村上春樹「風の歌を聴け」 自我の語りと沈黙

村上春樹の初期作品をブログで取り上げるため、古くなった文庫本を引っぱり出してきてパラパラと読み返す作業が個人的には随分と楽しい時間に感じられます。同時に懐かしくもあり
読み返してまた新たな楽しみを味わえるというのは、何だかとても得をした気分になるもので、だからこそ誰かに伝えたくなるのかもしれません
今回は太田鈴子昭和女子大学特任教授による論文「村上春樹『風の歌を聴け』論ー内面を語るまいとする自我ー」から引用します
冒頭、太田教授は遠藤周作の評を引用していますので、まずはそこから取り上げます


「村上春樹『風の歌を聴け』論ー内面を語るまいとする自我ー」
(遠藤周作の評)
村上氏の作品は憎いほど計算した小説である。しかし、この小説は反小説の小説と言うべきであろう。そして氏が小説のなかからすべての意味をとり去る現在流行の手法がうまければうまいほど私には「本当にそんなに簡単に意味をとっていいのか」という気持ちにならざるをえなかった。
と言っている。「小説のなかからすべての意味をとり去る現在流行の手法がうまければうまいほど」としたのは、『風の歌を聴け』とほぼ同時代の小説に、まったく言うべきものを持たないものが登場し、この作品もまた何も言おうとしていないと感じていたからであろう。飽きずに見てしまう、確かにおもしろいと感じる、男女の新しい関係に興味を引かれる、だが考えさせられることやペーソスは全くないテレビドラマや舞台劇は、『風の歌を聴け』以降、しだいに増えているように筆者は思う。


筆者が指摘しているのはトレンディドラマのような、男女の関係を描くにしてもシチュエーション主体の話作りに偏り、物語に深みも奥行きもない作品を念頭に語っていると推測されます
対して、筆者は次に群像新人文学賞の選考を務めた佐多稲子の言を取り上げます。佐多は『風の歌を聴け』を読んでいて楽しい小説と表現し、青春の夏の日を定着させた作品であり智的な抒情歌と評価している、と紹介します
以下、『風の歌を聴け』は遠藤周作の指摘するような「語るべきなにものない小説」ではなく、語ろうとして語れない、語りそこねる小説であると見るのが筆者の論文のタイトルの由来なのでしょう
『風の歌を聴け』の冒頭から始まる、語ること、書き記すことの困難さを告白する内容は、それ自体一種のフィクションなのですが、もちろん村上春樹の作為であり、戦術と解釈できます


あたかもラジオのDJが、オンエアーの時はすべてのリスナーに声が届くよう気を使い、ことばに気を付けているように、「僕」もまた自我を見せないように努めているのではないだろうか。DJが、放送中でも音楽がかかっている間を自分の欲求を吐露するOFFの時間としているように、小説のどこかに「僕」の内面を見せる瞬間が潜んでいるのではないか。そう仮定すると、1章での、結局自分の語りたいことが語れなかったとする言い訳は、自我を語らないことのカモフラージュだとも読める。それは「僕」がすべてを認識しているのに語らないということではないし、自分を正直に語ろうとしないということでもない。それは、今の自分の内面を人に語るまいとする自我の現れなのである。


当ブログでたびたび取り上げている宮崎駿の漫画版「風の谷のナウシカ」の中に、庭園を管理するヒュドラと問答を重ねるナウシカがヒュドラに対し「沈黙もまた答えです」と申し向ける場面があります。これは極めて精神分析的な洞察であり、大好きな場面です
精神分析の立場からすれば雄弁に語る内容、自己主張にほとんど意味はないのであり、むしろ言い澱み、言い間違え、沈黙する場面にこそ重要な主張が潜んでいると考えます
その見方からすれば、『風の歌を聴け』で「正直に語るのは難しい」と前置きしつつ語られる内容自体に重要な意味はないのであり、言い澱む部分こそ重要なテーマ、エピソードが隠れていると解釈できます
例えばそれは「自殺した女の子について」です。作品の中で彼女について字数は多く費やされているものの、ほとんどが外形的なエピソードであり、そこは重要ではありません。しかし、彼女の死の原因についてはひどく簡略に触れるのみです


「僕」は、自殺した三人目の彼女について繰り返し多くを語っているのだが、その死を語ることばには、彼女の死によって彼女を認識できたというような自信が感じられない。
「死んだ人間について語ることはひどくむずかしいことだが、若くして死んだ女について語ることはもっとむずかしい。死んでしまったことによって彼女たちは永遠に若いからだ。」
その死について自分の認識を正直に語ることができない言う。祖母に対する無常観とはずいぶん違っている。彼女の死が特別なものとして語られている。


作品中、「彼女たちは永遠に若いからだ」などと書かれているものの、本質的には無関係な発言であり、はぐらかしている風に聞こえてしまいます。続く部分では「彼女は決して美人ではなかった云々」とも書かれているのですが、これもある種のはぐらかしでしょう
本当は彼女の死についてもっと書くべきことがあったはずであり、それを書こうとして書けなかったという告白、と受け止めます
なお、『風の歌を聴け』で書くことができなかった「彼女の死」が、『ノルウェイの森』として結実するのは言うまでもありません
さて、語ろうとして語れない話の代替として、語る必要もない話が饒舌に盛り込まれています。その1つがアメリカの作家デレク・ハートフィールドに関するエピソードです(これもどこまで重要視するか、さまざまな説があるところです)
確か「ユリイカ」の村上春樹特集号だったと思うのですが、ロシアの文芸評論家がアメリカの作家デレク・ハートフィールドから村上春樹はどれだけ影響を受けたか、との論評を書いたとのエピソードが紹介されていたように記憶しています(間違っていたらごめんなさい)
もちろんデレク・ハートフィールドなる作家は実在しないのであり、村上春樹の創作した人物です。おそらく上記のエピソードを聞いた村上春樹はニヤリとしたに違いありません
さて、デレク・ハートフィールドのエピソードに仮託して何を言いたかったのか、自分は明快な解釈ができません
太田論文でもデレク・ハートフィールドのエピソードに関し、何度か言及はしているものの特別な解釈は示されていません。これは今後の課題にします

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静岡の中学教頭が少女を誘拐し逮捕

今月初旬、静岡県沼津市内の公立中学校教頭が少女を誘拐した容疑で逮捕される、との報道がありました
週刊女性が以下のような記事を掲載し、「真面目な先生。何かの間違いでは?」との見方を提示していました


いつまでも帰宅しない少女。心配した親は警察に通報し、周囲も心当たりを捜し回った。一緒にいたのは「生徒指導に熱心」と評判のいい公立中の先生だった。
「逮捕は何かの間違いではないかと思っている。生徒や保護者から絶大な信頼を集めていたあの先生に限って……」
と、容疑者を知る男性は事件を信じられない様子。
まじめで実直な先生「もうすぐ校長だった」
その先生は、静岡県沼津市立中学校の教頭・山本英仁容疑者。9月下旬に県東部に住む10代の少女を車に乗せて誘拐し、車内に監禁した疑いが持たれている。
「少女の話から関与が浮上し、未成年者誘拐と逮捕監禁の疑いで10月4日に逮捕、翌5日に送検された。警察は被害者が特定されるおそれなどがあるとして、少女との関係性や犯行の詳細、容疑を認めているかどうかも明らかにしていない」(地元記者)
少女の親から「娘が帰ってこない」と110番通報があり発覚。関係者によると、事件や事故に巻き込まれたのではないかと周囲が心配して行方を捜すなか、少女は歩いて無事帰宅したという。
年の離れた山本容疑者との接点はどこにあったのか。
冒頭の男性は言う。
「山本容疑者は以前、少女が通う中学で教頭を務めていたことがある。少女にケガはなく、事件翌日も普段どおりに登校したと聞きホッとしている。誘拐目的が明かされていないが、やましくない事情があったのではないか。なにしろ、まじめで実直な先生だから」
つまり、「教頭と生徒」の関係だったということ。
(以下、略)


どうにも記事の書き方がすっきりしません。読み解く限り、被害者は山本容疑者が以前勤務していた中学校の生徒か、あるいは卒業生なのだろうと推測できます
被害者を保護するため、特定されないよう静岡県警が情報を規制するのは分かりますが、週刊誌の方も切り込み不足で何とも歯がゆい記事です
「真面目な先生だから冤罪の可能性もありえる」と筆が鈍ったのでしょうか?
しかし、静岡地検沼津支部は山本容疑者を起訴しています。起訴後、釈放したのか、勾留を続けているのかは不明です


静岡地検沼津支部は23日、同県東部の10代女性を車に乗せ誘拐したとして、未成年者誘拐と逮捕監禁の疑いで逮捕された同県沼津市立中の教頭、山本英仁容疑者(53)=同県富士市森島=を起訴したと明らかにした。ただ、同支部は「被害者の保護のため」として、罪名や起訴内容を明らかにしていない。
9月下旬に県東部で女性を車に乗せて誘拐し、車両内に監禁したとして静岡県警が10月4日に逮捕していた。
(産経新聞の記事から引用)


罪名や起訴内容を伏せている以上、憶測するしかないのですが、まずは起訴して有罪(判決)に処すのが相当と検察が判断したのであり、山本被告の行為は犯罪に該当するということです
なので、上記の週刊女性の記事になる「真面目な先生だから、何かの間違い」ではないと考える必要があります
一般論として教師が若い女性(元生徒)を誘拐したのですから、わいせつ目的なのでしょう。性行為に及んだかどうかは分かりません
教頭という立場なら、教師を指導するのが仕事です。全国で教員によるわいせつ事件が繰り返され、綱紀粛正を教育委員会は繰り返し呼びかけているところですが、教頭がわいせつ事件(であるかどうか、現時点では不明ながら)を起こすようでは何とも示すがつかないのであり、関係者は頭を抱えているのでは?

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セクハラ初鹿明博衆院議員 ようやく辞職

強制わいせつ容疑で書類送検されていた初鹿明博衆議院議員について、東京地検は今年9月に不起訴処分としていました。不起訴の理由は公表されていませんが、被害者との間に示談が成立したからなのでしょう
むしろ、示談が成立するまで東京地検が処分を保留していた、と表現した方がよいのかもしれません
当然ながら示談の内容等は公表しないとの条件付きでしょうから、詳細は藪の中です


旧立憲民主党に所属していた昨年12月に強制わいせつ容疑で書類送検された無所属の初鹿明博衆院議員(51)=比例東京=は22日、議員辞職願を衆院に提出した。その後、国会内で記者会見し、「自らの意思で議席を返上することが党や有権者に対するけじめだ」と辞職の理由を説明した。政治活動は今後も続けると強調した。
初鹿氏は「不起訴になったが、告訴されるということは私の言動に相手を不快にさせる原因があった。真摯(しんし)に反省し、辞職を(相手への)けじめとしたい」とも述べた。「支援者の信頼を著しく欠いた。政治家全体のイメージダウンにもつながったと感じ、大いに反省している」と陳謝した。
また、国会議員の特権意識があったのではないかとの指摘を周囲から受けたと明かし、「議員辞職することで、自分の体にまとわりついてしまった特権意識という衣を捨て去らなければならないと思った」と心境を語った。
次期衆院選に出馬するか否かに関しては「全く決めていない」と説明した。
初鹿氏は平成21年初当選で当選3回。27年5月にタクシー車内で同乗していた知人女性にキスを迫ったり、下半身に相手の顔を押し付けたりするなどした疑いで、昨年12月、書類送検され、旧立民を離党した。先月、不起訴処分が決まった。
議員辞職に伴い、29年の前回衆院選の比例東京ブロックで同党名簿順位で次点で落選した松尾明弘氏(45)が繰り上げ当選する見通し。
(産経新聞の記事から引用)


検事は「示談が成立し、被害者が被害届を取り下げなければ起訴する」との見解を初鹿議員側に伝えていたはずですから、弁護士を使って何が何でも示談に漕ぎ着けようとしたはずです
不起訴処分が伝えられた時点で初鹿議員は、「相手の方に不快に思わせた点があったとすれば申し訳ない」と謝罪した上で、「相手の認識と私の認識に違いがあり、考え方を改めるべく自分を見つめ直している途上です」とのコメントを出しています
議員辞職が示談の条件だったのかな、とも思いましたが、何とも言えません
コメント自体は、「わいせつ行為はしていない。合意の上だった」との主張が含まれているように聞こえ、反省などしていない印象がありありです
いずれにせよ、「わいせつ議員」とか「セクハラ議員」との悪評が確立してしまったのですから、次の選挙で当選する見込みは皆無ですし、どこの政党も初鹿明博を公認したり、推薦しないと分かったはずです
東大卒で早くから政治家を志し、都議会議員を経て衆議院議員になった人物ですが、これまで2度のわいせつ事件があり、口先では理想を説きながら下半身は下卑た欲望に満ち満ちているのでしょう
東京都の有権者はこのような人物に票を投じないよう、心してもらいたいものです

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宮崎駿「風立ちぬ」は戦争賛美アニメか?

