藤原紀香と暴力亭主

朝の5時すぎ、電話の音で起こされました。1回コールしただけで切れるワン

切りというものでしょうか。あるいは間違いだったのか。わかりません

女優の藤原紀香の離婚について、芸能ニュースがいろいろと取り上げていま

すが真相は当事者でなければ分からないのでしょう

長年連れ添っている夫婦を理想のように言いますが、夫婦の実態は外からは

なかなかうかがい知れません

今日の表題は「藤原紀香と暴力亭主」ですが、以下は文芸評論家江藤淳につ

いて書きます

文芸評論家江藤淳は学生時代に結婚した夫人にべったりで、妻がいないと日

常生活にも差し障ることがあったようです。その一方、しばしば妻に暴力を振る

ってもいました

いまで言うところのドメスティック・バイオレンスです

妻が病死したのち、江藤淳は自殺します

江藤淳は生後、肺結核であった母親と引き離されて育てられ、母親は彼が4歳

のときに亡くなっています

おそらく彼は夫人に妻としての役割と母親としての役割の両方を求め、ときには

幼児が母親に八つ当たりするように妻に暴力を振るったのだろうと思います

江藤がライフワークとして取り組んでいた「漱石とその時代」は未完成のままと

なっていますが、「夏目漱石について書いているのか、明治時代について書こう

としているのか、どちらなのか分からない」との批判があります

江藤は夏目漱石についてでもなく、明治時代についてでもなく、自分が生まれ育

った家庭について、自身の前史について語ろうとしたのではないのかな、と勝手

に推測します

生まれながらにして、肺結核であった母親と引き離されて暮らさなければならな

かった家庭がどのようなものであったのかについて書き記すため、明治という時

代の話から取り掛からざるをえなかったのではないでしょうか

長い自己分析のすえに、ようやく自分が語らなければならない「あのこと」にたど

りつこうとして力尽きたように思えるのです

精神分析は「死者との和解」のための方法であると言われます

「死者との対話」は精神分析によらずとも、自伝を書きつつ過去を振りかえること

でも可能です

江藤は亡くなった母親に不満や怒り、寂しさ、むなしさ、不安などの感情をぶつけ

たくてそれができず、代理として妻にそれをぶつけていたのではないでしょうか

そして江藤が求めたのは母親との和解であったのだろうと思います

晩年には、こどもを残して死ななければならなかった母親のつらさを理解できるよ

うになっていたのでしょうか

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