被災したこどもたちを集め寄宿舎で生活させる愚策に反対

タレントの清水國明が東北地震で被災したこどもたちを、自らが営む「「森と湖の楽園」で受け入れると表明したと報じられたのは3月下旬の話です
インターネットで地震関係の報道や個人のブログを読んでいると、この清水國明のように、「被災したこどもたち(親を失ったこどもたち)を一ヶ所に集め、寄宿舎付きの学校を作って収容すべきだ」との意見が散見されますので、あらためて取り上げ問題点を指摘したいと思います
清水國明の話は報知新聞が取り上げたものですが、記事がウェッブサイトから削除されてしまったようなので、ここに一部を貼り付けておきます


タレントの清水国明(60)が27日、甚大な被害を受けた宮城県名取市などに入り、支援物資を届けた。現地では、各避難所のニーズに合った物資が行き届いていない状況に「がく然とした」。
(中略)
清水は震災直後から「森と―」に被災地の子供たちを預かることを計画。
「預かりたいと言っても、親子で離れたくなかったり、どんな場所に預けるのか、の不安もある。こちらから出向いて説明し、安心して来てほしい」という思いを直接伝えるためにも、現地入りを決意したという。
避難所で被災者らと話した結果、「行き届いていない、というレベルではない。行政が壊れている」と実感。
「水は山積みなのに、食事はおにぎり1個の避難所がある。がく然とした」。
行政の「悪しき公平」が、避難所ごとに異なるニーズに応えられていない上「届くのに時間がかかっている」という。
そのため「我々が、必要な場所に必要な物をダイレクトに届けるんだと、腹をくくった」。
現地での炊き出しも決めたという。復路では福島で「森と―」に“疎開”する子供たち13人をピックアップ。
今後は物資の運搬と子供の受け入れを並行して進めていく。
(3月27日付け報知新聞より引用)


一見美談のように思われる方もいるのでしょうが、本当にそうなのか考える必要があります
清水國明のやっている「富士山のふもとの森の中で、自然を人の暮らしに活かし、心と体を丸ごと健康にする取り組み」を否定するつもりはありませんが、こどもたちを親元から引き離し、遠方の土地で寮生活をさせることがこどもたちのためになるのか、自分は疑問に思います
むしろ被災地の苦しい環境でも、親または親族と共にある方が望ましいのではないかと考えます
記事の中にある「子供たちをピックアップ」という表現にも嫌なニュアンスを感じます
まるで家畜を選別するような感覚です
こどもを育てるのは、牛や豚を畜舎で飼育するのとは違います
確かに被災して親を失ったこどもたちのために、寄宿舎付きの学校を用意して収容し、そこで養育と教育を行えば効率が良いように見えるわけですが、それがこどもたちのためになるのでしょうか?
それこそ牛や豚を畜舎で飼育するのと同じ発想です
今回の震災でこどもを失った家庭もありますから、そうした家庭に里子として預かってもらった方がよいのではないか、と思います
もちろん、里子・里親の制度にはさまざまな問題があり、こどもたちが里親のところで幸福な生活ができるとは断言はできないのですが
一部の人達は、「こどもを家庭で甘やかして育てるからダメになる。こどもを家庭から引き離して寄宿舎で生活させ、ビシバシ鍛えるべきだ」との発想に執着します
あの戸塚ヨットスクールもそうした発想に執着する人たちに支持され、今日でも存続しています
以前、佐世保市で起きた小学6年生の女子児童による同級生殺害事件に関するトピックでも、この集団生活への過剰な期待について言及しました

佐世保小6殺害 事件報告書を人権侵害だと申し立て

あるいはイギリスのグラマースクールのようなイメージを理想として思い描き、全寮制でエリート教育をすればこどもたちが立派な大人になる、と信じ込んでいるのでしょう
そうまでしてこどもたちを家庭から引き離したがるのは、理想への執着であり、過信ではないかという気がします
富士山の裾野で自然の中、のびのびと過ごすのは心地良いイメージかもしれません
しかし、寮での集団生活がそんなイメージほどのびのびしたものなのでしょうか?
生まれた土地から引き離し、縁もゆかりもない場に隔離された暮らしがこどもたちのためになる、とする発想には背筋がぞっとします
世の中には一流のスポーツ選手になるため、あるいは名門進学校でエリートコースに乗るため、家を離れて寮生活をしている中学生や高校生がいます。こうしたこどもたちは自分で覚悟を決め、自らの意志でそうした生活を選択したのであり、突然の災害で親を失ったこどもたちとは違います
集団生活は1つの価値観、1つの人生観を押し付ける場に陥る危険が常につきまといます。特定の思想を流布したい人たちは、集団生活による洗脳教育をよしとするのでしょう。学校でも寮でも同じ思想によって生活が統制されるのですから
各家庭を単位として構成される社会の場合、こどもは家庭では親の価値観や人生観の影響を受けますが、学校に行けば個々の教師や同級生の価値観や人生観に触れます。つまり、違う価値観、人生観に触れる機会が多ければ多いほどあり、幅のある人間性が養われると考えられるのです

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