宮崎駿の「風立ちぬ」については幾度も言及したところですが、公開から数年を経過しどう評価が定まったのか、気になるところです
作品の内容云々よりも、太平洋戦争に突入してゆく時代の、戦闘機の設計者を主人公にしたがゆえに戦争賛美する作品であると決めつけられ、批判を浴びました。特に中国や韓国で、さらにはこれまでジブリ作品を愛好してきたと称する日本人からも批判を浴び、宮崎駿としては憤懣やる方ない気分だったはずです
当然ながら「風立ちぬ」を制作する前に批判があることは想定していたのでしょうし、それを踏まえてもなお「風立ちぬ」を制作するべきと判斷した上で取り組んだはずです
しかし、想像以上の批判を浴びてうんざりしたのか、批判の中身のなさに失望したのか、宮崎駿は弁解や釈明を放棄してしまった感がありました。スタジオジブリは韓国メディアの記者を集め、宮崎駿が会見を行ってまで作品に対する誤解を解こうと試みましたが、失敗に終わっています。実際、批判する人を相手に何を言ったところで折り合えるはずもなく、妥協も和解も成立しなかったでしょう
本日は「偏屈文化人のブログ」さんから引用させていただきます


『風立ちぬ』再論 宮崎駿『風立ちぬ』にみる科学技術と倫理
反戦映画なのか、戦争賛美映画なのかとの論争
(前略)
様々なメディアでの批評の嵐は、『風立ちぬ』も例外ではなかった。この作品の批評が始まったのはテレビやラジオといったメディアよりも、ネットメディアであった。そもそもジブリ映画は、アニメーションということもあり、比較的若い世代に人気がある。ネットで言論を述べているのも若い世代であるから、以前からジブリ映画に対する様々な書き込みが見られた。公開されるやいなや、通称「ネトウヨ」と言われる、ネット上で右翼的な発言をしている人たちが、この映画について過激な批評を繰り出してきた。この映画が「戦争賛歌」だという解釈である。
また、この作品は公開前から問題視され、韓国のメディアは「(ゼロ戦を製造した)三菱重工は朝鮮人を強制連行し、労働力を搾取した」「(映画に登場する)関東大震災で朝鮮人の大虐殺があった 」とかなり厳しい批評を寄せた。ただ、同記事によると公開前に批判的なコメントの多かった韓国メディアは、公開されると特に作中に問題場面が見当たらないのか特に問題は生じなかった。
『風立ちぬ』は当初、韓国や中国、アメリカといった戦争をめぐる関係国からは歴史認識を問う問題が発生すると思われたが、公開してみるとそうした問題はほとんど生じなかった。その代わり、国内からの批判が相次いだ。本論にも関わってくる指摘をしている佐藤優氏は精神科医の斉藤環氏の「宮崎駿の最大の問題が、彼の敬愛するサン=デグジュペリや宮沢賢治にも親和性が高い生命論的ファシズムである」という部分を引用し、この作品を「堀越二郎が開発する飛行機全体が生命体であり、この飛行機を制作するチーム自体が生命体であることは、このアニメから容易に読み解くことができる」 と述べている。宮崎駿が機械を生命体と考えていることについては私も賛成するが、詳しくは後で述べる。ただ、その考察をしたうえで、佐藤氏は「この作品において、重慶で爆撃される側の人々が完全に捨象され、爆撃機を制作する技師たちの美学に吸収されている。「風立ちぬ」を見て、爆撃される側の気持ちを追体験する人がどのくらいでてくるであろうか」と評価している。私はこの点には賛同しかねる。
(中略)
なので、この映画が戦争賛美だという批評は的が外れていると私は考える。宮崎駿が描き出したかったのは、技術それだけでは無である。機械は少しは命を持っていると宮崎駿は考えているが、しかし、技術にしても機械にしてもそれを操るのは人間である。その使用方法を間違えればどうなるかということを問うているのであろう。
『風立ちぬ』は宮崎が、どのように機械に命が込められていくのかという過程を描いた作品であり、それを使用して戦争に向かって行った歴史に対しては何も述べていない。沈黙しているというのはただ無批判だということではなく、無言の抵抗だと考えたほうがいいだろう。
(以下、略)

文中に引用されている斎藤環と佐藤優の対談は「反知性主義とファシズム」(金曜日刊)として出版されています。佐藤優は「『風立ちぬ』が本当にファシズムだなと思う理由は,大衆を束ねちゃっているわけですよね。主人公の堀越二郎の仲間に対しては優しい眼差しで描かれているんですけれども,重慶の市民は視界から消えているわけです」と述べ、宮崎駿を「ふやけたファシズム」と断じています
佐藤優が言うところは、「戦争を賛美する意図を持たずに作られたアニメーション作品であっても、結果として戦争推進に組みした人物を主人公に据えた以上、その作品の公開をもって大衆を誘導する役割を果たすことになる」というものでしょう
大御所宮崎駿に忖度せず、ばっさりと言い切ってるところが佐藤優らしい気がします
ただ、そうした知識人の冷徹な見方に賛同する人が多いとは限りません
また、もう一つの佐藤の批判「爆撃を受けた側の重慶市民が描かれず、存在しないことになっている」については、何を描くかは監督(宮崎駿)の選択・判斷に委ねられているのであり、部外者が決めることではありません。もちろん、その結果としての作品批判を引き受けるのも監督ですが
もし、韓国が彼らの言う正しい歴史観を日本人に知らしめたいのなら、その正しい歴史観に基づいたドラマなり、アニメーションを作ればよいのであり、宮崎駿に「韓国の歴史観に基づいた作品を作れ」と命じられるはずはないのです(当たり前すぎて、書くのも嫌になります)
宮崎駿が堀越二郎と堀辰雄の人生を重ね、一つの物語を描こうとした意図は、決して彼らには理解できないのでしょう。それこそが文化の差異であると自分は感じます

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「ナウシカ研究序説」を読む
https://05448081.at.webry.info/202007/article_17.html
ナウシカの辿り着いた場所 漫画版エンディング
https://05448081.at.webry.info/202007/article_11.html
「風の谷のナウシカ」の神話学を考える
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構造主義の立場で「風に谷のナウシカ」を語る その1
https://05448081.at.webry.info/202006/article_32.html
構造主義の立場で「風に谷のナウシカ」を語る その2
https://05448081.at.webry.info/202007/article_1.html
「ナウシカ解読」における4つの問いを考える

防弾少年団の魅力 韓国評論家によるBTS論

「防弾少年団」という珍奇な名称のグループは世界的な人気を誇るK-POPのスターなのだとか
自分は正直、その魅力がどこにあるのかさっぱり分かりません。一見して整形した顔と映るメンバーが揃っており、作られた人形という不気味なイメージが湧くだけです
歌にしろダンスにしろ、何が優れているのやら
雑誌「AERA」に韓国人音楽評論家による「本格的BTS論」というのが紹介されていますので、取り上げます


「人としての魅力で熱狂的ARMY生み出す」 韓国人音楽評論家による初の“本格BTS論”
世界各地に熱狂的なファン「ARMY」を持つ「BTS(防弾少年団)」について、米韓で活躍する音楽評論家が彼らの音楽と人気を論じる、初の本格的BTS論『BTSを読むなぜ世界を夢中にさせるのか』が刊行された。著者のキム・ヨンデさんに、同著に込めた思いを聞いた。
*  *  *
韓国が生み、世界が育てたボーイズグループ「BTS(防弾少年団)」。8月にはデジタルシングルとして発売された「Dynamite」がK-POPとして初めて米ビルボードのシングルチャート「Hot100」で、1位となる快挙を成し遂げた。
本書は今やまごうことなき世界のトップアーティストになったBTSの音楽と人気の秘密について論考した、初の本格的評論だ。
「彼らの魅力、成功の理由は単純ではありません。私はこの本でBTSとメンバーがリリースした16枚のアルバムのレビューにもっともページを割きました。曲が持つ意味と魅力を音楽の観点から徹底的に読み解くと同時に、BTSを初めて聞く人にとってガイドとなるような視点を生み出したかったからです」
そう語るキム・ヨンデさん(42)は、2007年から米シアトルに暮らし、様々なメディアに音楽評論を寄稿してきた。BTSのライブやイベントにも参加してきた、目撃者でもある。
キムさんはBTSのアルバムを時系列に追いながら、ヒップホップジャーナリスト、BTSのコンテンツ翻訳アカウント運営者やグラミー賞投票メンバーといった人びとへのインタビューを実施。BTSに関わった人びとの視点が複合的に示される構成になっている。
「BTSはアイドルの新しいモデルを作りました。ヒップホップグループをめざしたBTSは、地方出身であるというアイデンティティーを隠さず、彼ら自身のストーリー、自分の悩みや苦しみ、嘘のない姿勢をファンに見せました。また、ソーシャルメディアでファンダムと交流することで、ARMY(アーミー)(熱狂的なファン)を生み出した。皆さんご存知のように、ソーシャルメディアでは発言する人のボイスが伝わってきます。こうしたやりかたは人間としての魅力を持っているBTSだから可能だったわけで、形だけ真似ることはできないでしょう」
去る9月、BTSは国連総会のバーチャル会合に出席。18年に続いて、2度目となるスピーチを行い、新型コロナウイルスのパンデミックの影響を述べながら「人生は続く。一緒に生きていこう」と呼びかけた。
「BTS現象の本質は、観る人の共感と癒やしを引き出す、彼らの豊かな音楽とパフォーマンスにあります。それは既存のシステムが持つ権力ではなく、BTSの音楽の普遍性とファンとの関係のシナジーがともに作り出したものなのです」


以上は「BTSを読む なぜ世界を夢中にさせるのか」(柏書房)の宣伝なのでしょう
しかし、これでは肝心のBTS論の中身がさっぱり伝わってきません。記事をまとめたライターがおそろしく無能なのか、あるいはキム・ヨンテの著作に元々中身がないのか
国連総会でスピーチしたから、それが何か重要な意味があるのでしょうか?
誰かがお膳立てをし、機会を与えたからこそ国連総会の場でスピーチができるのであって、重要なのはスピーチをした「防弾少年団」ではなく誰が何を狙って差配したかでしょう
機会を与えたならグレタ・トゥーンベリ嬢でもスピーチできます
「人生は続く。一緒に生きていこう」という防弾少年団のメッセージが凡庸すぎて、何か特別なものを期待していた人はがっかりしたのでは?
「防弾少年団」が何か特別なグループであるという具体的な例示があるならともかく、上記の記事からは伝わってきません
ソーシャルメディアでファンと交流していると指摘しても、そうした活動をしている芸能人は少なくないのであり、彼らだけが特別とは言えないのであり、「こうしたやりかたは人間としての魅力を持っているBTSだから可能だったわけで、形だけ真似ることはできないでしょう」と表現されても、意味不明です
さて、「防弾少年団」の所属する芸能事務所が株式を公開し、初日こそ買いが殺到して値上がりしたものの、その後は売りを浴びて値下がりを続けています。公開時の時価総額と比べ、2360億円も減少してしまったそうです。それでもまだ時価総額は5000億円以上を維持しているのだとか
事務所で売れているのは「防弾少年団」だけ、という実態からすれば時価総額5000億円というのは過大な評価であり、まだまだ値下がりするものと思われます

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「風の谷のナウシカ」 王道と倫理

角一典北海道教育大学教授の論文「ジブリ映画のメタファー : 科学技術と倫理をめぐって」を引用します
村上春樹の小説「海辺のカフカ」で、大島さんがカフカ少年に向けて言うところの「ゲーテが言っているように、世界の万物はメタファーだ」との表現が好きで、この角論文に惹かれた、という単純な理由です
宮崎作品における機械文明やテクノロジーに関する角教授の考察も十分検討に値するのですが、今回は論文の後半部分にある「風の谷のナウシカ」におけるクシャナと王道についての考察を取り上げます
このクシャナと王道の関係は以前にも取り上げ、自説を述べたところです。ただ、もとより自説に執着するつもりはなく、他の方の考察にも耳を傾けようと思い、再度取り上げます


ジブリ映画のメタファー : 科学技術と倫理をめぐって
(前略)
3.3 「王道」を歩むために 再び『風の谷のナウシカ』へ
ここまでの考察で、ジブリ映画において科学技術、そして魔法は、権力の源泉として位置付けられ、大きな力を持つ存在になればなるほど、倫理観とも呼べるような自制の心が必要となるというメッセージを垣間見てきた。
本稿を締めくくるにあたって、コミック版『風の谷のナウシカ』を手掛かりにしながら、力を持つものが追求すべき『王道』について、簡単にまとめてみよう。
(中略)
船を借りることのできたクシャナはシュワの地で墓所の崩壊を目の当たりにし、また、父ヴ王の末期に遭遇する。ヴ王から王位継承を告げられる。それに対し、クシャナは以下のように返す。
「私は王にはならぬ。すでに新たな王を持っている。だが帰ろう!!王道を開くために」
クシャナの人生はつらく苦しいものであり、また、大切なものを次々と失う悲しいものでもあった。土鬼の皇帝ミラルパやナムリスのように、絶望や虚無に屈する可能性すらあった中で、ナウシカやユパなど、様々な人々の導きで王道のなんたるかを理解し、それを実践する選択をした。
王道にとって最も必要なものとは何であろうか。それはおそらく友愛の精神である。コミック版『風の谷のナウシカ』では、巨神兵誕生の寸前に初めて友愛という言葉が使われる。
腐海の生物はひとつの生態系として「全てにして個、個にして全」の存在である。人間はその生態系外の存在であり、敵として存在し得るが、王蟲の心はそうした敵/味方の意識を超越したところに位置している。衝動的な怒りをコントロールできずに攻撃をすることもあるが、あらゆる生命の消滅に対して王蟲は悲しみの感情を覚えるのである。それは、憎しみはさらなる憎しみの連鎖しか生まないこと、そしてより多くの不条理な死を生み出すことを知っているからに他ならない。時空を超えて意識を共有できる種である王蟲にとって、憎しみの連鎖は忌むべきものであり、苦しみの源泉である。墓所の主に対して「王蟲のいたわりと友愛は虚無の深淵から生まれた」と強く言い返すナウシカも、土鬼によって引き起こされた大海嘯の最中、死に満ち満ちた世界とその元凶である人間に絶望し、王蟲とともに森になろうと決意した。
そして、王蟲の心の深淵に達し、さまざまな人々や動物たちにも導かれ、そこから期間したのである。
ナウシカのような経験は誰にでもたやすく乗り越えられるものではないが、ユパが言うように「ナウシカになれずとも同じ道は行ける」。クシャナが開こうと決意した王道とは、ナウシカが到達した王蟲の友愛であり、欲望や憎しみの連鎖からの解放である。


