コロンバイン高校銃撃事件を考える 恐怖の演出 

ヴァージニア工科大学の銃撃事件について語りつつ、コロンバイン高校銃撃事件についてもたびたび言及してきました
ヴァージニア工科大学における銃撃事件がチョ・スンヒの演出による、チョ・スンヒ主演の受難劇であったとすれば、コロンバイン高校の銃撃事件にはどのような意味があったのでしょうか?
以下、文中に不適切な表現が混じりますが、あくまでも犯人の心情に即した言い回しなので了承願います
コロンバイン高校で銃撃事件を起こしたエリック・ハリスとディラン・クレボルドは周到に計画を練った上で犯行に踏み切ったのですが、事態は彼らの計画通りには進みませんでした
昼時、ハイスクールのカフェテリアには生徒が集まります。2人の犯人はこの機会を狙って犯行を遂行したのですが、カフェテリアにしかけた爆弾は爆発しなかったのです
当初は爆発に驚いてカフェテリアから出てきた生徒を狙い撃ちにし、「500人を殺害する」つもりでした。ところが最初の段階から計画は躓いてしまいます
さらに、2人の犯人は自分たちをいじめていたアメリカンフットボールやバスケットボールの選手たち(彼らは学校のスターでした)を狙っていたのですが、カフェテリアで体育系の選手を見つけられませんでした
最も被害者が多く出たのは図書館ですが、机の下に隠れるなどして難を逃れた生徒も大勢います
それでも偶然図書館に居合わせたバスケットボール選手の黒人生徒を射殺しています
大量殺戮は実現できなかったものの、犯人の2人は己の行為に満足したのでしょう。当初の計画どおり銃で自殺しています
ヴァージニア工科大学の事件を受難劇とするなら、コロンバイン高校の事件は復讐劇と言いたいところなのですが、疑問があります
復讐すべき相手を取り逃がし、無関係な生徒を射殺しているのですから、これを復讐劇と表現するのはどうかと思うのです
復讐を企てながらも計画はすっかり狂ってしまい、それでも発砲を繰り返して13人を殺害、重軽傷者は24人に達しました
2人の犯人は恐怖に怯え、逃げ隠れし、血を流して倒れる生徒を見て達成感に浸ったのではないかと推察します。復讐は完遂されなかったにせよ、自分たちの存在を恐怖と共に多くの人々の記憶に刻み込むのに成功したと感じたのではないでしょうか?
敢えて表現するなら、恐怖を演出できたことに満足したのだと思います
拳銃と散弾銃で武装した2人の犯人が乱射を繰り返したのに、死者が13人にとどまったのは不謹慎ながら不幸中の幸いと言いたくなります
これは2人が銃の乱射でハイな気分になり、被害者にトドメを刺すような念入りな真似をしなかったからでしょう。つまり銃をぶっぱなしている自分に陶酔し、万能感に浸りきっていたためだと考えられます
ヴァージニア工科大学事件のチョ・スンヒの場合、銃を乱射して大勢の人を殺傷させたという犯行の外見は同じですが、中身は違います
彼の場合はコロンバイン高校事件を知っていましたから、コロンバイン高校事件の死者13人を上回る犯行でなければなりません
そうでなくては犯行の価値が薄れてしまうからです
そしてチョ・スンヒはたった1人で2丁の拳銃を使い、32人を殺害しています。彼の場合は13人以上を確実に殺害しなければならないとの意識があり、入念に犯行を遂行していったのでしょう(つまりトドメを刺すのを忘れなかった)。犯行声明のビデオでは自分に酔っているかのような振る舞いのチョも、犯行時は極めて冷酷であったと思われます

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