鬼滅難民』となってしまっているようです」(同)
興味がわかないのなら黙っておけばいいものを、世間が沸き立つ作品がゆえ無視できず“アニメファン”として一言物申さずにはいられない厄介なオタク心理も働いている様子。深読み好きの彼らにとって、簡潔明瞭な『鬼滅の刃』はまさに鬼門なのかもしれない。


自分は漫画は未読で、テレビアニメの方は視聴しました。分類からすれば鬼滅難民に近い古いタイプのアニメファンでしょう
登場人物に感情移入するほど夢中にはなれず、「ああ、こうした展開の作品なのね」と思って観ていた立場です
ではあるものの、わざわざ「この作品はアニメをよく分かっていない初心者向けだね」などと、したり顔で書いたりはしません
その時代ごと、世代ごとに視聴者に刺さるアニメ(今風の表現を使ってみました)があるのは当然でしょう
「鬼滅の刃」ブームが続くのか、終わるのかは分かりません。ただ、劇場版の自作を期待するのは難しいようです。今回劇場版になった「無限列車編」以降は、グロ描写が増えるため親子で鑑賞できるアニメとは言い難くなるためです
漫画版の原作に依らず、炭治郎たちの5年後を描くオリジナルストーリー、といった続編もありだとは思いますが、さてどうでしょうか?
余談ながら、かつて大ブームを巻き起こした「妖怪ウォッチ」の劇場版アニメーション第6作目、「映画 妖怪学園Y 猫はHEROになれるか」が昨年12月に公開されたのですが、興行収入は7億3000万円にとどまりました。第1作目の「映画 妖怪ウォッチ 誕生の秘密だニャン!」が興行収入78億円を記録したのに比べると、目を覆いたくなる状況です。が、ブームの終焉とはこうしたものでしょう
社会現象ともなったコンテンツも、時代の経過とともに消費され消耗され、消えてゆくのが常です。近年では特に、コンテンツの賞味期限が短くなっているのかもしれません。厳密に検証したわけではありませんが
さてそんな事情の中で、毎年大ヒットとなる劇場版「名探偵コナン」シリーズ(興行収入60億円から90億円)がいかに化け物であるか、わかります

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