鳩山由紀夫の登場以来、自分は「友愛」という言葉が大嫌いになりました。なので、ブログでも日常生活でも「友愛」という言葉は使いませんし、今後も使う気にはなれません
なので、この「風の谷のナウシカ」に「王蟲のいたわりと友愛」というセリフが出てくると、どうにも居心地の悪い気分になってしまいます
もちろん、宮崎駿は鳩山由紀夫に影響されて「友愛」と言ってるのでありませんし、鳩山由紀夫に漫画版「風の谷のナウシカ」は理解できないでしょう
ただ、ナウシカは少数部族の族長の娘、という立場ですからクシャナのような王位継承候補者とは違います。そしてナウシカは超能力者でもなく、魔術師でもないのですから彼女に「王道」を歩む資格があるのかと問えば、ないはずです
ですが、物語の中でナウシカを多くに人の心をつなぎとめ、影響を与え、結びつける役割を果たしています。挙げ句に巨神兵というとんでもない化け物を手なづけ操るのですから、カリスマと表現して不足はないのでしょう
王位を継承する資格のない者が王位に手をかければ梟雄とか、簒奪者と批判されるのが常です
しかし、ナウシカは王にもならず、救世主や英雄にもならない道を選択するのであり、そこはクシャナと異なります。クシャナは代王としてではありますが、トルメキアを率いる立場に就くのですから。代王としてのクシャナが「ナウシカになれずとも同じ道は行ける」を実践したのは間違いないでしょう。そしてトルメキアが王を持たない国となるのはクシャナの死後と考えられます
さて、話を戻してナウシカが身を持って示したのは、友愛による共存の道であると考えられます(友愛、とは何かという問題も残るのですが)
それがかの世界に平和と安定をもたらしたのかどうか、定かではありません
推測するに、トルメキアも土鬼も多くの国民が大海嘯とそれにまつわる戦乱に巻き込まれて亡くなり、生き延びた国民の数が少なく、かつてのように「寸土を争って多くの血を流す」事態は避けられたのと思われます
生き延びたものの、毒によって赤子は育たず、人口の回復も国力の回復もままならない状況が続いたのではないでしょうか?
クシャナとナウシカのその後を考えると、友愛の精神によってすべてが上手く展開するとは限らないのであり、両者とも苦難続きであったに違いないと想像します

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東海大学野球部 大麻使用で活動停止

東海大学野球部の学生複数名が大麻を使用していたとして、神奈川県警の調べを受けていると報じられています
体育会系の学生が気軽に大麻を吸引するようになっては、部の活動を維持するのも困難になります(多くは連帯責任として部の活動を停止せざるを得ないので)


東海大硬式野球部で、部員が寮内で大麻の疑いがある薬物を使用したとして無期限活動停止となった。今年に入って名門運動部の薬物事件が相次いでいるが、氷山の一角との見方もある。SNSなどを通じて薬物が入手できてしまう容易さに加え、大学スポーツ界の構造的な問題を指摘する識者もいる。
東海大野球部で薬物使用を認めた部員は5、6人。大学側が全部員128人を対象に使用の有無のほか、寮内で薬物使用を見聞きしたことがないかどうか調査したところ「噂はある」「そういうことを聞いたことがある」などの回答があったという。
神奈川県警は16日に大麻取締法違反容疑で寮を家宅捜索。関係者によると、室内で薬物を使用したとみられる痕跡が見つかった。県警は採取した物質の鑑定を進めるとともに部員から事情を聴くなどして調べている。
大学の運動部では、日本大のラグビー部員が大麻所持で逮捕された。近畿大でも男子サッカー部員による大麻使用が発覚。部員の1人はツイッターで知り合った人物から購入していたという。
警察庁の統計では、大麻事件の検挙者は2019年まで6年連続で増え、20代以下が約6割を占める。大学運動部にも薬物汚染が拡大している可能性がある。
元千葉県警刑事課長の田野重徳氏は、「大麻はゲートウェイドラッグ(入門薬物)という位置付けで、大麻をきっかけに覚醒剤などより強力な違法薬物に手を出す恐れがある。大麻自体にも幻覚などを誘発する可能性がないわけではない」と解説する。
薬物を使っていた疑いのある野球部員はどうなるのか。大麻事件では現行犯逮捕のケースが多いが、田野氏は「大麻を所持していた当時の状況を裏付けたうえで通常逮捕に踏み切った経験もある」と語る。
一方、スポーツジャーナリストの小林信也氏は、「日大ラグビー部は無期限活動停止が明け、活動を再開した。東海大も他の部員への薬物検査や聞き取り調査を行い、再発防止策を整えたうえで比較的短期間で活動を再開するのではないか」とみる。
そのうえで、大学運動部が抱える構造的な問題についてこう指摘した。
「東海大野球部は110人が寮で生活するが、試合に出場できるのは20~30人程度。残りの大多数は、試合に出られないのに『野球しかしていない』ともいえる。彼らが大学で何を学ぶのかを考えることも大学スポーツの課題ではないか」
(産経新聞の記事から引用)


東海大にはプロ入りを志望した選手が複数名いるとの報道もあります。プロ入り後、大麻使用が明らかになったのでは話にならないので、プロ野球各球団は東海大の選手を指名するのを躊躇するかもしれません
あるいは実業団入りが内定している選手でも、そのまま実業団入りがかなうかどうか
そして来春、東海大進学を考えている高校生も、進路の変更を検討するかどうか、頭を悩ませるでしょう
大学でレギュラーの座を確保し、将来はプロ入りを考えている高校生もいるのですから
現時点では逮捕されず、警察による任意での事情聴取が続いているようですが、容疑が固まれば逮捕するはずです。すでに複数名の名前を挙げているメディアもあり、実名が明かされるのは時間の問題でしょう

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宮崎駿「風たちぬ」研究 夢見る権利

宮崎駿の作品「風立ちぬ」について書かれた論文を引用し、考えようという企画です
映画や小説の感想をブログやSNSに書く人は多いのですが、作品を対象とした学術論文を俎上に載せて語ろうという人はほとんどいないところに目をつけ、やっています
さて、今回は立教大学などで教鞭をとる今村純子講師の「夢見る権利 宮崎駿監督映画『風立ちぬ』をめぐって」を取り上げます
この論文に特に引かれたというわけではなく、Bingで検索をかけたら1番上に表示されたという即物的な理由によります(1番上に表示されるからには、検索されて読まれている論文なのでしょう)

「夢見る権利 宮崎駿監督映画『風立ちぬ』をめぐって」
https://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/hermes/ir/re/27832/jinbun0001000200.pdf
この論文、「夢見る権利」について以下のように書かれています。「夢見る権利」とは唐突な感があるものの、そこは筆者なりの考え、ロジックがあるのでしょうから、まずは黙って読み進めましょう


11本のアニメ作品で国内外の広い人気を博し、『風立ちぬ』(2013 年)をもって引退宣言をした宮崎駿監督作品のなかで、一見したところ互いに異なるテーマを扱う作品を「夢みる権利」という視点から捉え直すならば、この個から普遍への展開の宮崎監督ならではの文様がうっすらと浮き彫りになってこよう。
(中略)
彼女たちを救い,彼女たちを支えるのは、苛酷な現実から目を背けず、それをありのままに受け入れる瞬間に、内側から発揮される彼女たち自身の 想像力であり、そのイメージの世界の豊かさである。どのように苛酷な現実に直面していようともわたしたちは自らの想像力によって「夢みる権利」がある。このことを宮崎監督のアニメ作品はつねに鮮烈に描き出している。
この「夢みる権利」という視点は『風立ちぬ』に至るまで一貫している。
だがこの映画は、それまでの宮崎の作品とは一線を画している。それはこの映画がファンタジーではなく、実在の人物が生きた10 年余りの年月を描いているということである。しかもその人物とは、爆撃機、わけても多くの若者を死に追いやった零戦(零式艦上戦闘機)の設計家として名高い、堀越二郎(1903~82 年)だということである。この強烈な負の刻印を超えて、いかにして堀越二郎その人に肉薄し、その人の生、その人の息遣いを描き出すことができるのであろうか。


宮崎駿が一貫して描き続けたもの、と問われても「はて?」と考え込んでしまいます
良くも悪くも宮崎駿はアニメ屋であり、思想家ではありませんし、グレタさんのように他国の政治家を罵倒して拍手喝采を浴びる社会活動家でもありません。「夢見る権利」を一貫して描き、主張してきたと言われても「へぇ?」と思うだけです
もちろん、筆者はそのような前提に立っているわけですから、そうだと仮定して先へ進みましょう
「風立ちぬ」の中で女性差別、階級差別というものを宮崎駿は描いており、貧しくとも差別されようとも「力を尽くして生きる」ことの大切さを訴えていると筆者は書きます。さらにその困難さ、残酷さについても


他方で、時代を正確に描写する本作品で着目すべきは、「この国はどうしてこう貧乏なんだろう」と、主人公がしばしば口にする「貧困」である。そして、「一等車と二等車」、「お嬢様と女中」の対照にあらわされる歴然とした階級性の存在、さらにはヒロイン菜穂子が、父親には「お父様」、夫・婚約者には「あなた」と呼びかけるのに対して,父親ないし夫が娘ないし妻に対して「お前」と応答する女性の社会的地位の低さ、また、二郎やその友人・同僚の本庄のような希少なエリートの存在とそのエリート意識の高さといった、今日とは全く異なる様々な階層における差別や差異の存在である。
そしてまたこれらは重層的に絡まり合いつつうごめいて当時の社会を構成している。このことは映画中盤、二郎の夢のなかで「君はピラミッドがある世界とピラミッドがない世界とどちらが好きかね」とカプローニが問うのに対し、「僕は美しい飛行機を作りたいと思っています」と二郎が応じる禅問答のようなやりとりを際立たせる。ここで銘記すべきは、自分の個性と資質に忠実に「力を尽くす」とはきわめて残酷で冷徹なありようを呈してしまうということである。
(中略)

それゆえ文化の創造には万人の幸福と相反してしまう不平等や差別がどうしようもなく孕まれることになる。「力を尽くす」とはそのような残酷さや冷酷さを引き受けることでもあり、またこの事実をわたしたちは端的に肯定することはできない。ただ「文化の創造」とはそうしたものだとしか言い得ないのである。そのことを映画は二郎の矛盾した生きざまのうちに描き出してゆく。

「ピラミッドのある世界」との喩えで何を言い表そうとしたのか、解釈が分かれます。往年の解釈からすれば、ピラミッドとは絶対的な権力者が多くの奴隷を酷使して建造した力の象徴という意味です。不平等な社会、格差社会を指し示す喩えなのでしょう。しかし、現代の研究ではピラミッドは奴隷労働によって建造されたのではなく、給与がきちんと支払われる職人集団によって建造されたものであると結論付けられています
これとは別に、ピラミッドのある世界=高度なテクノロジーの存在する世界(なおかつ分断され埋めがたい格差を伴う社会)を意味し、ピラミッドのない世界は原始的で牧歌的な世界(階級社会ではなく、貧しくとも平等な社会)を意味していると解釈する人もいます
文脈からすれば、筆者はピラミッドのある世界=差別のある奴隷労働の社会と解釈しているのでしょう。しかし、二郎は階級社会云々に関心はなく、問いに対してただ「美しい飛行機を作りたい」と語るのみです
この噛み合っていないやりとりを禅問答と筆者は表現します。ただし、航空技術者は社会学者や労働運動専従者ではないのであり、エリート技師である二郎が社会の格差に無関心、無頓着であるのは何も奇異なことではありません。が、筆者はこれを矛盾した生きざまと解釈しています
付け加えるなら、ドイツにおける空軍パイロットは貴族の仕事、役割とされ、上流階級出身者が多かったという事実があります。かつては騎兵の将校が上流階級出身者で占められた時代があり、馬が飛行機に代わったというわけです
さらに本題から逸脱してしまいますが、過去に取り上げた韓国メディアによる一連の「風立ちぬ」批判は作品の中身や、構成、表現などには一切触れようともせず、「零戦の設計者を描き、日本の戦争遂行を美化しているからけしからん」という主張ばかり繰り返されていました
翻って見れば、韓国メディアや中国メディアによる宮崎駿称賛は、1本のアニメーション作品で100億円単位の金を稼ぐからこそ、褒め称えているのであり、その描き出したもの、描こうとするものを称賛していたのかどうか怪しく思えてきます
当然ながら韓国のメディア関係者が堀辰雄の小説を読んでいるとは思えないのであり、その文学作品の価値など理解もしないまま「零戦の設計者を描くなどけしからん」と叫んでいたのでしょう
もちろん、戦闘機や爆撃機を開発した経験もない韓国ですから、航空機設計者の苦悩も喜びも理解できないし、共感もできないと想像します
最後に、揚げ足を取るような真似をする気はありませんが、論文の中で「そもそも飛行機を『美しい』と感受するのは、堀越二郎やジャンニ・カプローニといったごく一部の人間に限られるのであろう。それは万人に共通する感覚ではない」とあるのですが、この考えには賛同できません。多くの男の子は戦闘機であれ旅客機であれ、そのフォルムを美しいと感じるから好きなのです。女の子である筆者には理解できないのかもしれませんが(性的な差別をする意図はありません)
結論として、宮崎駿が「夢見る権利」の大切さを一貫して描き続けてという筆者の主張は新鮮に感じるものの、疑問符がつきます
宮崎駿が良くも悪くもアニメ屋であるように、二郎も良くも悪くも飛行機屋であり、男の子のままというのが自分の感想です

