いまどきの若者

若者が何かの事件を起こすと、メディアはかならずといってよいほど「いまどきの若者」

というイメージを読者・視聴者に植えつける報道をします

本当に取材をして報道するなら漠然とした「いまどきの若者」像を語るのではなく、彼な

り彼女なりの人物像をきちんと表現すべきです

それをしないのは手抜きなのか、怠慢なのか、分かりません

ニュース番組では事件とまったく無関係の若者の姿をわざわざイメージ映像として使う

念の入れようです

前にも書きましたが、ビジュアルはイメージを否定します

事件を起こした彼あるいは彼女がどのような人物であったかはともかく、ニュース番組

で流れたイメージ映像を視聴者はそのまま受け取り、容疑者である若者の姿だと思い

込んでしまうのです

そうした印象操作の方法をメディアは確信犯として駆使しているのだと思います

精神科医の中井久夫は「治療文化論」(岩波書店)の中で、医者と看護婦がそれぞれ

異なる患者の見方をすると指摘しています

医者は○○病のAさん、△△障害のBさんという観点で患者に接するのですが、看護

婦はAさんという人物がいて○○病だ、と理解する傾向が顕著だと指摘します

病棟勤務で日常的に患者に接する看護婦ほど、その傾向が強くなると

当たり前のような話であるが、この違いはよく考えてみるべきテーマだと思います

「アルコール依存症のCさん」と括るとき、アルコール依存症に付随するさまざまなファ

クターがそこに込められます。わたしたちはすぐに典型的なアルコール依存の男性像

を思い浮かべることができます

ステレオタイプ化した先入観は本来禁物なのですが、手っ取り早く診断を下し、患者を

位置付けるには便利な方法だから、つい考えずに使ってしまいます

だが、落とし穴もあります

「アルコール依存だからこんな人間に決まっている」と先入観に囚われてしまい、人物

そのものを見ようとしなくなるからです

「お酒は止めましょう」と言われて止められるくらいならアルコール依存になったりはし

ません

アルコール依存に至る理由・原因は巨視的に見れば似たり寄ったりでも、個人個人に

とっては唯一にして独自の体験です

こうした個人の事情に向き合うところから、その人となりを理解する糸口が見えてくる

わけです

無職の若者が刃物を降りまわして暴発する事件があり、それをステレオタイプ化して

「いまどきの若者」というどこにも存在しない若者像を勝手に描きだす方法からは、決

して彼なり彼女の姿は見えてきません

虚構のイメージとして作り上げた「いまどきの若者」について語り、批判してどうするつ

もりなのか、と思うのです

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治療文化論―精神医学的再構築の試み (岩波現代文庫)
岩波書店
中井 久夫

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