テーマ:小説

村上春樹「納屋を焼く」と映画「バーニング」

村上春樹作品を取り上げた研究者の論文を引用し、好き勝手なことを書いているシリーズです今回は例の、「納屋を焼く」をイ・チャンドン監督が映画化した「バーニング」に言及します。映画「バーニング」を取り上げるのは今回で2度目になります。映画そのものについては前回、思うところを述べたとおりであり、見解は変わりません。肯定的な評価はできなかったのが…
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村上春樹「踊る小人」と南米文学の影響

広島大学の研究紀要に収められた山根由美恵山口大学教育学部准教授の論文「村上春樹『踊る小人』論ーボルヘスの影」を読んで、思うところを書き述べます。先日、ダルミ・カタリン女史の論文「村上春樹と魔術的リアリズム : 『踊る小人』に見る一九八〇年代」を読んで感じたところと重なる部分もありますので、そちらも併せて目を通していただければ幸いです …
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ドラマのタイトルが長くなる理由

最近、テレビドラマのタイトルが長くなっており、それには理由があると説明する記事がありましたので、取り上げますタイトルがやたらと長くなるブームはすでにライトノベルで見慣れたものですが、テレビドラマの場合は少々事情が異なるようです なぜドラマのタイトルはどんどん長くなるのか? 「流行」「保険」の声もhttps://otonanswer.j…
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村上春樹「踊る小人」と魔術的リアリズム

村上春樹作品を取り上げるシリーズです。どうしても長編小説が注目され評価されるのですが、短編にも味わい作品があります。深い今回は「蛍・納屋を焼く・その他の短編」に収められている「踊る小人」を取り上げます雑誌「新潮」に「踊る小人」が掲載されたのが1984年ですから、初期の作品です前述の短編集では「ノルウェイの森」の先駆けとなった「蛍」や「納…
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「海辺のカフカ」 迷宮としての物語

村上春樹の小説「海辺のカフカ」について幾度か取り上げています。が、語り尽くしたという気がしません何度言及しようと、語り尽くせない不思議な小説です今日は漠然と「海辺のカフカ」と三島由紀夫の「午後の曳航」について考えていました。少年の暴虐性を描いた作品としては共通した部分がある作品です。いずれは「午後の曳航」と「海辺のカフカ」について論じる…
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村上春樹「アイロンのある風景」と「焚き火」

村上春樹の短編小説集「神の子どもたちはみな踊る」の中から、「アイロンのある風景」を取り上げました登場人物である関西弁をしゃべるおっちゃん三宅が描いている絵は「アイロンのある風景」と題されており、それがアイロンを使う妻の不在を描いたもの、という私見を述べたところです今回は「アイロンのある風景」でもとりわけ印象深い「焚き火」について言及しま…
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「風の歌を聴け」 デレク・ハートフィールド讃

村上春樹の小説「風の歌を聴け」の中で特別異彩を放っているのは、デレク・ハートフィールドに対する熱烈な賛辞です。もちろん、デレク・ハートフィールドは村上による想像上の人物であり、実在しません。この実在しない作家を全面に出し、「僕は文章についての多くをデレク・ハートフィールドに学んだ」と表明するところから物語が始まる、何とも不思議な構成にな…
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村上春樹「アイロンのある風景」を眺めて

村上春樹の短編集「神の子どもたちはみな踊る」の中から、「アイロンのある風景」を取り上げます以前にもこの短編集は取り上げたところですが、言い足りない部分があって気になっていました今回は山口大学人文学部の研究紀要に掲載された平野芳信山口大学人文学部教授の論文「村上春樹『アイロンのある風景』論 : 身代わりとしての物語」から一部、引用させてい…
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村上春樹が世界の読者に刺さる理由

心に響くという意味の表現が昨今では「刺さる」と表記されるようになりました。いつからなのでしょう?ライトノベル「涼宮ハルヒ」シリーズへの言及は一区切りとして、久しぶりに村上春樹を巡る旅を再開させます。経済誌「東洋経済」掲載の記事で、村上作品の英訳を数多くこなしているハーバード大名誉教授ジェイ・ルービンがインタビューに応じたものです2015…
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涼宮ハルヒ セカイ系とゼロ年代

「涼宮ハルヒの憂鬱」を繰り返し取り上げてきたところで、前回で最後にしようと思っていたのですが、1つ取り上げるのを忘れていたテーマがありました。それが記事のタイトルに書いたとおり、「セカイ系」とか「ゼロ年代」というものです「ゼロ年代」とは評論家の東浩紀らがしきりに多用する用語で、一般的には「2000年から2009年までに発表された作品の間…
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「涼宮ハルヒの消失」再考