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「風の谷のナウシカ」と自然・環境問題 その1
https://05448081.at.webry.info/202009/article_11.html
「風の谷のナウシカ」 その世界観を問う
https://05448081.at.webry.info/202009/article_7.html
「風の谷のナウシカ」 死と再生を考える
https://05448081.at.webry.info/202009/article_4.html
ナウシカの正義とサンデル教授「白熱教室」
https://05448081.at.webry.info/202008/article_23.html
「風の谷のナウシカ」に見る宮崎駿の矛盾
https://05448081.at.webry.info/202008/article_13.html
「風の谷のナウシカ」は愚行と矜持を描いた叙事詩か
https://05448081.at.webry.info/202008/article_11.html
ナウシカとマルクス主義
https://05448081.at.webry.info/202008/article_6.html
「ナウシカとニヒリズム」を考える
https://05448081.at.webry.info/202008/article_3.html
ナウシカに学ぶ女性リーダーシップ論
https://05448081.at.webry.info/202007/article_27.html
「ナウシカ研究序説」を読む
https://05448081.at.webry.info/202007/article_17.html
ナウシカの辿り着いた場所 漫画版エンディング
https://05448081.at.webry.info/202007/article_11.html
「風の谷のナウシカ」の神話学を考える
https://05448081.at.webry.info/202007/article_2.html
構造主義の立場で「風に谷のナウシカ」を語る その1
https://05448081.at.webry.info/202006/article_32.html
構造主義の立場で「風に谷のナウシカ」を語る その2
https://05448081.at.webry.info/202007/article_1.html
「ナウシカ解読」
「ナウシカ解読」における4つの問いを考える

池袋暴走事故 無罪主張の狙い

池袋暴走事故で在宅起訴された飯塚幸三被告の裁判が始まっていますが、初公判で過失は一切ないと全面否定しています
車(プリウス)に何らかの異常が生じたため、と主張しているのですが、飯塚被告にしろ弁護人にしろ、それを立証するのは困難と考えられます。昔ならば、「車に何らかの異常が生じた可能性を否定できない」と、異常発生を100%否定できないのならば被告人の利益にするべきだとの考えで無罪を言い渡したのかもしれません
しかし、現代ではプリウスに事故直前、運転者がアクセルやブレーキを操作したかどうかデータとして残っているため、車本体に異常はなかったと推認できるのであり、飯塚被告の主張は無理筋です


池袋暴走事故の飯塚被告は実刑判決でも「執行停止」か…90歳以上で初収監の前例は?
昨年4月、東京・池袋で乗用車が暴走し11人が死傷した事故で過失運転致死傷罪に問われた旧通産省工業技術院の元院長、飯塚幸三被告(89)が初公判で「車に異常が生じた」として自身の無罪を主張した。その姿勢に批判の世論が高まっている中、元神奈川県警刑事で犯罪ジャーナリストの小川泰平氏は16日、当サイトの取材に対し、飯塚被告が仮に実刑を受けても「年齢の壁」によって執行停止となり、「収監されない可能性が高い」と指摘した。
(中略)
刑事訴訟法第482条では、「懲役、禁錮又は拘留の言渡を受けた者」について以下に列挙したケースがある時は「執行を停止することができる」とされている。
(1) 刑の執行によって、著しく健康を害するとき、又は生命を保つことのできないおそれがあるとき
(2)年齢70年以上であるとき
(3)受胎後150日以上であるとき
(4)出産後60日を経過しないとき
(5)刑の執行によって回復することのできない不利益を生ずるおそれがあるとき
(6)祖父母又は父母が年齢70年以上又は重病若しくは不具で、他にこれを保護する親族がないとき
(7)子又は孫が幼年で、他にこれを保護する親族がないとき
(8)その他重大な事由があるとき 
飯塚被告の場合は(2)に該当する。
小川氏は「刑事訴訟法428条では『70歳以上』となっているが、今は70代になって初めて刑務所に入る人は多く、珍しくはない。車いす生活の人もいれば、医療刑務所に入ることもできる。法務省の関係者に聞いたところ、『刑事収容施設法』では90歳などと年齢は明文化されていないが、実務上、収監されない可能性がある。
(以下、略)


上記の記事にあるように、90歳を超える高齢者であれば収監される可能性はほぼないと言えます
ですが、飯塚被告は「有罪判決を受けたけれども刑務所には収監されない」という扱いすら我慢できないのでしょう
高級官僚としてのキャリアに一点の傷もあってはならないと考えているのか、とことん無罪を主張し、東京地方裁判所で有罪判決が下されたなら控訴し、それでもダメなら最高裁にまで持ち込む気だと思われます
裁判中に死亡すれば、有罪判決は確定しないまま裁判は終了します。現在89歳ですから、最高裁まで争い判決が下されるのは2年先か、3年先になるか?
どれだけバッシングを浴びようと、考えを変える気はないのでしょう。あらためて業の深さを感じます
当然ならが被害者遺族側は過失を認めようとしない飯塚被告と示談に応じるはずはなく、交渉は暗礁に乗り上げたままでは
事故の後始末もしないまま飯塚被告が死亡するとなれば、何とも迷惑な話です

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「海辺のカフカ」を巡る冒険 性と暴力の神話として(2)

遠藤伸治県立広島大教授の論文「村上春樹『海辺のカフカ』論ー性と暴力をめぐる現代の神話ー」を引き続き叩き台にさせてもらいます
論文は以下のアドレスからダウンロードできます

村上春樹『海辺のカフカ』論 : 性と暴力をめぐる現代の神話

前回は遠藤論文の中の、小森陽一による「海辺のカフカ」批判について触れた部分ばかり語って終わってしまいましたので、今回は別のテーマでいきます
「海辺のカフカ」の物語は、その前提としてギリシア悲劇であるオイディプス王の神話が使われています
村上春樹は「海辺のカフカ」を執筆にするにあたって、オイディプス王の神話をベースに用い、しかもそれとは異なる展開の物語にしようと企図したのでしょう
田村カフカの父親は息子に対し、繰り返し「お前はいつかその手で父親を殺し、いつか母親と交わることになる。また、姉ともいつか交わる」と繰り返し申し向け、呪いのようにカフカ少年の意識に刻み込んだ
「父は、自分を捨てて出ていった母と姉に復讐をしたかったのかもしれない。彼女たちお罰したかったのかもしれない。僕という存在を通して」というのが「海辺のカフカ」の物語の序盤の骨子です。
遠藤論文は以下のように考察しています


一 暴力の再生産装置
確かに、〈父〉が言い聞かせた〈予言〉は、「オイディプス王が受けた予言」と同じである。しかし、一方〈僕〉の語る〈物語〉は、オイディプス王の神話とは異なっている。したがって、オイディプス王の神話とこの神話の近代バージョンとも言えるフロイト的心理学や人間学を、『海辺のカフカ』という作品に単純にあてはめるべきではない。逆に、男女の役割が変化しつつある現代にあっても持ちこたえている王ディプス王の神話のフロイト的解釈、フロイト的人間学に対する批評性、それらからの逃走こそ、この『海辺のカフカ』という作品の意義は見出される。
(中略)
それゆえ〈僕〉は、〈カフカ〉と名乗り、自然的生得的な〈無意識〉についてではなく、人為的に作られた〈装置〉、〈処刑機械〉について語る。カフカの〈流刑地にて〉に登場する「複雑で目的のしれない処刑機械は、現実の僕のまわりに実際に存在したのだ」と。〈父〉こそが、最初から所有も、支配もできなかった〈母/姉〉に対する欲望と憎悪を〈息子〉に投影し、破綻したエディプス的三角関係を言葉によって捏造し、〈父殺し〉という暴力と、〈母/姉〉に対する所有・支配という欲望とを〈僕〉の中に無理やり再生産しようとするのであり、そのような〈僕〉を通して、タブーを犯した〈母/姉〉を〈罰〉し、〈処刑〉しようとする暴力的存在以外の何者でもないのだと。


こう端的に語ってしまうと身も蓋もない物語のように映ります
酒によっては暴力をふるい、刑務所に出たり入ったりする父親が、息子をそそのかし挑発して悪の道へ追い込んでしまう話、みたいな
さて、カフカ少年の父親はなぜ息子に対し、「お前はいつかその手で父親を殺し、いつか母親と交わることになる。また、姉ともいつか交わる」との予言(予言と呼ぶべきものかどうか、そこにもさまざまな解釈があります)をしたのか?
その物言いは父親殺しをそそのかしているようにも読み取れます。ならば処罰すべき対象は〈母/姉〉ではなく、〈父〉自身ということになります
ただし、その父親殺しをカフカ少年の手で実行させたのなら、今度はカフカ少年が裁かれる結果を生じるのであり、何の救いもない展開です
上記の遠藤論文では父親=暴力的存在以外の何者でもない
なので、カフカ少年に父親殺しをそそのかすような言動を繰り返した理由も、それで何の利益が得られるのかも不明なままです
以前、当ブログでは自分の解釈として「母や姉の行方を捜し、再会してはならない」との警告ではなく、「母や姉の行方を捜し求め、会いに行け」とのメッセージであると受け取れると書きました
母や姉との再会に重点を置いてあの予言を解釈するなら、「父親殺しをする前に家を離れ、母を捜しに行け」との意味でしょうか?
物語でカフカ少年は四国行きのバスで偶然姉と乗り合わせるとか、立ち寄った図書館に母親がいるという御都合主義すぎる展開もあれですが、オイディプス王の神話そのものが旅先で偶然父親と出会いそうと知らないまま殺害したり…という御都合主義的展開なのですから、「海辺のカフカ」の方にも違和感はありません
その辺りは村上春樹が意図してやっているのでしょう
「エディプスコンプレックス」を話に織り込んだ上で、なおもオイディプス王の悲劇とは別の展開を模索し、描いた(遠藤論文の言うところの「エディプスの三角関係から逃走した」)と解釈できます
ただし、ジョニー・ウォーカーに擬えたカフカ少年の父親は殺害されてしまうので、本当の意図が何であったかは不明のままです。読者の想像に委ねられた、と判斷するしかありません
もちろん、暴力の再生産という悪循環を断ち切ってそこから逃げ出す展開こそが物語の本筋ですから、父親の意図はどうでもよいことになってしまうのですが(それを問うのは、神話に登場する神様に向かって「なぜ、そうしたのか?」と問うのと同じです)

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村上春樹「一九七三年のピンボール」研究Ⅱ
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韓国の仮想戦記小説 日本を植民地に

時折、韓国で「日本に勝って支配する」という設定の仮想戦記小説がブームになります
古くは金辰明の小説「ムクゲの花が咲きました」が有名です。日本に核ミサイルを撃ち込むというストーリーがウケて、韓国では450万部も売れる大ベストセラーとなり、テレビドラマ化もされました
今度はジャーナリストとして東京特派員も経験した人物が書いた「韓日戦争未来小説2045年」が話題になっていると報じられています
元記事が韓国語なので、いつものようにインターネットの掲示板「5ちゃんねる」に貼られた蚯蚓記者の翻訳を引用させてもらいます


