「風の谷のナウシカ」と自然・環境問題 その2

前回に引き続き、国士舘大学地理学報告に掲載された同大文学部の内田順文教授の論文から一部を引用しつつ、「風の谷のナウシカ」における自然・環境問題について考えます
内田教授はエコロジスト、あるいは環境保護原理主義者に対し随分と毒を吐いているのですが、劇場版「ナウシカ」に寄せられた薄っぺらい環境保護賛美、自然大好きの自分語りなどなどを読めば、毒を吐きたくなる気分は理解できます
他方で、宮崎駿自身「自然大好きなトトロのおじさん」扱いされるに至っているわけであり、イメージの支配力とはおそろしいものです
これはジブリの鈴木敏夫プロデューサーの商売上手によるもので、宮崎駿にとっては不本意であったのかもしれません

宮崎駿『風の谷のナウシカ』にみる「自然一人間」観と現代人の地球環境観について
5.宮崎駿と自然保護主義の環境観
宮崎駿が作品世界の矛盾という犠牲を払ってまで、この自然と人間をともに生かす環境観にこだわるのには、彼が1941年に東京で生まれ、終戦
直後の民主主義教育の影響を最も強く受けた世代であることと無関係ではないと思われる。学生運動には直接参加はしなかったが、1960年代に青春期を過ごした彼が、社会主義思想に対して憧れと理想を抱いたとしても、それは時代の流れからすれば自然である。
その理想の社会、理想の人間の生活のあり方は、おそらく、この作品中の風の谷に典型的に描かれた「ムラ」の姿である。それは、村人たちが生き生きと生産にいそしみ、互いに助け合い、楽しみを分かちあって暮らしている、質素で貧しいけれども充実した「理想の共同体」であった。
(中略)
その典型的な例を、我々は、一種の流行として安易に自然保護を標傍する人々の「自然一人間」観に見ることができるような気がする。
いわゆるエコロジストと自らを呼んでいる一般の人々の多くは、自然とは好ましいものであり、これを守ることは「善いこと」で、少なくとも自分はこれを守っている「善い人」であると、短絡的に何の疑問もなく思っているふしがある。
(中略)
極端な話、彼らが地球環境のために、不潔で、不快で、不便で、危険に満ちた毎日を送る覚悟があるとは、とても思えないのだが。つまり、エコロジストの求める自然とは、多くの場合、食料と安全を保障された(もちろんそれは人間の文明によってもたらされたものである)限定つきの、しょせん人間にとって都合のいい「作られた自然」なのではあるまいか。
こういったレベルの自然保護主義の立場とは、ナウシカと同じく「自然も好き、人間も好き」、つまり自然は守りたいが自分の快適な暮らしも捨てたくないという、人間にとって都合のいい折衷案であり、皮相的には「自然>人間」という②の立場をとるかのように見えながら、その実、本質的には人間を優先させるという①の立場にある点において、しょせん欺職といわれても仕様のないものである。
もともと欧米から始まった自然保護運動が、先に述べたキリスト教的な西洋流の環境観に基づくものであることを思えば、その本質は人間のために自然を手なずけ、改造するという点で、①の立場に近い。そもそも自然を「保護」するという感覚自体が、例えば親が子を、飼い主がペットを保護するといったような、上下関係の存在を前提としており、はじめから自然を人間よりも一段下のものとして位置づけた、いかにも欧米らしい人間中心の見方である。
しかし、日本においては、宮l埼駿がそうであったように、伝統的な「甘え」の構造と結びついた結果、自然保護は①でも②でもなく、③の立場として理解され、その内部に抱える矛盾はさらに大きく、わかりづらくなったのではないだろうか。
そして、このような大きな矛盾を抱えている以上、この甘えた選択は、「自然か、さもなくば人間か」という二者択一の厳しい条件(そして現代の地球環境問題は、もはやその程度に深刻化していると思われる)のもとでは、決して本質的な問題の解決にはつながらない。
もちろん、具体的な自然保護行為が全く無意味であるとは思わないが、こうした自然保護の考え方自体が本質的に矛盾をはらんでおり、映画『ナウシカ』と同じように、決してハッピーエンドにつながるものではないことを自覚しておくことは、たいへん重要である。


西洋流の自然観とアジア的な自然観の対比、と表現すればカッコいいのかもしれませんが、そんな単純な対比を「ナウシカ」で描いているはずはないのであり、腐海ですら人工的なものという大きな仕掛けによって自然観そのものがひっくり返される結果になっています
だからといって科学文明そのものを否定し、破棄するべしという環境原理主義的な思想に囚われているわけはありません
ナウシカが危険視し、嫌悪したのはシュワの墓所にある「生命を都合よく操る術」であって、科学文明そのものではありません。ただし、物語の中で両者は不可分な関係であるがゆえ、墓所ごと破壊する選択をしたのでしょう
「自然大好きなトトロのおじさん」である宮崎駿が飛行機マニアであり、「風立ちぬ」を制作したようにテクノロジーに深く入れ込んでいるのは指摘するまでもありません
ですから、宮崎駿は科学文明を根こそぎ否定する気はさらさらないのであり、むしろテクノロジーを扱う人間に問題があると考えていると受け止めた方が適切でしょう
さて、いまいちど「風の谷のナウシカ」の物語世界に沿って考えるなら、物語は完結したものの、そこではさまざまな問題が何も解決されてなどいません。人間は腐海と戦争による荒廃の中で、わずかな土地にしがみついて生きるしかない状況であり、その厳しい現実こそが「自然」というわけです
ですから現代人が考えるような「自然」=豊かな恵みをもたらしてくれる理想郷ではありません
自然保護というのは荒廃した惨状をそのまま維持することでしかない、といえます。なので、この物語世界では自然にどう手を加え、人間の暮らしやすい状況に近づけるか、人間の生活領域をいかに確保し拡充するかが重要になり、自然保護という発想はありえないのでしょう
ナウシカがどう采配を振るい、生き残った人々ともに自然に対して向き合ったのか、それを考えてみるのも一興かもしれません

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