「テレビを見なくなった若い世代」というコラム

18歳未満のこどもたちのテレビを見る時間が減少した、との調査結果につい

て取り上げたコラムを読んだのですが、視点がずれている気がします



「テレビでは毎日毎日、同じような顔ぶれのお笑い芸人たちがあきもせず同じ

ようにバカ騒ぎを繰り返している。子供のテレビ離れにはインターネットの普及

や娯楽の多様化などの背景もあるそうだが、ただ面白ければいいという番組作

りが大人だけでなく、子供たちでさえ辟易しているのかもしれない」と書いている

のですが、これはこどもたちの視点ではなくあくまで筆者の視点でしょう

さらにこの文章の後に、ワイドショー(情報バラエティ番組を含む)による北朝鮮

報道の浮かれすぎを批判しているのですが、それもこどもたちの視点とは異な

る話です

要するに筆者が日頃感じている北朝鮮への嫌悪感や、テレビ局への不満を書

いているだけで、こどもたちがなぜテレビを見なくなったのかをこどもの視点か

ら考えようとする姿勢が皆無なのです

結局、メディアに携わっている人間が自分の視点でのみ考え、発言しているに

すぎません

こんなコラムを書いて何やら重要な事実を指摘した気になって満足しているから

こそ、若い世代は新聞さえ読まなくなるのでしょう

「インターネットの普及」と筆者はテレビ離れの理由を挙げているのですが、本当

に「インターネットの普及」がなぜテレビ離れをもたらしたのか、根本的なところが

理解できていないのかもしれません(あるいは自明すぎてわざわざ説明する必要

はないと考えているのかもしれませんが)

インターネットとテレビとの大きな違いは、検索機能にあります

テレビは番組の作り手があらかじめ用意をした情報を提供する仕組みです

視聴者はそれを一方的に受け取るだけの立場です

そのためテレビ局側は、「オレたちが情報を伝えてやっているのだ」との思い上

がりってしまうのでしょう

一方でインターネットは利用者が必要とする情報、知りたい話題について検索

をかけ、情報を絞り込む仕組みがあります

そこで見出す情報が新聞のウェッブ版であろうとも、インターネット利用者が情

報を自分で取捨選択しているわけで、テレビとは違う利用の仕方になります

なにか重大な事件があればインターネットで検索をかけ、事件に関してさまざ

まな情報を得ようとすることができるわけで、テレビ局が用意した情報のみで

満足している視聴者とは違うのです

その極端な例を挙げると、未成年者が起こした事件の場合、テレビはあくまで

少年Aとして報道するだけなのですが、インターネットでは少年の氏名や住所ま

でも明らかにされます

氏名や住所まで明かしてどうなるのか、という議論は別にして、「こんな事件を

起こしたのはどこの誰なのか?」を知りたいとの欲求が個人情報をインターネ

ット経由で流布される結果につながるのでしょう

結果的にテレビで報道しているのは事件のほんの一部であり、詳細な部分を

知るにはインターネットで関連情報を検索するしかないのです

ですからテレビというものは情報を得るための媒体の1つに過ぎないのであり、

決してその中心ではないと言えます

以前なら情報を得る手段としてテレビが一番手っ取り早かったのですが、現在

では2番手以下になっているのです

こどもたちの関心が集まるゲームについても、月刊のゲーム雑誌よりインター

ネットの方がはるかに情報が早いのですから、わざわざ雑誌の発売を待つま

でもなく、インターネットで情報を得ようとするのは当然です

テレビ離れ、新聞離れ、雑誌離れの背景にはこうした情報獲得手段の構造の

変化があるのだと自分は思います

いまさら書くまでもない話ですが、上記のコラムを読んで案外とメディアに従事

している人は理解していないのかな、と感じたので言及してみました

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