東京特派員出身の現職ジャーナリストが挑発的な小説を出して話題になっている。
2031年独島(ドクト、日本名:竹島)上空で起きた韓日戦闘機の偶発的交戦から小説は始まる。独島戦争が全面戦争に広がり、その時、南北統一直前段階の韓半島北部司令部から東京に向かってミサイル攻撃が降り注ぐ。
東京市内の官庁街と皇居が廃墟になり、結局、日本は降伏、韓国の植民地に転落するという挑発的なストーリーが展開する。
韓国の暴力団が列島に進出してヤクザを掌握、韓国警察の指図を受けた暴力団がヤクザを率いて皇居に侵入、皇后を暗殺して天皇は米国大使館に逃げて身を守るなど過去、大韓帝国で起きた歴史が逆に再現される。
また、日本で大地震と原発爆発が相次いで発生し、放射能解毒剤が韓国人だけに普及するとすぐに怒りが爆発、日本独立運動が野火のように広がる内容も入れられた。
独立軍の韓国軍部隊奇襲に続きついに大統領府襲撃まで。追って追われる戦闘場面も目の前に繰り広げられるように生々しく描写される。やがて2045年、日本独立軍は米国に助けを乞うて覇権を失った米国が東京湾空襲を試みるが中国、ロシア軍の介入で第三次大戦が勃発する。
結局、日本は三つに分かれて分割統治される境遇に転落するというあらすじだ。
各エピソードごとに20世紀初期に韓半島で起きた過去の歴史の既視感がある。韓国人読者なら誰でも息づまる展開を手に汗を握って痛快に読むことができる。
著者は2019年夏、日本の輸出規制措置で触発された韓日経済戦争が始まるとすぐにこの小説を書く気になったと話す。「有り得ない話だが、ただ想像の翼を広げて書いた虚構」としながらも「むしろ日本人たちに読んで欲しいと思う」と話す。
「実際の皇后殺害場面だけはあまりにひどいと言って手で遮る日本人の知人には、その内容は小説にすぎないが、百年余り前、日本人の浪人が大韓帝国皇宮に侵入して明成皇后を残忍に殺害したのは実際にあった歴史だ、と言うとすぐにどうしていいか分からない表情になった」として苦々しいと言った。
それでも著者は話す。「歴史を逆に書いた虚構の未来小説を通じて韓日両国国民が過去を反すうし、平和な協力関係を構築していくことを希望するだけです」
特にこの小説は読者の意見を反映して書いた点が目につく。小説をブランチに連載しながら40人余りの読者・知人たちにエピソードごとに次のストーリーの方向を選択するよう投票に任せる方式を選んだ。以前、人気連続ドラマが視聴者たちの反応と要請を反映されたように、この小説もそれと類似の方式で展開した。
YTN東京特派員を過ごした著者ユン・ギョンミンは現在、京畿(キョンギ)大学政治専門大学院で国際政治学博士課程を経てLGハロービジョン地域チャネルで報道局長として働いている。
(後略)
ソース:文化ニュース(韓国語)東京特派員出身現職ジャーナリストの挑発的な小説'韓日戦争未来小説2045年'


記事の中で作者ユン・ギョンミンは「むしろ日本人に読んでほしい」と発言しているのですが、日本語に翻訳出版されてもウケる可能性はないのであり、一部のマニアが読む程度でしょう
閔妃暗殺事件(韓国では明成皇后暗殺)の意趣返しのつもりで書いたと思われますが、この事件に関して韓国側の見解は大間違いであり、史実を無視したものです
そもそも李氏朝鮮末期はそのでたらめな政治によって国民が窮乏し、国家財政も破綻状態にありました。が、閔妃はロシアから借金をするなどして贅沢な暮らしを続け、国民を顧みなかった人物です。ところが韓国では、国民に慈愛を示した「国母」という扱いで、悲劇のヒロイン状態になっています
閔妃が王宮の警備についていた兵士への給与支払いを渋ったため、兵士らは警備をボイコットし、そのため日本の大陸浪人や朝鮮人の無頼漢、日本軍兵士らがやすやすと王宮に入り込んで閔妃を暗殺した、という解釈があります(さまざまな説があって確定したわけではありません)
ともあれ、そうした歴史を反芻したところで現代を生きる日本人として得られるものはないのであり、ましてや韓国が都合よく書き換えてしまった嘘の歴史を受け入れる気にもなりません(作者ユン・ギョンミンは、歴史を知れば日本人は反省するだろうと思い込んでいるのでしょうが)
詳細は未読なので不明ながら、万事が韓国側に都合よく展開し、日本が降伏する話なのだと思われます

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ワタミの「24時間働け思想」復活

居酒屋「和民」で働いていた女性が過労のあまり自殺してしまった件では、運営会社ワタミが和解に応じたため決着しました
しかし、参議院議員をしていた創業者渡邉美樹が6年の任期を終え、再選を望まないとして政界を引退し経営に復帰してからは、昔のように「24時間働け、365日働け」という理念に舞い戻っていた…と文春オンラインが報じています
従業員を自殺に追い込み、謝罪の弁を口にしたものの渡邉美樹は自分の理念に執着し、「オレは間違っていない」と叫び続けていたのでしょう
もちろん、ワタミとそのグループ会社の幹部たちは皆、渡邉美樹の理念に共鳴した者で占められているのでしょうから、彼らも皆、渡邉の正しさを称賛し、賛同したと想像します


「365日24時間働こう」……ワタミの“思想教育”はいまも続いていた
創業者・渡邉美樹氏の「お言葉」の感想強制も
ワタミ株式会社の労働問題に関する告発が続いている。10月2日、「ワタミの宅食」営業所の所長が、労働基準監督署からの残業代未払いの是正勧告、月175時間を超える長時間労働、上司によるタイムカードの改ざんを次々と公表したのだ。
(中略)
毎月、営業所には渡邉美樹氏が出演する「ビデオレター」が提供された。人気テレビ番組「情熱大陸」のナレーターが起用され、渡邉美樹氏が毎回出演し、ワタミの事業の素晴らしさを説く30分間の映像である。
この映像についても、毎月の感想が義務付けられていた。しかも書くのは所長だけではない。個人事業主であるはずの配達員までも、毎月ビデオレターを視聴して感想を書くことが契約に盛り込まれていた。
配達員たちは、営業所でこの映像を見せられると、所長と配達員の名前が羅列されたシートの自分の感想欄(60字ほどは書けるスペースがある)に、手書きで感想を書かされる。なお、配達員は配達先1軒あたりの報酬が百数十円しかないが、この映像視聴や感想を書くことによる新たな報酬は一切ない。
(中略)
月の残業時間が150時間を超えたころ、Aさんは長時間労働について「私が悪い」と思い詰めていた。多すぎる業務量はワタミの責任なのに、そこは「思想教育」のために受け入れてしまい、むしろ仕事が遅いせいだと自分を責めるようになっていたのだ。
そんなとき、新しく入った配達員の一人が、深夜まで働くAさんを見て心配し、単刀直入に指摘してくれた。
「Aさん、『洗脳』されてるんじゃないの?」
当初、「失礼な人だ」と憤ったが、何度もこの配達員が親身になって指摘してくれるうちに、「私、おかしいのかも」と思い始めるようになっていた。
また、単身赴任中だった配偶者が、コロナ禍によってテレワークで自宅勤務をするようになっていた影響も大きかった。Aさんが深夜や休日も延々と働く姿を見て、目を覚ますよう何度も説得したという。
最後に、Aさんは筆者が代表を務めるNPO法人POSSE、そして個人加盟の労働組合のブラック企業ユニオンに辿り着き、ワタミの労働問題を大々的に告発することを決意した。こうして、周囲の人たちに恵まれ、支援者に出会えたことで、Aさんはワタミの「洗脳」を脱し、これまでの労働問題を直視できるようになったのだ。
Aさんはいま、自分がワタミの労働問題に加担したのではという自責の念を抱いている。「ひとつ間違えば、私も上司と同じことをやったと思います」。自分の責任を果たすべく、これからもAさんは、ワタミの告発を続けていくつもりだという。


従業員を使い潰す体質に何一つ変わりはなく、自分たちは社会に貢献しているのだと歪んだ理念で覆い隠すつもりなのでしょう
企業経営者が自身の掲げる理念に酔いしれ、思想家にでもなった気でいるなど滑稽な限りです
しかもワタミの企業活動を身内同士で褒め合うなど、醜悪でしかありません。どこの企業にも大なり小なり問題はあるのですから、それを互いに忌憚なく指摘し合い、改善を検討するべきでは?
従業員が1人や2人自殺したくらいでは、何も変わらない、変われないという見本なのでしょうか

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村上春樹「一九七三年のピンボール」研究

村上春樹の小説を続けて取り上げています
「一九七三年のピンボール」は初期の村上作品の中でも、自分が最も好きな小説です。その理由については以前、当ブログで書きましたので繰り返しません
いつもなら誰かの論文を引き合いにして語るところですが、いくつか検討したものの使うのに適切なものがなかったので断念します
この小説は昭和55年上期の芥川賞候補に挙げられたものの、受賞は逃しています(最終的にこの期は該当作なし、になっています)
そこで当時の選評を引用します
選考委員のうち、言及している方とその内容は以下の通りです


「よいと思つた」「古風な誠実主義をからかひながら自分の青春の実感である喪失感や虚無感を示さうとしたものでせう。ずいぶん上手になつたと感心しましたが、大事な仕掛けであるピンボールがどうもうまくきいてゐない。」(丸谷才一)
「三篇(引用者注:「闇のヘルペス」「一九七三年のピンボール」「羽ばたき」)のいずれが入賞しても不満でないと考えていたが、またそれらいずれにも積極的に賞へと推すことにはなにか不充分な思いが残るのでもあった。」「前作につなげて、カート・ヴォネガットの直接の、またスコット・フィッツジェラルドの間接の、影響・模倣が見られる。しかし他から受けたものをこれだけ自分の道具として使いこなせるということは、それはもう明らかな才能というほかにないであろう。」(大江健三郎)
「おもしろかった。」「この時代に生きる二十四歳の青年の感性と知性がよく描かれていた。」「(引用者注:同棲している)双子の存在感をわざと稀薄にして描いているところなど、長い枚数を退屈せずに読んだ。」(吉行淳之介)
「筋のない小説で、夢のようなものだ。主人公は英語とフランス語の飜訳事務所を開いているとあるが、生活は何も書いてない。」(瀧井孝作)
「ひとりでハイカラぶつてふざけてゐる青年を、彼と同じやうに、いい気で安易な筆づかひで描いても、彼の内面の挙止は一向に伝達されません。現代のアメリカ化した風俗(引用者中略)を風俗しか見えぬ浅薄な眼で捕へてゐては、文学は生れ得ない、才能はある人らしいが惜しいことだと思ひます。」(中村光夫)
「予想通り(引用者中略)最後まで残った。」(遠藤周作)
「新しい文学の分野を拓こうという意図の見える唯一の作品で、部分的にはうまいところもあれば、新鮮なものも感じさせられるが、しかし、総体的に見て、感性がから廻りしているところが多く、書けているとは言えない。」(井上靖)


吉行淳之介は村上春樹が前作「風の歌を聴け」で群像新人賞を受賞した際の選考委員でもありましたので、村上に注目していたのでしょう
前回の芥川賞選考時、辛辣な評をしていた大江健三郎は宗旨変えをしたかのように高く評価をしており、興味深く感じられます。それでもまあ、大江特有の皮肉と受け取らなくもないのですが
中村光夫は全否定、という感じでよほど感性が合わなかったのでしょう
井上靖にすれば、彼の作風と真逆とさえ感じる村上春樹(饒舌にして軽薄とさえ感じられる文体)ですから、芥川賞に値するとの評価にはならないと想像します
「一九七三年のピンボール」はおそらく選考に関わる作家にしても、読んだことのないタイプの小説でしょう
しかも、途中に差し込まれたピンボールに関する蘊蓄に興味も関心も抱けないとなれば、読んでいて苦痛でしかないのかもしれません
(ピンボール愛好者の自分にとってはそこが面白く、興味深かったのですが)
ですから、この作品を評価しろと提示された作家や評論家が戸惑い、あるいは嫌悪感を示すのも無理からぬところがあったと思われます
さて、小説の作風自体、前作の「風の歌を聴け」と微妙に変化していますが、内容としては前作と本作で1つという格好です
ただし、村上作品人気投票では「風の歌を聴け」が「ノルウェイの森」に続いて2位に位置するものの、「一九七三年のピンボール」は11位となっており、意外なほど人気がありません
村上春樹の人気書籍ランキング!みんながおすすめする作品は?
https://ranking.net/rankings/best-popular-haruki-books
頭の固いベテラン作家にはウケが悪くても、当時の若い世代にはすんなり受け入れらたのではないかと思ってのですが
まあ、上記のランキングは必ずしも作品発表当時の反応を示すものではないので、そこは保留しておきましょう
言えるのは、今回「一九七三年のピンボール」についての批評、論文をGoogleやBingといった検索エンジンを使って調べたものの、件数が非常に少ないという事実です
なので、研究対象から漏れている、あるいは研究対象から外している実態が伺えます。評論家、研究者の側からすると扱いにくい作品なのかもしれません
もう少し調べてみて、何か面白い評論でも見つかれば再度、取り上げたいと思います

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中国は村上春樹をどう読んだのか3
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記事「村上春樹ブームを読む」を読む
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村上春樹「神の子どもたちはみな踊る」
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村上春樹を読み誤る中国人文学者 その1
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村上春樹を読み誤る中国人文学者 その2
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村上春樹の新作 予約が45万部突破
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爆笑問題が村上春樹の新作を批判
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爆笑問題太田による村上春樹批判の迷走
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「なぜ韓国に村上春樹はいないのか」と書く韓国メディア
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村上春樹「蛍・納屋を焼く」を韓国で映画化 その感想
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中学教師体罰 全治3カ月の重傷で逮捕

いまどき生徒に体罰を加えた教師が逮捕されるという、時代錯誤みたいな事案が兵庫県宝塚市でありました
体罰は教師による暴力であり、怪我をさせたなら傷害という刑法犯になります
そんな当たり前のことをわきまえていない教師がまだいるのであり、唖然とさせられます


