桂歌丸が人間国宝になれなかった理由

殺人事件の話題ばかりでは重苦しくなりますので、話題を変えましょう
週刊ダイヤモンドが、落語家桂歌丸が人間国宝になれなかった理由」と題する記事を掲載していますので、取り上げます
落語家で人間国宝(重要無形文化財継承者)に選ばれたのは、柳家小さん、桂米朝、柳屋小三治の3人しかいません
記事では歌舞伎役者の人間国宝が大勢いるのに、落語家は少ないとの事情に踏み込んでいます


桂歌丸さんが落語家で4人目の人間国宝になれなかった理由
落語家が人間国宝になったら、払うのは入場料ではなく拝観料──。かつて、五代目柳家小さんが人間国宝になったとき、そんな冗談が言われていた。
いわゆる人間国宝とは、重要無形文化財の保持者として各個認定された者をいう。あくまで「わざ」そのものが文化財であり、そのわざを体現できる者を人間国宝と呼ぶ。
古典落語の人間国宝が少ないことは以前より指摘されてきた。表の通り、同じ芸能分野の歌舞伎と比較しても差は歴然だ。文化財政策に詳しいある文化庁職員は、その理由を次のように説明する。
まず、落語はわざの細分化が難しい。歌舞伎の場合、立役、女方など、役柄で分類ができ、流派によっても異なるわざとして説明可能。そのため、同じ歌舞伎という種別でも数多くの認定ができるのだ。一方落語は、せいぜい江戸落語と上方落語の二つ。対象となる分類自体が少ない。
また、落語の歴史も背景にある。人間国宝の認定が始まった1950年代、落語は大衆芸能として隆盛を極めており、保護の対象という認識がなかった。文化的と見なされるようになったのは、ここ20年であり、そもそものスタート地点が歌舞伎とは違うという。
「古典落語という言葉は、昔はなかった。この時期に、落語は高尚なものだという雰囲気がつくられた」(春風亭昇太)。
そもそも、人間国宝に認定されるかどうかは、優秀さ以上に周囲の状況によるところが大きい。
「業界の誰しもが認める存在というのが絶対条件。業界の保護が目的なので、認定によって異論や対立を生んではいけない。小三治でさえ、ライバルであった立川談志と古今亭志ん朝が亡くなったから人間国宝になれた」(前出の文化庁職員)
また、人間国宝は予算の枠組みで実質定員制となっている。同じ種別で先に認定者がいれば、よほどのことがない限り追加認定は難しい。
そうした理由から、次の人間国宝候補と目されている桂歌丸についても、「認定の可能性は低い」(同)。江戸落語という枠には、既に柳家小三治がいるからだ。現在、「笑点」で共演する三遊亭圓楽が、歌丸を人間国宝にするための署名活動を行っているが、たとえ10万人の署名が集まっても、影響は軽微なようだ。


記事では触れていませんが、歌舞伎と落語では対外的なプレゼンスに大きな違いがあります。歌舞伎は日本の伝統芸能として海外公演も積極的に行っており、国も日本文化のアピールとしてバックアップしています。しかし、落語は日本語で演じられる話芸だけに海外へアピールするのは困難です
そのため日本文化を海外に紹介する事業の対象にはなりにくいのであり、利用価値が歌舞伎よりも低いと見なされます
また、伝統芸能という名分で文化庁、政治家にがっちり食い込んでいる歌舞伎と違い、落語はそこまで人脈も、組織力もないのでしょう(落語の業界団体は幾つにも分裂し、対立してきた経緯があります)
お茶の間の人気者であっても人間国宝に選ばれるのは難しいのであり、春と秋の褒章対象くらいではないか、と思います
この先、落語界を革新するような人物が現れ、多くの弟子を育てるならば人間国宝に選ばれる可能性はあるのでしょう。逆に従来の落語の枠を守るだけで「伝統文化を継承しています」と言っても、物足りないと見られるのではないでしょうか?

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