「涼宮ハルヒ」シリーズを繰り返し取り上げてきましたが、最新刊である「涼宮ハルヒの直観」は残念ながら自分の好みから随分と隔たった内容でした(先日取り上げたように)。ここで区切りをつけようと思い立ちましたので、最後に「涼宮ハルヒの消失」に言及しておきましょうこのシリーズの中で一番の出来とも言える内容になっています。小説と劇場版アニメーション…
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「涼宮ハルヒの直観」で直観したもの

谷川流の新作「涼宮ハルヒの直観」を読みましたので、取り上げます楽天ブックスのポイントとクーポンを使い、村上春樹の新作と併せて電子本で購入しました。前作があまりにひどい出来栄えだったので、購読するかどうか迷ったのですが、ここ最近は「涼宮ハルヒ」シリーズを当ブログで取り上げている以上、読まずに放置するわけにはいかないと判斷した結果ですで、期…
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「涼宮ハルヒ」 キョンという立ち位置

ライトノベル「涼宮ハルヒ」シリーズについて繰り返し言及しています。当然ながら、主人公である涼宮ハルヒ中心に語っているのですが、もう一人重要な存在であるのは語り手も兼ねるキョンという男子高校生です今回はキョンの存在について考えます。前フリとしてリアルサウンドに掲載された、新刊への期待を綴った文を引用します 「涼宮ハルヒ」シリーズ、な…
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涼宮ハルヒとボヴァリー夫人の退屈

引き続き静岡大学情報学部の紀要に掲載された「誌上シンポジウム『涼宮ハルヒの憂鬱』」収録の論文を取り上げますシンポジウムというのは壇上に数名のパネラーが座り、司会者の進行の許で特定の「お題」について意見を交わし、何がしかの問題意識を共有を目指したりするもので、そこで新たな発見があったり、結論を見出すことはありません。シンポジウムの前に意見…
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涼宮ハルヒの非日常、あるいは日常への回帰

昨日同様、「涼宮ハルヒ」シリーズの新作刊行に機会に、あらためて「涼宮ハルヒ」について考えようという企画です2013年静岡大学情報学部において編纂された紀要論文集「誌上シンポジウム『涼宮ハルヒの憂鬱』」に収められている、岡田安功教授の論文「涼宮ハルヒの憂鬱:非日常性の規範的構造」を叩き台にします昨日、言及した「涼宮ハルヒの独我論」も出処は…
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「涼宮ハルヒ」の独我論を読んで

数年ぶりに「涼宮ハルヒ」シリーズの新刊が出るとアナウンスされているのを機会に、「涼宮ハルヒ」について考えようと思い立ちました今回は静岡大学情報学部の吉田寛教授の論文「『涼宮ハルヒ』の独我論」を叩き台にして話を進めます 「涼宮ハルヒ」の独我論https://shizuoka.repo.nii.ac.jp/?action=reposito…
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村上春樹 井戸と異界の物語

村上春樹の作品にはしばしば異世界(異界)が登場します。また、井戸が異世界との通路としても使われますその点について考えるべく、いくつかの論文を読み込んできました今回取り上げるのは井坂康志の論文です井坂康志はピーター・ドラッカーの研究者で、ドラッカー学会の事務局長の他、いくつもの職を兼ねている人物のようです。詳しいことは分かりません(調べて…
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村上春樹「一九七三年のピンボール」研究Ⅲ

前回はこの作品を自分がどう読んだのか、概要を書きましたその補足として、「僕」がなぜ直子を求め続けているのか、を考えますご存知のように初期の村上春樹の作品に、繰り返し直子と呼ばれる女性が登場します。あるいは直子とは呼ばれない、直子らしき女性がただ、「一九七三年のピンボール」の直子が「ノルウェイの森」の直子と同一人物であるとは限りません個々…
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村上春樹「一九七三年のピンボール」研究Ⅱ

村上春樹の初期作品の1つにして、芥川賞候補作にも挙げられた「一九七三年のピンボール」を取り上げる第2弾です京都大学小島基洋准教授(論文執筆次は札幌大学講師)の論文「村上春樹『1973年のピンボール』論ーフリッパー、配電盤、ゲーム・ティルト、リプレイあるいは、双子の女の子、直子、くしゃみ、『純粋理性批判』の無効性ー」から引用します ht…
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「風の歌を聴け」 回想あるいは追憶、創作

小説家のデビュー作には、その作家の文学的資質が詰まっている、と評価する向きもあります。もちろん個人差は大きいのであり、すべての作家がデビュー作だけで評価できるとは限りません村上春樹の場合、デビュー作「風の歌を聴け」でいわゆる村上春樹らしいスタイルが完成していると言えるのですが、これまでにも述べたように世の作家や批評家には極めて不評であり…
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「ノルウェイの森」 直子の人物像について