中学教諭、生徒の背骨折り逮捕
中学校の部活中、部員の男子生徒2人に体罰を加えてけがを負わせたとして、兵庫県警宝塚署は12日、傷害の疑いで、宝塚市立中学校教諭の男(50)=西宮市=を逮捕した。
逮捕容疑は、9月25日午後4時半ごろから約30分にわたり、同校の道場で、顧問を務める柔道部の1年生男子部員2人に対し、投げ技をかけて両頬を数回殴ったり、寝技をしつこくかけたりしてけがを負わせた疑い。12歳の生徒は背骨を折り全治約3カ月の重傷で、13歳の生徒は首に軽いけが。調べに対し、「おおむね間違いありません」と容疑を認めている。
同署によると、道場にある冷蔵庫で保管していたアイスクリームがなくなっていた事案が発生。男らが部員を対象に聞き取りをした結果、2人が食べたことを認めたため、部員らの前で暴行を加えたという。2人の両親が数日後に同署に相談。10月に入って被害届を出した。
同署によると男は2016年から同校で勤務。当時から柔道部の顧問を務めていたという。
宝塚市教育委員会によると、事案が起きた9月25日、学校側から市教委に報告があったという。
同校は10月12日午後7時から、保護者会を開いて説明。その後、午後9時すぎに同校から市教委に逮捕の連絡があったという。同市教委は「まずは事実確認を進めたい」とした。
宝塚市内では、今年6月にも市立中学校で女子生徒に対して厳しい指導をしたとして、生徒が所属する部活動の男性顧問が停職1カ月の処分を受けている。女子生徒は指導を受けた後に校舎から転落し、腕の骨を折る重傷を負った。
(神戸新聞の記事から引用)


記事では教師の名が伏せられていますが、上野宝博であると露見しています
背骨を折って全治約3カ月の重傷と記事には書かれているものの、別の報道によればコルセットで患部を固定し学校に通っていると伝えられており、怪我の程度には不明な点があります
ともあれ、どう見ても傷害事件であり、逮捕して身柄を取るのは警察として当然の対応でしょう(罪証隠滅のおそれや、逃亡のおそれがあるかどうかはともかく)
なので、事案はすでに中学校や教育委員会の手が届かないところに至ってるわけです。警察は必ず身柄付きで送検するはずです。今後、勾留するかどうかは検察の判断になります
上野宝博容疑者は過去にも体罰で訓告2回、減給処分1回があり、札付きの暴力教師と呼んで差し支えないでしょう
そのような人物を柔道部の顧問に据えていた学校長の判斷も適切であったか、問われなければなりません
率直に言って過去に3度、体罰で処分を受けているのですから教師としては不適格であり、早々に辞めさせるべき人物です。今回どのような刑事処分が下されるかはまだ分かりませんが、免職するのが相当です。でないと、次は生徒を柔道技で絞め殺すかもしれません
最悪の事態に至る前に教師を辞めさせ、生徒の命を守る必要があります
上野宝博のやっているのは教育ではなく、私怨による暴力です。それを彼自身抑えられないのですから、教師失格だと自分は思います

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「風の歌を聴け」 鼠は主人公の影

村上春樹の「風の歌を聴け」を取り上げます。またしても山根由美恵山口大学教育学部准教授の論文から引用させてもらいます。論文は山根准教授が広島大学大学院に在籍中に書いたものですが、自分にとっては驚きや発見がありました
既に述べたように村上春樹はこの「風の歌を聴け」と「一九七三年のピンボール」が芥川賞候補に挙げられたものの、受賞は逃しています
この話は以前にも当ブログで取り上げたところですが、あらためて芥川賞選考時の「風の歌を聴け」に対する評価を引用しておきます
「村上春樹さんの『風の歌を聴け』は、アメリカ小説の影響を受けながら自分の個性を示さうとしてゐます。もしこれが単なる模倣なら、文章の流れ方がこんなふうに淀みのない調子ではゆかないでせう。それに、作品の柄がわりあひ大きいやうに思う」(丸谷才一)
「しいてといわれれば、村上春樹氏のもので、これが群像新人賞に当選したとき、私は選者の一人であった。しかし、芥川賞というのは新人をもみくちゃにする賞で、それでも構わないと送り出しても良いものだけの力は、この作品にはない。この作品の持ち味は素材が十年間の醗酵の上に立っているところで、もう一作読まないと、心細い」(吉行淳之介)
「今日のアメリカ小説をたくみに模倣した作品もあったが、それが作者をかれ独自の創造に向けて訓練する、そのような方向づけにないのが、作者自身にも読み手にも無益な試みのように感じられた」(大江健三郎)
以上の3名が選評として言及しており、他の選考委員は何も触れていません。触れなかった選考委員に見識がないと批判したいのではなく、当時としてはその程度の反応しかなかったという実情を踏まえておきたいがための引用です
さて、山根論文に話を切り替えましょう
論文ではいくつもの先行する研究を挙げ、作品中の鼠というのは実在(あくまで小説という現実世界の中で)する人物ではなく、主人公の影と目される存在である、とする「定説」が固まっていると指摘されています
いつの間にやら、そうした「定説」ができあがっていると知り、軽いショックを受けました。村上春樹作品は好きで読んできましたが、評論や研究者の論文に目を通すようになったのは最近ですから、自分が知らなかっただけではあるのですが


村上春樹「風の歌を聴け」論ー物語の構成と〈影〉の存在
二 〈影〉の誕生
(前略)
難破船に乗り合わせた男女の別れと再会という架空の小説が鼠と女の実際の会話となり、さらにそれが「僕」と小指のない女の子のこととして語られているのだ。ここで「僕」と鼠が同一人物、結論を先に述べると、「僕」の〈影〉であるという可能性が生まれる。それに伴い「小指のない女の子」が鼠の創作した小説の人物であり、鼠と同様に「僕」の内的世界の像〈影〉である可能性が生まれるのだ。
実際にこの二人がどのように作品に描かれているか検討する。「僕」と鼠の関係については、吉行淳之介氏が「鼠という少年は、結局は主人公(作者)の分身であろうが」と評してから、鼠が「僕」の分身という説はほぼ定説の感がある。ここで「僕」や作者の「分身」として曖昧に捉えられてきた「僕」と鼠との関係を厳密に考えたい。私は、鼠という人間を「僕」の無意識下における内的世界で作りあげられた像〈影〉という概念、強調したいのは内的世界にのみ存在する人物として捉えたい。実際に「僕」が初めて鼠と出会ったのは、「三年前の春のこと」で「僕たちがが大学に入った年」(4章)18歳の春である。この時期の「僕」は「高校の終わり頃、僕はこころに思うことの半分しか口に出すまいと決心した。理由は忘れたがその思いつきを、何年かにわたって僕は実行した」(30章)という状況にあった。つまり、「僕」が自らの言葉の半分を閉じた時期に鼠という人物が登場していることから、鼠は「僕」の〈影}であることは明白である。

うーん、そうなのか
鼠については主人公を補完する意味での他者、と自分は位置づけていたので、別段、大きく驚いたわけではありません。が、映画「風の歌を聴け」での鼠役巻上公一の怪演が印象に強く残っているため、彼の存在を影として消し去ってしまう(小説の現実世界では存在しえない人物)と
解釈してしまうのは残念な気がします
自分の読みとしては、小説の現実世界で主人公の隣に存在する人物ではあるけれど、実像は小説の描写とは異なっており、主人公自身の欠落する部分を補う存在として脚色され語られている者、だと思い込んでいました
もちろん、映画「風の歌を聴け」は大森一樹監督による別の物語ですから、混同するのは避けるべきなのでしょうが
くどいようですが、映画「風の歌を聴け」をまだ視聴した経験のない方がいましたら、一度観ておくようおすすめします。ただ、原作とは大きく異なっている部分がありますので、それを含んだ上でご覧いただくよう申し添えておきます
村上春樹の小説は「喪失」あるいは「不在」を重要なテーマとしています
山根論文は結論部分で以下のように書いています

かくて、『カリフォリニア・ガールズ』で始まり、『カリフォリニア・ガールズ』で終わる『この話』とは、自らの〈影〉鼠との訣別、愛する女性との訣別という現実があり、その不在の過去を希求することで〈影〉という存在を造り出し、対話した男の物語であると言える。すなわち、不在の夢、不在の女性を歌う『カリフォリニア・ガールズ』という装置によって、二つの〈影〉と対話する自己の内的世界に突入し、そこで己の最も深い傷である1970年4月4日の物語と、1963年という全ての元凶が生まれた年の物語という二つの過去を思い出させ、そしてまた『カリフォルニア・ガールズ』に導かれつつ現実に戻るという戦略的な構成が見えてくる。

上記の結論に異論を申し立てる気はありませんが、「不在」の前には「存在」があり、「風の歌を聴け」の中には青春のバカ騒ぎという過剰で無駄にエネルギッシュな日常もあり、女の子に目移りしたり、気を引かれたりという日常もあったのでしょう
アルバイトに勤しむでもなく、勉強するでもなく、夏休み期間をダラダラと過ごす日々の先に物語が展開しているのであり、だからこそ明暗のコントラストが効果を発揮していると解釈します
また、鼠という存在が本作に続く村上小説でも登場するように、完全な訣別であるとは言えないのは確かでしょう
今回は引用しませんでしたが、山根論文は「風の歌を聴け」の構成、章立てについて精緻な読みを行っており、「カリフォルニア・ガールズ」の伏線についても読み解いています。関心のある方は一読ください

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学術会議任命問題 学問の自由がおかされる

ここ数日、世間を騒がせている日本学術会議へのメンバー推薦から6人が漏れた件を取り上げます
一部の新聞と野党は鬼の首を獲ったがごとく菅内閣攻撃の材料として連日、大々的に取り上げており、招集される国会で追及する気のようです
しかし、学術会議の補充メンバー推薦から6人が漏れた、という事案がさほどまでに重要な喫緊の政治問題であるはずもなく、何をやっているのかと自分は思うばかりです
ノンフィクションライターの窪田順生がダイヤモンド・オンラインに以下のように野党と一部のメディア、それに政府批判を開陳する学術会議幹部を批判する記事を書いていますのであ取り上げます


学術会議問題のズレた議論、「学問の自由が侵された」はなぜ無理筋か
「学問の自由が侵害される」は行き過ぎた攻撃ではないか
日本学術会議が推薦した6人の学者を、菅義偉首相が任命拒否したことが大きな問題になっている。野党は臨時国会で追及する構えだという。
JNNの最新世論調査でも、これを「妥当ではない」と考えているのは51%。このまま具体的な理由の説明がなくモヤモヤ答弁を繰り返せば、70%という高い内閣支持率にもダメージがあるかもしれない。
「なぜ任命を拒否したのか」「なぜあの6人だったのか」というところは、国民としてもぜひ知りたいところなので、マスコミや野党の皆さんには頑張っていただきたいと思う。が、一方でこの騒動に乗じて、かなり無理筋というか、モンスタークレーマーの言いがかりのような攻撃を紛れ込ませる人があまりに多いのには、やや辟易とする。
それは、「学問の自由が侵害される!」という攻撃だ。
たとえばこの問題を扱ったニュースを検索してみると、そのタイトルにはこんな煽り気味のワードが散見される。
「菅首相が安倍時代もしなかった言論弾圧」「学問と思想の弾圧危惧」「ついに剥き出しになった言論弾圧首相の本性」
こういう話を聞くと脊髄反射で血が騒ぐという人たちの気持ちもわからないでもないが、イデオロギーを抜きにちょっと冷静に考えれば、今回の問題が「学問・思想・言論の自由」と全く関係していないのは明らかだ。
とどのつまり、この話は6人の学者が「特別職国家公務員」に入れませんでした、ということに過ぎないからだ。菅首相が気に食わない学者を大学から追いやったとか、科研費を打ち切ったとか言うなら確かに「弾圧」だが、単に研究活動の傍らに行う「名誉職」に選ばれませんでした、というだけの話である。
もっと言ってしまうと、この6人が学術会議の会員にならなくとも、日本全国で84万人いる学者や、市井の人々の「学問の自由」にはなんの影響もない。
「無知無学の人間はこれだから」と頭を抱える学者センセイもたくさんいらっしゃると思うが、同様の指摘はほかでもない、学者の皆さんからも出ている。たとえば、日本学術会議の会員になった経験もある政治学者の篠田英朗氏は、SNSでこのような考えを示している。
《若い頃に一時期学術会議の末席を汚させていただいたことがありますが、私は業績不足ですから二度と誘われることはないので安心して言いますが、任命されないほうが学問の自由を享受できる、というのが普通の学者の本音だと思います。〉(10月2日)
「政府介入」「解釈の変更」というのは無理筋な言い分
もっと辛辣なことをおっしゃる学者もいる。福井県立大学の島田洋一教授は、SNSでこんな厳しい意見を述べている。
《「学問の自由が侵された」と騒ぐ日本学術会議面々の言動を見ていると、仰々しい肩書を与えられることで歪んだエリート意識が増幅され、「専門バカ」が「バカ専門」に転じていくさまがよく分かる。これ以上、大学教員は愚かで鼻持ちならないと世間に印象付けることはやめてもらいたい。迷惑だ》(10月3日)
こういう話をすると、「個々の学者が任命された、任命されないという小さな問題ではなく、学術会議という独立した機関の人事に政府が介入をしたことが大問題なのだ」と怒る人たちがいらっしゃる。1983年の中曽根康弘首相(当時)が国会答弁をしたように、学術会議推薦者への任命は「形式的」だと政府の文書にあるのだから、その方針をちゃんと守らないのは「解釈の変更」だと大騒ぎをしているのだ。
(以下、略)


学問の自由の侵害について、朝日新聞は加藤官房長官の釈明を批判し社説で、「学術会議の会員でなくても自由に研究はできるとして『今回の対応は学問の自由の侵害に当たらない』と繰り返す。だが研究を踏まえて発表した内容や発言が政権の意に沿わず、不利な人事につながったのは疑いようがない。これでは学者は萎縮し、学問の発展は期待できなくなる」と書いています
まるで研究者にとって日本学術会議のメンバーになることこそが人生の目的であるかのような扱いです
学会内での地位向上を目指し、学会のボスを目指す研究者なら分かりますが、皆が皆、日本学術会議のメンバーになりたくて研究活動をしているわけではありません
なので、「学問の自由の侵害」というのは難癖に近い主張です
そして今回任命されなかった人物が、「学術会議はアカデミーなんです。アカデミーがない国でいいんですか」と発言しているようですが、学術会議が欧米諸国のアカデミーとは別物であるとの指摘も、省略した部分で書かれています。関心のある方はウェッブサイトにアクセスしてください
絶対王政下のヨーロッパでは国の威厳を示す方法の1つとして国王の下にアカデミーが置かれ、学識に優れた人物を自国のみならず外国からも招聘し、研究活動に取り組ませ成果を誇示した歴史があります
しかし、現在の日本学術会議にそのような性格はないのであり、アカデミーとは比べものになりません
国の機関として日本学術会議を存続させるのは止めて、独立行政法人なり財団法人なりの形にするのが正解でしょう。もちろん、会員は総理大臣が任命する特別公務員ではなく
コロナ感染症や9月の水害など、国会で議論するべき問題は多々あるのに、緊急性もない日本学術会議の任命問題を野党は国会の目玉にしようというのでしょうか?

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カンボジアPKOと機動警察パトレイバー

カンボジアでのPKO活動参加について調べていて思い出したのが、「機動警察パトレイバー 2 the Movie」です
実際のPKO活動については、日本から文民警察官(軍人ではない者)が拳銃も所持せず、丸腰で参加しました。結果、日本人警察官が乗っていた車両が現地の武装集団に襲撃され、1人が死亡し4人が重軽傷を負う被害を受けています
PKO活動への参加を巡って国会で延々と議論をし、野党側は銃器の携行に徹底して反対し、拳銃を持参させることですら「外国に対する武力に行使であり、戦争行為だ」とか「明らかな憲法違反」だと主張しました
文民警察官が拳銃を携行するのはけしからんと野党が騒いだため、日本人警察官は丸腰のままカンボジアに赴かざるを得なかったわけです(内戦が終わったばかりのカンボジアでは、自動小銃やロケット砲を手にした軍人崩れのゴロツキが跋扈している状況でした)
この理不尽な状況は、そのまま「機動警察パトレイバー2 the Movie」において、PKO活動のため派遣された柘植行人率いる自衛隊のレイバー小隊が一切の発砲を禁じられ、現地武装集団から攻撃に為すすべなく壊滅するシーンとして描写されています
評論家の藤津亮太は「機動警察パトレイバー2 the Movie」について、以下のように書いています


冷戦終結と豚、そして告げゆく人。『紅の豚』と『機動警察パトレイバー2』
(前略:「紅の豚」とユーゴスラビア内戦について)
▼冷戦終結と深い関係を持つ『機動警察パトレイバー 2 the Movie』
『紅の豚』の翌年、1993年に押井守監督の『機動警察パトレイバー 2 the Movie』が公開される。本作もまた冷戦終結と深い関係を持つ映画だ。
映画の舞台は(当時から見て)近未来である1999年、東南アジア某国で、PKO部隊として日本から派遣された陸上自衛隊レイバー小隊がゲリラ部隊と接触する。本部からの発砲許可を得られないまま一方的に攻撃を受けて壊滅した。その小隊の隊長、柘植行人は自衛隊を辞め、そして"戦後の平和"の虚妄を暴くために再び東京に現れる。
1948年に始まった国連平和維持活動(PKO)は、冷戦の終結とともに、急激にその数を増やすことになった。安全保障理事会は1989年から1994年にかけて計20件の新規PKOを認可し、平和維持要員の総数も1万1,000人から7万5,000人へと増加している(国際連合広報センター「平和維持活動の歴史」より)。
こうした流れの中、日本でも1992年にPKO協力法が成立し、陸上自衛隊は国際連合カンボジア暫定統治機構(UNTAC)の下で任務にあたることになった。国際連合の枠組みで活動するPKOへの参加は初であった。『パトレイバー2』の冒頭のシーンは、こうした自衛隊を取り巻く状況を踏まえたものだった。
柘植は、ミサイルでレインボーブリッジを壊し、ハッキングによって"自衛隊機による幻の空襲"を演出することで、自衛隊と警察の対立を煽り、東京を一種の戦争状態へと誘導していく。冷戦が終わり酷薄な世界情勢を目の当たりにした柘植は、太平の眠りを貪る日本という国に「戦争という現実」を突きつけようとしたのだ。
柘植の動向を追うために特車二課の隊長、後藤喜一に接触してきた謎の男、荒川は、この国の平和について次のように述べる。
「この国のこの街の平和とは一体なんだ? (略) 今も世界の大半で繰り返されている内戦、民族衝突、武力紛争。そういった無数の戦争によって構成され支えられてきた、血まみれの経済的繁栄。それが俺たちの平和の中身だ、戦争への恐怖に基づくなりふり構わぬ平和。正当な代価をよその国の戦争で支払い、そのことから目を反らし続ける不正義の平和」。「単に戦争でない、というだけの消極的で空疎な平和は、いずれ実態としての戦争によって埋め合わされる。そう思ったことはないか?」。
この映画において、荒川のこの認識は柘植とほぼ重なっていると考えてよい。そしてこの"(この作品内において)現実的な認識"とされるものを頭から否定するのは難しい。実際、現実を見ようとしない警視庁幹部を前にした時、後藤が感じた苛立ちは柘植の動機と同種のものだ。そういう意味で、後藤はもとより柘植を止めることはできないのだ。
しかし、ここまで現実的な認識をしながら、柘植はなぜ「戦争状況」という虚構を演出するという、矛盾した手法をとったのか。
それは柘植が伝えたかったのが「戦争という現実」という概念だからだ。柘植の目的は「誰かがお前を狙っている」「敵がそこにいる」というアジテーションではない。戦後日本の虚妄を暴く、一種の批評にこそ柘植の目的はあった。だから誰が敵かもわからない、「戦争状況」だけを欲したのだ。
だがいくら柘植が批評に留まろうとしたところで、「戦争という現実がある」という主張と「そこに敵がいる」というアジテーションの距離は恐ろしく近い。
後藤は先述の荒川の長広舌の間にこんな返事を返している。「そんなきな臭い平和でも、それを守るのが俺たちの仕事さ。不正義の平和だろうと、正義の戦争より余程ましだ」。
(以下、略)


日本が戦後享受してきた平和の虚妄を暴こうとした柘植の行動をどう受け止めるか、という投げかけがあるわけですが、視聴者の多くは響かない、陳腐な問いかけだったと思います
実際、作品はよくできていますし、幻の首都爆撃など見せ場も多く、こうしたアニメはディズニーやピクサーには作れません。韓国や中国でも作れないでしょう。つまり日本だけ、作ることが可能だったという奇跡のような作品です
残念ながらカンボジアでのPKO活動は日本国内で顧みられる機会はなく、正当に評価したり、結果を検討されたりもしていないようです
井出庸生衆議院議員による政府への質問主意書と、政府による回答を見ればそれが分かります

尊い命が失われたカンボジアPKOを評価、検証し、未来の政策に活かすことに関する質問主意書

政府にすれば諸外国の手前、仕方なしに参加したPKO活動であり、厄介な出来事として忘れてしまいたいものなのでしょう
なお、このPKO活動をきっかけに菅直人首相の時代、民主党では小沢一郎や横路孝弘らが自衛隊とは別に「国連待機軍」を編成する構想をぶち上げたのですが、議論も進まず立ち消えになっています

民主・菅代表、国連待機軍を提唱へ 自衛隊と別組織で
民主党の菅代表は29日、イラクへの自衛隊派遣問題に関連し、国連平和維持活動(PKO)や国連の下での多国籍軍に日本が参加する場合は、自衛隊と別組織の「国連待機軍」(仮称)を派遣する構想を提唱する方針を固めた。来年1月13日の党大会で提案し、党の安全保障政策の柱とする考えだ。同様の構想は旧自由党の小沢一郎代表代行や社会党出身の横路孝弘副代表らも唱えているが、党内の意見集約に手間取る可能性もある。
菅氏は29日、朝日新聞の取材に「国連決議などがある場合、国家の主権の行使とは別の意味で、自衛隊と別の組織を海外に出すこともあり得る。そういう整理が必要だ」と述べた。菅氏は24日の記者会見で「どういう原則で自衛隊を海外に出すのか、年が明けた段階で提起したい」と語っており、自衛隊と別組織を派遣することを原則とする考えを示したものだ。
11月末には小沢氏と横路氏が「指揮権を国連に委ねた自衛隊の別組織である国連待機部隊を創設する」との合意文書を確認している。しかし、小沢氏は武力行使を含む活動が可能と考えているのに対し、横路氏はPKOを想定しており、考え方の隔たりは大きい。菅氏は武力行使については将来的な検討課題と位置づけており、今後の詰めが必要となる。また、党の政策を決める「次の内閣」では議論されておらず、批判的な意見が出る可能性もある。

PKO活動参加すら拒み批判する勢力がいる民主党で、「国連待機軍」の新設など合意を得られるはずがないのであり、保守から中道・左派まで含んでいるがゆえに「何も決められない民主党」の性格が如実に現れています

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園児にわいせつ行為 保育士に懲役10年判決

ウェッブサイトでベビーシッターを斡旋するアプリ、キッズラインから、男性ベビーシッター2人がわいせつ行為や児童ポルノ法違反容疑で相次いで逮捕される件がありました
どこの誰とも分からないベビーシッターにこどもを託すというのはなかなかリスクが高い、と世間一般に知らしめる事件でした
しかし、それならば保育園が安心かというと、実はそうでもないと思わせる事件が札幌市でありました
保育園に勤務していた保育士川瀬智大被告に対し、札幌地方裁判所は男子園児14人に対する強制わいせつ、及び児童ポルノ法違反で懲役10年の有罪判決を言い渡しています
逮捕のきっかけは、昼寝をしている園児の性器を川瀬容疑者が触っているところを、迎えに来た母親が目撃したたためです


強制わいせつの疑いで送検された札幌市中央区の保育士川瀬智大容疑者は16日、勤務する札幌市内にある保育園で男の子の下半身を触った疑いが持たれています。
川瀬容疑者はほかの園児と昼寝をしていた男の子の布団に手を入れて下半身を触っていたところ、迎えに来た母親が目撃し、通報しました。
男の子も「触られた」と訴えていて、犯行は男の子が起きている状態で行われたとみられます。
調べに対し、川瀬容疑者は「興味があってやった」と供述しています。
また、保育園側による保護者説明会では、他にも被害が報告されていて警察が捜査しています。
(UHBニュースの記事から引用)


札幌の保育園で、男子園児らにわいせつな行為をし、その様子を撮影するなどして、強制わいせつなどの罪に問われている元保育士の男に、懲役10年の判決が言い渡されました。
札幌市の元保育士・川瀬智大被告(33)は、2017年からおよそ3年間、勤務先の保育園で男子園児14人に対して体を触った上、その様子を撮影して児童ポルノを製造したとされています。
8日の裁判で札幌地裁は「保育士という立場を悪用した職業倫理にもとる卑劣なものである。保護者らにとって信頼して預けていたわが子が性的被害を受けていたことの衝撃ははなはだしい」として、懲役10年の判決を言い渡しました。
傍聴していた被害者の保護者の中には、判決を聞いて涙を流す人もいました。
(HTBニュースの記事から引用)


そもそも川瀬被告がなぜ園児、それも男児を対象としてわいせつ行為を繰り返していたのか、残念ながらそこまで踏み込んだ報道はなく、おそらくは裁判でも争点にならず、さらりと流されてしまったのでしょう
しかし、事件を考える上では1番重要な項目です
過去に類似した事件としては2014年にベビーシッターをしていた物袋勇治が計20名以上の男女の幼児にわいせつ行為をし、1人を死亡させた事件があります。あるいは神奈川県平塚市の認可外保育所で角田悠輔が幼児1人を死亡させ、15人の女児にわいせつ行為をした事件もありました。さらには2003年、長崎で男子中学生が4歳の男児の性器をハサミで切断し、駐車場から突き落として殺害する事件もあります
ただ、これらの事件を全部同じものと扱うわけにはいきません
川瀬被告が取調べに対し、動機をいかに説明したのかにもよります。明確に動機を自身で説明できるほど理解をしている場合もあれば、自覚もないまま犯行を繰り返す者もいるからです
単純に、「小さいこどもに興味があった」としか表現できない性犯罪者もいます
本件の場合、女児ではなく男児の性器に執着していますので、性倒錯といえるわけですが、どのようなきっかけ、由来があって川瀬被告が倒錯した欲望を抱くに至ったか、その部分を川瀬被告が納得できる形で解明しないと10年の刑期を務めた後も同様の犯行を繰り返す危険があります。欲望の正体を見極めるまで、性衝動は繰り返し本人をけしかけ、犯行へと駆り立てるからです