山崎眞紀子札幌大学教授の論文「直子の乾いた声 : 村上春樹『ノルウェイの森』論、『めくらやなぎと眠る女』とともに。」から引用しますこの論文は前段部分と後段部分で異なるテーマが設定されており、読んでいていくつも疑問符が浮かびました 直子の乾いた声 : 村上春樹『ノルウェイの森』論、『めくらやなぎと眠る女』とともに。https://sap…
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作家川上未映子がネットの中傷に賠償求め提訴

インターネット上での誹謗中傷に対し、芸能人や作家が反撃に出るケースが増えていますこれまでは有名税だとして誹謗中傷を受け流す対応が一般的でしたが、悪質な行為には断固として反撃し、損害賠償を求めて民事訴訟を提起するなり、名誉毀損で刑事告訴するなりの法的措置を取るように変化していくのでしょうですから、従来のようにSNSに中傷する内容を書き込ん…
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村上春樹「風の歌を聴け」 自我の語りと沈黙

村上春樹の初期作品をブログで取り上げるため、古くなった文庫本を引っぱり出してきてパラパラと読み返す作業が個人的には随分と楽しい時間に感じられます。同時に懐かしくもあり読み返してまた新たな楽しみを味わえるというのは、何だかとても得をした気分になるもので、だからこそ誰かに伝えたくなるのかもしれません今回は太田鈴子昭和女子大学特任教授による論…
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「海辺のカフカ」を巡る冒険 性と暴力の神話として(2)

遠藤伸治県立広島大教授の論文「村上春樹『海辺のカフカ』論ー性と暴力をめぐる現代の神話ー」を引き続き叩き台にさせてもらいます論文は以下のアドレスからダウンロードできます 村上春樹『海辺のカフカ』論 : 性と暴力をめぐる現代の神話https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/ja/list/creator/Shinji…
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韓国の仮想戦記小説 日本を植民地に

時折、韓国で「日本に勝って支配する」という設定の仮想戦記小説がブームになります古くは金辰明の小説「ムクゲの花が咲きました」が有名です。日本に核ミサイルを撃ち込むというストーリーがウケて、韓国では450万部も売れる大ベストセラーとなり、テレビドラマ化もされました今度はジャーナリストとして東京特派員も経験した人物が書いた「韓日戦争未来小説2…
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村上春樹「一九七三年のピンボール」研究

村上春樹の小説を続けて取り上げています「一九七三年のピンボール」は初期の村上作品の中でも、自分が最も好きな小説です。その理由については以前、当ブログで書きましたので繰り返しませんいつもなら誰かの論文を引き合いにして語るところですが、いくつか検討したものの使うのに適切なものがなかったので断念しますこの小説は昭和55年上期の芥川賞候補に挙げ…
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「風の歌を聴け」 鼠は主人公の影

村上春樹の「風の歌を聴け」を取り上げます。またしても山根由美恵山口大学教育学部准教授の論文から引用させてもらいます。論文は山根准教授が広島大学大学院に在籍中に書いたものですが、自分にとっては驚きや発見がありました既に述べたように村上春樹はこの「風の歌を聴け」と「一九七三年のピンボール」が芥川賞候補に挙げられたものの、受賞は逃していますこ…
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「ノルウェイの森」 直子と緑

昨日に続いて、山根由美恵山口大学教育学部准教授の論文を叩き台に、「ノルウェイの森」について書きます。今回は後半部分、直子と緑について触れます 「村上春樹『ノルウェイの森』論ー緑への手記ー」https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/ja/00015885おわりにー「緑への手記」ー三十七歳まで「僕」は、「キズキ」の…
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「ノルウェイの森」 直子の自死について

「ノルウェイの森」を読んだのは職場から離れ、半年ほど東京に滞在していたときでした。欅の並木が色づき、秋の気配が濃くなる中、「ノルウェイの森」をひたすら読んでいた、と記憶していますそんな回顧に浸り、過去を懐かしんで…というつもりでもないのですが、「ノルウェイの森」について、まだまだ話したいことが多くありますので取り上げます今回は山根由美恵…
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「海辺のカフカ」 自己愛の行方

甲南大学紀要143巻(2006年)に掲載された田中雅史教授の論文「内部と外部を重ねる選択 : 村上春樹『海辺のカフカ』に見られる自己愛的イメージと退行的倫理」を叩き台にして、「海辺のカフカ」の主人公である少年の自己愛について考えます単に自己愛と書くと、漠然とした概念であり、あれもこれも自己愛、となりかねません例えば昨日取り上げた、妻の連…
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