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ヤマト運輸男女殺傷事件 筧真一容疑者逮捕

日々、さまざまな事件が起きます。中には理不尽な、言いがかりや八つ当たりといった振る舞いで人を殺傷する事件もあります
神戸市のヤマト運輸配送センターで起きた従業員の男女に対する殺傷事件も、犯人の八つ当たりとしか思えない短慮な犯行でした
文春オンラインの記事から一部を引用します


兵庫県神戸市の山あいにあるヤマト運輸の集配施設「神戸北鈴蘭台センター」。10月6日午前4時すぎに事件は起きた。まだ暗い中、突然押しかけた1人の男が出勤直後のパート社員の女性(47)と男性(60)に次々に襲いかかったのだ。全身十数カ所を包丁で滅多刺しにされた女性はその場で死亡。もみ合いながらも必死に逃げた男性の通報で警察が駆けつけ、男は逮捕された。
筧真一容疑者(46)。事件前日の5日に2年半働いたこのセンターを解雇されたばかりの男だった。被害に遭った2人とは前日も一緒に働いていたという。
「男性は驚いたやろな。叫び声を上げて右手に包丁を握りながら自分に向かってくるのは昨日までの同僚やったんやから。その時は最初の悲鳴を上げた同僚の女性は既に息絶え絶えやったはず。出勤直後に車から降りたところを刺されていて、驚く間もなかったと思う」(捜査関係者)
筧容疑者は逮捕後、兵庫県警の調べに対し、2人を狙って襲ったことを素直に認めた。
「解雇されて腹が立っていた。あの2人のせいでクビになったと思い、殺すつもりだった」
そう供述したという。
いったい事件前日に何があったのか、県警幹部が説明する。
「けんかだ。筧容疑者は以前から勤務態度が悪かったそうだが、5日朝にこの男性から荷物の仕分け作業が雑だと注意され、取っ組み合いになりかけた。殺された女性が仲裁に入ってけんかは止まったが、その際に筧容疑者が振り回した手が女性に当たった。ヤマト側はこれを暴力沙汰と判断し、決定的な理由として即日クビを告げたようだ」
突然の解雇宣告を受けた筧容疑者は、はらわたが煮えくり返ったのだろう。その日のうちにホームセンターへ行き、包丁2本と木製バット1本を購入した。
女性の腹には包丁が刺さったままだった
「女性の腹には包丁が刺さったままやった。一部の傷は腹から背中に貫通するほど深く、ほぼ即死やったと思う。容疑者は包丁を2本持っとって、男性に向けたんはもう1本の方やな」(冒頭の捜査関係者)
こうして2人に凶刃は向けられた。だが、そこにはなんともやりきれない「勘違い」があった。実は、殺害された女性は最後まで筧容疑者をかばっていたのだ。事件現場を所管する神戸北警察署の幹部は、
「暴力沙汰をクビの理由にしたいヤマト側は、この女性に警察へ行き被害届を出すよう促した。実際に女性はその日の昼に神戸北警察署へ来て相談もしている」
と明かす。だが、女性は被害届を出さずに帰ったという。
「『手が当たったのも自分に向けられたわけではない。自分は筧さんとの関係も悪くないから』と。上司には届け出るよう指示されたが気乗りしない様子だった。明らかにかばっていた」
筧容疑者にしてみれば、警察署に駆け込んだことで、女性も一緒になって自分をクビにしようとしたと思えたのだろうか。真っ先に滅多刺しにしたのが、その女性だったのだ。
(文春オンラインの記事から引用)


省略した部分では筧容疑者が短気な性格で、過去には警察官に対する公務執行妨害で逮捕された前科がある、と書かれています。他にも前科があるのかもしれません。人手不足の宅配業ですから、筧容疑者のような人物でも雇用しているのでしょう
文春オンラインの記事の末文には、「留置先の神戸北警察署から送検された際、筧容疑者はカメラを構える報道陣に向けて、満面に笑みを浮かべながら左手でピースサインを作ってみせた。反省や後悔を感じぬ狂気の表情だった。彼をかばいながら殺された被害者が、あまりに浮かばれない」と書かれています
筧容疑者にすれば、自分を貶めた連中に仕返しをしてやったのだと自己満足し、得意の絶頂であったのかもしれません
そして裁判では自分への差別、蔑みといった「被害」を声高に主張し、正当な仕返しだと強調するのでしょう。もちろん、身勝手な言い分が通用するはずもなく、懲役20年くらいの刑が科されるものと予想します
殺害された女性は気の毒な限りで、筧容疑者には慰謝料を支払う貯金もないのでしょう
せめて就業中の被害であるとし、労働災害が適用されるか、ヤマト運輸が見舞金を支払うなどの手当が考えられるのですが、それでも理不尽な話です。遺族にとっては無念でならないわけで

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赤坂憲男「ナウシカ考」を読む その2

赤坂憲雄による「ナウシカ考ー風の谷の黙示録」(岩波書店刊)について、2度目の言及になります
前回はAmazonのレビューをとっかかりに書きました。今回は赤坂憲雄と作家川上弘美の対談記事を取り上げようと思います
他人の書いたもの、語ったものばかりを引用し、ああでもない、こうでもないと書き加えるのはちょっと気がとがめる部分もあるのですが、今回は著者である赤坂憲雄が自著について語っている内容ですから、その辺りは気にしないでおきましょう
さて、引用する対談記事の前置き部分に、「漫画版の『ナウシカ』も、全7巻で累計約1600万部を記録」と書かれていました。他人事ながら嬉しくなってしまいます。これだけ多く出版されたのですから、公共図書館や学校図書館にも並んでおり、おそらく2000万人近い人が漫画版「ナウシカ」を読んだものと推測します。以上、報告したくてこの対談(赤坂憲雄と川上弘美)を取り上げたわけです
劇場版「ナウシカ」の影に隠れ、知る人ぞ知る名作と漫画版「ナウシカ」を形容してきましたが、誤りかもしれません


今読むべき名作 漫画版『風の谷のナウシカ』を赤坂憲雄、川上弘美が考察する
(前略)
愚かな人たちが作った自然も、あがめられるか
赤坂 川上さんの作品世界にもつながっていくと思うのですが、(『ナウシカ』には)キツネリスやトリウマが出てきますよね。ある箇所で、「千年昔の世界には馬という動物がいて、哺乳類だったらしい」という記述が出てきます。つまり、ナウシカ世界の動物は、かつての生態系の分類で、哺乳類と呼ばれていた動物ではないのです。
生命を操る技によって、変えられているということが明らかになりますが、なぜ異種交配の生き物しかいないのでしょうね。実は人間の体も操作されて変えられているという事実も、やがて明らかになります。生態系は、腐海だけでなく、人間も動物も植物も、すべてが変えられている。
野生と文化、自然と人間という、我々の世界ではかろうじてある境界そのものが、壊れてしまった世界を宮崎さんが描いているということに、途中まで気付かなかったんです。それが大きな問いかけになると思ったのは、森の人について考えていたときですね。彼らは腐海と共存し、それを聖なる世界だとあがめている。けれど、その世界を作り出したのは千年前の「火の七日間」という戦争を引き起こした愚かな人類ですよね。それでも、腐海を聖なる森としてあがめることができるのか。彼らはすごく困るわけです。
『ナウシカ』が提示するのは、「すべてが変えられている」ところからしか、出発できないということ。手付かずの自然をめでるのは楽なんです。でも、愚かな人たちが作った自然であってもそれをめでて、聖なるものとあがめることができるのか、という深い問いが突きつけられていると感じました。


対談の中で赤坂憲男は、「映画が公開された当時は特に、ナウシカは環境破壊で追い詰められていく世界を、自己犠牲によって救済する、エコロジーの戦士として扱われていたと思いますね。宮崎さんは、それにいら立っていたと、勝手に想像しています」と述べています
「エコロジーの戦士」云々についてはこれまでにも触れたので、繰り返しは避けます
ナウシカの物語は徹底した環境破壊の後の話であり、生態系そのものがそっくり作り変えられてしまった状況で進められます。なので、ナウシカを引き合いに出し、自然保護の重要性を語りたがる人がいるのは趣味の悪い冗談みたいなものです
赤坂は繰り返し、ナウシカ=「エコロジーの戦士」という既成概念批判をしていますので、よほど腹が立っているのでしょう
劇場版「ナウシカ」ではさらりと流されている「火の七日間」戦争ですが、漫画版は物語の原点として扱われ(言及される機会こそ少ないものの)、すべてはそこから始まったと考えられます。もちろん、「人間も動物も植物も、すべてが変えられる計画も
赤坂の読み(ナウシカ考)は、「火の七日間」で破壊された世界を丹念に読み解いていきます


この物語では一つの声だけを聞くべきではない
赤坂 それで、漫画版『ナウシカ』を読むときには、一つの声だけを聞くべきではないと思うようになりました。ナウシカの声が物語の中心にありますが、それがそのまま宮崎さんの声や考えではない。ナウシカの声ですら、ほかの声によって常に相対化されている。
川上 ナウシカが絶対的な正義だと思われがちですが、そうではないんですよね。私自身には、ケチャという少女の声がとてもよく響いてきました。多様な声が重層的に出てくるところが、ものすごく面白かった。
赤坂 終章では、ミハイル・バフチンの『ドストエフスキーの詩学』(筑摩書房)に触れましたが、そこでのドストエフスキーを宮崎駿に置き換えても成り立つと思うところがたくさんあると感じています。この多声的である、ポリフォニックであるということは、漫画という表現にとっては、未来に託されるべき可能性でしょうね。
漫画版では、黙示録的な善悪の戦いが決着したわけではありませんね。とりあえず、旧人類のプログラミングした未来へのシナリオを破壊しましたが、それをはたして全否定できるのかナウシカの選択は、正しいのか。漫画版は我々に、改めて問いの立て直しを求めています。それをさらに考えていきたいと思います。


ミハイル・バフチンの「ドストエフスキーの詩学」は随分前に読んで、内容もすっかり忘れていました。あらためてバフチンの主張するポリフォニーについて要約すると、「自立しており融合していない複数の声や意識、すなわち十全な価値をもった声たちの真のポリフォニーは、実際、ドストエフスキーの長篇小説の基本的特識と なっている。作品のなかでくりひろげられているのは、ただひとつの作者の意識に照らされたただひとつの客体的世界における複数の運命や生ではない。そうで はなく、ここでは、自分たちの世界をもった複数の対等な意識こそが、みずからの非融合状態を保ちながら組み合わさって、ある出来事という統一体をなしているのである。実際、ドストエフスキーの主人公たちは、ほかならぬ芸術家の創作構想のなかで、作者の言葉の客体であるだけでなく、直接に意味をおびた自分自身の言葉の主体にもなっているのである」という考えです(ミハイル・バフチン「ドストエフスキーの創作の問題」から引用)
つまり、ナウシカの発言だけを追いかけるのではなく、シュワの墓所の主やヴ王、クシャナ、皇弟などなど、さまざまな登場人物たちの声が多層的に物語を構成していると受け止め、解釈する必要がある、という考えに赤坂憲男は立っているのでしょう
自分はどうしてもナウシカに感情移入してしまい、彼女発言や考えを重視してしまいがちですから、この指摘は「目からウロコ」です
さて、最後に「ナウシカ考」とは無関係な愚痴を書いておきます
アメリカで劇場公開された「風の谷のナウシカ」は、「風の戦士たち」とタイトルが変更されています。向こうの映画関係者にすれば、「ナウシカ?」という反応で、「そんなタイトルじゃ売れないよ。日本人はまったくセンスがないね」と決めつけ、タイトルを変更したのでしょう。もちろん戦いが物語の中心にある作品ではないわけですが
昨今の漫画やアニメの中にはバトル中心のものが少なくないものの、そこで繰り返される自問自答「なぜ、戦わなければならないのか」、「なぜ強くなければならないのか」との問いに対する答えが、「大切なものを守るために自分は強くならなければならない」とか「愛する者を守るために戦う」など陳腐なものがあります。中には敵に家族を殺されたから、その復讐のためという、味も素っ気もない理由だったり
漫画やアニメにおける戦闘シーンの描写こそめざましく向上してはいますが、骨格となる物語が貧弱すぎて情けなるほどです
敢えて言うなら、富野由悠季の「ガンダム」でさえ、とても薄っぺらい物語であり、その後量産された「ガンダム物」は薄っぺらい物語をさらに水で薄めた粗悪品という印象しかありません(ガンダムファンは激怒すると思います)
宮崎駿がこの漫画を描くにあたって深く考え、迷い、ためらい、悩んで辿り着いた地点から、さらにその先を目指そうという作品が少ないというのは悲しい現実です
もちろん、漫画は思想書である必要はなく、小難しい理屈を述べる必要はないわけです。しかし、物語をとことん掘り下げ、突き詰め、地平の彼方まで覗こうという野心があってもよいのでは?
予定調和的なハッピーエンドが読者を満足させる側面はありますが、そこを裏切って突き抜けるような作品に触れるのも醍醐味でしょう

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